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【書籍化】ヴェルシュタイン公爵の再誕〜オジサマとか聞いてない。〜【Web版】  作者: 藤 都斗


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 普段よりも、心臓の音が早い気がする。

 口の中もいつもより乾いているように思う。

 賢人だから、そういう身体的異常は出ない筈なのに妙に焦っている自分が居た。


 執事さんの目を見る。

 凄く真剣な、だけど血の気が下がった顔で、私を見ている。


 私が別人だと信じたくない、だけど、真実を知りたい、そんな感情が透けて見えた気がした。


 彼は一体、私のどこからそれを感じ取ったのだろう。

 オーギュストさんの肉体のスペックは無駄に高いから、演技は完璧な筈だ。


 だとすれば、何が原因だ?


 じっと執事さんを見つめる。


 「旦那様は、確かにそこにいらっしゃるはず、一体、なにが」


 呆然と、譫言(うわごと)を呟くかのような執事さんの言葉に、何事かを察した。


 これはきっと、長年の付き合いという絆から来る、勘だ。


 ​───────いつかはきっと、気付かれるとは思っていた。

 むしろ、少し遅かったようにも思う。


 聞かれたらどうしよう、と思ってはいたけど、いざ聞かれると妙に焦っているのにも関わらず、どこか冷静だった。


 「...............言った筈だ、私は、お前の知るオーギュスト・ヴェルシュタインではない、と」


 「一体、どういう事ですか」


 妙に渇く喉と口の中を意識してしまいながらの私の言葉に、執事さんが呟くような声量で問い返す。

 じっと私を見るその目には、縋るような、そんな悲しげな感情が見えた。


 申し訳無い気持ちと、それから、きっとこれから私達の関係が変わってしまう寂しさに、喉が引き攣る。


 だけど、どれだけ苦しくても、私は彼に真実を伝えなければならない。


 息を吸って、吐く。

 それから、執事さんをじっと見つめ返した。


 「.........オーギュスト・ヴェルシュタインは死んだ。

 故に私はここに居る。この意味が分かるか?」


 「......申し訳ございません、わたくしには、分かりかねます」


 心底申し訳無いと眉根を寄せる執事さんに向けて、焦らないようにひとつずつ、頭の中で情報を整理してから、それを口に出す。


 「この身体は確かにオーギュスト・ヴェルシュタインのもの。だが、私はオーギュスト・ヴェルシュタインではない」


 どうしようもない事実を口にした瞬間、執事さんは泣きそうな声音で、その事実を否定するかのように、顔を左右に振った。


 「いいえ、いいえ!何を仰います、旦那様は今、ここにいらっしゃる!」

 「......私は別人だ。お前の知るオーギュスト・ヴェルシュタインは死んだ」

 「そんな...!!」


 悲痛な声に胸が苦しくなってきて、でもこれはどうしようもない事で、だから私は残酷な言葉を投げ掛ける。


 「......これは事実だ」


 そう断言すると、返ってきたのは痛いとすら感じてしまいそうな程の沈黙だった。

 俯いてしまった執事さんの旋毛(つむじ)をじっと見つめる。

 それくらいしか、私には出来なかった。


 ふと顔を上げた執事さんは、どこか困惑したような表情をしていた。

 彼は何かを言おうと口を開けたり閉じたりして、何度目かのそれでようやく言葉を口にした。


 「......仮にあなたが旦那様ではないとして、では旦那様は、一体何処へ行ったのですか」


 その問いはまるで、凄く苦い物が口の中にあるかのような、酷く(つら)そうなもので。

 こっちまで苦しくなってしまいそうになりながら、私は必死に、だけどどうしても外見には出せずに、答える。


 「......亡き妻、の居る所だろうな」


 その瞬間、執事さんの表情が泣きそうに歪んだ。


 罪悪感で胸が苦しくて、悲しくて、辛くて仕方がない。

 だけど、これは必要な事で、キッチリとしておかないといけない事だ。


 「それで、どうする?私を殺すか?」


 その問いは、そうされても仕方がないと思った故のものだ。


 死ぬのは嫌だし、まだ全然生きていたい。

 だけど、そのくらいには悪く思われているだろうから。


 だが執事さんから返ってきたのは、先程までの取り乱した様子とは違う、どこか冷静な声音だった。


 「いいえ、たとえあなたが旦那様でないとしても、そのお身体は旦那様のもの。

 そのような事は出来ませんし、旦那様の事を知らないままでいる選択肢も、わたくしにはございません」


 それはオーギュストさんへの忠誠心が伝播して来るような、キッパリとした答えだった。


 「本音を言えば、まだ何も信じていません。気配も、魔力も、言動も、何もかも懐かしい旦那様としか、思えないのです」


 「......彼はあの時、毒で死んだ」

 「ええ、ですから、賢人として再誕なされた」


 「もう、この世には居ない」


 「......申し訳ございません、わたくしは、それを認める事が出来ません」


 罪悪感に胃が痛くなりそうな私とは対照的に、射抜くような真剣な眼差しで告げられたその言葉は断定的であり、そして、私にも理解出来る感情だった。


 「............そうか」


 静かに、それだけを答える事しか出来ない。


 認めたくないし、認められない。

 それは、私がこの世界に来てからずっと抱えていた感情だった。


 だからこそ理解出来るし、だからこそそれ以上言及する事は出来そうになくて、息を吐く。

 すると執事さんが、畳み掛けるように口を開いた。


 「あなたが別人だとしても、旦那様はもう居ないとしても、わたくしにとっては、あなたは旦那様なのです」


 真剣な眼差しで、しっかりと私を見据えながら告げられる言葉が、ぐさりぐさりと私の心に刺さる。


 何も言えない。

 苦しい。


 だってこれは、私が言ってすぐに変えられるような、そんな簡単なものじゃない。


 「.........再誕された際、記憶が欠如している、と仰っておられましたね」


 「......あぁ、混乱していたからな」


 ふとした、心配そうな執事さんの問い掛けに、外見だけは冷静な言葉を返すと、当の執事さんは少しだけ笑みの表情を浮かべた。


 「そうでございましょうな......、今、記憶は」

 「問題無く、全て鮮明に記憶されている」


 「.........そうですか、それは良かった......やはり旦那様はそこに居られるのですね」


 執事さんの、心から安心したかのような表情に、困惑する。


 「.........なんだと?」

 「記憶があるという事は、あなたが旦那様である証明でございましょう」


 「何を言っている...?」


 執事さんの言っている事が分からなかった。


 だって、魂が違うって事は、私とオーギュストさんは別人な筈だ。


 オーギュストさんはオーギュストさんであって、私ではない。

 私は、高田陽子、23歳で、女、駆け出しとはいえ女優として、今度ドラマに出る筈だった、そんな人間で。

 それ以外でも、以下でもない。


 執事さんが私を見つめる目は、真剣で、嘘を言っているようでも、私を騙そうとしているようにも見えない事が、混乱に拍車をかけた。



 「......この肉体に宿るのは、お前の知らない別人の魂だ」


 「ええ、ですが、記憶がある。記憶とは生きた証であり、心です」


 心臓の辺りが、嫌な軋みを立てている気がした。


 「ご安心下さい、あなた様は確かに別人であると同時に、わたくしの知る旦那様でございます」


 私は、何かを勘違いしているのではないだろうか。


 その考えに至ったのと同時に、思考が目まぐるしく動き出す。


 人間を作り出すものは、魂、肉体、記憶、そして、精神だ。

 それは、現代日本でも考えられて来た事で、だからこそ、私が別人だと断言出来る根拠だった。


 もし、この考え自体が一般的でないとすれば、どうなる?


 焦る思考のままに、この世界での常識を検索する。


 ​───────魂とは、魔力を操る為の、動力であり、器である。


 ならば、魂に刻まれている筈の人格は?


 いくら記憶を掘り返しても、魂は魂であるという事だけしか無く、それ以上は何も出てこない。


 根本的に、考え方が違う。

 その仮説に至った時、私は呼吸を忘れた。


 だって、それって、つまり。


 オーギュストさんの記憶がある私は、この世界に住む彼らからすれば、オーギュスト・ヴェルシュタインそのものと大差がないという事だ。


 精神、魂が別人だとして、肉体と記憶は、そのまま遺されている。

 人間を形作るものの内、たとえ半分が全く違うとしても、記憶と肉体があればそれはもう、本人という認識なのだろう。

 それに気付いた時、私は訳が分からなくなった。


 世界が違うのだから、常識が違って当たり前だ。

 だけど、信じていたものが、もしかしたら虚構かもしれない、という事がショックだった。


 魂とは一体、なんなのだろう。


 この世界での常識は、今の私にも該当するのだろうか。

 だが、それならばこの記憶は一体どこから来たのだろう。


 わたしを構成するものは、現代日本を23年間生きた、その記憶しか無い。


 私は、わたしは?


 わたしという存在は、この世界では異物でしかない。

 魂だけのわたしは、本当に生きていると言えるのだろうか。

 わたしを、わたしだと証明する術はない。

 どこにも、ない。


 そこまで考えてしまった時、わたしは、気付いてはいけない事に気付いてしまった。


 ​───────待って、わたしはどうして、演技を止めなかったの?


 私はオーギュストさんじゃない。

 それを執事さんに信じてもらうには、演技を止めるのが一番効果的だった筈だ。

 なのに、どうして、口調を変えることすら、思い浮かばなかったの?


 訳が分からなくて、そして、次に気付いてしまったそれに愕然とした。


 なに、これ。


 わたしは、なんで、心の中でさえも硬い口調になってるの?

 なんで、オーギュストさんの演技が、本来のわたしみたいに感じてるの。


 おかしい。


 これは、なに?

 一体、どうして、何が起きてるの。


 訳が分からなくて、呼吸が出来ない。

 息って、どうやって吸うんだったかな。

 私は、わたしは本当に、わたしなんだろうか。


 わたしって、一体、なに?



 わたしは、だれ?



 凄く怖くなって、思考が止まった。

 ストレスのせいでか気持ちが悪い。



 「旦那様?如何なさいましたか」



 執事さんがどんな表情で、どんな雰囲気で喋っているのか、分からない。


 この人は、信じられる。

 だけど、わたしはこの人を知らない。


 知らない筈なのに、わたしはどうして、この人を信じているの?


 記憶が、認識が、わたしとオーギュストさんが、混ざっている。


 こわい。


 執事さんの言うように、わたしはオーギュストさんなの?

 違う筈なのに、どうして?


 「旦那様、顔色が...、何か温かいお飲み物をお持ち致します」


 「............あぁ、頼んだ」


 執事さんの言葉に、少しだけ現実へと意識が戻った。

 心臓はずっと嫌な音を立てて鳴っているし、今感じた恐怖は拭い切れていない。


 だけど、少しだけ冷静に考えられそうだった。


 最悪な気分だ。


 こんなの柄じゃない。

 全然わたしらしくない。


 でもそれなら、わたしは、一体。


 その時、ふと、オーギュストさんの知識が、答えをくれた。



 ​───────私は、わたしだ。



 呼吸の仕方を思い出した。

 息を吸って、吐く。


 モヤみたいなものが掛かっていた思考が、少し晴れた気がした。


 落ち着け、わたし。

 大丈夫だ。

 ここで焦って、訳の分からない恐怖に駆られて、それが何になる?


 嘆いても騒いでも、何も変わらない。

 肉体はオーギュストさんだし、魂であるわたしは、高田陽子のままだ。


 冷静になって客観的に分析すると、どうやら動揺し過ぎてネガティブ思考になっていたらしい事に気付く。

 それから己の記憶や現状を確認する。

 試しに大事な人を思い浮かべると、お父さんとお母さんとジュリアさんが並んでいて、なるほど、確かに混ざっていると再認識した。


 だけど、何一つ忘れてはいない。

 高田陽子(わたし)という存在が消えてしまう気がして、だからこその恐怖だった。

 このままだと確かに、わたしは変わってしまって、全く違う人格として存在するようになるだろう。


 だけど、私がわたしだと言うなら、わたしが消える事はない。


 柄にもなく焦って、困って、ネガティブになって、なんかもう馬鹿だよね。

 いや、まあ、仕方ないとは思う。

 確かに色々とショックだったさ。


 でもさ、そんな事言い始めたらなんも進まないよね、わたし。

 切り替えが早いのは、わたしの取り柄だ。


 肉体はオーギュストさんで、魂は高田陽子。

 今はそれでいい。


 だって、神様でもない限り、真実は分からないのだから。


 記憶や習慣、口調その他もろもろが混ざって来てても、仕方ないじゃないか。

 だって、脳には記憶という名のデータがあるんだから、引き摺られてしまうのは必然だろう。

 難しい事を考えられるようになったんだから、逆に良かったんじゃないだろうか。


 後回しにして、誤魔化しているという自覚はある。

 だけど、そうでもしないとわたしは、私で居られない。


 自我を崩壊させて、それから、オーギュストさんの積み上げて来たものをぶち壊すの?


 それはダメだ。


 それだけは、しちゃいけない。


 決めた筈だ。

 わたしは、わたしが納得出来るように生きるんだと。


 息を吸って、吐いた。


 心の中の蟠りや不安、何もかもを全部出す勢いで、吐き出した。

 ぐっと拳に力を入れると、ぎゅり、という指と掌が擦れ合う独特の音が聞こえる。


 それから、いつの間にか少しだけ斜めになっていた背筋を伸ばす。

 それだけで、気持ちまで伸びるような気もするから不思議だ。


 今は、これでいい。


 自分にそう言い聞かせながら、目を閉じた。

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