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「......魔国、ネロ・ジークスか」
精霊王さんの言葉から頭に浮かんだ国名を、繰り返すみたいに口に出す。
それは、ルナミリア王国から海を挟んだ向こうの大陸にある国だ。
オーギュストさんの知識でも、余り交流の無い国だとあるが、友好国なので時々この土地に船が来る。
魔族という種族の住む土地という事もあり、国民からはちょっと怖がられてるけど、豊かな国な上に長生きな事もあってか交易品の質が物凄く良くて、結果様々な物が高値で取引されている。
織物や芸術品のクオリティが物凄く高い国だ、という事しか分からない謎の多い国である。
魔族って言われてもファンタジー音痴な私にはどんな人達かよく分からないので、アメリカ等の外国の人みたいなそんなイメージしか無い。
隠密さんにはその血が流れてるらしいけど、実際その片鱗を見た事が無いので分からない。
強い人を崇拝する、みたいなのも、そんな隠密さんしか見た事ない私からすれば、単なる個性にしか見えなかった。
『あの土地は精霊信仰が根強い。
ゆえにこの大陸にある何処よりも豊か。
美しい亜人も多く住んでおるし、侵略して奴隷にでもする気なのだろうな』
綺麗な眉間へ皺を寄せながら、汚物を思い出して気分が悪くなったような、蔑みの感情の篭った精霊王さんの言葉に、こっちまで嫌な気分になった。
うん、何それめっちゃ腹立つ。
「つまり、その為の足掛かりにするつもりで、この国を狙っているのか」
『そうさの、ただの布石として、この国の簒奪を画策しておるのだろうて』
「では、あの呪いは」
確かめるように問い掛けようとしたけど、なんか断言したみたいになってしまった。
これは多分、大体の想像が付いてしまっているからだろう。
精霊王さんの方も、分かり切った事だとばかりの表情をしているから、釣られた可能性もあるが、今は置いておこう。
『諸外国に不信感を抱かせる事なく、国を乗っ取る為の手段の一つであろうな』
「ふむ、なるほど、だがそうなれば前回の戦争での唐突な襲撃については、どう説明するつもりだ」
情報の擦り合わせというか、簡単な確認、というつもりでの会話にしか聞こえないからか、少しイラッと来てしまった。
物凄く重要な事を話してる筈なのに、なんでこんな雰囲気なのか。
そんな私を察してか、精霊王さんは小悪魔のようにすら見えてしまいそうな表情で、くすりと笑う。
『手段の一つと言うたであろうに、せっかちな男の子は嫌われるぞ?』
美女にそんな事言われたら戸惑うわ!
はあああ!頑張れ私!平常心!平常心頑張れ!
場違い過ぎる思考を無理矢理に抑え込むと、冷静な自分が冷めた目で見ているような不思議な感覚に陥った。
何やってんだろうね自分。
「それは失礼した。
とすれば、全ては国力を削ぐ為に仕掛けたもの、という解釈で宜しいか?」
『そうじゃの。
上手くいけばそのまま敗戦国として簒奪が出来るが、出来なくとも構わなかったのだろうて』
「あちらの戦死者達は捨て駒、という事か」
また、断言したみたいになってしまった。
何となくなんだけど、これ、オーギュストさんの話す時の癖なんじゃなかろうか。
そんな気がするんだけど、どうなんだろう。
『それは予想外だったようじゃぞ?
まさか賢人があれ程までに強力な存在とは考えてもいなかったらしい。
奴ら無様にも無駄に狼狽えておったわ』
「ふむ、そうか、なるほど...では、それが未だに呪いを民の身体に残している理由、という事か」
オーギュストさんの癖はこの際置いといて、ちょっと情報を纏めてみようと思います。
隣国の思惑は、魔国を侵略して富と豊かな土地とついでに名声を得る事、だろう。
魔国と言うだけあって、あちらには魔族が住んでいる。
隣国は、聖職者が統治している国だ。
自分達の宗教が絶対で、人間至上主義の排他的な国で、魔国に対して物凄く対抗意識があるっぽい。
この辺りの理由は後で隠密さんに調べて貰うか、風の精霊さんとかに聞いても良いだろう。
それは一旦置いといて、あの国の人間はオーギュストさんが一度だけ会話した事があったみたいだけど、最低だった。
聖職者なんだから貧しくて当たり前だ、と言いながら、他国が豊かである事を許せないみたいな、心の狭い人だった。
あんな人間ばかりなら、見下している魔族の住む土地がどこよりも豊かとくれば、腹が立って仕方ないのかもしれない。
だけど、魔国に攻め入る為には理由が必要だ。
しかも、ルナミリア王国は魔国の向かいにある国だから、貿易する上で魔国の友好国に分類されている。
そう考えると、この国を乗っ取る理由は、魔国に堂々と攻め入る為の生贄だろうか。
呪いと戦争で国力を削ぎ、時間を掛けて内部から腐らせる。
あのクソ宰相はその為の駒だろう。
その後また同じ呪いを伝染病として広め、今度は以前生き残った者を殲滅し人口を減らした後、救世主のように隣国が手助けをして、恩を着せる。
逆らえなくなるような、それは多大な恩を、だ。
例えば、王族や大貴族の病を、奇跡的に治すとか、国民全員が納得するような形で。
そうすれば、諸外国からは国を乗っ取る為ではなく、滅亡から救う為に簒奪したという正当な理由で、土地も人も自分達のものに出来る。
仕上げに、呪いは全て魔国の仕業だったと公表すれば、完成だ。
いや、完成しちゃったよ。
しなくていいよそんなん。
しかもオーギュストさんの鋭過ぎる勘がほぼ正解と太鼓判まで押してくれてるからもう、マジ隣国滅ばないかな。
はぁー、なるほどねー、......自分勝手にも程があるよ、クソ腹立つ。
「...吐き気がするほど、醜いな」
『ほんにのう、ゆえに精霊達から土地ごと嫌われておるわ』
物凄く気持ち分かるわ。
だってまるごと爆破したい衝動に駆られるくらいには腹立つもん。
『それで、どうする?腸が煮えくり返っておるのだろう?』
「出来る事なら、滅亡させてしまいたいな」
『なんじゃ、せぬのか?』
残念そうな所悪いけど、そんなに簡単な事じゃないんだよね。
「人間とは面倒でね、その為には理由が必要なのだよ」
『大義名分が無ければ動けぬとは、難儀よの』
「全くもって、同感だ」
あーマジぶっ潰したーい!
経済制裁とかして内側から壊滅させたーい!
やり方全然知らんけど!!
考えたら方法めっちゃ出て来るとは思うけど今はそれどころじゃないのでスルーさせて下さい。
『しかし、何もせんつもりもないのじゃろう?』
「あぁ、まずは隣国と繋がっている者を洗い出し、断罪せねばなるまい。
しかし、それよりも先にやらねばならん事がある」
『ふむ、この地の事か』
「何か知っているのか?」
めんどくさいけどなんとかしなきゃなー、と思ってたら精霊王さんはどうやらオーギュストさんの領地に起きてる問題を知っているらしい。
『知らん事などほぼ無いと言うたであろう?』
言ってたけど、傍観してるだけだった人にそんなん自慢されても腹立つのでやめて欲しいです。
とりあえず一個言わせてくれ。
ドヤ顔やめろ。
俺には、前世の記憶がある。
そのせいでか、自分があの、生前流行りに流行っていた異世界転生という事態に陥ったのだ、という事は容易に理解出来た。
そんな俺だが生前は、まあ、世間一般で言う普通の大学生だった。
ごく普通に高校を出たにも関わらず親しい友達に引き摺られる形でオタサークルに入る事になり、最終的に完全に染まり切ってしまった俺は、ちょっとチャラいオタクだった。
茶髪にパーマ、黒縁メガネでウェイウェイ言ってた記憶がある。
オタサーの王子(笑)と呼ばれて爆笑した思い出。
うん、モテなかった。
少しオタクなだけの、多分ごく普通の、大学生である。多分。
大事な事なので二回言いました。
だって自分の事普通の大学生って思ってる奴にロクな奴居なくない?
偏見かもしれないけど、普通じゃない奴の方が自分の事普通だと思い込んでるくない?
俺は自分が普通な自信全く無いよ!
ともかく、そんな普通な自信が全く無い俺はオタクの中では比較的浅瀬付近に居た訳なのだが、主にRPG系のゲームが好きだった。
その中でも俺は、有名さでは五本の指に入る程のRPGにダダハマりした。
今となっては何故か、その有名だった筈のゲームタイトルは全く思い出せない。
だが、内容は覚えていた。
ハードは家庭用ゲーム機だったのにも関わらず、ディスクは四枚というボリュームで、分岐により様々なエンディングがあるあの神ゲームの内容を、俺は自分がプレイした限り、覚えていたのだ。
自分がいつどんな風に死んだのか、ついでに自分がなんて名前だったのかさえも何故か全く覚えてないが、きっと死んだショックで忘れてしまったのだろう。
正直言うと、友人関係すらも思い出せないけど、思い出せないものはどうしようもない。
だが、そんな虫食いだらけな記憶が、俺に言っていた。
ここはその、某ゲームの世界だと。
その事に気付いたのは、自分を引きとりたいという、なんか裏のありそうな里親が付いた時だ。
ニコニコ笑顔で良い人そうな顔をしてたけど、空気の読める現代人だった俺がその胡散臭さに気付かない訳が無く、顔を合わせた瞬間、普通に怪しいと思った。
だって宗教とか、マルチとか、呼び込みとか、そんなんやってる奴の雰囲気にそっくりだったから。
まあ、その胡散臭い里親の事は今は置いといて、それよりもだ。
里親が決まるまで、俺はただ単に異世界に転生しただけだと思っていた。
ゲーム要素が一切感じられなかった事が一番の原因だろうと思う。
今世の俺は、サラサラの銀髪に、青紫色の瞳をした、綺麗な顔の孤児だ。
親は不明、ある日、教会に捨てられていた男の赤ん坊。
現在美少年真っ盛りで、将来はさぞイケメンになる事だろう。
物心付いた頃は、4歳か5歳くらいだったか。
ふと、自分には前世の記憶がある事を認識した。
転生チートキタ━(゜∀゜)━!!
なんて、その時はアホみたいに狂喜乱舞した。
転生したなら、もしかしたら魔法が使える世界なんじゃないかと思ってシスターに確認すれば案の定で、前世の知識を使って色々と試行錯誤した結果、俺の手からは青い炎が出た。
出せるようになるまでめちゃくちゃ時間が掛かった事は、仕方ないと思う。
何せ、教会には俺の他にも沢山の孤児が居る。
つまり集団生活な訳で、一人の時間が殆ど無い。
孤児同士が世話をし、世話される集団生活だ。
修行する時間なんて全く無かった。
身体が子供な事もあって、夜はすぐに眠くなる。
だから、夜中に起きて魔法の訓練なんて出来る訳も無く、皆が寝静まった夜の、自分が眠くなるまでの十五分と、朝、誰も起きてない十五分。
それを計七年、毎日欠かさず続けていたら、ある日突然出来るようになったのだ。
11か12才、つまり、今年の事だ。
最大の失敗は、火を出した所をクソガキに見つかり、シスターに知らされてしまった事だろう。
そのせいで、青い火が出せる子供が居ると聞いて!と胡散臭い里親がハスハスしながら現れてしまった。
魔法の使える子供なんて、どう考えても悪い奴に目を付けられる典型だからと、修行だって気付かれないようにやってたのに、これで台無しだ。
だが、こうなったからには前世の知識と経験を駆使して何とかするしかない訳で、とりあえず俺は今後の為にもなんとか生きて行く覚悟をしようとしていた。
それまで生きるのに必死で、経済とか貴族とか、全く気にしていなかった。
ただ何となく、中世とかその辺の文明レベルだよなー、くらいの認識しかなかったのだ。
だけど、今にして思えば自分何してたんだよ、と思ってしまう。
「今日からお前はシルヴァ。
シルヴァ・ヴェルシュタイン、そう名乗りな」
聞き覚えのある名前の羅列だった。
「青い火が出せる子供なんて、いい拾い物したよ。
これで楽して儲けられる」
ニヤニヤと、下卑た笑みを浮かべながら、俺の手を引く里親の女が呟いた。
「ねぇ、質問していい?」
「なんだい、手短にしな」
「ヴェルシュタインって?」
俺の質問に、女は面倒そうな顔をして、小さく舌打ちすると、さも当たり前であるかのように、言ったのだ。
「知らないのかい、使えないね。
いいかい、ヴェルシュタインってのはこの国の公爵様の事さ。
そして、お前の銀髪と青い火が証拠になる。」
「なんの?」
「お前が公爵様の隠し子だ、っていう証拠さね」
女の言葉に俺の頭の中を、色んな考えが駆け巡った。
コイツ、公爵を脅して金をせびるつもりかよ、っていう真っ当な嫌悪に、
ヴェルシュタイン公爵って、あのゲームの噛ませ豚と同じだな、という疑問と、
そういやシルヴァって名前、あのゲームで推しキャラだったクリスティアたんの従者と同じだ、っていう閃き。
モブであんまり顔が出なかったけど、確か銀髪で青っぽい目をしていた気がする。
そこでようやく、そういやこの国のルナミリアって名前も、あのゲームの国と同じだな、と考えた俺は、遅まきながら、自分の置かれた現実に気付いたのだ。
いや、うん、もうホント遅いよね。
でも仕方なくない?
一般人の子供が貴族の情報なんてそこまで知ってる訳ないし、ましてや孤児だよ?
日々の生活なんて教会の掃除から始まり、子供の世話に、シスターの手伝いに、食材調達の為のお使いに、料理、あとは寝る。
子供の出来る事なんてそんなもんだ。
情報収集するにしても貴族なんぞと関わる気なんて全く無かったからスルーしてた。
つまり、知らなくて当たり前だった。
あのゲームの時間軸は五年後。
それは、自分があの従者だと考えれば予測する事が出来た。
推しキャラだった、クリスティア・ローライスト伯爵令嬢は従者であるシルヴァと、ほぼ同い年な設定だった。
説明書のキャラクター紹介を暗記しているくらい好きだったそのキャラは、ゲームでは確か17歳。
そして今、俺は11か12才。
あと5年で、この世界には瘴気が蔓延する。
それはもうどうにもならないから、今は良い。
俺が何とか出来るような簡単な事じゃないし。
それよりも、クリスティアたんが11か12才って事は、あの、噛ませ豚野郎公爵の暴挙を止められるかもしれない、という事の方が重要だった。
あの公爵のせいで、可愛らしい幼女クリスティアたんはレ〇プ目の人形令嬢になってしまったのだ。
その事実はゲーム中で、クリスティアたんの恋愛ルートに入った勇者主人公のストーリーで明らかとなる。
だんだんと心を開いてくれるクリスティアたんにノックアウトされた男性プレイヤーは多かった。
そんな中、恋人になる一歩手前で、その事実を、泣きながら話してくれるのだ。
こんなわたくしを、勇者様は本当に愛して下さるの?
説明を終えた最後に、泣きながら儚く笑うクリスティアたんの痛々しいスチル絵は、もう涙腺崩壊だった。
あんの噛ませ豚ぶっ殺す!!と殺意を込めて公爵破滅への道を躊躇なく進んだものだ。
あの事件は、俺の知識が間違ってなければ今年の筈。
間に合うなら止めたい。
彼女がゲームとは違う設定になってしまうが構わなかった。
だって、いたいけな幼女だ。
トラウマなんて持っちゃいけない。
本当なら家族の元、ぬくぬく育つべきなんだから。
俺は決意した。
クリスティアたんを救い、そして、あわよくば恋仲になるぞ!と。
シルヴァ・ヴェルシュタインを名乗る少年は、ゲームではクリスティア・ローライスト伯爵令嬢の従者、シルヴァとして登場する筈の存在だった。
彼は知らない。
ヴェルシュタイン公爵が賢人となり、起きる筈だった事件が起きていない事を。
彼は知らない。
己の行動が、全くの意味が無い、無駄な行動だという事を。
彼は知らない。
己が、神の気紛れによって、地球の大学生だった記憶を“植え付けられた”だけの存在である事を。
そして、必死になって行動を始める彼を、神は笑いを堪えながら眺めていた。





