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【書籍化】ヴェルシュタイン公爵の再誕〜オジサマとか聞いてない。〜【Web版】  作者: 藤 都斗


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 まあ、色々あったけど何とかなったっぽいので、ようやく12年間放置されていた当主の執務室に来た訳なんですが、さすがは偉い家の使用人と言うべきか。

 埃なんか全く積もってない上に、私が持って来た書類とか、荷物も何もかも、この短い間に必要な場所に違和感無く配置されていた。


 これはアレかな、ちゃんと仕事しろよって事かな。

 いや、するけどね?


 特等席にすら思えてしまうくらいには立派な席に座ると、記憶の中と現在の差異を探してしまう自分に、つい苦笑が漏れそうになった。

 私の記憶じゃないのに、まるで私の記憶みたいに頭の中にあるもんだから、勝手にそうなってしまうのは仕方ないんだろうけど、なんだかな、と思う。


 ふと、机の上の書類に目を落とす。


 なんだかいつもと違うと思ったら、どうやらそれは隠密さんからの報告書のようだった。

 何枚もある分厚いそれは、なんかもう、読み応えたっぷりというか、申し訳無さが湧く程の仕事量だ。

 この場合の仕事量は、隠密さんの仕事量だけど。


 私は読むだけだからね。仕方ないね。


 まあ、そんな事よりも、とその書類に目を通す。


 ...........................はい。


 えーっと、まず、この領地で魔獣が出たっていうのが、前に話に上がった事があったと思う。


 それなんですが、結論から言うと、隠密さんがぶっ倒してくれてました。


 ......いや、待って、調べて来てって言った記憶は残ってるんだけど、倒して来てなんて言ってないよね?

 え?なんで?何がどうしてそうなったの?おかしいよね?


 一応、どんな魔獣だったかも調べてくれたらしいけど、そんなん霞むくらいである。


 何してんの隠密さん。


 ちなみに発生元は近くの山にある小さいダンジョンからはぐれて来てたそうです。なんかもうどうでもいいね。


 それから、建国記念パーティ二日目に、隠密さんが調べてくれた情報なんですけども、うん。


 あの宰相(くそじじい)と孫娘、クソ過ぎる。


 いやもう、なんか、物凄いヤバい奴らだよ。

 しかも、オーギュストさんの息子さん、タゲられてるっぽい。

 めっちゃ狙われてる感じじゃん、会話的にも。


 え、どうしよう。

 どうしたらいいかな、分かんないんだけど。


 搦め手で来る感じとかなのかな?

 だったら、私なんにも出来ない気がするんだけど。

 一応本人にも知らせた方が良いのかな、こういうのって。

 でも、伝えたら変に構えちゃって空回りしないだろうか。

 あ、しそう。なんとなくだけどやりそう。


 スルー案件かな、これ。


 ...ていうか、他にも色々調べてくれてるけど、ロクな事してないよ奴ら。

 読んでるだけで気が滅入って来る位に誰かが不幸になる事しかしてない。


 え?必要?こんな奴ら国に要る?要らなくない?なんで野放しにしてんの?

 叩いたら埃が出るとか通り越して、もはやゴミまみれみたいなんだけど、なんで誰も気付いてないの。

 あれかな、擬態がめちゃくちゃ上手いのかな。


 いやー、腹立つわー、どうしようフルボッコしたい。

 隠密さんに暗殺して来てって頼んだらしてくれそうだけど、多分それじゃ意味無いだろうし、そうなるともうスルーしか出来ない。

 奴等が色々と悪い事やってるのを公表したって、多分誰も信じないだろう。


 完全に詰んでるなう。


 ひとしきり考えたけど、現状維持、という結論しか出なかった。

 今はまだ何もせずに静観して、あと何かの役に立つかもしれんから隠密さんには色々と探ってて貰おう。


 とにかく分かった事は、奴等は敵だという事か。


 それ以外には、あの会場に集まってた人達の中で、きな臭い感じの奴らが誰かとか、そういう感じの情報が幾つか、だった。

 これも今後役に立つだろうから、目を通す事だけはしておこうと思う。


 ふう、と小さく息を吐き出しながら、書類を次のページへと捲る。


 えーっと、あぁ、これハゲチラさんのドラゴンの卵の件について、の経過報告か。

 なんか、卵らしき物が入った箱が、何処かに運び出された形跡があったらしいです。

 引き続き調査して、詳しい事が分かり次第また報告書を上げてくれるらしい。


 ......ハゲチラの野郎マジで自重してくれないかな。


 しかし、彼は一体何がしたいのか、さっぱり不明である。


 まあ、考えたって仕方ないし、いいや、コレも放置しよう、放置。


 「旦那様、ご報告がございます」

 「アルフレードか、なんだ」


 音もなく現れた執事さんに、さも何でもない当たり前の事であるかのように振る舞いながら、淡々と応える。

 なんか慣れてしまったけど、普通はめっちゃビビるから、それ止めた方が良いと思うんだ、私。


 ...なんかこれ、毎回思ってるような気がするんだけど、気のせいかな。


 「街の住人が、教会に立て篭ったようです」


 だがしかし、執事さんのそんな報告で、さっきまでの思考はどっかに飛んでいってしまった。


 は?え?なに?なんで?

 ごめん、なんか突然過ぎてついて行けない。

 事件、っていうか、強盗?

 あ、ハイジャックっていうんだよね、そういうのって。


 「.........要求は?」


 「自分達は何も悪くないので、罰を与えるな、と」


 うん、うん?


 「ふむ、分からんな...奴等は何をしたのだ?」

 「恐れ多くも、旦那様の馬車へ石等を投げ付けた者達のようです」


 ああー、なるほど、石投げた事に対する罰を回避する為の行動かー。

 そっかー、そう来たかー。


 ...なんか、あれだな。

 凄く馬鹿なのかと思ってたけど、そんな事を考える頭はあったんだね。

 現在進行形で悪い事してる自覚も、した自覚も無いみたいだから、やっぱり頭悪いけど。


 ......ええー、めんどくせぇな...。


 だって、余計に罪重ねてない?、それ。

 せっかくスルーしてたのに、なんでわざわざ状況を悪化させるような事をするのか謎なんですけど。


 鳥も鳴かずば、なんだっけ、忘れた。

 とにかくそれだよ。


 ......私の頭の悪さがバレるから絶対口に出さないけどね。

 大丈夫そうな時だけ喋るよ!

 そうじゃないと色々と危険だからね!!


 執事さんに視線を向けないまま、いつものように、なんでもない事だとばかりの態度を取りながら、呟くみたいに応える。


 「......ふん、捨て置け」


 すると、執事さんから少し驚いたような気配を感じた。


 「宜しいのですか?、このままでは反乱の恐れがありますが...」

 「だとしても、事が起きなければ何も出来ん」


 冷静な問い掛けに対して、こちらも冷静に、そして淡々と答える。


 こういう時に後手に回るのは良くないかもしれないけど、人質取られてる訳でも無いし、何より、何もしてない人達を制圧する訳にもいかない。

 だって、まだ街の人達に害がある訳でもないし、何か問題が起きたという訳でもないのだ。


 とにかく事件的な何かにならない限り、貴族な私は動けないのである。


 っていうかね、先んじて行動するにしても、何したらいいのか分からないの。


 端的に言っても詰んでる。


 いや、私もね、事件になってからじゃ遅い、って思うんだけどね、何するのが正解なんだろうね。

 わかんないね。うん。困った。


 「...そう、ですね、申し訳ありません、出過ぎた事を申しました」

 「気にするな、だが、何かあれば報告を」

 「は、畏まりました」


 執事さんの(うやうや)しい対応を横目に、隠密さんからの報告書を机の引き出しに突っ込んだ。

 それから、なんだかんだでだんだんと少なくなって来た書類に少しだけ、そこはかとない嫌な予感を感じながら、目を通す。

 この予感は、何もする事が無いという状況に陥る事に対する不安感だろう。

 考えなくても良いような事を考えてしまいそうだったから。


 その予感を無視して、インク壺の蓋を開けてから羽根ペンを手に取った私は、ペン先をインク壺に突っ込みながら、いつも通りに、再計算をし始めたのだった。











 街の人々の内、領主の馬車へ物を投げた者達が集まり、教会に立て篭もってから、かれこれ数時間が経過した。

 しかし、いくら待てども一向に変化は訪れず、つい先程、とうとう痺れを切らした者が数人、領主館へと向かった。

 彼等の帰還の結果によって、今後が決まると言っても良いだろう事は、いくら学のない領民達でも想像出来たのだろう。

 誰も喋る事無く、時だけが過ぎて行く礼拝堂の中は、どことなく異様な緊張感に包まれていた。


 そんな空気を払拭するように、一人の男性が机に置かれていたコップの水を一気に飲み干し、かん、という乾いた音を立てながら、立て篭る際に必要だと持ち込まれた誰かの持ち物である机に、コップを置いた。

 年の頃は二十代前半だろうか、くすんだ金髪の男だった。

 自然と己に注目が集まった事を確認した男は、馬鹿にするかのような下卑た笑みを浮かべた。


 「領主の野郎、今頃、物凄く焦ってんじゃないか?」

 「...そりゃあそうだろ、威信とやらが掛かってるだろうしな」


 男に釣られるように、どこか怪訝そうに半笑いで答えたのは、二十代後半の茶髪の男性だ。

 その返答は男にとって満足の行くものだったのか、彼はどこか大袈裟に振る舞いながら、笑う。


 「だよなぁ!?、まさか立て篭もるなんて!手も足も出ない!みたいな?」

 「ははっ、違いねぇ!」

 「俺達だって、いつまでも奪われ続けるだけで居られる訳ねぇっての!」

 「そうだそうだ!」


 嘲り、侮り、嫌悪、全てを混ぜ込んで笑顔を作ったかのような、見る者を不快にする笑みをその顔に浮かべて、彼等は笑った。

 ゲラゲラと、品の無い喧しいだけの笑い声を上げながら、中身の無い嘲りを続ける彼等の姿は、真実を知るマトモな者が見れば頭を抱えたくなる程度には愚かに見える事だろう。

 知らぬが仏と言うが、仏とは似ても似つかない彼等は、どちらかというと習わぬ経を読む小僧の方が、愚かさで言えば近いかもしれない。


 一番恐ろしいのは、この場に集まったこの愚か者達を作り上げたのが、たった一人の人間だという事だろうか。


 ちなみにその張本人はというと、優しく親しみのある神父という分厚い外面を貼り付けた顔で、街の人々に教会への避難を呼び掛ける為に、少年を連れて外出していた。

 今頃は、領主が街の人々の平穏を脅かすかもしれない、と吹聴して、己の味方を増やしている所だろう。


 その時、裏口の方から入ったのか、礼拝堂の奥の扉から、領主館へと行った筈の数人が姿を見せた。

 だが、彼等の表情が何故か困惑に満ちている事に気付く者はその場の誰一人としていなかった。


 下卑た笑みを浮かべながら、それでも彼等の存在には気付く事が出来たらしい。

 くすんだ金髪の男が、声をかける。


 「おぉ!お疲れさん、...で?どうだった?」


 自分達の今後が決定する為か、何処か慎重に投げかけられた質問に、先頭の男性が答えようと口を開け、そして閉じる事を繰り返した後に、ようやく言葉を絞り出した。


 「いや、それが...」


 歯切れの悪い様子の彼等に、ようやく違和感を感じたのか、くすんだ金髪の男が眉根を寄せる。


 「なんだよ、何かあったのか?」

 「......何も」


 即座に返った言葉が理解出来ずに、素っ頓狂な声が出た。


 「は?」

 「なんだって?」


 余りの意味不明さにか、男以外の者達からも困惑の声が上がる。

 そんな彼等に向けて、改めて告げられた言葉は、理解不能なものだった。


 「なんか、好きにしろ、って言われた」


 「え、なんで?」

 「いや、わからん」


 各々が首を傾げ、怪訝な声を発する中、くすんだ金髪の男が確かめる為にと口を開けた。


 「おい、どういう事だ」

 「さあ?」


 だがしかし、返って来たのは意味が分からないとばかりのぞんざいな答えだった。

 学の無い頭から知識を振り絞り、くすんだ金髪の男は考える。

 そんな物は無くとも、男はこの場に居る者の中で一番に頭の回転が早く、賢い事で自他ともに認められていた。


 だからこそ、己が皆を引っ張って行かなくてはならない。

 そんな意志の元、彼は必死に考えた。


 自分が、管理された猿山の大将である事など知らず、神父から受けた間違った感性のままに、一つの間違った答えに辿り着いた。


 「待て、何かの罠じゃないか?」


 その答えは、愚かな彼等にとって、天啓であったのだろう。


 貴族は悪。

 という事は、領主も悪なのだ。


 幼心から植え付けられた思想を何一つ疑いもしない彼等は、自分達が正義だと信じ切っていた。


 「罠だって!?」


 「きっとそうだ!油断させて俺達を嵌めるつもりなんだよ!」

 「くっそ、なんて卑怯な...!」


 余りにも荒唐無稽な筈の思考回路なのだが、誰一人として疑問に思う事は無く、彼等は奮起した。


 「そうと分かったら、なんとか作戦を立てるしかない」

 「神父様が戻ったら作戦会議だ」

 「おう!」


 ステンドグラスに描かれた聖女や勇者、女神の眼差しがどこか憐れみを含んでいるのは見る者に感動を与える為だが、この時誰かがこの光景を見ているとしたら、彼等の愚かさを憐れんでいるように見えたかもしれない。

 その位には、誰がどう見ても、彼等は愚かだった。


 そして案の定、誰もその事に気付いていなかったが。











 あの後、無事にオーギュストさんのお母さんと夕食を共にした訳なんですが、彼女はやっぱり私の事をオーギュストさんのお父さん、クリフォードさんだと思い込んでいた。

 どれだけ言っても分からないのか、それとも分かりたくないのか、言動からは分からない。


 なんかもう胸が苦しくて何食べたかイマイチ頭に入ってくれなかったし、なんなら味もよく分からなかった。

 治療って言っても、何をしたらいいのか分からないのが本当に苦しい。


 何せ特効薬なんて無いんだから仕方ないけど。

 老執事さんにお母さんの主治医の先生との面会を手配して貰ったから、詳しい病状は明日分かるだろう。


 一応こっちでも色々と調べといた方がいいかな、どうかな、分からんな。


 けど、考えるのはやっぱり領地の事だ。


 なんていうか、問題だらけなんだよね。

 まあ、だからといって何をしたらいいのか、本当に分からないんですけどね。

 丸投げしてた分のツケが回って来てるんだろうけど、逃避したいです。


 誰か助けてくれないかな。無理かな。無理だね。


 冷静に考えながら再計算していたら、ふと執事さんが現れた。


 「......旦那様、明日は執務をせず、どうかお休み下さいませんか」


 待って待って、何すか突然。


 「休みが欲しいのかね?」

 「旦那様、わたくしはずっと貴方様を見て参りました。」


 うん、ごめん、話聞いて?


 「いつになれば、お休み頂けるのですか?どれだけご無理されれば気が済むのです」



 「......何が言いたい」


 「一日で構いません、どうぞ、休息をお取り下さい」


 「だが、まだやるべき事が残って」

 「どうぞ、お休み下さい」


 どうやら執事さんは、聞く耳なんて持ってくれないらしい。

 喋ってる途中から遮られてしまって、なんて言うか、彼は私を、有無を言わさず休ませる気のようだ。


 物凄く怖い笑顔で、ニコニコと見詰められている。

 めっちゃ居た堪れない。


 「......そうは言うが、領地へ来て直ぐに休むなど」

 「お言葉ですが、休まない方が異常でございます、旦那様」


 仕事あるんですけどー?、と暗に伝えてみるけど、めっちゃ怖い笑顔のままに窘められてしまった。

 彼は一体どれだけ私を休ませたいんだろうか。


 「...明日には予定が入っていただろう」

 「医師に会うご予定ですね、その点は承知致しております。

 ですがそれ以外は、わたくしの全権をもって、休んで頂きます」


 なんかよく分からんけど、物凄くキッパリと断言されてしまった。


 ...あ、決定ですか、そうですか。


 私は休みたくないんだけど、なんか明日は急遽休みになってしまったらしい。



 .........えぇと、無視していいかな?

レビュー、感想、評価、本当にありがとうございます。

まだまだ未熟者ですがこれからも頑張りますのでよろしくお願いします!

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