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【書籍化】ヴェルシュタイン公爵の再誕〜オジサマとか聞いてない。〜【Web版】  作者: 藤 都斗


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 ルナミリア王国最南端、海に面したヴェルシュタイン領、その主要となっている天然の港町『サウスゲート』

 漁業や養殖、他国との貿易などで知られるかの街は、領主であるヴェルシュタイン公爵の訪問に、戦々恐々としていた。


 話題はもっぱら、ほぼ12年もの間領地を放置していた領主が、今更何をしに来たのか、である。

 度重なる増税(・・・・・・)により疲弊し、もはや破綻寸前にまで追い込まれたこの地に、その原因である当の本人が、一体何の為に来たのかと。


 事実、彼等にとって税は増えていく一方という認識だった。

 ゆえに、とうとう本人が増税を宣告に来たのか。

 そんな噂が出回る程には、彼等若い領民達は追い詰められていた。


 暮らせない程ではない、だが、生きるか死ぬか、ギリギリの状態である。


 ...実際は、国の物価の上昇と共に今までと同じ程度の税を集めただけである為、そこまで追い詰められている訳では無いのだが、12年前の流行病により、働き柱である人々がほぼ根こそぎ奪われた結果、遺された子供や老人達が働かざるを得なかった事が根底にあるので、仕方がないと言えるかもしれない。


 病魔は、貴族平民分け隔てなく、命を奪っていった。


 当時の者達がどのように働いていたのか、この領地で働く事がどの程度の辛さだったのか、当時の幼い子供や、他の領地からの移住民達に全て理解出来るかと言われれば、否としか言いようがない。


 その背景から、12年経った現在、大人になった当時の子供達のみでほぼ形成された若い領民達は、総じて、領主を含む貴族が全て悪であり、領主とは領民達から必要以上に搾取しているものだと思い込んでいた。


 いくら老人達や生き残った大人が諭そうとも、限界があった。

 数字だけ見れば確かに、年々税は上がっていたのだから。


 若いという事は、総じて経験不足という足枷が付いて回る。

 だからこそ、思い込みで行動してしまう事があり、そして、他人に流されやすい。

 誰か一人が声高になれば、例えそれが間違っていたとしても、そういうものなのだと思ってしまうのだ。


 特に、信頼している誰か、...例えば、12年前に親を亡くした子供達や老人が生きていくのに献身的な手助けをしてくれたルナミリア教会の神父が、常にこの国の貴族について懐疑的な言動を繰り返していれば、それは必然と言えるだろう。


 そして、それは次世代の少年少女達も例外ではなかった。


 だからこそ、だろうか。


 領主の馬車が街の中に入って来たその時、一人の少年が石を投げてしまったのは。


 「出てけ!!」


 そう叫びながら石を投げつける少年の姿に触発されたのか、内に燻る鬱憤に火を付けられたのか、それを見ていた大人達まで、まるで釣られるかのように手近な物を投げ始めた。


 「帰れ!!」

 「貴族め!!」


 思い思いに喚き散らしながら、石や皿、果ては椅子や机を投げつける人々。

 お昼過ぎという事もあり、食卓に並んでいた料理すら皿や机ごと投げ付けられ、飛び散る食材やその他もろもろにより、辺りは一時、騒然となった。


 確かに12年間、領主である公爵は年に一度、王の誕生祝いだというよく分からない理由で領民達から税を搾取していた。

 だがしかし、生きていけない程では無いし、他の、それこそ底辺な領主が収める地に比べればまだまだマシな方。


 それを知っている者は、石を投げつける人々の姿に絶望した。


 自分達が何をしてしまっているのか、少し考えれば分かる事を考えようともせず、石を投げつける。

 彼等は愚かであるがゆえに、考えない。

 だから、それが起きてしまった時、怯える事しか出来なかった。


 突如として、炎が上がる。


 パニックに陥った人々は、訳も分からず逃げ惑った。

 肌を舐めるように襲い来る炎に、馬車に投げつけた事で壊れて散らばってしまった椅子やテーブルの木片が燃え上がり、同時に石畳が焦げる独特の臭気も立ち込める。


 人々が炎による死の恐怖に怯え、散り散りに逃げて行く中、炎の向こう側に居るその存在に、ようやく気付いた。


 むしろ、何故今まで気付かなかったのか不明な程、それは存在感を放っていた。


 だがしかし、こんな街中に出現するなど有り得ない事だ。

 良く似た、何か別の生き物なのではないか、そんな問いさえ払拭するかのような威圧感に、恐怖が伝播して行く。


 「まさか、あれは、...ドラゴン...!?」


 誰かの小さい呟きは、恐怖と共に広がっていった。


 「ど、ドラゴン!?」

 「おい、うそだろ、なんでこんな街中に!」


 本来は国を囲む切り立った山々にしか生息していないはずの存在。

 それも、二体。


 馬程度の大きさだが、ドラゴンというだけで恐ろしい。

 もはや誰もが、真偽などどうでもよくなる程の恐怖に顔を歪め、ただ喚いた。


 「うわぁぁあああ!!」

 「いや!いやぁぁああ!!死にたくない!!まだ死にたくないぃいい!!」


 そんな人々を前に、小型のドラゴンは二匹同時に前足を動かし、そして。


 『...ふっ。』


 鼻で嘲笑った。


 見間違いでなければ、確かにドラゴンは二匹同時に、人々を鼻で嘲笑った。

 そのままドラゴン達は、恐怖で硬直してしまった人々を尻目に歩を進める。


 そんな状況になって、人々はようやく気付いた。


 ドラゴンが歩を進める毎に、領主の馬車も動いている事実に。

 ガタゴトという音を立て、時折燃える木片を車輪で轢き壊しながら、何事も無かったかのように、馬車は動いている。


 ドラゴンが、馬車を引いているからだ。


 夢かと見間違う程に、現実離れした光景だった。


 馬と同様の装備を装着し、何故か誇らしげに馬車を引くドラゴン達の姿に、人々は呆然としていた。


 ドラゴンという生き物は、総じて誇り高く、人間の乗る馬車を引くなど考えられない事だった。

 だが、現実として馬車はドラゴンに引かれている。


 どうして炎が上がるまでその存在に気付かなかったのか。

 それはドラゴン自身が馬に見えるように幻影を纏っていたせいなのだが、そんな事は誰も知る由もない。

 絶望感からか、恐怖に驚愕が合わさってしまった硬直から帰還する事の出来ていない人々の顔色は(すこぶ)る悪かった。


 それも仕方ない事だろう。

 なにせ、人々にとって領主は悪い貴族でも、ドラゴンを従えているとなると、もはや自分達が破滅する未来しか想像出来なかった筈だ。


 今更になって、自分達の行動に後悔するものの、時は戻らない。


 それ以前に、領主に対して石を投げるという行動は褒められたものでは無いし、全員が斬首刑にされてもおかしくない事だったのだが、彼等は愚かゆえに気付く事は無い。

 教養も知識も、経験も無い彼等は、ただ流されるまま、硬直していた。


 そして、そんな愚かな人々の眼前を、馬車は優雅に通り過ぎる。


 領主の乗る馬車とその護衛の為の者達の為の馬車が何台か通り過ぎて、痛いほどの沈黙が辺りを支配した。

 聞こえるのは、木片が燃えるぱちぱちという微かな音だけ。


 呆然とした人々の視界から馬車の列が見えなくなってから、ふと、現実に気付く。


 「え?」

 「あれ?」


 それは完全に、間違いなく、紛うことなき完璧な、スルーであった。


 人々は、ポカーンと間抜けに口を開け、拍子抜けしたような顔で、馬車が消えていった道の先を見つめていた。















 「旦那様、あれで宜しかったのですか?」


 「構わん、放っておけ」


 執事さんの淡々とした質問に、私も淡々とした対応で言葉を返しながら、また一枚と書類を捌く。


 勿論現実逃避です、お疲れ様でした。


 いや、そんな事考えてる暇は無いんだけど、後回しにしたって良い事無いとは分かってるんだけど、でも仕方ないって事にして欲しい。


 「は、出過ぎた事を申しました、申し訳ございません」


 「気にするな」


 丁寧なお礼をしている気配の執事さんとの、なんかいつも通りなやり取りをスルーしつつ、ペンを走らせた。


 しかし、絶対何かあると思って他の馬車の中に兵士達を退避させておいて正解だった気がする。

 石くらい投げられるとは思ってたけど、まさか椅子やらテーブルやら投げられるとは思ってなかったし。


 一体どんだけ嫌われてるんだろう、オーギュストさん。


 執事さんから報告された時は耳を疑ってしまったけど、窓から見える景色は激昂した人々による暴挙が良く見えた。

 先頭をこの馬車にしてて良かったと思う。

 他の馬車だったら牽引してるお馬さんが驚いて大事故になってただろう。


 ドラゴンさんなら痛くも痒くもないしね。

 いや、ドラゴンさん達が居るのに石とか投げるとか凄い勇気だなと思ったけど。

 街の人達って鈍感なんだね。


 まあ、この領地で一番偉い筈のオーギュストさんの馬車に色んな物投げつける時点で大分頭おかしいとは思ったけど。


 あれかな、この街学校とか無いからかな。

 なんか知らんけど王都にしか無いし、なんなら魔法使いの素養が無い平民が学校なんて通えないらしいもんね。

 基本貴族の子女だけっぽい。


 つまりそれだけ頭が悪い人が多いっていうのが正解なんだろう。


 一応ドラゴンさんに、領地の人達に何かされても脅すだけにして、って頼んでたから死人は出てないみたいだけど、火を吐く事無かったんじゃないかな。

 めっちゃビビってたよ街の人達。


 怖くなったから逃げろみたいな指示しちゃったけどこれは仕方ないと思う。

 そりゃ逃げるよ、だって見る限り大騒ぎだったもん。

 めっちゃ逃げ惑ってたもん街の人達。


 ちなみに、冒険者さん達は街に入る前に離脱して貰った。

 だって領地にまで着いてこられてもどうしたらいいか分かんないし。


 しっかし、どうしよう、これからどうしたらいいんだろう。

 絶対今のでオーギュストさんのただでさえ低い評判が更に悪くなったよ。

 弁償しろ!とか言われるのかな、お金あんまり使いたくないんだけどな。


 いや、でもさっきのは正当防衛になるよね、え、なるよね?、ならない筈がないよね?

 だって向こうから先に手を出して来たんだもん、きっとそうだよ。

 大丈夫だ、多分大丈夫!


 皆頭が悪いから訳の分からない変化を起こして請求書とか来たらどうしよう、って思ったけど、むしろそれより反乱軍とか作られたらどうしよう。

 いくら私が圧政とかする気ないって言っても信じないよね、なんかそのぐらいには信頼されてない気が物凄くする。

 オーギュストさんが賢人になった事、まだこの街まで噂が来てないのかな?

 いや、来てたとしても今までが今までだったから仕方ないのかもしれないけど、これから私がそれを何もかも全て何とかしなきゃならないって考えるとめちゃくちゃに面倒臭い。


 うわあああやだよおおお面倒臭いよおお誰かに丸投げしたいよおおおお!


 ただでさえ統治なんて何したら良いのか分からないのに、街の人達の信頼なんてどうやって取り戻したら良いの。

 実際領地に来たら何とかなるんじゃないかとか考えてた自分の浅はかさ半端なさ過ぎでしょ。

 いや、でもホントに来るまではそう思ってたんだよ、マジで。


 現状を目の当たりにしたら自信無くなったよ!仕方ないね!


 あー、帰りたい。王都の邸宅に帰りたい。

 来たばっかりだけどもう帰りたい。

 帰ってフテ寝したい。


 いや、絶対そんなんしないけどね。

 ただの願望です、はい。


 「旦那様、そろそろ到着致しますので、ご準備を」


 「そうか、分かった」


 執事さんの呼び掛けで意識が現実に帰ってきたので、そっと手を止めてペンをペン立てに突っ込んだ。

 どうやら、今回の目的地であるオーギュストさんの実家に辿り着いたらしい。


 この街に着いたのがお昼過ぎで、現在はそれから30分から40分という所だろうか。

 オーギュストさんの記憶では、高台に建てられていた砦を改築して造られた実家は、お屋敷なんて通り越してお城に近かった。


 現在住んでいるのは、領主代行に任命していた使用人一家と家人の世話の為に居る使用人達、そして、引退して余生を過ごしているヴェルシュタイン家先代当主夫人、ヴァネイラ・ヴェルシュタイン夫人。

 つまり、オーギュストさんのお母さんである。


 ちなみにお父さんの方は、オーギュストさんが当主になる数日前に、ジュリアさんを奪った枯れ木病とは違う病気で亡くなっている。

 オーギュストさんがまだ学生だった頃で、本当に突然だったらしい。

 余りの突然さに、病死じゃなくて何者かによる毒殺を疑われた程には、元気だった。


 王国騎士団の団長で、物凄く厳しくて、厳格で、冷たい人だった記憶がある。

 現在のオーギュストさんと同じ位の年齢で他界してしまった父親の跡を継いで、オーギュストさんは若くして当主にならざるを得なかった。


 考えてみると、物凄く波乱万丈である。


 大変だったねオーギュストさん。


 王様にも薦められた騎士団に入らなかったのは、余裕が無かったからっていうのと、ジュリアさんの傍に居たかったからだろう。

 親に決められた婚約者だったけど、本当に愛し合ってたから。


 学園を卒業してすぐに家督を継いだオーギュストさんは、この地でジュリアさんが亡くなるまでを過ごしている。


 その思い出が辛すぎて、12年もの間、実家に帰って来る事は無かった。


 ついでにその12年間ずっと、領主代行にこの領地を任せっきりにしていた。

 一年に一回どころか、2、3年に1回街に来るだけ。


 来ても特に何もせず、領主代行に会う事すらせず、書面だけで丸投げして帰って行くという怠慢さ。

 なんて言うかもう、申し訳無い限りである。


 めちゃくちゃ自分勝手だけど、全部今更だ。


 誰も止められなかったんだから仕方ないのかもしれないけど、実のお母さんは一体どんな気持ちだったんだろう。

 本当なら自分が領地を運営しなきゃとは思ったのかもしれない。

 でも、いくら貴族だったからってそこまでの教養は無かった筈だ。


 当時、貴族女性は男性の仕事に口出ししない事が常識だったから。

 12年前のあの戦争が始まるまで、という前提が付くけど。


 「...旦那様、到着致しました」


 「分かった」


 考えながら書類を纏めている所へ掛かった執事さんの言葉に、オーギュストさんらしく、堂々たる態度で返しながら席から立ち上がる。


 これから会う事になるオーギュストさんのお母さんには、オーギュストさんにとって12年振りの再会となる。

 オーギュストさんが変わってしまったあの悲しい日から、オーギュストさんのお母さんが今まで一度も自分からオーギュストさんと会わなかったのはきっと、変わり果ててしまった息子の姿を見るのが怖かったからだろう。

 そんな事は簡単に想像が付く。


 記憶では、オーギュストさんのお母さんは、とても繊細な人だったから。


 そして、オーギュストさんが実の母親な筈のお母さんに会わなかったのは、芋づる式にジュリアさんの事を思い出してしまうからだろう。


 ...しかし、今から会うと思うとちょっと緊張して来た。

 さすがにバレちゃわないかな、中身が別人だって。

 母親の勘って時に物凄い力を発揮するから、本人じゃないって分かってしまうんじゃないだろうか。

 だんだん不安になって来たどうしよう、今更会わないとか無理だよね、無理だね、はい、諦めます。


 恭しく扉を開けてくれる執事さんの姿に、私は全てを諦めた。

 重く感じてしまう足を、無理矢理に自分の気持ちを奮い立たせる事でカバーして、冷静に見えるように堂々たる態度を心掛けながら動かした。


 馬車から出た先に広がるのは、見た事も無いけど、記憶の中にはあった、とてつもなく豪華な景色。


 外国のお金持ちの家でよくある、立派な玄関の前で使用人達が一斉に頭を下げてお出迎えしている、という光景だった。


 さすがは国で王様の次に偉い家の使用人、唐突に私が帰って来た筈なのにも関わらず、なんの反応も見せず、頭を下げたまま微動だにしていない。

 その時、スッと音もなく年老いた執事が現れた。


 「おかえりなさいませ、旦那様、大奥様は書斎にてお待ちになっていらっしゃいます」

 「そうか、では行くとしよう」


 オーギュストさんの記憶では、この人はずっと昔からオーギュストさんの両親を支えて来た執事で、確か名前はゲラルディーニ・シュトローム、つまり、うちのめちゃくちゃ有能なあの執事さんの、お父さん。


 昔から居るって事でオーギュストさんも、執事さんも、誰一人として頭が上がらない、貴重な人物である。


 記憶の中の彼よりも、随分と歳を重ね、白髪混じりだった髪も丁寧に整えられた口髭も、過ぎた12年の年月により真っ白になってしまっていたが、変わらない柔和な微笑はオーギュストさんの記憶のままのようだ。


 彼とも、12年振りの再会となる。

 会わなかった理由はやっぱり、ジュリアさんを思い出してしまうから。

 本当にオーギュストさんは駄目な奴である。


 そんな事を考えながらも、老執事さんの後ろを、執事さんと共にゆったりとした足取りで追う。


 「しかし、どういった風の吹き回しですかな?」


 ふとした老執事さんの問い掛けは、どこか楽しそうであり、それでいて懐疑的だった。


 「...報告はあったはずだが?」


 「はい、それは勿論。

 ですが、本人の口から聞きたいと思っても仕方が無いのではないですかな?」


 なんていうか、ですよねー、としか思えなくて、なんと答えたもんかと必死になって頭を働かせた結果、口から出たのは皮肉に近い何かだった。


 「ふむ、随分と偉くなったものだな」


 「いえいえ、そんな滅相も無い。

 私は今も昔も、ヴェルシュタイン家に仕える執事ですよ、オーギュスト坊ちゃん」


 はっはっは、と朗らかに笑う老執事さんに、なんかちょっと居心地が悪いような感覚に陥った。


 「...坊ちゃんは止めろ、もうそんな年齢ではない」

 「私にとってはいつまでも坊ちゃんは坊ちゃんですよ」


 「...(じい)には敵わんな」


 記憶と同じ呼び方をすれば、老執事さんは懐かしそうに目を細め、笑った。


 ...まあ、中身は別人な上に女の子なんですけどね、っていう言葉は、発する事無く飲み込んだ。


 未だに裸になるのが苦痛です、お風呂好きだけど嫌い。


 そこで、ふと老執事さんの足が止まった事で、どうやら、オーギュストさんのお母さんが待っているという書斎に辿り着いたらしいと気付く。


 オーギュストさんの記憶そのままの、豪奢だけど落ち着いた雰囲気に見える両開きの扉が、老執事さんの手によって恭しく開かれた。


 扉の向こう、書斎の真ん中に彼女は居た。


 記憶よりも歳を重ねたからか、白髪と皺が目立つようになってしまったけど、それでもオーギュストさんの記憶のままの、可愛らしい笑顔を浮かべている。

 薄桃色で、フリルがたっぷりのファンシーなドレスを着たその人は、私を見た途端に、とても嬉しそうな声で私に語り掛けた。


 「クリフォード!ようやくワタクシの元に帰って来たのね!

 もう、一体いつまで待たせるの?これは何かお詫びが無いと許されないわよ!本当に仕方の無い人なんだから!」


 屈託なく、まるで少女のように笑いながら、息子の筈のオーギュストさんを別の名前で呼ぶオーギュストさんのお母さんの様子に、とても、嫌な予感がした。


 「...大奥様、この方は大旦那様ではなく、ご子息のオーギュスト様でございますよ」

 「何を言っているのゲラルディーニ、オーギュストはまだ学生よ?、あぁ、そういえばオーギュストったら、全然手紙を寄越さないのよ、そんな所までクリフォードに似なくて良いと思わない?ねぇ、クリフォード、貴方もそう思うでしょ?」


 嬉しそうに、そして愛おしそうに、ふわふわとした夢のような、まるでお人形のように可愛らしく微笑むその老貴婦人は、オーギュストさんの事をクリフォードと呼びながら、にこにこと笑う。


 「......あぁ、そうだな」


 私は、もうそれだけしか言う事が出来なかった。




 ...神様、ちょっと本気で殴らせて。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] オーギュストさんは隣国をこそ滅ぼすべきだったのでは……? いやこれ本当過去から現在に至るまでつらすぎません?神様このやろうって思ってもいいですよね?
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