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【書籍化】ヴェルシュタイン公爵の再誕〜オジサマとか聞いてない。〜【Web版】  作者: 藤 都斗


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 さて、あれからどうなったかというと。


 あの日、濃ゆいキャラのオッサンと別れた後、度胸のある人が何人か頑張って挨拶に来た以外は、特筆して何も無かった。

 いや、なんか着てる服については良く聞かれたから、リメイク品ですよーとは言っておいたけど、まあそれ以外は平和そのものだったので、普通に帰宅しました。


 その次の日のパーティ最終日も、なんか挨拶に来た人が増えた程度で特に何も無く平和に終わったので、全てカットです。


 現在は自宅にて書類の山と格闘しています。


 オジサマになって十日が経過した本日、十一日目の午前中である。


 お(うち)最高かよ。


 パーティでの人付き合いなんて無駄に面倒臭いんだから仕方ないよね。

 何せ、言動の裏とか読みながら、舐められないようにする為に、相手が誰だか分かった上で何もかも分かった感じに偉そうにかつ威厳たっぷりに振る舞わなきゃいけないんだよ?


 なんでそんな事してんのかって、オーギュストさんの知識にそうあったから、多分それが高位貴族の在り方というか、常識なんだと思うの。


 いや、知らんけど。


 まあとにかく、面倒臭い事この上ないんだよパーティなんぞ!!


 書類だけやってりゃ良いんだからどう考えたって楽だよこっちの方が。

 しかも高スペックなお陰で楽々出来ちゃうしな!

 足し算引き算割り算掛け算その他もろもろスラスラですよ!


 鼻歌が出そうなご機嫌具合だけど、外面にそんなモン一切出す訳にいかないので、ともすれば冷徹にしか見えない真顔のまま、真剣に見ている演技を徹底しながら目の前の書類を一枚ずつ仕上げていると、執事さんが現れた。


 さすがに執事さんの気配も分かるようになったから、もう驚かないよ!

 オーギュストさんのこの無駄な高スペックぶりには驚かされるけどな!!

 だって普通は無理だよ?

 こんな気配無い執事さんに気付けるようになるとか人間捨ててるよね。


 ...人間じゃなかったわ、そういや。


 思い出してしまった事実に若干絶望しつつ、持っていた一枚の書類を出来上がった方の山へと置いて、執事さんへ声を掛けた。


 「なんだ」

 「恐れ入ります旦那様、お手紙が届いておりますが、如何致しましょう」


 視線を次の書類から執事さんへ向けたら、彼の両手には黒い箱があった。

 大きさは、学生時代使ってた習字箱くらいだろうか。

 多分その中に手紙が入ってるんだろう。


 まあ、見た方が良いよね、一応。


 「.........見てみるか」


 机の上はまだ次の書類を置いてないからスペースがある。

 それを言わずとも理解した執事さんが、黒箱を私の目の前へと置いた。

 ごとり、という地味に重そうな音がして、ちょっと嫌な予感がする。


 「こちらで御座います」


 パカッとトランクみたいに開けられた箱の中には、ぎっしり詰まった手紙が沢山、なんていうか、みちみちに詰まって、なんだっけこういうの、忘れた。

 まあいいや、そんな事よりも。


 「.........多いな」

 「そうですね、それ程旦那様のお知り合いになりたいという方々がいらっしゃるのでしょう」


 淡々と呟きながらも、どこか誇らしげな執事さんの言葉に内心でげんなりしてしまったが、だって、嫌だ、面倒臭い。


 何この量。

 え?幾つあるのコレ。


 百くらいあるよ、いや、もっとあってもおかしくない。

 だってコレ上だけしか見えてないもん。

 下にどれだけ隠れてるか怖くて確かめられない。


 「......アルフレード」

 「承知しております。代筆はこの不肖アルフレードにお任せ下さい」


 にこり、と爽やかな笑顔を浮かべた執事さんは、そう断言して黒箱を閉じ、回収するように両手へ抱えた。


 いやはや、さすが執事さんである。

 名前を呼んだだけで私の意を汲んで、しかも一番ありがたい行動を取ってくれるなんて、本当に空気読んでくれ過ぎてもう、ありがたいしか言えない。

 拝みたいくらいである。


 やらんけど。


 「......手数を掛けるな」

 「旦那様の御為ですから、どうぞお気になさらず、心置き無く政務をなさって下さい」


 余りのありがたさに、つい労いの言葉を掛けてしまったのだが、やはり執事さんは素晴らしい内面をしてらっしゃるのか、嫌な顔ひとつせずに、むしろなんか若干嬉しそうな様子で言ってくださった。


 本当にありがたいしか言えない。

 もはや、ありがたいの極みである。


 そこでふと、前から考えていた事を執事さんに伝えておく事にした。


 「その、政務の事なのだが」

 「は、何で御座いましょう」


 「一度、領地へ戻ろうと思う」


 「なんと...!しかし旦那様、宜しいのですか?」


 驚いたように目を見開き、少しだけ焦ったように確かめてくる執事さん。

 その様子にちょっと意外に思ってしまった。


 まあ、領民の信頼なんて皆無だろうから、今帰ってもロクな事無いと思ってしまったのかもしれない。


 小さく息を吐くのと同時に、キッパリと言い放つ。


 「いずれ、向き合わなければならん事だ」


 すると執事さんは、何故か意を決したような表情で、真摯に頷いた。


 「...畏まりました、それ程までにお覚悟されていらっしゃるのでしたら、わたくしは何も申しません。

 では、そのように手配させて頂きますが、先に書簡の用意をして参ります、今しばらくお待ち下さいませ」


 「分かった」


 鷹揚に答えたけど、書簡って何書くの?




 ───......この時私は、他に何も浮かばなかったから、執事さんが慌てるようなその他の要素なんて全く考えていなかった。


 きっと、もっとよく考えたら浮かんだだろう。


 でも、私は毎日迷子みたいなものだったから、冷静に見えて冷静じゃなくて、だから、気付いていなかったのだ。


 領地の民だけじゃなくて、オーギュストさんの住んでいた館の方に、執事さんが慌てるような、そんな要素があったなんて───...










 それから暫くして、執事さんが持って来た書簡の物凄い上質さで、どこに書くのか察した私は、一人で納得していた。


 そりゃそうだよね、王様に何も言わずに領地帰るとか、どう考えても頭悪いよね。

 はい、自分の事です。


 いや、知ってたけどな、知ってたけど自分馬鹿か。馬鹿だよ。

 当たり前だよ、現代社会でも上司に一言も言わずに実家帰ったら、始末書とまでは行かないだろうけど、その後ギスギスするに決まってるじゃん。


 自分で自分に幻滅してしまったけど、それでも頑張って生きなきゃならないので、頭の中で文章を組み立てながら、机の引き出しから手紙専用のインク壺を取り出し、それを机の上に置こうとしてから、ふと気付いた。


 「む」


 インク壺を取り出したつもりだったけど、違う物を取り出してしまったようだ。


 どんだけポンコツなの私。


 ていうか何コレ。


 思わず、それをじっと見詰めてしまった。


 見た目は、小さな小箱。

 当主の指輪が入ってたのとは違う、赤くてシックな箱だ。


 .........赤?


 もしかして、という一瞬過ぎった考えを確かめる為にその小箱を開ける。

 すると、中に入っていたのは、薄緑色の宝石が付いた指輪がひとつ。


 その薄緑色は、オーギュストさんの愛した、あの人の瞳と同じ色だった。


 「ジュリアの指輪...か」


 体格が変わって、着ける事が出来なくなったから外してあったんだろう。


 そしてオーギュストさんは、それをペンダントにして持ち歩いたり、小箱ごと持ち歩いたり、そんな記憶が朧げに浮かんで、ちょっと悲しくなった。


 いや、まあ、確かにこの辺にあるだろうなとは前に考えてたけど、何も今見付けなくても。


 ていうかこれ、私が持ってる訳にもいかないよね?

 何せ、私はオーギュストさんじゃないし。


 それならいっそ、オーギュストさんの指輪が入ってるだろうジュリアさんのお墓に、そっと入れてあげたい。

 だって、当のオーギュストさんはもう、ジュリアさんの所に行っちゃってる訳だし。

 オーギュストさんのお墓を作ってあげられないのは申し訳ないけど、いつか、機会があればなんとかしよう。


 そんな事を考えながら小箱を閉じ、忘れないようにする為に目立つ場所へと置いた。


 それから、引き出しから改めてインク壺を取り出した私は、そのまま無事に書簡を書き終え、執事さんへと託したのだった。






 ...その後、領地の領主代行の館へ帰還の旨を記した書簡を送ったり、領地へ行く為の準備をしたりして、二日が過ぎた。

 なんでこんなに時間が掛かるのかと思ったけど、貴族の長距離移動と考えるとこれでも早い方らしい。


 馬車の整備と、護衛の兵士の選別、着替えと食料、ルートの確認、それから、計算途中のあの書類の山を纏め、出来た分と出来てない分両方を持って行かなきゃならない。


 あれ、そう考えると二日って早くね?

 改めて気付いた事実で執事さんの有能さに若干戦慄してしまったけど、仕方ないよねコレ。


 そんな私は現在、公爵家当主専用という、あの拡張式の空間魔法とやらが掛かった馬車に乗り込んで、やっぱり書類と戦っていた。

 これが終わらないと次に取り掛かれないからね、しかたないね。


 ていうか、何度でも思うけどこの馬車ちょっとした家だよね。

 揺れないし広いしキッチン付いてるし寝室付いてるし、なんならシャワー室もあるとかさ。


 住めるわマジで。


 ...私の住んでた一人暮らし専用マンションの部屋より広いんだけど、うん、気付かなかった事にしよう。


 王都のオーギュストさんが12年過ごしたお屋敷から出発して、かれこれ三時間は経過したけど、今の所特に何事も無く、このまま順調に進めば三日か四日でオーギュストさんの領地へ着くらしい。


 ちなみに、現在、執事さんと隠密さんが何してるかと言うと。


 執事さんは私の為に、隣の部屋で待機して、お茶持って来てくれたり料理持って来てくれたりしてくれる事になってます。

 そんで、隠密さんは馬車の通る道を先行して、兵士達がどうにも出来ないような異常があれば知らせてくれる事になってます。


 至れり尽くせり過ぎて言葉も無いよね。

 本当にご苦労さまです。


 そんな事をしみじみ思っていた時、ふと景色が動いていない事に気付いて、それから周りの気配の様子が、なんか、変な感じになっている事にも気付いた。


 えーと、馬車の周りに野次馬?

 あと、馬車の前に誰か居る。


 ......なんだろ、揉め事?









 ...その日、王都から馬車で三時間ほどの位置にある街、ルルーリアは騒然としていた。

 この国で一番と言っていい程に悪名高い、かのヴェルシュタイン公爵が自分の領地へ帰る為に、何年かぶりに街を通るという知らせが、街を守る兵士から街の人々へと知らされたからだ。


 いくら王都に近くとも、王都の噂が浸透するにはまだ時間も少なく、ヴェルシュタイン公爵が賢人となった噂が届いても、信じている者など皆無に等しかった。

 ゆえに街の人々は皆、かの公爵が街で何か残虐行為をするのではないかと気が気ではなかった。


 そして、昼前の午前中、公爵家の馬車は街の中へと入って来た。


 国で二番目に高い地位に相応しい、煌びやかながら厳かにも見える装飾の馬車を先頭に、全部で五台の馬車が静まり返った街中を進んで行く。

 近寄れば、ヴェルシュタイン公爵家の物である事を示す、月と薔薇が入った紋章が馬車の側面にある事が分かるだろう。


 だが誰も近寄る事無く、遠巻きに馬車が通り過ぎて行くのを、怯えた目で見詰めるだけだ。

 このまま何事無く街を通り過ぎる事を望む街の人々の願いとは裏腹に、運命の神は残酷だった。


 何も知らない小さな子供が一人、馬車の前に飛び出してしまったのだ。


 五歳ほどの年齢の、服装から察するに男児だろうか。

 少しの衝撃で消えてしまいそうな脆い命だった。


 それを目撃してしまった人々は引き攣るような悲鳴を上げた。


 だが、幸運と言って良いのか馬車の速度は余り無く、余裕を持って子供の前へ止まり、結果、子供が馬車に轢かれるという惨劇を回避する事は出来ていた。

 だが、子供が止めてしまったのは公爵家の馬車だ。


 その辺の貴族が相手でも無礼だというのに、その更に上の天上人、しかも、悪名高いヴェルシュタイン公爵の馬車。


 街の人々は、子供の命を諦めた。


 しかし、その子供の母親は諦められなかった。

 目の前で止まった馬に、呆然としていた子供へと駆け寄り、叫ぶ。


 「も、申し訳ありません!!」


 突然止まった事に、馬車を警護していた兵士達が確認の為やって来ると、必死で謝罪する母親と子供という図に何が起きたのか察した兵士が口を開いた。


 「何をしている!」


 それはただ単に危ないから早くどけ、というだけの声がけだったのだが、母親はそう取る事が出来なかった。


 「あ、あぁあ!!申し訳ありません!!この子の命は、命だけはっ!!、わたしはどうなっても構いません!どうかこの子だけはっ!!」

 「う、うわぁあああん!!おかあさん!!おかあさんっ!!」


 涙ながらに必死に捲し立てる母親と、その母親の剣幕と雰囲気の不穏さに号泣する子供の声が辺りに響き渡る。


 なんとか会話をしようと兵士が声を掛けるが、パニックに陥った親子はそれだけで竦み上がってしまい、その場で座り込みながら泣き喚くだけだ。


 そんな中、見る限り50代の小太りな、この街の代表らしき男が転がるようにまろび出た。


 「なんという事だ...っ!、あぁ、申し訳ありません!!こら、今すぐそこからどきなさい!」

 「いやぁああ!!わたしからこの子を奪わないでぇええっ!!」

 「うぁああぁあん!!」


 響き渡る悲痛な声に、それを見詰める事しか出来ない街の人々が悔しい思いに顔を歪める。

 年若い女性達は、その光景を見ていられないと目を逸らした。


 高位貴族の馬車を止めたという事は、時として死へ直結するような重大な出来事である。

 つまり、今馬車の前にいる三人は、いつ命を奪われてもおかしくなかった。


 街の代表である男は、己が死ぬかもしれないという事など考えてもいない。

 それよりも、自分の街の住人が公爵家に楯突いているという状況が耐え難かったゆえに、飛び出した。


 母親は、遅くに出来た己の大事な子が、身分の理不尽により死んでしまうかもしれないという事が耐え難く、それならばいっそ己も共に行こうと飛び出した。


 そして、全ての原因となってしまった子供はといえば、街でも滅多に無い人集りに興味を持ち、勝手に母親の手を離れ、勢い良く走り出してしまった。

 小さな身体は容易に人混みをすり抜け、結果として、彼は好奇心の赴くままに、勢い良く馬車の前へ飛び出してしまったのだ。


 誰も、これから起きてしまうかもしれない悲劇を止めるなど出来ずに、時だけが過ぎて行く。


 しかしその時、兵士達が突如として道を開け、馬車の扉が開く。

 悪名高いかの公爵の登場かと、その場の空気が凍り付いた。


 だが、街の人々の予想に反して、公爵家の馬車から姿を見せたのは、壮年の美しい男性だった。


 スラリとした体躯に、青銀の髪。

 整い過ぎて恐怖を感じる程の、美しい顔の造形。

 切れ長のアイスブルーの瞳が辺りを見回すと、たまたま見てしまった女性は、ほぅ、と感嘆の溜息を吐いた。


 「ふむ、なるほど、何が起きたのか察しは付くが、尋ねておこう。

 一体何事かね?」


 その年齢だからこそ醸し出される色気を纏った低音での問い掛けは、街の人々を呆然とさせた。

 それは必死に親子をどけようとしていた街の代表もだが、当の親子の方も例外では無かった。


 「は、申し訳ありません旦那様、どうやら、馬車の前に子供が飛び出してしまったようです」

 「そうかね、まぁ、この様子ではそうだろうな」


 男性の問いに答えたのは、男性の一番近くに佇んでいた隊長らしき兵士だ。

 突然の、予想すらもしていなかった素晴らしい美形の登場に、訳も分からず混乱している周りの人々だったが、兵士の“旦那様”という言葉に、彼等の混乱は更にピークに達した。


 そんなざわざわとした喧騒の中、馬車の前の三人を一瞥した男性が、不意に口を開く。


 「ふむ、まあいい、君達」

 「は、はいっ!?」


 男性からの呼びかけに、街の代表が跳ねるように応えた。


 「いつまでもそこに居るつもりだね、危ないからどきなさい」


 キッパリと、しかし、どこか慈愛を感じる落ち着いた声音のそんな言葉に、座り込んでいた親子は呆然とした。


 そんな中、羞恥やら照れやら焦りやらで真っ赤になった街の代表は、慌てたように答える。


 「は、はいっ!大変しつゅれいしましたっ!っ早く行くぞ君達!」


 若干噛みながらも親子を促す街の代表は、耳まで真っ赤だ。


 「え、あ、はい」


 呆然としながらも、ポカーンと間抜けな顔で男性を見つめ続ける子供を連れて、母親は街の代表と脇に寄る。


 それを見届けた男性は、うむ、とひとつ頷いて馬車の方へと歩き出した。


 だが、そこへ街の代表が焦ったように待ったをかける。


 「あ、あのっ!」

 「おい、無礼だぞ!」


 途端の兵士の静止に、街の代表は顔を青くしたが、声を掛けられた男性の方は気にしなかったらしい。

 彼は代表の方へと、視線を向けたのだ。


 「...構わん、聞こう」


 その言葉に、少しの安堵を感じながら、それでも恐る恐る、代表が男性へ問い掛ける。


 「あの、お、お咎めは...」


 そんな代表の言葉に、男性は今思い出した、とばかりの声音で、淡々と呟いた。


 「あぁ、なるほど、貴族が民を無礼討ちするのは当たり前だったか」


 男性の言葉に、藪蛇だったかもしれない、と察した代表は、思わず冷や汗を掻きながら、それでも必死に捲し立てる。


 「この街は多少なりとも裕福ではありますので、賠償金でしたらお支払い出来ます、あの親子も処分致します!ですので、どうか...!」


 「貴様は何を言っている?」


 代表の懇願に、男性は心底意味が分からない、とでも言いたげに眉をひそめた。


 「へっ?あの、ですから、賠償金を...」


 「街の者が粗相した時、責任を取るのは上に立つ者でなければならない。

 下の者に責任を負わせるなど、あってはならない事だ。

 子の責任が親にあるのと同じように、上に立つ者が責任を負いたまえ」


 つらつらと並べ立てられた男性の言葉は、街の代表である前に矮小な男である彼には、殆ど理解出来なかった。

 それでも、貴族に逆らってはならないというこの世界の常識により、理解し同調したように振る舞いながら、謝罪の言葉を口に出す。


 「も、申し訳ありません!!出過ぎた事を申しました!!どうかお許し下さいっ!」


 冷や汗だか脂汗だか、もはや分からない汗が代表のこめかみを伝って行った。


 「ふん、まあいい。

 貴様に理解など求めていない」


 キッパリと、そんな冷たい言葉を発した男性は、呆れたかのように溜息を吐く。

 そして、まだ何か言いたげに男性の様子を伺う代表へと、続け様に断言した。


 「私はこのような些事に関わっていられる程暇ではない。

 それよりも次の街への到着が遅れてしまう方が問題だ」


 「え?えっと、その、それは一体...」

 「分からんか、私は関わっていないものとしろ、と言っているのだ。面倒だからな」


 鬱陶しい、とばかりに表情を歪めた男性に、代表の男は焦りの余りその場に平伏した。


 「...っ!あ、有り難き幸せに存じまする...!!」


 「では私はもう行く」


 「ははぁっ!!どうぞ良い旅を!公爵様に女神ルナミリアの御加護が御座いますように...!!」


 そう言って今にも地面に額を擦り付けんばかりに平伏する代表の男を一瞥すらせずに、男性は馬車へと乗り込んだ。


 それを確認した兵士は、そのまま馬車を走らせる。

 カポカポという蹄の音が響き渡る中、代表の男は地に平伏したまま、馬車を見送った。

 それから、馬車の列が見えなくなって、ようやく体を起こした代表の男は、そのままそこにへたり込んでしまったのだった。



次回、オジサマに俺TUEEEEさせたい。

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