26
なんとも爽やかな気持ちでクソ王子の居た場所から離脱し、なんか知らんけど誇らしげな妹さん夫婦と合流した後、改めて色々と説明する為にと、四人で開け放たれていた両開きのでっかいガラス扉を通ってテラスに出る。
しかしテラスはそのまま通り過ぎ、中庭、つまりは外へ出た。
そこは様々な草木が植えられ、私の知らない青白い花達が美しく咲き誇っていた。
百合という訳でもなく、薔薇や牡丹という感じでもない。
似ている花があるとしたら、形状は鈴蘭、花の形はカーネーション、といった感じだろうか。
花弁の枚数が多いから、真正面から見る事が出来るとしたら、牡丹かカーネーションが近いんじゃないかと思う。
だけど、花とかあんまり詳しくないから私が知らないだけで、もしかしたら該当する花は地球にも存在するのかもしれない。
オーギュストさんの知識を探ると、この国の国花で“ルーナ”という花であるらしい事が分かった。
ちょうど建国記念の時期に咲く花で、今が見頃の時期なのだとか。
ついでに出て来た知識に、この花の根を煎じて飲むと自然治癒力を高めてくれるらしく、戦時中に刈り尽くされそうになり絶滅の危機を迎えた事もあったとの事。
傷等の治療薬として以外に、ちょうど同じ時期に流行った病気の治療として、気休めに服用される事も多かったとか。
途端に、胃の辺りが痛くなりそうな程、胸からきゅうっとした違和感を感じたのは、その病気に罹っていた死の間際のジュリアさんや、その際のオーギュストさんの様子がフラッシュバックしたからだろう。
ジュリアさんにも、この花が治療として使われていた。
だけど、病気そのものの治療薬という訳じゃないから治る事は無かったし、なにより、間に合わなかった。
その病は、伝染病に分類されるものだった。
何が原因で伝染るのか、法則が全く無く、まるで呪いのように家族全てが罹る家もあれば、何十人もの人間のいる屋敷の中でたった一人だけ罹る事もあった。
運悪くそのレアケースに当たってしまったのが、ジュリアさんだった。
この病の特徴は、まず、罹った事が発見されにくい事だ。
初めの内は風邪みたいな症状だからこそ発見が遅くなり、気付けば重症というケースが多い。
まあ、始めの内にこの病気だと分かったとしても、治療薬が無ければ完治する事など無いのだが。
風邪のような症状の途中、身体から魔力、体力、抵抗力、筋力、全てがだんだん減って行くのだ。
結果、最期は枯木みたいな老人のような姿で死を迎える。
だから当時、その病は『枯木病』と呼ばれていた。
魔力の量や質が原因なのか、調べるにもそういう専門家がこの国には居なかったから分からない。
けど、罹る人もランダムで、死亡時期もランダム。
唯一の救いは特効薬がある事だけ。
薬が効くから呪いじゃない、というのが世間の認識らしかったが、オーギュストさんにとってはもう呪いと大差無くて。
自分の記憶じゃないのに、まるで、自分が経験した記憶みたいな感覚が気持ち悪かった。
「ルーナの花……、もうこんな時期なのか……」
「いくら国花でも、あまり好きではありませんわ」
妹さん夫婦が呟いた言葉に、姪っ子ちゃんは不思議そうな顔をした。
当時を知る者と知らない者の差なのだろう。
知らなければ、ただの青白い色の美しい花なのだから。
「建国記念日という事は、そういう時期、という事だ」
静かにそう言って足を進めると、複雑そうな表情を見せる妹さん夫婦の姿が視界の端に見えた。
取り繕ってるようだけど、二人共、演技力はまだまだだな。
そんな事を気休めのように考えながら、私は胸に渦巻く嫌悪感やその他もろもろを振り払うように、冷静に当時を分析してみる事にした。
...そして、ふと思った。
もしかして、伝染病の発生は敵国の策だったんじゃないだろうか、なんて。
そう考えたら、たまたま流行った病の特効薬が、敵国にしかない、というのも妙だとも思う。
それから、当時は水が汚染されていたのかもしれない、という仮説が浮かんだ。
水は生活に無くてはならないものであるがゆえに、一番気付かれにくく、かつ何かを仕掛けるのに簡単で的確、そして残酷な方法だ。
戦時中に相手の国で伝染病を流行らせるとか、ドラマや映画でも、そんな感じのが良く使われてたような、そんな気がする事を思い出したからこその、この思考だ。
オーギュストさんの記憶を探って、その病の分布図を頭の中に作ってみたら、貯水場に近い場所で多発しているのが分かった。
あぁ、うん、明らかに策っぽいわ。
という事は、水の精霊に好かれるタイプの人間は罹りにくかったんじゃないだろうか。
何せ、精霊好みの魔力というのは精霊にとって美味しいご飯で、それをくれるいつもの人間が、自分が司っている属性の水が原因で死ぬ、とか、普通に考えても嫌がるだろう。
......となると、戦争相手だった隣国が物凄ーく、怪しい。
この分じゃ、伝染病、って分類されてるのすらも怪しく感じる。
まだ推測を出ない域で、詳細も何もかも不明だけど、可能性としては高いだろう。
出来るなら、当時の事を精霊王に聞いて見るのも手かもしれない。
聞いてみて、本当に確証を得る事が出来たなら、......私は一体どうするだろう。
とりあえず、戦争を起こした奴を見つけ次第、戦争で死んだ人達の分までボコボコにしてやろうとは思ってるけど、実際ソイツを目の前にしたら、オーギュストさんの記憶のせいで何をしてしまうか分からないのは不安だった。
そんな事を考えながら改めて中庭を見回す。
中庭の所々にはテーブル席が設けられているようで、そこでは他の貴族達が寛ぎながら、景観を素晴らしいと絶賛の声を発しつつ、優雅に眺めている様子が見えた。
しかし、だんだんと私が近付くにつれ、そこらじゅうに居た貴族達はそそくさと席を立ち、慌てた様子でどこかへ行ってしまった。
......いや、あの、私、ただ歩いてただけで、特に威圧とかしてないし、何の他意も無いんだよ?
なんで皆そんな真っ青な顔でどっか行くの?
待って待って、何もしてないよ?
何もしないよ?逃げなくて良いよ?
なんでそんな必死なの?
いや、うん、気持ちは分かるけどね?
だって、悪の総帥みたいなオジサマが何人か引き連れて歩いてたら迫力あるよね。
しかもその内二人はちょっとキツい顔立ちしてるし、迫力ハンパないよね、仕方ないね。
なんだろう、泣きたい。
「あら、ちょうど良く席が空きましたわね」
「そうだねローザ、ここにしようか。
ここならあの花じゃなくて、義兄上にぴったりな紫の薔薇が良く見える」
ほほほ、ははは、そう笑い合いながら空いた席に早速着き始める妹さん夫婦は、なんか、慣れきっていた。
それってつまり、こういうのは毎度の事なんですね知りたくなかった。
さり気なくオーギュストさんを持ち上げるような事を言ってるけど、その席、まるで私達が強奪したみたいな微妙な気持ちにさせてくるよ、地味に座りたくない。
「まあ、本当にお兄様にぴったりな良い紫色だこと。
ほらクリスティア、貴女も席に着きなさい」
「は、はい、お母様」
立ちすくむ私に気付かず、妹さんに促された姪っ子ちゃんは、慌てたように空いた席に着いた。
あ、これもう他に行ける気がしない。
いや、言えば移動してくれるんだろうけど、そんな事したらまたさっきみたいに怯えられて席強奪!みたいな事になる気しかしない。
よし、もういいや、お城のお庭とか、ちょっと見学してみたかったけど今日歩き回るのは諦めよう。
今度にしよう、機会なんて多分沢山ある筈だ。
多分。
「......そこのキミ、紅茶を四つ頼むよ」
「はっ!はい!かしこまりました!今すぐにお持ち致します!!」
遠巻きにこっちを見ていたボーイっぽい男性にそう声を掛けたら、なんかものっそいビビった反応が返って来て、しかも走って逃げたみたいな速度で離れて行った。
...めっちゃ速かったけど、お茶、ホントに持って来てくれるよね?大丈夫だよね?怖いから逃げたとか、そんなんじゃないよね?
ただ単にお茶の用意の為に急いで離れてったんだよね?そうだよね?
あれ、なんだろう、おかしいな、また泣きたくなって来たぞ?
いかんいかん、別の事考えよう。
思考を切り換えながら前を見ると、ものっそい高級な雰囲気の景色が飛び込んで来た。
白いテーブル、背景は紫色の薔薇、席にはきらびやかな衣装の美男美女と美少女。
なんかもう上流階級過ぎて、何だっけこういうの、ファ......、あ、ダメだ、ファブリー〇しか出て来なかった。
近い気はするんだけど、どうしてこう違うのしか出て来ないの私。
こうなったらもうそれ以外思い出せなくなるんだよねちくしょう。
つーかなんでファブ〇ーズ?、除菌消臭してどうすんのさ、自分の頭が残念過ぎて色々と台無しだよ。
自分の頭の悪さに辟易しながら、しかし顔には全く出さずに、優雅に見えるよう頑張って振る舞いながら最後に残った席へと着いた。
外見はともかく、中身の私の場違い感、ハンパないです。
こんな人達の相手なんぞした事ねーよ!!何これどうしたらいいの!?
いや、頑張るけどさ!!命掛かってるからね!!ちくしょう!
その時、私の左側の席に座った姪っ子ちゃんが恐る恐る、といった様子で声を掛けて来た。
「あ、あの、おじさま......」
「どうかしたかね、クリスティア」
「......さっきは本当にごめんなさい、わたくし、浅はかでした......」
悲しげな表情で声を震わせながら謝罪する彼女は、今にも泣き出しそうだった。
いや、待って、なんでそんな落ち込んでるの姪っ子ちゃん。
さっきの事はもう良いよ?反省する事も大事だけど、あんまり引きずったらオーギュストさんの二の舞になるよ?
このままじゃいかんと何か返答しようとした次の瞬間、私と姪っ子ちゃんのやり取りに割り込むように、横と前から言葉が発せられた。
「そうよクリスティア、貴女、殿下に楯突くなんて一体何を考えているの」
「そうだよクリスティア、取り返しのつかない事になったらどうしてくれるんだい?」
口元を扇子で隠し、眉間に皺を寄せながら何処か棘のある声色で告げる私の右側の席の妹さんと、
溜息を漏らさんばかりの呆れたような表情で、どこか残念そうな声色で問いかける私の正面の席の旦那さんだった。
私の観察眼では、二人共が姪っ子ちゃんを心配して言った事が分かる。
だって、オーギュストさんの身体のスペックマジでハンパないから、妹さんの顔を隠している扇子なんぞ無いも同然な訳で。
つまり、私から見れば、妹さんの扇子の下にあった心配そうな表情が丸分かりなのである。
そして、旦那さんの方はと言えば、私に言わせれば演技力不足。
心配している、という事を隠そうとし過ぎて過剰なリアクションになり、結果本来したい表情とは違うのだろうあの呆れたような表情になっているのである。
表情筋が変な仕事の仕方をしてしまった典型と言えるだろう。
だが、問題はそこじゃない。
一瞬傷付いたような表情を見せたあと、慣れたように取り繕ったような笑顔を浮かべた姪っ子ちゃんの方だ。
おい、ちょっと待て。
慣れてる?いやいやいや、ダメだろこれ、ダメなやつだよ、どう考えても。
「二人共、待ちたまえ」
「あら、どうされましたのお兄様」
優雅に笑う妹さんはめっちゃ綺麗なんだけど、今はそんなん放置だ、放置。
「......まさかとは思うが、クリスティアに対し、今までずっとその態度かね」
「はい、そうですが、何か問題が?」
はいアウトぉぉおお!!
なにしてんのこの母親!馬鹿か!
馬鹿なんだね!分かった!
「ふむ、では私からみた二人の、実の娘に対する態度を客観的に指摘する事にしよう」
「......はぁ...?」
不思議そうな声を発する旦那さんに苛立ちが湧いた。
無自覚かこのクソ親父。
本来、よそのご家庭の教育方針に文句付けるとか、どう考えたって余計なお世話なんだろうけど、それでも口を出さずにはいられなかった。
子供にあんな悲しい顔させておいて、気付いてないとか親失格だ。
イライラを全力で隠しながら、努めて冷静になるよう自分自身へ落ち着けと自己暗示をかけ、とにかく表情を変えないように、冷静沈着、ただし威厳たっぷりになるよう、静かに口を開いた。
「...まずロザリンド、君は、実の娘が鬱陶しく、嫌いで、煩わしいと思っているようにしか見えない」
「......なんですって?」
言い切った途端に、妹さんは苛立ちで歪んだ表情を扇子の下に隠しながら棘のある声で聞き返して来た。
なんでもクソもそんな風にしか見えんわバカタレ。
本来の私なら妹さんの剣幕にビビって返答すら出来なくなっていただろうけど、苛立ちが勝っている今、何も怖く感じなかった。
とりあえず今は妹さんを無視して、次に旦那さんの方へと視線を向ける。
「次に義兄上、貴方も同様、実の娘が不出来ゆえに煩わしく、まるで愚か者を見ているような視線を向けているようにしか見えない」
「......えっ」
キッパリと言い放ってやれば、旦那さんは、鳩が豆鉄砲食らったみたいなぽかんとした表情で呟いた。
あぁ、うん、マジで無自覚だったのかよ父親失格だな。
つーか、義兄上って呼んでみたけど反応薄いな、大丈夫そうならこのまま呼ぶぞ?
その時、姪っ子ちゃんがどこか慌てた様子で、それでもさっきまでと変わらない取り繕ったような笑顔を貼り付けた顔で、私の服の袖を引いた。
「おじさま、良いのです!わたくしはお父様とお母様に疎まれている事など、既に承知しております!だからっ......!」
ポロリと、零れていく一粒の涙。
うん、そっか。
ずっと我慢してたんだね。
大丈夫、ちょっと説教するだけだからね。
姪っ子ちゃんの頭を軽く撫でながら、私は一つ息を吐いた。
「クリスティア、まず、それが間違いだ」
「えっ?」
キョトンと、不思議そうな表情で首を傾げる姪っ子ちゃんは、本当に可愛らしい。
だからこそ、その両親が訳分からん事をしているのが許せなかった。
「ローザ、見栄を張るのは辞めにして、扇を下げなさい」
「で、ですが......」
まさか娘がそんな風に感じていたなんて、全く気付いていなかったのだろう。
さっきの姪っ子ちゃんの言葉で、ようやくその事に気付いたのかもしれない。
動揺を隠すように扇子で目元まで隠しながら、言い淀む妹さんの目はあちこちに泳いでいた。
オーギュストさんの記憶と擦り合わせながら、妹さんの心情を何となく察した私は、改めて口を開く。
「扇が必要なのは社交の場などの公の場のみだ。
君はすぐに口元に表情が現れる。
それを気にしての行動という事は理解出来る」
早い話、彼女は演技が下手なんだろう。
私の言葉に対し、バツが悪そうに視線を逸らしているのが証拠だ。
「だが家族同士でそれは、娘を、そして家族を信用も信頼もしていないと同義だろう。
そんな事をしていれば誤解されても当たり前だ」
「.........はい」
思う所があったのか、妹さんは少し落ち込んだ様子を見せながら、ゆっくりと扇子を下ろし、パチリと閉じた。
さて、次はこの馬鹿親父だ。
正面に視線を向けオーギュストさんの記憶から擦り合わせ、目の前の男のデータから、何故こうなったのかを考えた。
うん、これはアレかな。
賢い子の親が陥りやすい、ウチの子は天才!だから大丈夫!っていう鬱陶しいヤツか。
「それから義兄上、貴方はクリスティアを評価し、期待を掛けているのは理解出来る」
カマをかけるようにそう告げた瞬間、そうでしょウチの子凄いよね!みたいな顔を一瞬浮かべ、取り繕ったみたいな笑顔を浮かべたのを私は見逃さなかった。
はい、これダメ親父確定だわ。
少し息を吸って、吐き出すように言葉を続けた。
「だがしかし、彼女はまだ経験が浅い。
貴方の演技を見破れる程の技量はまだ彼女には無い事を知りたまえ」
「な...、クリスティアは賢く、そして聡明です!」
はい現実見ろ馬鹿親父。
「だが、彼女はまだ12歳ですらない事を忘れていないかね」
「......あ......」
今、私に言われてようやく思い出したみたいな顔しやがったぞコイツ、さすがは親馬鹿を通り越した馬鹿親父。
「クリスティアは、君達に認められたくて全てを我慢し、必死に背伸びをしているに過ぎない。
彼女はまだ幼い、甘えたい盛りの、庇護の必要な子供なのだよ」
いくら貴族でもさ、こんなにも可愛い子供に一体何をさせてんだよ、親だろお前ら。
そんなだからあんなにも大人びて、自ら己を犠牲に出来るような子になっちゃってんだろうが。
「...では、私達のしていた事は...」
「クリスティアに辛い思いをさせ、突き放していただけ、だな」
呆然と呟く旦那さん改め、馬鹿親父に向け、キッパリと言い放つ。
「なんて事......!あぁ、クリスティア、ごめんなさい、ワタクシがくだらない意地を張っていたばかりに......!」
そんな風に言いながら、半泣きで席を立って私の後ろを通った妹さんは、姪っ子ちゃんへと近寄ると壊れ物を扱うかのように彼女の頬へ触れる。
次いで、旦那さんも席を立ち、姪っ子ちゃんへと目線を合わせるように片膝をついた。
「クリスティア、本当にすまない、君に辛い思いをさせているなんて、考えもしていなかった......!」
「えっ?えっ?」
何もかもが予想外だったのだろう。
そんな訳がないと思いながらも、そうだったらいいのに、と期待してしまって、そんな自分に嫌悪感を抱いている、それが表情だけで良く分かった。
彼女は、両親の言葉を信じたくても、怖くて信じる事が出来ないのだ。
「...突然の事で戸惑っているだろう、クリスティア。だが、これは現実であり、真実だ」
正面から母親に、横からは父親に、泣きそうな顔で謝罪された彼女は、ふるふると小さく身体を震わせながら、恐る恐る、口を開く。
「わたくしは、お父様とお母様から、嫌われて......」
『ません!!』
重なるようにキッパリと断言した彼等の言葉に、私はつい、笑いそうになってしまった。
めっちゃ必死だな、この二人。
いや、娘からの信用が全く無いかもしれんのだから仕方ないけどさ。
内心では、プークスクス、とか笑ってしまいながら、姪っ子ちゃんへと視線を向ける。
「だそうだが?」
「ほん、とうに?」
途切れがちな言葉は、信じても良いのか分からなくて困っているような響きで、そんな彼女の表情は今にも泣き出しそうだった。
「あぁ、本当に、だ」
姪っ子ちゃんへ優しく声を掛けたその次の瞬間、本当に唐突に、冷静になってしまった。
さっきまで失笑してたのに、そんな気持ちは、もはや微塵も無い。
オーギュストさんの記憶では、二人共、我が子に対してこんな事になるような人じゃない事に気付いたからだ。
不安感が払拭されたせいなのか、堰を切ったように泣き始めた小さな少女と、そんな我が子を正面から優しく抱き締める母親。
そして、そんな二人を横からそっと抱く父親。
親子の亀裂が埋まった微笑ましい様子を眺めながら、冷静な頭が思考する。
記憶の中の妹さんは、素直になれない、だけど、情に厚くて感情豊かな、そんな可愛らしい子だった。
旦那さんの方は、オーギュストさんのクラスメイトで、優しくて明るくて、凄く真面目、そんな素敵な人だった。
二人共、ちゃんとした普通の感性と礼儀と、誇りを持っていたのだ。
それが、あんな風に周りが見えなくなってしまうなんて、考えられない。
何か原因がある筈だ。
...あぁ、だけど、それを言ったら王様だって元々凄く優秀な人だったのだ。
もしかして、全ては、オーギュストさんがあんな風になってしまったからなのではないだろうか。
ただの自意識過剰だ!と一蹴出来たならどれだけ良かっただろう。
良くも悪くも、彼等にとってオーギュストさんの影響力は大きい。
そりゃそうだ、身近な人が頭おかしくなったら、誰だってショック受けるに決まってる。
という事は、少なくともオーギュストさんに原因があるんだろう。
だけどそうなってしまったのは、ジュリアさんが亡くなってしまったからで。
...要するに、戦争を起こした奴が全ての原因という事になる。
戦争が起きて、ジュリアさんが亡くなったから、少しずつ歯車が壊れて、だんだんと被害が大きくなって、結果が、今なのだ。
誰も悪くない。
私も、オーギュストさんも、妹さんも旦那さんも、王様も王妃様も。
皆、被害者だ。
だけど、それを正し、心の傷の対処が出来るのは根本に近い当事者だったオーギュストさんだけだろう。
きっとオーギュストさんもそれを望むだろう。
自分が原因でこんな事があちこちで起きているのなら、止めなくてはならない。
そう言って、自分が潰れるまで頑張ってしまうんだろう。
誰にも頼らず、自分一人だけで。
あの人はまた、自分自身を削りながら奔走するんだろう。
本当に不器用な人だから。
そこまで考えて、腹の底からフツフツとした怒りが湧いた。
許せない。
だって、そうじゃないか。
戦争さえ無ければ、こんな風に拗れてしまう事なんて無かった筈だ。
あぁ、もうマジでさ、何してくれてんだよ、ふざけんな。
絶対に、見付けてやる。
見付けた後の事は考えてないけど、今はどうでもいい。
誰だか知らんが必ず見付けて、後悔させてやる。
オーギュスト・ヴェルシュタインの居る国に手を出した事を。
決意を固め、空を見る。
清々しい晴天を視界に留めながら拳を握り締めた。
首洗って待ってろ糞野郎が!!