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 パーティ二日目に参加する為に登城したものの、なんかもう、とても、ていうかめっちゃ、気が重かった。


 だって昨日の今日だよ?

 絶対何かあるに決まってるもん。


 だけど昨夜精霊王達が押しかけて来たとはいえ、やっぱり参加しない訳にはいかない訳で、げんなりしながらも馬車に乗り、昨日の夜にも来た城までやって来たのである。


 なんせ、送られて来た招待状は、この三日間全てに対する招待なのだ。

 よっぽどの体調不良とか、親族の不幸とか、そういった事が起きない限りは、参加しなければ王家に恥をかかせる事になってしまうのである。


 命は惜しいから仕方ないね。


 そんな二日目は昨夜とは違って参加人数は桁外れだ。

 昨日は限られた貴族だけだったらしいけど今日からの二日間はそれ以外の人も来ている為、会場内は見渡す限り人だらけ。

 まぁ早い話、この身にザクザクと突き刺さる視線やらなんやらも桁外れな訳なのである。

 お陰で入ってすぐに気分が急降下だ。


 ヤダなにこれめっちゃ見られてるぅー...。


 女優として他人の視線には慣れてる筈なんだけど、オーギュストさんの高過ぎるスペックのせいでキツさが倍増してるんだよね、何この感覚、ヤダこれ。


 ちなみに今私の居る会場は昨夜とは別の場所ではあるんだけど、昨夜の会場にも通じている会場だ。

 昨夜の会場も広いと思ってたけど、こっちのが広い。

 更に言うと、後の残り二日間、なるべく多くの人数を収容出来るよう、会場には中庭も含まれているらしい。


 うん、とりあえず言わせてくれ。

 この城の構造どうなってんだ。


 いや、記憶の中にはキッチリ城の構造あるけど、それを改めて説明する為に文章にしようとしたらめっちゃ面倒臭いのでスルーしようと思います。


 脳内だけで、うん、と一つ頷いた私は、その時ふと、会場の入口、開け放たれた扉のすぐ近くに、どこか見覚えのある二人の存在に気付いた。


 緩くウェーブした青っぽい銀色の髪の美女と、金髪の優しそうな顔をした、オーギュストさんより少し年下っぽい男性。


 そんな二人が、ガッと目を見開き、まるでお化けでも見たみたいなめっちゃ驚いた表情で、こっちを見ていたのである。

 よく元の顔が分かるなと自分でも思うけど、オーギュストさんだから仕方ない。


 ていうか、私の背後に幽霊でも居るのかとめっちゃ怖くなったんだけど、背後には何の気配もなかった。


 うん、えっと、なんでそんなめっちゃ見てんの、このどっかで見た二人。


 とりあえず、慌てず騒がず、内心は若干慌てて騒いだりしながら、オーギュストさんの記憶からこの二人をセットで検索する事にした。



 検索結果、一件


 ローライスト夫妻

 オーギュスト・ヴェルシュタインの妹ロザリンド(37)と、ジュリア・ヴェルシュタインの兄であり、ロザリンドの夫、エミリオ(43)。

 姪であるクリスティアの両親。



 いや、知り合いどころか親戚通り越して兄妹(かぞく)じゃねーか!


 えっ、なにこれ、どうしよう、どうしたらいいかなこれ。

 えーとえーと、とりあえず挨拶だ、まずは挨拶しとかないと。


 こんだけ目が合ってスルーとか不自然過ぎるし、なにより、一応家族だし、ここは頑張らなきゃいかん。


 そういやオーギュストさんはこの二人を何て呼んでたんだ?、あれ、でもこういう場であんまり馴れ馴れしいのはどうなんだろう。

 つーか旦那の方オーギュストさんと同い歳とか余計に何て呼んだらいいか不明だよ!!

 兄で義兄で義弟でってもう訳が分からないよ!!

 ヤバイどうしよう判断が付かない。


 ちなみに貴族間で互いの家の繋がりを強くする為に友人同士で互いの妹が互いの兄に嫁ぐ事は実は結構あったりするらしいです!ややこしい事認めんなよ国!!


 うん、まずは落ち着け私、よし、とりあえず、まずは身分的には私のが偉いからこっちから挨拶しなきゃだよね。

 て事は一応公式の場での挨拶にしとくしかないか?


 一気にそんな事を考えたものの、頭の中は突然のオーギュストさんの家族の出現で冷や汗ダラッダラになりそうな緊張感にパニックを起こしながら、それでも頑張って二人へと近寄った。


 「随分と、久し振りだな。ローライスト伯爵夫妻」


 なるべく、剣呑にならないように頑張って目元を緩め、失礼にもならないように親しみを醸し出しながら、声を掛ける。

 予想よりも穏やかな声が出て、内心ちょっと焦るけど、ここでヘマしないようにととにかく気を引き締めた。


 すると、美女、オーギュストさんの妹さんが、呆然とした顔で思わず言ってしまったかのように、口を開く。


 「お兄、様」


 ポツリと、掻き消えてしまいそうな程の小さな声だった。


 「義兄上( あにうえ)...」


 次いで、金髪の男性、妹さんの旦那さんが彼女と同じような呆然とした表情で呟いた。


 いや、あんたが私を義兄って呼んでたら余計になんて呼んだら良いか分からんだろうがこんちくしょう。


 「元気なようで、喜ばしい事だ」


 とりあえず無難にそんな言葉を掛けるだけにすると、妹さんがその綺麗な顔をまるで小さな子供みたいにくしゃりと歪ませ、オーギュストさんと同じ吊り目がちの目の、そのアイスブルーの瞳を涙で潤ませた。

 かと思えば、涙の勢いは一気に加速し、ボロボロと涙を零しながら、彼女は私に向けて突進する。


 「っ、お兄様っ!」

 「っと、こら、自分の夫を差し置いて、私に抱き着くものではないよ」


 突然の訳分からん状況に対応する為に、どうしたらいいか分からんけどとりあえず突っ込んで来た彼女を抱き留め、宥めるようにポンポンと優しく背中を叩きながら、オーギュストさんが言いそうな台詞を口にしておく。


 涙が服に染み込んでも、ほっといたら乾くから良いんだけど、鼻水とか止めてね?カピカピになるから。



 「良かった、本当に良かった...!おかえりなさいませ、お兄様...!」


 妹さんは私の胸で、まだ号泣にはなってないけど、このままじゃそうなってしまいそうな勢いで涙を零しながら、絞り出したような震える声でそんな言葉を口にする。


 凄く感動の再会してるみたいだけど、でも、大変申し訳ない事に私はオーギュストさんじゃない訳で。


 ......うん、いたたまれない。


 旦那さんの方を見れば、懐かしいものを見た時みたいな、そしてホッとしたみたいな、それでいて泣きそうな、なんかもう本当に複雑な表情でこちらを見ていた。

 救いは、悪意が全く入ってない表情だという事だろうか。


 なんて言うか、オーギュストさんは本当に色々な人に心配されていたんだろうなと、改めて思う。

 全く気付こうとしていなかったのは、本人に余裕が無かったから、が理由なんだろう。

 理由にすらならない理由である。


 だってそれってただ逃げてただけでしょ?、暫くなら分かるけど、12年だもん。無いわー。


 理解は出来るけど、共感したくない。


 そんな事を考えていたら、慌てていた気持ちも罪悪感も若干落ち着いて、少しだけ余裕が出て来たので、ちょっと頑張ろうと思います。


 ...よし、気合いだ、気合い入れろ私。

 ここが正念場だからね!頑張れ私!


 私はオーギュストさんとして生きて行かなきゃいけないんだから、彼等を騙さなければならないのだ。


 ...あれ、改めて考えたらちょっとだけ心が折れそうになったぞ、どうした私。

 罪悪感に情緒不安定になってる場合じゃないよ、頑張れ私。


 自分を奮い立たせながら、誰にも気付かれないように息を吸った。


 「...ああ、帰ったよ。無事、とは言い難いがね」


 ポンポンと妹さんの背中を叩きながら、さっきと同じような、少しだけ穏やかな声音で告げる。

 すると、妹さんが勢い良く顔を上げた。

 その表情は驚きと不安で彩られ、何かを言おうとした口元が震えている。


 そんな妹さんに対して私が思ったのは、身長差有って本当に良かった、って事だけだった。

 だってさっきのシーンで、もしもあんまり身長差無かったら、オーギュストさんの顎と、妹さんの額が、物凄い勢いでぶつかったと思う。


 そんな事になったら色々と台無しだし、一気にコメディーだ。

 シリアスなシーンでそれはアカン。


 「それは、どういう事ですか」


 そんな事を考えている中、私の告げた言葉に反応を返したのは旦那さんの方だった。

 真剣に、そして、何処か戸惑ったような雰囲気ながら、それでも聞かなければならないと判断したのだろう。


 一応狙ってやったとはいえ、こんなに素直にハマってくれると罪悪感増えるんですけど。


 いや、うん、まあ仕方ない。

 もう脳内グダグダだし、内面と外面でテンションも何もかも温度差ハンパないけど、仕方ない事だ。


 「...ふむ、今、此処で話す事ではないか。中庭へ行くかね?」

 「......そう、ですね、ローザも少し落ち着かせた方が良いですし.........」


 こんな人目の多い場所ではちょっと困るよね、と考えての私の提案に旦那さんが同意したその時、ふと、彼の視線が他所へ向き、そして驚いたような表情で固まった。


 「...どうかしたかね」


 いきなりどうしたの?なんかあった?


 「いえ、クリスティアが...」


 戸惑った様子で口篭る旦那さんの視線を追うように目を向けると、なんか予想外の光景が目に飛び込んで来た。


 「尊敬している、の間違いですわ!それに、おじさまの事をろくに知りもしないのに勝手な思い込みで蔑まないでくださいませ!」


 大声でキッパリと断言した姪っ子ちゃんが扇で口元を隠しながら少年を睨み付けている。


 え?待って、何?私の事?あ、違う、オーギュストさんの事?

 いやいや、何でこんな人目多い所で口論してんの?

 しかもなんか見た事ある顔してるぞその少年。


 しかし、混乱する私を放置して物事は進んでいく訳で、相手の少年も負けじと言い返す。


 「あんな輩の何を知れと言うのだ?

 醜く、下卑た、豚のような貴族、それ以外何がある」


 性格悪そうな表情で、蔑むみたいに姪っ子ちゃんにそう言う少年は、なんて言うか金持ちのボンボンって感じが物凄くした。


 うん、オーギュストさんめっちゃ悪口言われてる。


 まあ、あんだけ太っててしかもなんか悪評高かったらどんな対応されても信用出来ないよねー。

 理解は出来る、が、しかし腹は立つ。

 ハッハッハ、なんだこのクソガキ。



 「それ以上仰るのでしたら、その高貴なお口を捻り上げさせて頂きます」


 ふと、姪っ子ちゃんがなんかめっちゃ怖い顔で少年に断言した。

 どうやらめっちゃ怒ってるようだ。


 いやー、姪っ子ちゃんてばホントに良い子やわ。

 あんなブタの為に怒れるなんて近年稀に見る良い子。

 良かったねオーギュストさん、めっちゃ好かれてるよ。


 「っ!?」


 姪っ子ちゃんの怒りにビビった少年が一瞬身体をこわばらせ、目を逸らした。


 ぷぷぷ、あの少年か弱い女の子にびびってやんの。


 だがしかし姪っ子ちゃんは、追い討ちをかけるように少年を見つめながら、キッチリと言い放つ。


 「謝罪して下さいませ」


 そんな姪っ子ちゃんの言葉に、少年は苦し紛れな、返答というにもお粗末な言葉で怒鳴った。


 「っお前、何を言っているのか、理解しているのか!」


 「当たり前です」


 静かに、そしてキッパリと告げる姪っ子ちゃんは凛としていて、なんというか、きっと将来はイイ女になるんだろうな、と漠然と感じた。


 だけど、子供同士の口論とはいえ、ちょっとした騒ぎな訳で、段々と周りに人が集まっている。

 こんな状態のまま、口論の元になった私ことオーギュストさんがのんびり見学しているなんて出来る訳が無い訳で。


 これはもう声を掛けるしかないように思う。

 あんまり目立つ行動するのは避けたかったけど、仕方ない。

 なんせ身内だからね。


 姪っ子ちゃんは私個人の身内じゃない筈なんだけど、頭に残ったオーギュストさんの記憶のせいで感覚としては家族に近い。


 あと、世間一般的にも身内なんだから、身内にしておくべきなんだろう。

 違和感と、矛盾、それから、家族だから可愛いと思う気持ちが混在していて、気分が悪くなりそうだけど、深く考えない事で誤魔化した。


 そして、その気持ちを払拭させる為に軽く息を吸って、少し離れた距離でも聞こえるような発声を意識しながら、頭で考えたセリフを言葉にする。


 「一体何の騒ぎだね?、淑女が声を荒げるものではないよ、クリスティア」

 「おじさまっ!?」


 私の出現が予想外だったのか、慌てて振り向く姪っ子ちゃんのビックリしたような表情が天使みたいだった。


 何この子可愛いなオイ。

 なんかオーギュストさんの記憶のせいでもうめっちゃ可愛いとしか思えない、ドレスめっちゃ似合ってるし何これ可愛い。


 脳内で姪っ子ちゃんを無駄に愛でながらも、意識は姪っ子ちゃんと口論していた少年の方へ向ける。


 少年は、一瞬ホッとしたような表情を浮かべた後、すぐに怪訝そうに眉根を寄せた。


 完全に、誰だお前?と言いたそうな表情である。


 「......誰だ?」


 あ、ホントに言われちゃったよ、捻りが無いな。

 もうちょい、こう、あるだろ、頑張れよ。


 ......っていうか、この少年マジでどっかで見たな。

 どこだ?


 検索結果:該当者1名


 ルートヴィッヒ・シェヴァ・ルナミリア

 ルナミリア王国第一王子、12歳

 王位継承権第一位、国王夫妻待望の第一子で長男。

 下に7歳の病弱な弟が居る。

 甘やかされて育ったせいで多少性格が歪んでいる模様。

 優秀ではあるのだが、短気。

 姪のクリスティアが婚約者候補。



 ..................はい、チェンジで。



 いやいやいやいや、こんなんが姪っ子ちゃんの婚約者とか、ないわー、ナイナイ。

 候補とか、そんなんですらダメだわ、ナイナイナイナイ。

 ていうか王子?コレが?えっ?王子?いや、見た事あるとは思ってたけどさ、こんなんが王子でいいのか、この国。


 姪っ子ちゃんに相応しく無いとは思ってたけど、なんかもうマジでこんだけ性格が歪んでると、ダメだわ、うん、ダメ王子は却下だ。

 つーか説明されてるくらいなんだから予想よりもしっかりと性格歪んでるんだろうな。


 まぁいいや、とりあえず王族には礼を尽くさなくちゃならんから、とりあえず騎士の礼とやらをしておこう。


 「これは王子殿下、以前の生誕パーティ以来、ご無沙汰しております、ヴェルシュタイン公爵家当主、オーギュストでございます」


 「誰だ貴様!!」


 カッと目を見開き、思いっ切り言われてしまった。


 いや、今名乗ったやん。と思うのはこの際置いておこう。


 まあ、うん、あのブタがこんなイケオジになっちゃったら、確かに分からんよね。

 特にこのクソガキ、ダメ王子だし。


 しかし、腹立つけど腐っても自分よりも上の立場の人の子な訳で、大人であるこっちがムキになっても仕方ない。


 私は大人、私は大人、私は大人、よし。


 そんな自己暗示を自分自身へと掛けながら、礼をした体勢を元へ戻し、クソガキダメ王子へ言葉を返す。


 「ふむ、ひと月ほど患っている間に随分と痩せてしまいましたからな、無理もありますまい」

 「痩せただと!?そんな生ぬるいものじゃないだろう!!別人ではないか!!」


 ビシッと指差しながらキッパリとした態度で、更に大きな声でのご指摘を頂きました。


 ですよねー。


 ちなみにこの時、発音は、で(→)す(↑)よ(↑)ね(→)ー(→)である。

 どうでもいいね、うん。


 でも人に指差しちゃいけませんって親御さんから教えられなかったのかね、この無礼者は。

 そういや説明に甘やかされて育ったらしいってあったな、そのせいか。


 よし、次に王様に会ったら顔面握っておこう。

 遅くに出来た子供だからって調子に乗らせ過ぎなんだよ。

 ダメだよそんなんじゃ、ロクな大人にならんよ。


 まあ、そんな現実逃避してる場合じゃないので、とりあえず頑張って言葉を捻り出そうと思います。


 「別人とは、おかしな事を仰る。

 殿下がお産まれになる前はこのような体躯だったのですよ?」


 「なっ、そんな、僕の産まれる前の事など知る訳がないだろう!!」


 ですよねー。


 まあ、そうは思いながらもこのまま放置する訳にもいかない。

 という訳で、若干の事実を教えてあげる事にしよう。


 「ふむ、おかしいですね。殿下が知らない訳が無いのですが」

 「なんだと!?」


 顎に手を当て、緩く首を傾げながらの私の言葉に、クソガキダメ王子が歯軋りしそうな勢いで私を睨み付け、荒々しく問う。


 そんなクソガキダメ王子、なんか長くて面倒臭いな、クソ王子で良いか。

 クソ王子を見下ろしながら、サラリと告げてやった。


 「謁見の間へ向かう回廊に、若かりし頃の国王陛下夫妻と、私と亡き妻が共に居る肖像画が飾られております」


 「......へっ?」


 予想外過ぎたのか、ポカーンとした見事な間抜け面であった。

 このクソ王子、頭まで悪いようである。


 「ご存知ありませんか?では、後日にでも陛下にお聞きすれば良い。

 きっと、殿下の知り得ない学生時代の話も聞かせて下さる事でしょう」


 「え」


 心当たりが無いのか、そんな小さな声を漏らしながら、クソ王子が固まった。


 まあオーギュストさんの記憶曖昧だから、今も飾られてるかは知らんけど、学生時代の彼らの肖像画がある事は確かで、以前は飾られていた、という事も事実。

 普段から周りを見ていれば、そんな絵画があるかどうかも分かる筈なんだが、城内で、それなりに通る場所に飾られている絵画を見ていないという事は、周りが見えていない、と同じ事。


 そんなだから私にクソ王子とかアダ名付けられるんだよ、全く。

 多分コイツ、勉強の出来るバカなんだろうな、としみじみ思ってしまいながら、私は一礼した。

 

 「では殿下、私はこれにて御前失礼致します」


 これでよし。

 とりあえず妹さんの所に戻ろう。


 「さてクリスティア、行くとしよう」

 「えっ、あっ、えっ?」


 優雅に見えるよう、それでいて過度に大袈裟にならないよう、彼に向けて一礼した私を、なんか知らんけどぼーっと見ていた姪っ子ちゃんへと向き直りながら声をかけると、ハッとした姪っ子ちゃんは戸惑った様子を見せた。


 うわ、可愛い、マジで天使だわウチの姪っ子。

 可愛いげもクソもないクソ王子とは比べる事すら間違いなくらいの雲泥の差。


 ホント、甘やかすと人間ロクなヤツにならないっていう典型だよね。


 「ま、待てっ!」


 不意に、クソ王子が声を荒らげた。


 えぇー、まだなんかあんのかよこのクソ王子。


 面倒臭い奴だな、とは思いながらもそれは一切顔に出さず、冷静かつ堂々とした態度で、改めて向き直る。


 「何かございましたか?」


 なんでこんな奴を敬う態度取らなきゃならんのだろう、とかそんな不愉快な思いを抱えながら、それでも礼節を持って尋ねる。

 すると、クソ王子は物凄い勢いで私を睨み付けた。


 「貴様、何を企んでいる...!?」


 クソ王子の口から飛び出たそんな問いに、内心で物凄くげんなりしてしまった。


 うわぁ...、なんか面倒臭い勘違いされてる気がする...。


 いや、でも、うん、とりあえず聞くだけ聞こう。

 頑張れ私、大丈夫だ、多分、きっと。


 「......何が仰りたいのですか?殿下」


 「姪を己の傀儡(くぐつ)にするなど、何も企んでいないなんて言えんぞ!あまつさえ、賢人を名乗ったそうじゃないか!」


 私の問い掛けに対し、クソ王子は物凄いドヤ顔で自信満々な様子で胸を張りながら答えた。


 うん、ちょっと待って、くぐつ、って何。

 漢字が出てこない、待って、とりあえずオーギュストさんの知識使うから。

 えっと。

 

 傀儡(読み:くぐつ、かいらい、でく)


 (1)陰にいる人物に思いどおりに操られ、利用されている者。

 (2)操り人形。


 なるほど。

 随分難しい言葉知ってんだな、クソ王子のくせに。

 まあ、全く活かせてないっぽいけど。


 うん?ちょっと待て、つまりこのクソ王子、姪っ子ちゃんが傀儡って言いたいの?


 ハア?いやいやいやいや、なんでだよ。

 もう面倒臭い通り越して鬱陶しいわ、何こいつ、何これ。


 めっちゃ腹立つわ、何なのマジで、いかん、なんかもう言葉が出て来ない。


 フツフツと湧いてくる苛立ちを頑張って抑え込みながら、とにかく表に出さないようにクソ王子を見据える。

 でも、これだけは言わせて頂きたいので、遠慮なく言おうと思います。


 小さく息を吸って、それを吐き出すようにハッキリと言葉を発した。


 「私を疑うのは構いませんが、クリスティアを貶めるような事を仰らないで頂きたい」


 「えっ?」


 私の言葉はクソ王子には予想外過ぎたのだろう。

 何度か瞬きを繰り返し、それから首を傾げたくらいだ。


 お前がやっても可愛くは、いや、見た目は良いから可愛いとは思うけど、うん、でも腹立つ。


 「殿下の仰りようでは、我が姪であるクリスティアが愚か者のように言われていると同義。

 彼女は傀儡などになる程、愚かではありません」


 操り人形ってのは、自分が無い人間しかなれないものだ。

 むしろこのクソ王子が一番相応しい立場だろう。


 ウチの姪っ子ちゃんがそんなのな訳がない。

 ていうか私、傀儡なんてそんなモン持つ気全く無いし。


 あと、それになんの意味があるんだか全く分からん。

 オーギュストさんの立場的に、全く必要無いと思うんだけど。


 しかし流石はクソ王子、彼は私の言葉を聞いても特に全く考える素振りも見せないまま、激昂した。


 「っお前の言う事など信用出来るか!」


 うん、なんだこのクソガキ。


 自分の中でクソ王子の株がズンドコ下がっていくのを感じながら、盛大に吐き出してしまいそうな溜息を押し殺した。


 これが次期国王かと思うとこの国の未来が暗雲に包まれている気しかしない。

 不安しかないよ、ヤダわ。


 国が滅ぶ前に誰かに何とかして貰うしかないけど、でもそれは別にウチの姪っ子ちゃんじゃなくていいよね?


 「ならば、彼女を婚約者候補から外すよう、此方からも進言致しましょう」


 「なんだと...!?」


 驚愕に目を見開き、そして、言葉を失ったかのようにそれ以降の言葉が続かないクソ王子を放置して、淡々と告げる。


 「私にとっては可愛い姪だ。生涯を共にするかもしれない相手から疎まれ続けるなど、可哀相です」


 こんなんの面倒一生見させられるとか、可哀相過ぎるわ。


 小学生くらいの歳からお国の為にって好きでもない王子と並び立つ為の王妃教育受けさせられて、ついでに王子を矯正とか、子供が出来る事じゃない。

 そういうのは、王妃になりたくて仕方ない!って子に任すべきで、魔力含めて優秀だからってウチの姪っ子ちゃんが巻き込まれる必要なんて無いと思うんです。


 ......そういやこの、候補って誰が決めてるんだ?機会があったら顔面握る前提で王様に聞いてみよう。

 オーギュストさんの中でもそんな扱いだったみたいだしね、王様。


 そんな事を考える私だが、それはやっぱり一切表には出していない。

 故に現在、いい歳した悪役顔のオッサンが子供を見下ろして偉そうに問答してるみたいにしか見えないだろう。

 下手したら一方的にいびってるみたいにすら見えるかもしれんが、もういいや。


 不意に、クソ王子へと意識を戻すと、何をどう考えたのか不明だが、憤怒の形相で私を睨み付けていた。


 「お前がそれを言うか...!」


 何もかも全て私の手の平の上とでも思ったんだろうね。そんな訳無いのにね。

 言ってもどうせ聞かないし、聞く気も無さそうだし、なんなら私の説明すら曲解しそうだ。


 だあぁ!もう!面倒臭いなぁこのクソガキ!!


 クソ王子にすらも分かるような呆れたような雰囲気と共に、ふう、と息を吐く。


 「......先程も申し上げましたが、私を疑うのは構いません、私の信用など地に落ちておりますからな」


 「何が言いたい...!」


 捻り出すみたいな言葉を告げたクソ王子の口元から、ギリギリ、と歯軋りの音が小さく聞こえて来るけど、これは多分オーギュストさんのスペック的とか以前に近くに居る人にも聞こえていると思う。


 このガキ、真面目に鬱陶しい。


 「......殿下」


 声を掛けながら、じっと彼の目を見る。

 すると、王子の顔色が一気に悪くなった。


 「っ...!?」


 何か言おうとして、でも、出てこない。

 目を逸らそうとするけど、怖くて出来ない。

 そんな雰囲気で、彼は一歩後退った。


 「あまり私を侮らないで頂きたい」


 馬鹿にするのも大概にして貰わないと、いつか私ブチ切れするよ?

 これでも物凄く抑えてるんだからね、魔力的なのハミ出てるけど、今はこれが精一杯なので、そこは我慢して頂きたい。


 「おじさまっ!」


 姪っ子ちゃんの呼び掛けと共に、くいっ、と小さく服の裾が引かれる。

 ゆっくりと視線をそっちの方へ向けると、困ったように眉根を寄せる姪っ子ちゃんが居た。


 「どうかしたかね、クリスティア」

 「子供の喧嘩に、大人が口を出さないで下さいませ!」


 キッパリとした口調で、諌めるような言葉を掛けられて、頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃が走った。


 え、ちょ、うそ......


 怒られた...だと!?


 あ、ヤバい、なんだろう、なんか泣きそう。

 凄く悲しい。

 え、何これ、めっちゃショックなんだけど。


 なんで?私怒られるような事した?


 いかん、落ち着け私、よし、いける、大丈夫だ。


 えーと、子供の喧嘩、うん、そうだね、私が介入するまではそうだった。

 つまり姪っ子ちゃんは、それに私が乱入し、更にキレ気味になっちゃったもんだから、邪魔しないで欲しいと思ったんだ。多分。


 よし、納得。

 違うかもしれんけどそれは今は良い。

 とりあえずこれで納得しておく。よし。


 だがしかし、その理屈が通用するのは今じゃないんだよな。


 「......クリスティア、君の言いたい事は理解出来るが、此処は公共の場、騒ぎにする事は得策では無いのだよ?」


 パーティ会場ってのは、誰が何処でどう見てるか分からない。

 つまり、第三者の、ただの憶測でしかしてない会話の方が真実だと広まって、最終的に物凄い事になってしまう事もあるのだ。

 私のせいで余計に騒ぎになったかもしれない事はこの際スルーさせて頂きます。


 賢明な姪っ子ちゃんは、私のたったそれだけの言葉からでも理解したのだろう。

 眉根を下げながら、それでも私の目を真っ直ぐに見つめ返した。


 「それはっ、...大変、申し訳なく思います...」


 ここで言い訳をせず、すぐに自分が悪い事を認めて謝罪出来るのは凄いと思う。

 その辺のクソ王子には絶対出来ない事だ。

 小さい頃の私でも出来たかどうかなんて怪しすぎる。

 反省の色が見える彼女は、今にも泣き出してしまいそうで、ちょっと焦った。


 でもこのまま、そんな姪っ子ちゃん可愛いわ、と見ていてもさらに怯えさせて泣かせてしまう可能性があるので、フォローしとこうと思います。


 「君を責めるつもりは無い、まだ子供なのだから間違えるのは当たり前だ。

 だが、この場が喧嘩に向かない事は理解出来たかね?」


 「はい、淑女にあるまじき行いでした...」


 うん、何がダメだったか理解してないとそんな返答出来ないよね、凄いな姪っ子ちゃん。


 「では、何をすべきか、分かるね?」


 「勿論ですわ!

 皆様、お騒がせ致しまして申し訳ございませんでした。わたくしはこれにて失礼致しますので、どうか皆様、パーティを楽しんでくださいませ」


 私の問い掛けに対して元気良く答えた姪っ子ちゃんは、くるりとスカート翻しながら野次馬と化していた周りの人達へと向き直り、優雅に、そして可愛らしく呼びかけた。


 「............」


 クソ王子はといえば、なんかめっちゃ納得行かなさそうな憮然とした表情で押し黙っている。


 おい、元凶、何を黙りこくってんだ、喋れよ、解散出来ねぇだろクソ王子。

 内心でめっちゃ悪し様に捲し立てながら、クソ王子へと視線を送り、呼びかけた。


 「殿下?」

 「...っ!」


 クソ王子は私の呼び掛けを聞いた途端に、焦ったように狼狽えたかと思えば、ギリッと歯軋りの音を響かせてから、改めて王子らしいキリッとした態度で辺りを見回す。


 「っ皆、騒がせて、すまなかった」


 なんか物凄く不本意そうだけど、知らん。

 ホントに役に立たんなこのクソ王子。


 「では殿下、失礼致します」

 「ごきげんよう、殿下」


 ばらばらと散っていく野次馬を確認してから、姪っ子ちゃんを伴いながら礼をして、改めてクソ王子へと声を掛けると、クソ王子は、なんか苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見ていた。


 「......あぁ、パーティを楽しむと良い」


 ははは、言葉と真逆の顔してますよクソ王子。


 そんな事を考えながらも、まあどうでもいいのでスルーして、その場を去ったのだった。


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