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 ルナミリア王国の首都であり王都、『ルナミス』

 その都市は、一つの湖を中心に据えるように造られている。


 湖からこんこんと湧き出る水は、水路を使用する事で都市全体に行き渡り、王都ルナミスは水の都とも呼ばれた。


 その湖の中心に建つ城は、この大陸でも一二を争う程美しい。


 王都を一望出来る塔からの景色は、青い空と美しい城、街並み、それらが鏡のように湖に映り、まさに絶景であった。


 そんな城の形状は、一番分かり易い例えをするなら、東京と銘打ちながら東京には無い某ランドのシンボル、とんがった青い屋根に白亜の壁の、あの城によく似ている。


 だがその城に入る為には、湖の上に建てられた橋を渡る必要があった。

 それは、王都と城を繋ぐ唯一の橋だ。


 湖と言ってもそれほど大きいものではないので、橋の長さもそれほどでもない。

 だが、馬車がすれ違ったり、パレードが行える程度には広く、そして長かった。


 そしてその橋の先、城門の前には、来客用の馬車専用ロータリーが造られている。


 普段の日ならば謁見などで来訪した貴族含め、多くても半日で十台程度しか入って来ないそこは、今日に限っては大盛況。

 沢山の貴族の馬車が訪れ、家人を降ろしては去って行く。


 全て、本日行われる二日目の建国記念パーティの為だ。


 そんな二日目のパーティは、朝から行われる。

 朝、と言っても昼に近い時間帯ではあるのだが、昨夜から参加していた者達からすれば朝と言って差し障りが無い時間帯であった。


 午前11時を知らせる鐘が城一帯に響き渡る。


 それと同時に城の正面の門が開き、昨夜には参加出来なかった貴族や、昨夜も参加したが一度帰宅した者達が入城し始めた。

 その中には、年齢の事もあり前日参加出来なかった子供達も含まれており、結果家族全員で来る貴族も多く、一組が中々の大所帯となっている貴族も居た。


 年に一度、王族を間近で見たり、稀に挨拶が出来るとあって、やはり参加する貴族は多い。

 但し、城へ入るのに相応しくないと門番に判断された者は、門を守る兵士により追い返されていた。


 例えば、王族より目立とうとする者、

 例えば、武装解除しない者、

 例えば、酔っ払って常識が欠如してしまった平民。


 基本的に、貴族から招待されていなければ平民が入城する事は出来ないのだが、街で行われている祭りの余波で前後不覚になる者は多かった。

 橋は歩いても渡れるのだから、ノリと勢いで来てしまったと思われる。


 そんな中、一般的な貴族は特に止められる事も無く、物凄く普通に入城する事が出来る。

 それは、一般的な貴族にはほとんどと言っていい程危険が無いからであり、王族側が貴族達を信頼している証でもあった。


 このルナミリア王国は、基本的に魔力総量を重視する傾向がある。

 ゆえに、貴族は基本的にある程度の魔力総量を持つ。

 それも全て、魔力総量が多く魔法の使える者同士で婚姻する事が多いからである。

 反対に、平民で魔力を持つ者は、例外もあるがほぼ皆無と言っていい。


 そんな中、魔力総量が高く、更に性格的に問題があるような者は、まず貴族として失格である為、家督を継ぐ事が許されない。


 何故なら、そんな者を当主にしてしまっては、国が大きな爆弾を抱えてしまう事になるからだ。

 貴族とは、その魔力を使って領土を守り、民を導いて行く存在で在らねばならない。

 性格に問題があるだけならば、他の貴族に対応を任せる事で牽制出来る。


 ゆえに、そんな貴族は存在しないのである。


 ......表向きは、であるが。


 現在王国に住む貴族の中で、上記の存在しない筈の貴族、に該当するような者が居るかどうかは不明だ。

 居るだろうという事が想像に難くない事は、嫌な現実であると言えよう。



 それはさておき、続々と入城する貴族の中に一際目立つ家族が居た。



 細く嫋やかなその身に纏うのはマーメイドラインのシンプルな、王家の血に連なる者しか身に付ける事が出来ない青系色、紺に近い青色のドレス。

 緩くウェーブした青みがかった銀髪を軽くハーフアップにした、見る者にどこか冷たい印象を与える、目の覚めるような美女。

 齢37にして、未だに20代後半に見える若々しさは、今年12になる娘が居るようには見えなかった。


 そんな彼女をエスコートするのは、金髪の貴族の男だ。


 垂れ目がちの大きめな目が特徴の彼は、童顔と言っても差し支えがない。

 目尻に浮かんだ微かな皺が無ければ、20代前半にすら見えてしまいそうな程である。

 彼はパーティの為に誂えた、普段よりも装飾の多い薄緑色が基調の貴族服を着ていたのだが、その彼の瞳と同じ色をした衣装を、横の彼女は気に入らなかったらしい。


 「何故、そんな服装なの」


 眉間へ皺を寄せ、忌々しいと吐き捨てんばかりに、その端正な顔を歪めながら、彼女は呟いた。


 「何故って、年に一度の祭典だからね、仕方ないだろう」


 妻である彼女へ、困ったような微笑と共に、そんな言葉を投げ掛ける。

 そんな彼に、彼女は苛立ちも露わに捲し立てた。


 「駄目よ!貴方がそんな格好してたら、また身分を弁えない馬鹿女や、鬱陶しい豚みたいな女が懸想するに決まってるわ...!

 そんなのが貴方の視界に入ってるってだけでも耐えられないのに、なんで懸想する事を許さなきゃならないの...!」


 誰がどう聞いてもただの惚気である。


 そんな妻に、夫である彼は柔和だった表情から一変して眉をひそめ、どこか苛立たしげに表情を歪めながら、口を開いた。


 「...それじゃあ僕も言わせて貰うけれど、君のその格好こそなんだい?

 身体の線を強調するような扇情的なドレスなんて、その辺の豚貴族や馬糞みたいな男共の欲を煽る為にしか存在してないじゃないか、許せないのは僕の方だよ」


 やはり誰がどう聞いても惚気である。


 そんな二人に挟まれた、二人の娘であり長女でもある少女は、また始まった...、と遠い目になった。


 「なんですって!貴方は私の夫なのよ...!?」

 「そうだよ、そして君は僕の妻だ。他の男が君を見るだけで許せない」


 「貴方はいつになったらわたくしを信じて下さるの...!?」

 「君が誰よりも美しく、更に可愛らしくて、いじらしいからいけないんだよ。

 君こそ、いつになったら僕を信じてくれるんだ...!」


 「貴方が誰にでも優しくて、格好良くて、魅力的だからいけないのよ...!!」


 『...ああ、監禁したい...っ!』


 お互いがお互いを、好きで好きで仕方がないのだろう。

 二人揃って一体何をしようというのか、魔力を練りながら呟かれたそんな不穏な言葉は、綺麗に重なった。


 彼女は、旧姓ロザリンド・ヴェルシュタイン。

 オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵の妹であり、現ローライスト伯爵夫人だ。

 そしてその夫である彼は、今は亡きジュリア・ヴェルシュタイン公爵夫人の兄、エミリオ・ローライスト伯爵家当主。


 先程までの会話をきちんと聞いていた者が居れば、え...何このバカップル、とドン引きした事だろう。

 しかし悲しいかな、夫婦の余りの剣幕に周りは遠回しに観察するだけで、会話の中身は誰一人理解していない。

 故に、社交界や貴族達の間では、彼等の夫婦仲は最悪、と有名であった。


 「お父様、お母様、わたくし、早くお城に入りとうございますわ!、いつまでここに居れば良いのですか!」


 そんな、夫婦仲最悪にしか見えない二人に、娘であるクリスティア・ローライスト伯爵令嬢は癇癪を起こしたかのように捲し立てる。

 周囲の人々は、よく割り込めるものだと、少女の度胸と傲慢さに感心やら、眉をひそめたりした。


 薄桃色の生地に、薄緑色のフリルやレース、リボンがあしらわれたプリンセスラインの可愛らしいドレスを身に纏う少女は、両親に似て途轍もない美少女である。

 母であるロザリンドに目の形が似てしまったせいで、冷たいというよりはキツイ印象を受けるが、まだ11歳故に可愛らしいという印象の方が強い。


 そんな少女は、立ち止まったままイチャイチャと喧嘩しているようにしか感じない両親が、だんだんと魔力を練り始めたのを感じ、これはヤバイ、と、なんとか気を逸らす為に意見しただけ、というのだから世の中分からないものである。


 「まあ、クリスティア、余り大きな声を出すものではありません、はしたないでしょう」


 娘の発言に、夫人は眉をひそめながら、一体何処に隠し持っていたのか、ドレスと同系色の羽根の扇子をバサリと広げ、口元を隠す。

 その瞳は冷たく厳しいものだが、その扇子の下の口元は途轍もなく緩んでいた。


 あらやだ、うちの子ったら私達があんまり構わないから拗ねちゃったのね、相変わらずエミリオ様に似てめちゃくちゃ可愛らしいんだから、というのが夫人の本心であった。



 「っ...もうしわけありません、お母様」



 しかし悲しいかな、娘である当の少女はと言えば、実の母の冷たい態度に、自分は余り愛されていないのだ、と感じていたりする。

 故に少女は、悲しさに思わず俯いてしまいそうになりながら、それでも気丈に少しだけ微笑んで、謝罪の言葉を口にした。


 その様子に、夫人は更に眉間へ皺を寄せる。

 それはまるで、なんて可愛げの無い子、とでも言いたげにしか見えなかった。


 だが、扇子の下は緩みっぱなしである。


 笑うとエミリオ様と同じ笑顔になるとか、うちの子本当に可愛すぎ!といった具合である。


 「ふむ、しかし、クリスティアの言う通りだね、このままここに居ても仕方ない」


 何でもない事のようにそう告げる、少女の父であるエミリオの方はと言えば、当主故に培われた、常に優しそうな表情というポーカーフェイスにより余り感情を表に出さないようにしている為か、娘に対して無関心なように見えるのが現実であった。


 しかし本心はと言えば、ヤバイうちの子めっちゃ可愛い、やっぱ連れてくるんじゃなかった嫁に出したくない、あんなクソ王子の婚約者候補なんぞから外れるように頑張ろ。

 等と考えているのだから全く笑えなかった。


 「......仕方ありませんわね、行きましょう」


 大きな溜め息と共にそう言った夫人が歩き出し、そんな様子に少女が胸の痛みを覚えたその時、

 少女の耳へ、少し向こうの貴族達の噂話が聞こえて来た。



 ────...そういえば聞いたか?

 ────...あぁ、アレだろ、あの豚公爵が、賢人になったという噂。



 そんな内容に、歩き出そうとしていた少女の足が止まる。


 巷で、豚公爵と言えば実の叔父であるヴェルシュタイン公爵の事だ。

 そして、賢人と言えば、神に選ばれた存在である。


 ...おじさまが、賢人に?


 一体どういう事だろうか、と少女は思わず首を傾げた。


 以前会った時に打ち明けられていたにも関わらず、何故かすっかり頭から抜けているのは、他の事に気を取られると忘れてしまう、子供特有の物忘れが原因だろう。

 少し考えれば思い出すのかもしれないが、重要な事の筈なのに忘れてしまうのは、賢人という存在が雲の上の存在であり、全く身近では無い為、というのが一番の理由なのかもしれない。



 「クリスティア、早く来なさい!」


 母の厳しい呼びかけに、少女はハッとして前を向く。

 気付けば両親とは大分距離が空いてしまっていた。


 「っ、はい、今行きますっ」


 少女は慌てて返答し、小走りで二人の元へと向かう。

 ようやく追い付いた時、父が怪訝そうな表情で少女を見ていた。


 「どうしたんだい、クリスティア」


 その表情は普段と違う、という訳でもなく、単に疑問に思っただけ、という雰囲気である。


 少女は、正直に何が原因だったのかを話す事にした。


 「...さっき、おじさまが噂されていたのです」


 ポツリとそう告げる少女に、父は鬱陶しい、とばかりに眉根を寄せる。


 「...またかい、義兄上本人を知らない愚か者の言葉など気にしてはいけないよ」

 「そうよクリスティア、お兄様の噂なんて、碌でもない物しかないんですから」


 淡々と告げる父、そして、冷ややかに続ける母。


 そんな両親の様子に、やはり自分は二人に疎まれているのだと感じてしまった少女の心は、ズキリと痛んだ。


 それでも少女は、気丈に笑う。


 少女は、11歳という幼さ故に経験が不足している。

 ゆえに、両親が本心を隠している事も気付けない。

 物心付く前から変わらぬ態度だったので、両親に愛されていない、というのは少女の中では決定事項だった事もあるだろう。


 両親は、少女が優秀故に、たまにワガママを言うくらい素直に育っているという風にしか見えていない。

 ゆえに、問題にも気付けない。


 少し考えれば不自然だと分かるだろうに、全く気付く事が出来ないのは、

 12年前、父にとっては実の妹、母にとっては親友であった、ジュリア・ヴェルシュタインの死。

 そして、それにより父にとっては友人、母にとっては実の兄である、オーギュスト・ヴェルシュタインの変貌。

 それぞれが爪痕となって彼等の心を苛んでいる事も大きな要因の一つではあるだろう。


 悲しい事に、彼等はこの現実に、全く気付いていないのだった。


 両親の言葉に答える為に、少女は健気にも笑って口を開く。


 「...そうですね、何せ今のおじさまはお痩せになられて、物凄く素敵ですもの」


 だが、麗しくなった叔父の姿を思い出せば悲しい気持ちが和らいで、少女の頬は自然と緩んだ。


 美しくて、格好良くて、お優しいおじさま。


 唯一、自分を見てくれている優しい叔父が痩せた結果、あんなにも麗しく、格好良くなった、という事実が本当に誇らしく感じた。

 少女は、次は一体いつ会えるのかしら、もしかしたら、今日?と、小さな胸を高鳴らせる。


 「何度も聞くけど、それは本当なのかい?」

 「本当ですわ!...あぁ、どうせ婚約者候補になるのなら、おじさまが良かった」


 歩を進めながらの父の疑問の言葉に、同じく歩を進めながら、少女はハッキリと答え、次いで何処か残念そうに呟いた。


 すると、隣の母が小さく笑う。


 「あら、無駄だと思うわ、だってお兄様はジュリア一筋だもの」


 蔑みも、冷たくもない母の声音に、少女は内心で驚き、そして、母をそうさせた存在に興味が湧いた。


 「...ジュリア様って、わたくしが産まれた頃に亡くなられた、お父様の妹様で、おじさまの奥様の?」


 少女が確認するように問いかければ、今度は父が穏やかに答える。


 「そうだよ、義兄上ってば、そりゃもう溺愛してたからね」


 優しそうな表情で、懐かしげに微笑む父の姿は、幼い少女の心を傷付けた。


 どうして...そんな優しい表情をするの。

 わたくしは、お父様とお母様にそんな表情を向けられた事、一度も無いのに...!


 自分の中に蠢く醜い嫉妬の感情と、そんな感情を抱いてしまった罪悪感、そして、泣くに泣けない状況に、少女の胸は張り裂けそうな苦痛を抱いた。


 「しかし、タイミングが悪くて全く挨拶に行けなかったから、今日こそ義兄上に会いたいなぁ」

 「そうね、それに関しては同感ですわ」


 そんな少女の感情とは裏腹に、両親はそんな風に他愛もない会話をしながら城の中へと入って行く。

 少女は両親から逸れないように、そして自分の中を巡る仄暗くて醜い感情を爆発させないようにするだけで必死だった。

 一家はそのまま、人の流れに任せるように歩を進める。


 そうしている内に会場へと辿り着いたようだ。



 様々な衣裳の貴族達が思い思いに歓談したりしている姿が見え、余りにも煌びやかな世界に、一気に少女の思考は塗り替えられてしまった。


 さっきまでの暗く重たい気持ちすらどうでもよくなり、ついキョロキョロと辺りを見回してしまう小さな少女の姿を、両親は外面は冷静に、内心は余りの微笑ましさに悶えながら、静かに見守る。


 少女と同じように、今日が初めてのパーティだという少年少女は、まず会場の大きさと豪華さにポカーンとして、それから忙しなく辺りを見回してしまうのが、毎年恒例であった。


 貴族のデビュタントは基本16歳故にまだまだ先だが、年に一度の祭典では子供達もいずれ参加するだろうパーティの雰囲気を味わう事が出来るのだ。


 と言っても、この祭典に参加出来る子供は今年齢12を迎える事が前提であるのだが。

 辺りを見回せば、少女と同じようにキョロキョロしてしまっている少年少女はあちこちに居るようだった。


 「ようやく来たのか!クリスティア・ローライスト!」


 そんな中の突然の大声、不躾とも取れるようなそんな呼び掛けに、少女の肩が跳ねる。

 一体何事かと少女が慌てて声のした方へ振り向けば、視線の先にいたのはこの国の第一王子、ルートヴィッヒ・シェヴァ・ルナミリア、12歳であった。


 本来の歴史なら、この二人はこの会場で出会う事は無かった。

 それは、オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵による、少女に対する非道な仕打ちが無かった事が要因である。


 本来であれば、このパーティにも参加せず、書面での謝罪すらもない少女に業を煮やした王子が伯爵家を訪問し、全てに絶望した様子の少女をどう扱えば良いのか分からず不用意に慰めた結果、

 少女は、あの時の謝罪をしてくれた上に優しくしてくれた、と思い込み、

 めちゃくちゃに執着され、挙げ句ヤンデレと化され、行き過ぎた執着と、少女の魔力総量の高さから最終的に婚約者とされ、段々と少女を疎ましく思うようになるのだが、全く違う歴史を進んでいる現在、この先がどうなるのかは全くの不明であった。


 そんな王子の外見は、銀色の糸のような髪色、王家の血筋で稀に生まれる光の加減で黄金にも見える琥珀色の瞳を持つ、百合の華のような美少年である。


 王族の色である青色を基調とした、王家専用の式典礼服である軍服のような形の豪華な服は、王子の美しさを引き立てていた。

 本来はその上にマントを羽織るのだが、今回は城内なので簡略化され着用はしていない。

 だが、そんな王子を視界に捉えた少女の方はと言えば。


 「まあ、殿下...、大変お久しぶりにございます。

 わたくしなどの名前を覚えて下さり、光栄にございます」


 全く眼中に無いのか、サラっとした対応であった。

 むしろ、なんだお前か、的な雰囲気を醸し出した、何処か冷めた対応ですらある。


 それでもきちんと礼節を持って丁寧な振る舞いをしている少女は、なかなかの貴族振りと言えた。


 「御託はいい!お前、私に言うべき事があるんじゃないか!?」


 だがしかし、王子の方は、公式の場だからか一人称を僕から私へ変えているものの、そんなモンがどうでもよくなるくらいには酷い態度であった。


 何も考えていないのか、それともそれ程までに少女に対する苛立ちがあったのか。


 不明ではあるのだが、いくら王家の者である王子でも、こういった場で女性に怒鳴るという行為が推奨されている訳が無い。

 今はまだ子供だから、で許されているに過ぎないのだが、今後も繰り返すようなら、王子はいつか、何らかの報いを受ける事になるのだろう。


 少女は、そんな王子が不憫になった。

 そして、なるほどこれが反抗期、と納得した少女は問いに答えるべく口を開く。


 「......えっと、まずは本日、無事建国記念日を迎えました事、真におめでとうございます。

 臣下として、この国の益々の繁栄を...」

 「違う!、いや、違わないが、そうじゃない。

 先日の件だ!」


 被せ気味に怒鳴り、更にビシッと少女を指差す王子の様子は、どこか必死に見えた。

 そんな王子に、少女は冷めた視線を向ける。


 「...先日?、あの時の事でしたら、わたくし、謝罪致しませんわ、むしろ、謝罪して頂きたいくらいです」


 「なっ...!?」


 当日の事を思い返してか、少女は王子に向けてキッパリと言い放った。


 少女にとって、叔父を貶される事は逆鱗の一つなのだろう。


 対して、王子は二の句が告げなかったらしく、はくはくと口を開閉させるだけ。

 普段、自分に口答えや意見する者が全く身近に居ない為、咄嗟に反論する言葉が出て来なかったのだろう。


 そんな王子を放置して、少女は小さく息を吸い込むと、意を決して吐き出すように言葉を口にした。


 「ですが、もし、謝罪する必要があるとすれば、一つだけです」


 少女のそんな言葉に、王子は戸惑いながらも勝機を感じたのか、その端正な顔の、口の端を上げた。


 「...なんだ、言ってみろ」


 腕を組み、そう言った時には既に王子の表情は不遜そのものであり、自信たっぷりのドヤ顔であった。

 王族の威厳を出す為の態度とはいえ、そんな王子の態度に少女は地味にイラッとした。


 だが、それでもこれだけはやっておかなければ、と少女は己を奮い立たせ、頭を下げる。


 「あの日、殿下を必要以上に悪く言ってしまった事の謝罪を。

 あれはわたくしの八つ当たりでした。大変申し訳ありません」


 真剣に謝罪する少女に気を良くしたらしい王子は、少女を見下すように、ふん、と鼻で笑う。

 そして、堂々たる態度で( のたま)った。


 「うむ、その謝罪受け入れよう。

 だが何故私に謝罪させたいなどと戯言を言う?」


 ...戯言、などと言われてしまった。


 少女は内心で、このクソガキぶっ飛ばしてやろうかしら、と真剣に考えてしまいながら、それでも貴族の子女らしく、優雅に、そして、たおやかに口を開く。


 「......殿下、無礼を承知で申し上げます」


 「なんだ、私は寛大だからな、聞いてやらん事も無い」


 あっ、何かしらこれ、どうしましょう、凄くぶっ飛ばしたい。


 王子の、尊大かつ上から目線、次いで馬鹿にしたような声音と態度に、少女はまたしてもイラッとした。

 だけど、相手は腐っても王族、何より、子供だ。


 少女は自分も子供である事は棚に上げて、王子の態度は幼さゆえのものだと自分を納得させながら、説明する。


 「例えば、殿下の尊敬する方が居たとします、その方をわたくしに貶されたら、憤ったり、怒りを覚えたりしませんか?」

 「何を当たり前な事を、怒るに決まってるだろう」


 「つまり、そういう事ですわ。

 あの時、わたくしは殿下に憤ったのです」


 少女が王子へ向けてキッパリと断言してやれば、当の王子は一瞬呆気に取られたようなポカーンとした表情を浮かべ、それから、嘲笑混じりの半笑いで、少女を見た。


 「......待て、まさかお前、あの公爵を尊敬していた、のか?」

 「尊敬している、の間違いですわ!それに、おじさまの事をろくに知りもしないのに勝手な思い込みで蔑まないでくださいませ!」


 キッと睨み付けるように王子を見据えながら、少女はドレスと対になるよう作って貰った、茶色の軸に薄緑の羽根を使った扇を勢い良くばさりと開き、優雅に口元を隠しつつ、だが、つい声を荒げながら答えてしまった。


 「あんな輩の何を知れと言うのだ?

 醜く、下卑た、豚のような貴族、それ以外何がある」


 そう言って嘲るように表情を歪める王子は、自分の立場が揺るぎない事を知っているのだろう。

 何の遠慮もなく、少女を嘲笑った。


 しかし、少女の方も黙って居る訳が無い。


 「それ以上仰るのでしたら、その高貴なお口を捻り上げさせて頂きます」


 完全な真顔でキッパリと言い放つ少女の目には、普段ある筈の光が無かった。


 「っ!?」


 少女の様子に本能的な恐怖を感じながらも、なけなしの王族のプライドを総動員した王子は、一瞬狼狽えるだけに済ませる。

 目を合わせる事が出来ずに逸らしてしまう王子に対して、少女は光の無い目で王子を見つめ続けた。


 「謝罪して下さいませ」


 そんな少女に王子の内心は、何コイツめっちゃ怖いと怯えていたのだが、それでも王子は必死に口を開く。


 「っお前、何を言っているのか、理解しているのか!」


 苦し紛れに声を荒げる王子へ、少女は全く変わらぬ態度で静かに返した。


 「当たり前です」


 少女がそう言い切ったその時、その場に新たな人物が現れる。


 「一体何の騒ぎだね?淑女が声を荒げるものではないよ、クリスティア」

 「おじさまっ!?」


 聞こえた声が予想外だったのか、少女が慌てたように振り返った。

 対する王子は、視界に入った闖入者の姿にホッとした半面、怪訝そうな表情を浮かべる。

 王子の記憶には、その人物に心当たりが無かったからだ。


 だが、二人の視線の先に居たのは、先程から話題に挙がっていた少女の実の叔父、オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵その人であった。


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