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 王様の心からの叫びは、悲しそうで悔しそうで、今にも泣いてしまいそうな程、悲痛って言葉が最良の顔だった。

 ここは本来なら物凄く、シリアスな場面なのだろう。


 だけど中身別人な私からすれば、もしも賢人で無かったならそりゃもう酷い頭痛に苛まれただろう事は想像に難くない程度に、脱力してしまいそうだった。


 なんなの、その、まさに王様って外見で自分の事僕って。


 いや、世の中の、自分を僕呼びする、なんだっけそういうの、一人称?まあいいや。

 そういう人を悪く言うつもりじゃない。

 だって性格とか生き方とか、とにかく人によっては凄くカッコイイからね、うん。


 だけどこの王様は駄目だ。

 なんかもう、言動も相俟って一気に頼りなさそうな感じになった。


 いや、でも、こんなシリアスな場面で脱力する訳にも、その外見で僕かよ!と指摘する事も、出来る訳が無い。

 となると、もうこのまま頑張るしかない訳でして。


 あぁもう、一体なんなんだこの状況。


 内心嘆いてしまいながらも、このままでいる訳にもいかず、改めて気合を入れた私は、とにかく真剣になるよう、目に力を入れて演技をしながら口を開いた。


 「決まっている!それが民の上に立つ者だからだ!」


 内心と、外面のテンションの差が激しくて違和感が酷いが、ぐっと我慢する。


 「いやだ!何故大事な友人を!」


 拒否感も露わに声を荒らげる王様は、まるで子供が駄々をこねているみたいにしか見えなくて、カッコイイオジサマがそんな事してる現実になんとも言えない気持ちになった。


 いかん、頑張れ私、切り替えろ。

 大丈夫、出来る、やれば出来る。


 舞台に立った時、アドリブが酷すぎて台無しにしそうだった役者を相手にしてたあの時が出来たんだから大丈夫だ。

 よし、行ける。


 王様の様子に意識を向けた。

 ぎゅっと噛み締められた口元、筋肉の動きから、きっと拳も、血が出そうな程にきつく握り締めているのだろう。


 本当に、苦しそうだ。


 つまりそれくらいに、この人はオーギュストさんを大事に想ってたという事で。


 そう思うと、やっぱり無性に腹が立った。


 そんなに大事なら、どうして間違った行動しか取らなかったの?


 憤りと共に記憶を辿れば、オーギュストさんがこの12年間で正気に返った事は、ほんの数回、そんな程度にだが存在していた。


 そんな時のオーギュストさんは、自分が間違った事をしている事も、そんな事をしても、ジュリアさんが帰って来ない事も、何もかも全て理解した上で行動していた。


 最愛の、ジュリアさんに会う為に。


 それは自分を誰かに殺してもらうよう、ただ、死ぬ為の行動だった。


 愚かな事をすれば、いずれ、誰かがきっと自分を止めてくれる。


 彼はそう望んでいたのだ。


 ...あぁ、だからオーギュストさんは領地に引っ込んだりせず、なるべく王都に居ようとしてたのか。

 そうすれば、誰かが、王様が見付けて、きっと自分を止めてくれると。


 その悲しい想いが反芻されるように胸の内に去来すると、責任転嫁だとは理解していたけどそれでも納得出来ないくらい、この王様に苛立ちしか感じられなくなってしまった。


 私が他人で、中途半端に知ってしまったからこその、苛立ちだった。


 だけど、感情のままに怒る事は得策ではない。

 賢人であるらしいこの肉体は、きっと少しの感情を表に出しただけで魔力が外に出てしまうだろう。

 どうなるかは分からないけど、それがとても危険だ、という事だけは何故か理解出来た。


 必死に感情を押し込めながら、頭だけは努めて冷静に、憤った演技をする。

 矛盾だらけだけど、そうするしかなかった。


 とにかく頭の中でセリフを組み立て、最善の言葉を探す私。


 まずは、何が問題だったのか、それを指摘してやろうと思います。


 グッと腹に力を入れ、王様を見る。


 「っ貴様は王だ!誰よりも正しく、そして誰よりも責任を負わねばならん!

 その貴様が、情に流され不正をしたなど、あってはならない!」


 テーブルを叩こうかと手を振り上げたけど、オーギュストさんのスペックだと叩き壊すんじゃね?と咄嗟に判断し、ぎゅっと握ってから、ゆっくり降ろした。

 危ない危ない。


 そんな私の言葉は、的を射た正論だったのだろう。

 王様がどこか悔しげに表情を歪める。


 当たり前だ。

 だってそんな王様、国民からすれば、迷惑以外の何でもない。

 むしろ、そんな王様の国なんて住みたくもないくらいだ。


 王様は、そんな事分かり切ってるけど、でも納得出来なかった、そんな、なんか糞ガキみたいな顔で私から視線を逸らした。


 ...王様この野郎、お前全く分かってねぇよ。

 ただでさえオーギュストさんてば評判悪いのに、そんなんされたら王様の弱み握って脅して不正させてたみたいな、なんかそんな事にされてしまっても、全然おかしくないんだからな。

 つーか、既にそんな事になってる気がするんですけど、気のせいにしたい。


 私から視線を逸らしたままに、それでも往生際悪く何か反論しようとした王様を無視して、私は続ける。


 「心配なら幽閉でもすれば良かったのだ!

 何故放置した!?

 領民と、私の命ならば、領民の方が何倍も重い!」


 これは、絶対間違ってない。


 あのブタ野郎なオーギュストさんが野放しにされる事によって、どれだけの人が大変な思いをした事だろうか。

 想像する事しか出来ないけど、どう考えたって大変だったに決まってる。


 にも関わらずわざわざフォローなんてするから、余計に増長して被害が拡大し、更に長期化したのだ。


 最悪以外の何でもない。


 国の王というものは、例え友人だったとしても、100を救う為にその友人である1を切り捨てなきゃいけない立場だ。


 死なせたくないなら正気になるまで、または死ぬまで幽閉するべきだった。


 国を支えなきゃいけない筈の王様が、貴族の腐敗に目を瞑り、挙句の果てに守ろうとしてたなんて、馬鹿でしかない。


 だって、貴族って、領民あってこその立場でしょ?

 領民に嫌われたら、貴族は死ぬしかない。

 例え上手く立ち回ったとしても、いずれ何処かで破綻する。

 因果応報、自業自得、そんな結果クーデターで死んだりするのだ。


 マジ何してんのかな、この王様。


 王様は死ななくても私が全ての責任被せられて死ぬかもしれないんだからな、こんちくしょうめが。


 そんな私の説教に、王様はチラッと視線を私に向けたかと思えば、ビクッと体を強ばらせ、とうとう眉根を寄せながら泣きそうな顔で俯いてしまった。


 「うぅ......」


 頼りなく、そんな声も零している。


 ...あかん、この王様ダメな子だ。


 何がダメって、全部分かっててやってた事もそうだけど、王様なのに私の説教にマジ凹みして落ち込んでる所がダメだ。

 だって、威厳が溢れ出んばかりの素敵なオジサマが、なんかションボリ項垂れてるんだよ?


 いや、威厳どこいったん?


 何コレどうしたらいいの?シバいたらいい?ダメ?

 ハリセンか何かで、こう、思い切りスパーンと叩いてしまいたいんですが、...ダメか。

 うん、オーギュストさんのスペックじゃスプラッタになるね。


 残念に思ってしまいながらも王様を見ていたら、なんか王様の縮こまり具合がだんだんと加速していった。

 初めは項垂れてるだけだったのが、いつの間にか猫背になり、更にプルプル震えながらその図体を縮こまらせ、結果として、なんだか図体の割には小さく纏まってしまった。


 ......ナニコレ。


 その時ふと、今まで完全に空気と化していた王妃様がおもむろに口を開いた。


 「...オーギュスト様、そのくらいにしてあげて下さい。その人も必死だったんです」


 申し訳なさそうに、そして、どこか悔しそうに告げられた王妃様の言葉に、ふと冷静になる。

 頑張って冷静なつもりでいたけど、やっぱり完全には冷静でいられなかったのだろう。

 仕方ないね。


 いくら腹立つからって、大の男が同年代とはいえ女性の前で、誰かを責め立てめっちゃビビらせるなんてダメだろ、自分。

 うん、ダメだわ。


 「...いえ、こちらこそ声を荒げてしまいました。申し訳も御座いません...」


 罪悪感で素直に謝罪の言葉を口に出すけど、外見上はオーギュストさんの威厳を損なわないように必死に取り繕いながらなので、結構大変な作業......いや、オーギュストさんのスペック的にそんな大変じゃないわ。

 なんかサラッと出来たわコレ、スゲェな。


 「いいえ、謝らないで下さいな。悪いのはこの人なんですもの」


 優しい声で、静かに告げる王妃様が、悲しそうに笑う。


 うん、中身が私で無ければきっと物凄いシリアスな場面だったんだろう。


 「オーギュスト、許してくれとは言えない、本当に...すまなかった」


 罪悪感と、後悔、それから、自己嫌悪に彩られた複雑な表情で、縮こまった王様が静かな謝罪をした。

 そんな王様につい盛大な溜息を吐きたくなったけど、グッと堪える。


 どんだけ耐えなきゃいけないんだとか、一瞬考えてしまったけど今は無視だ。


 「...陛下、謝るくらいなら始めからやらないでくれませんか」

 「...怒っているのか?」


 冷静に言ったら、ちらり、とこちらを伺うような上目遣いで、恐る恐る尋ねる王様。


 うわあどうしよう今凄くシバきたい。


 いや、ダメだ、耐えろ私。頑張れ。


 内心では盛大に顔を引き攣らせ、外見上は全く分からないだろうけど、とにかく必死に取り繕いながら口を開く。


 「...呆れているんです」


 「いいや、怒っているんだろう?、だからそんなに他人行儀なんだ」


 当の王様は縮こまったまま今度は若干唇を尖らせ、怯えながらも拗ねているみたいな、なんかそんな腹立つ態度を取り始めた。

 中年のオッサンがやってはいけない態度だとは言わないが、幼児がやりそうな事をされてしまうと、なんかもう、全力でシバきたい。


 誰か私にハリセンくれ。

 あ、ダメだ、なんか氷で出来たハリセン出そう、やめとこう。


 「.........立場を弁えているだけですが?」


 本来の私なら、修行不足故に顔の表情筋が盛大に引き攣ったに違いない。

 だけど、やっぱりオーギュストさんのスペックのお陰で上手く冷静な演技が出来た。

 スペック任せなのは嫌だけど、でも今は有難い。


 しかし、静かに言い切った次の瞬間に、王様は悲壮な顔で、なんか大袈裟に王妃様へ泣き付いた。


 「やっぱり怒ってる...!リリー、どうしよう!オーギュストが怒ってる!」

 「素直にお説教されたら良いと思いますわ」


 あらあらうふふ、そんな風に優しく笑いながら、サラッと王様を見捨てる王妃様。


 「えええ!?リリーの薄情者!」

 「なんとでも仰って下さいな」


 ヒドイと大袈裟に嘆く王様を見て、王妃様はのんびりと笑う。


 そんな仲睦まじい夫婦のまるでコントのような楽しそうな掛け合いに、突然私の胸の内をとてつもない罪悪感が襲った。


 頭の中には、さっきみたいな掛け合いをする今よりも大分若い二人を、呆れたように、でもどこか楽しい気持ちで眺めていた過去のオーギュストさんが居た。


 ああ、また始まった、そう思いながらも楽しくて、微笑ましくて。

 でも、その感情を持っていたのは、私では無い。


 ...なんで私が此処に居るんだろう?

 だって、此処は、オーギュストさんの居場所だった筈なのに。


 オーギュストさんが作り上げた人間関係で、オーギュストさんが生きたからこそ出来上がった信頼関係なのに。


 「......すまない」


 余りの罪悪感に、つい謝罪が零れ出た。


 オーギュストさんがオーギュストさんだったからこそ、この暖かい空間が有った。

 大事に思われていたのは私ではなく、オーギュストさんだ。


 だから


 ここは、私の居ていい場所ではない。


 「何故オーギュストが謝る?」


 王様の不思議そうな問い掛けに、いつの間にか下がっていた視線を王様へと戻すと、心底不思議そうな王様の顔が視界に入る。

 私は罪悪感で何も考えられなくて、とにかく勢いのまま、口を開いた。


 「...私は、いや、...オーギュスト・ヴェルシュタインは死んだ。

 君達と共に育った記憶も無く、もう以前の、君達の知っているオーギュストではない」


 口調を本来の自分に変えられなかったのは、女優である私の、なけなしのプライドのせい。

 オーギュストさんがオカマ口調になるとかダメだから。


 そういう風に考えて、悔しくなった。


 ...違う。

 本当は、女子だった自分なんて受け入れて貰えないだろう、という諦めの気持ちのせい。


 自分の弱さに辟易しながら小さく息を吐き出すと、僅かにだけど胸が軽くなった気がして、私は気を取り直すように、王様をじっと見つめながら、呟くように告げる。



 「...私は、別人だ」



 呟くような声量でも聞こえるように、腹に力を入れながら淡々と、でも、キッパリと、言い放つ。


 ごめんなさい。


 生きていたいと願ったけど、こんな事は望んでなかった。

 全く、全然、これっぽっちも、誰かに成り代わってまで生きたいなんて、思ってすらなかった。


 ごめんなさい、ごめんなさい。


 私はそれでも、死にたい、なんて、米の粒程さえも思えないんだ。



 「.........オーギュスト、お前は変わらないな」



 そんな、優しく穏やかで、そして、少し困ったように呟かれた言葉に、またいつの間にか下がっていた視線を戻す。

 すると、懐かしそうに、だけど、少し困ったような笑顔で、私を見ている王様が居た。


 「...陛下?」


 変わらない?なんで?私は別人なんだよ?

 意味が分からなくて、呼びかける事しか出来ない私を置いて、王様は静かに語り始める。


 「真面目で、ネガティブ思考、曲がった事が嫌いで、実は熱血」


 懐かしくて、嬉しい、王様はそんな表情でオーギュストさんを語る。


 言われてみれば、確かにオーギュストさんも、私と一緒に生きていればきっと、似たような事を言ったかもしれないんじゃないかと思う。

 実際がどうかは分からないけど、記憶の中のオーギュストさんなら、そうしてしまう気がした。


 穏やかな笑みを浮かべながら、王様は続けた。


 「それに、中身が別人でも僕は一向に構わないよ。

 賢人となったのだから、有り得えてもおかしくない」


 ...この人は一体何を言ってるんだろう。

 やっぱり意味が分からなくて、私は確認するように口を開いた。


 「.........別人の魂が、入り込んでいる、と言ってもか」


 そう言った私の声は重々しくて、だけど、王様は変わらない様子で首を傾げる。


 「そうなのか?その人はどんな人物だ?」


 「若い、女だ。夢を追う道半ばで、急死した」


 「名前は?」


 「...陽子」


 「...ヨーコ、か。

 ふむ、オーギュストは嘘を吐いた事なんて無いからな、信じよう」


 それは真っ直ぐな、私を信じ切った眼差しだった。


 ...あぁ、コレ、駄目だわ。

 理解されてない。


 私が今もオーギュストさんを演じてるのが原因なんだろうと思う。

 けど、多分この人、オーギュストさんの魂が、もうこの世に存在してないって事、気付いてない。


 そう思ったら、もの凄く自分勝手だけど、なんだかとても残念で、落胆した気持ちになった。


 きっと王様は、私が、オーギュストさんの魂に混ざってる、って考えてるんだろう。


 ...なら、もう良いや。



 「オーギュスト?」


 「なんだ?」


 「突然黙り込んで、どうした?」

 「いや、良い友に恵まれている、と感じていただけだ」


 不思議そうな様子で尋ねる王様に、さも、言った言葉通りであるかのように答える。

 オーギュストさんらしく、冷静に、だけど少し呆れたように、それから、オーギュストさんもきっとそう感じるだろうから、多少の後ろめたさも表情に含めて、それでも、少しだけ嬉しそうに。


 複雑な表情を演じながら、内心で自分を嘲笑った。

 だって私程の馬鹿は中々居ないと思う。


 誰にも気付かれちゃいけないのに、打ち明けようなんて、どう考えても私は馬鹿だ。

 だって、私はこの世界では異物以外の何物でもない。


 本来なら、存在しない魂なんだ。


 それなら尚更、誰にも気付かれちゃいけない。

 分かってた事だ。


 ...うん?


 ふと気付いて、賢人だからか若干しか出なかったけど、なんか変な汗が出た。


 いやいやいや、ちょっと待て、私。

 冷静になれ、よく考えろ。


 馬鹿通り越して阿呆なの自分?

 何を死にに行くような事言ってんの?


 あっぶな!!

 王様に何暴露しようとしてんの自分!、やっぱり気付かれないかー...、ってしょんぼりしてる場合かよ!バレたら打首になるわ!

 むしろ気付かれなくて良かったよ!王様が若干残念で良かった!

 いや、これは私の演技力の賜物だね!さすがは私!


 しかし焦った...、まじで何やってんだ自分......!


 無意識って怖いわー、今度からちゃんと、もっともっと考えながら行動しよう。

 オーギュストさんのスペックなら思考する時間は一瞬に近いし、なんとかなる筈だ。

 よし、頑張れ私。


 「うん?...オーギュスト、お前、指輪はどうした」


 王様から不意に、そんな疑問を投げ掛けられてちょっと思考が停止した。


 えっと、何ですか?

 当主の指輪なら付けてるけど、それじゃないよね?


 「ジュリアの指輪の事だ、付けていないのか?」


 うん?ジュリアさんの指輪?

 えっと、うん、よし、こういう時こそオーギュストさんの知識を検索だ、ジュリアさんの指輪、ジュリアさんの指輪...


 「ちょっとあなた、ダメよもう、デリカシーってものが全く無いんだから、...ごめんなさいね、オーギュスト様」


 検索してたら王妃様が慌てた様子で止めに入った。

 一応結果出たんだけど、なんか言わなくて良いっぽい。


 「すまん、オーギュスト...」

 「いや、気にするな」


 なんかまた落ち込み始めた王様に、とりあえず、堂々と適当に答えておく事にする。


 ちなみに、その検索結果なんだけど、まず前提としてこの国の婚約や婚姻の証がどういう物なのか、の説明から入らなければならない。


 必要なのは、互いの瞳の色の石。

 大きさはどのくらいでもOK。

 婚約の間はその石を交換して、お互いがお互いの瞳の色の石をそれぞれ好きな宝飾品に加工する。

 主にピアスやイヤリング、ネックレスが主流だ。

 そして結婚となると、その宝飾品を指輪や腕輪など、手に付けられるタイプの宝飾品に作り変えるのだ。


 故に、この国では結婚指輪とか言わず、相手の名前の指輪や腕輪になったりする。


 ちなみに、相手に先立たれた場合は、遺された者と亡くなった者の両方の指輪を棺に入れるか、死んだ相手の指輪と残った者の指輪を交換し、埋葬する事が多い。

 財政的な理由から、前者は貴族、後者は一般市民という傾向があるようだ。

 以上、オーギュストさんの知識でした。


 だが王様の様子から考えると、どうやらオーギュストさんはジュリアさんの指輪を、いつも肌身離さず所持していた事が伺える。


 どうしよう、そんなの今日持って来てない。


 でもなんか今は言わなくて良いみたいで良かった。

 だけどそれより、帰ったら指輪の場所を探しておかなきゃ。


 「しかしオーギュスト、一体どうするつもりだ?」

 「何がだ」


 頭の中で指輪の有りそうな場所にアタリを付けていたら、またしても王様から良く分からない質問をされたのでとりあえず聞き返したら、王様はどこかバツが悪そうな様子で何度か口を閉じたり開いたりしてから、ぽつりと言った。


 「...帳簿が、合わないんだろう?」


 うん。


 「誰のせいだと?」

 「ごめんなさい」


 素でジロリと胡乱な者を見るような視線を向けたら、速攻で謝罪が返ってきた。


 「いや、もう、本当にすみませんでした。

 だからそんな、殺人?虫を潰すだけだが?みたいな目で見ないで、怖い、めっちゃ怖い」


 うん、こっちこそごめんね王様、そういやオーギュストさん顔怖かったわ、めっちゃ怖いよね、仕方ないね。

 ていうか今思ったけど、胡乱(うろん)、って初めて使ったよ私、怪しげな様子って意味らしいよ、胡乱って。

 さすがオーギュストさんだよね。


 でも私ウドンって言葉の方が良く使ってたよ。

 美味しいよね、ウドン。


 あ、ヤバイ、なんかめっちゃ和食が食べたい。

 鰹出汁の、いや、昆布出汁でも良い。

 ウドン食べたい。

 上に甘いお揚げと葱、それからゆで卵、あっ、あと天かす、それに七味をちょっとだけかけて食べたい。

 あっ、でも肉ウドンも良いよね。


 ...うん、なんか...お腹空いた気がする。


 いかん、何の話だっけ、えっと、そうだ、帳簿の話だ。


 「...今は再計算をしている最中だ。

 それから、実際にどれくらいが使途不明金であるかの確認と、手元にある金額との差異を(くら)べるつもりだ。」


 脳内では若干慌てて気を取り直し、外見上は全く普通の態度、だけど少しだけ呆れたような態度で、改めてそう告げてからティーカップを手に取り、冷めてぬるくなってしまった紅茶を口に含んで飲み込んだ。


 うん、高いからなのかな?ぬるくても美味しい。

 凄いね、高級って。


 「そうか...、その、良ければ、信頼のおける税務官を派遣」

 「不必要だ」


 恐る恐る、といった様子で私に提案する王様の言葉を、途中で遮ってまで拒否する。


 「何故だオーギュスト!やっぱり怒っているんだな!?」

 「違う」


 ガーン!という効果音が聞こえそうな程のリアクションで嘆く王様が地味に鬱陶しくて、とりあえずすぐに否定したけど、王様は全く聞いてないのか、大袈裟に嘆きながらまた王妃様に泣き付いた。


 「リリー!オーギュストが怒ってる!」

 「あらあら」

 「話を聞け」

 「はい!すみませんでした!」


 イラッとしたせいか、殊の外冷たい声になってしまったのだが、その瞬間物凄く真面目な顔で王様に謝られてしまった。

 とりあえず呆れたような態度で息を軽く吐き出しながら理由というか、建前を話しておく事にする。


 「......まったく、貴様は...。

 どこからどう漏れ、いつ寝首を掻かれるか不明な内は、他人を執務に関わらせる気などない」


 ていうか他人に懐事情を助けてもらうとか、普通に嫌だよ、怖いもん。

 私、家族ならともかく、友人ですら財布預けるの無理なタイプだし。


 とか考えていたら、王様が不思議そうな表情で首を傾げた。


 「...だが、オーギュストは賢人となったのだから、例え寝首を掻かれようと無意味ではないか?」

 「例えだ馬鹿者。

 私が言っているのは、政治的、または社会的な意味だ」


 あっ、王様に馬鹿とか言っちゃった。

 どうしよう、でもなんか口を付いて出て来たんだよね、もしかしてオーギュストさんと王様っていつもこういうノリだったんだろうか。


 「ふむ、だとしても、賢人に対してそのような事を出来る輩がいるとも思えないんだが...」


 特に気にした様子も無く顎や髭を撫でながら思案する王様に、あ、普段からこういうノリだったんだな、と察しながら、とりあえず今後の方針を伝える。


 「その、賢人になった、という情報は、(おおやけ )にするつもりは無い」


 「何故だ!?これ程強いカードは類を見ないのだぞ!?」

 「だからこそだ、切り札として使いたい」


 驚きながらも、どこか焦ったように声を荒らげる王様に、冷静な言葉を返しながら、持ったままだったティーカップを置く。


 切り札、ってのは建前だ。

 だって今世間に公表したら、あのおじいちゃんみたいに詐欺に遭ったり、色々面倒な事に巻き込まれるかもしれない。

 やだよ、ただでさえ今も色々大変なのに、これ以上増えたら対処出来ない気しかしない。

 せめて落ち着いた頃にお願いしたいです。


 内心はそんなヘタレた事を考えながら、外見上はキリッと真面目に、そして真摯にジッと王様を見る。

 すると、王様は悲しそうに眉根を下げ、でもどこか諦めたような、それから少し困ったような、そんな複雑そうな表情をしてから、そのまま片手で目元を覆って、呟いた。


 「...何故いつも重荷を背負い込もうとするのだ、オーギュスト...」


 悲しそうで、でも、どうしようもない、そんなのがありありと分かる程の声音だった。


 いつも、って事は、過去のオーギュストさんもわざわざ自分の負担が大きい方を選んでいたらしい。


 「それが最良なのだから仕方ないだろう」


 「だが、それでは潰れてしまう...!」


 そうだね、だからきっと過去のオーギュストさんは潰れてしまったんだろう。

 だがしかし、私はそう簡単に潰れる女じゃない。


 鈍感、能天気、適当、三拍子が揃った女をナメて貰っちゃ困るのだよ!!

 全く誇れないとか、そんな事は考えないよ!


 「ふん、再計算、統治、自衛、たかがそんな程度が、私が潰れてしまう程の重荷だと?」


 多分それだけじゃないと思うけど、ここは堂々と言うしかない。

 自信なんて無いし、出来る気もしないけど、きっとオーギュストさんのスペックなら大丈夫だ。

 きっと!!


 そんな私を見て、王様は少し驚いたように瞠目した。


 「......オーギュスト、君は少し、変わったか?」


 王様の言葉に答えるように口の端を上げ、ニヤリ、と笑う。


 オーギュストさんの顔でそんな事したら、物凄く怖いかもしれないけど、自信満々な雰囲気は伝わるだろう。

 多分。


 「今更気付いたのか?言っただろう、私はお前の知るオーギュストではない、と」


 キッパリと言い放つと、王様は一瞬呆けたように間抜けな顔をして、それから困ったような顔で苦笑し、目元を覆っていた手を下ろしながら呟くように告げた。


 「......そうだな、強くなった」


 「それでは私が弱かったようではないか」


 軽く眉間に皺を寄せ、心外だと言いたげな返答を返す。


 いや、実際問題、オーギュストさんは弱い人だったとは思う。

 けど、多分本人にはあんまり自覚ないだろうな、と判断しての言動である。


 「え?昔からジュリアに対してはヘタレだったじゃないか」


 「なるほど、陛下は私に、もう一度顔面を握られたいとみえる」

 「あっ、えっ、ごめんなさい!許して!」


 そんなやり取りをする私達を、王妃様が微笑ましく見守っている様子が目の端に映った。


 個人的には見守るんじゃなくて止めて欲しいです。

 ホントにコレで良いのかめっちゃ不安なんです。


 よし、こういう時こそ話を別の方向に逸らそう!


 「そういえば、ノルド・ロードリエス上級伯爵について、だが...」

 「あぁ、あの男か。

 ...そうだな、捨て駒、として使われている、哀れな男、といった所か」


 ハゲチラについて聞いてみたら、王様は、ふむ、と小さく唸って、そんな見解を語りながら、髭や顎を片手で擦った。


 へー、王様から見るとハゲチラってそんな感じなのか。

 しかし捨て駒かぁ。


 「なるほど、いずれ私が辿ったかもしれない道の一つ、か」


 「...そうだな、あのままなら、そうなってもおかしくなかっただろう」

 「ならば、尚更放置して欲しくは無かったな」


 私の冷静な言葉に苦笑しながらも同意する王様に、ジトーっとした視線を向けつつ、指摘した。

 すると、痛い所を突かれた、みたいな困ったような表情を浮かべる王様。


 「そう言うな、オーギュスト。

 あの時、僕も気づかぬうちに、正常な判断が出来なくなったのかもしれない」


 「今は違う、と?」


 静かに尋ねると、どこかスッキリしたような顔で王様は笑った。


 「...目が覚めた思いだよ。

 僕にとっても、ジュリアは大事な友人だった。

 だからこそ、次に君を亡くしてしまうのが恐ろしかった」


 「...なるほど」


 納得したわ、そういう事か。

 まあ、そうだよね、普通の人ならそうなってもおかしくないと思う。


 立場が王様だから、なんか酷い事になってしまったんだろう。


 この王様、国王とか向いてないタイプなんだろうな。

 周りの人に助けられてなんとかなってると見た。


 「なぁ、オーギュスト、もう、僕をイルと呼んではくれないのかい?」


 思案をする私を放置して、突然王様がそんな問い掛けをして来たものだから、つい、一瞬思考が停止した。


 あっれぇー!?話が似たような所に戻ってきやがったぞー!?

 止めてよそういうの!どういう対応が最適なのかイマイチ分からないんだよ私は!

 だって私オーギュストさんじゃないもん!


 そんな事を考えながらも答えない訳にもいかない訳で。


 「...気が向いたらな」


 「...そ、そうか!」


 完全に先延ばしにしただけの私の返答に対して、嬉しそうに笑う王様の姿にやっぱり心が痛んだけど、気のせいって事にして誤魔化した。





 それからパーティ会場に戻った訳なんですが、戻った途端に辺りが不可思議な光に包まれた。


 ふわりふわりと様々な光が飛び回る中、一際大きな六色の光が会場内を照らす。

 これは一体何事かと辺りを見回せば、同じように戸惑う人々の姿があり、どうやらこの光は会場内の全ての人に視認出来ているらしいと気付く。

 その時、頭の中に低い声が響いた。



 『...我等は、精霊の王』



 はい?


 余りの事に混乱の極みな状態で立ち尽くしていたら、あちこちからざわめきと戸惑いの声が上がる。


 「な、精霊王様...!?」

 「何故城に!?」


 「いや、それよりも皆、跪くんだ!」


 戸惑いの余り慌てふためく人々を見るに、どうやら声も全員に聞こえているようだ。


 うん、ごめん意味分かんない。


 その時、またしても声が頭に響いた。


 『そう畏まる必要は無い』


 さっきとは違うけど、低くて良い感じの男の人の声だった。


 『此度我等、新たな賢人の再誕の言祝(ことほ)ぎに顕現した次第』


 『新たな賢人、オーギュスト・ヴェルシュタイン』


 『我等精霊の王は、貴殿の再誕を祝福しよう』


 女の人のような穏やかな声に、少女のような声、それから、気品のある女性の声が、順番に言葉を紡いで行く。


 辺りからは、おぉ...、という感極まったような感嘆の声があちこちからざわめきとなって聞こえて来た。


 そんなんより一個良いかな。



 神様何してくれやがるんですかこんちくしょう。



 

頑張れオジサマ。

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