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 「あぁん、もうヴェル様ったら...っ!、ワタシに会いに、こんな所まで来てくれるなんて...っ!」


 「いや、年に1度のパーティだし、なんなら旦那サマ、太ってた去年も参加してたよね」


 ハアッ、と熱い吐息を漏らしながら頬を染め、恍惚とした表情で呟く赤髪の少女に、黒ずくめの男が呆れたような声音の言葉を返す。

 絶対アンタに会いに来た訳じゃない、と視線だけで訴えながら。


 しかし少女は、全く聞こえていないかのように、恋する乙女のような、熱に浮かされたうっとりとした顔でその身をくねらせた。


 「んふ、暫く会えなかったからきっとお寂しくなられてしまったのね!」

 「いや、王家からの招待だから参加するの普通だし」


 たとえ聞こえていなくても、男は言いたくて仕方がなかったのだろう。

 瞬時に少女の言葉の矛盾箇所を指摘する。


 「ヴェル様の手を煩わせてしまうなんて、ワタシったら罪な女...」

 「...旦那サマ、煩わしいからパーティよりも仕事してたいって言ってたけど」


 顔を布で隠してあるにも関わらず、それでも分かるほどの呆れたような視線を少女へ送りながら冷静に呟く男は、少女が自身の言葉を全く聞いていない事実に、とうとうその灰銀の瞳を此処では無い何処か遠くへ向け始めた。


 「あっ、ヴェル様ったら、今ワタシを見たわ!

 んもう、ダメよヴェル様、パーティに集中しなきゃ!」

 「うん、それ妄想だからね、旦那サマこっちに視線すら送ってないし、なんならココ天井裏だから」


 黒ずくめの男が言う通り、彼等が居る場所はパーティ会場の真上、天井の裏である。

 そこで、指が通るくらいの小さな穴から、階下の様子を見ているのだ。


 彼等がそんな場所に居るのは、自分の主の警護が目的だ。

 有り得てはならない事だが、不測の事態が起きた時に、対応する為である。


 この場所には、彼等の技量が高度過ぎるせいで、彼等も此処に居る事に未だ誰も気付いていないが、彼等以外にも様々な貴族に雇われた影の者が居た。

 その者達も、同じ目的である。


 表向きは。


 裏の目的は、情報収集である。


 王城では、情報収集と、警護以外の一切の活動が出来ない為、影の者が貴族を暗殺する事はない。

 何故か。


 単純に、王家に仕える影の者の実力がずば抜けているからである。


 その彼等は、一様に血のように赤い髪と瞳を持っている事から、真紅と呼ばれていた。


 国が出来た当時は要人暗殺が無い訳がなかったのだが、何処で掴んだのか、王家側が犯人を捕縛、粛正した。

 伝聞では、その悪事を暴いたのは初代真紅だと言われている。


 それ以降王城での暗殺は、どれだけ策を練ったところで上手く行かず、何度やったところで、ただ闇雲に己の命を危険に晒すだけである、という認識が根付くようになった。


 それは裏の世界でも暗黙のルールとなり、現在では王城は影の者達の社交の場、または新人のデビューの場となっていた。


 もしかしたら、伝説の真紅の末裔の姿を一目見られるかもしれない。

 そんな淡い期待と共に、仕事ついでに王城へ忍び込み、情報収集する者は後を立たない。

 だが、隠密としても暗殺者としても最高峰の彼等は、そう簡単には見付けられず、噂だけが先行しているのが現実であった。


 なんでそんなのが自分の横で、しかも自分の主に、恋する乙女みたいな視線を送っているのか、黒ずくめの男は疑問で仕方なかった。

 だが、魔に属する者にとって己の主が魅力的に映るのは本能なので、仕方ないとも思っていた。


 あの夜、自分の主と情報を纏めた結果、真紅は吸血鬼と呼ばれる魔族である事を知ったからだ。


 何故そんな種族の者が人間の国の影などやっているのか、甚だ疑問ではあるのだが、男にとっては、己の主に害が無ければ他はどうでも良かったので、完全にスルーしていた。

 恋は盲目状態である。恋じゃないけど。


 「それにしてもヴェル様ったら、なんて素敵なの...」


 「あ、うん、それは同意する」


 堂々と、そして優雅に、一部の隙も無く会場を歩く己の主の姿は、もはや拝んでしまいそうな程、男には神々しく見えていた。

 故の、真剣な同意である。


 「あの青い瞳、冷たい眼差し...本当に素敵......、着飾るとまるで絵画ね...」


 「...流石は旦那サマ、やっぱりパーティだと違うなぁ」


 その会話を聞いていた者が居れば、例えられた絵画は、物語の悪役が登場した時の場面か、と思った事だろう。

 男の主の姿は、どこからどう見ても大迫力であったのだから。


 「それにしても、あの俗物、ヴェル様になんて態度かしら、ぶっ殺したい」

 「うん、それめっちゃ分かる。

 でも旦那サマから許可出ないとダメなんだよね、残念の極み」


 心底嫌なモノを見てしまったと、嫌悪を隠す事すらなく、吐き捨てるかのように呟く少女に、男は再度、真面目な声音で同意した。


 「何故ヴェル様はたったアレだけの言葉責めで済ませたのかしら...」

 「旦那サマの事だから、何かしらお考えがあるんだろうと思うけどね」


 「あぁ...なんて羨ましい、ワタシもあの冷たい眼差しを受けながら罵倒されて、そのままブツ切りにされたい...」


 「うわっ、きもちわるい」


 うっとりと呟く少女の言動に、男は真剣な拒否反応を示した。

 完全な真顔での、心からの呟きである。


 まさか真紅の1人がこんな変態だなんて、誰が思っただろう。

 願わくは、あと数人居る筈の真紅達はマトモな者であってほしい、それだけを考えながら、黒ずくめの男は溜息と共にその灰銀の瞳を閉じる。

 己の主の中の人の生まれ故郷では、そういった思考はフラグと言うのだが、勿論男は知る由もない。


 「あら、流石はヴェル様ね、王にまであんな事出来るなんて...!」

 「へ?」


 少女の言に閉じた目をパチリと開け、急いで階下の様子をチェックすると、驚愕の事実が明らかとなった。


 「...旦那サマ何してんの?」


 思わず、ぽつりと呟いてしまったが、これは仕方のない事だろう。


 男の目には、己の主が、この国の王の顔面を、片手で思いっきり掴んでいる様子が飛び込んで来たのだから。













 さて、現状の確認をしようか。


 えーと、パーティに来たら、王様の顔面を鷲掴みしてました。


 なんでだ。


 もっかい言わせて。




 なんでだ。




 頭に載った豪華な細工の、赤い宝石が中心に据えられた王冠。

 白っぽい金だからプラチナとかその辺で出来てるかもしれない。

 頭髪は綺麗な銀。

 白髪では有り得ない完全なシルバーである。

 髪質は真っ直ぐストレートで、コシがある。

 男の人は大体こんな髪質だよな、ってくらいの、丁度いい感じ。


 顔立ちは、オーギュストさんとは違うタイプの、偉丈夫ってヤツ、だった気がする。


 オーギュストさんはどちらかと言うと、線の細い方の美形に分類されると思う。

 若い頃は、体格でようやく性別が分かる程の美人だっただろう。


 一転して王様の方は、正統派の美形だ。

 若い頃は王子様感がハンパ無かった事だろう。

 歳を重ねて、威厳と余裕と、大人の色気が出ていた。


 瞳は綺麗なアメジスト色、だった気がする。


 年齢はオーギュストさんと同じくらいだったから、ナイスミドル、とは言いづらい。

 個人的な見解だが、ナイスミドルという言葉が相応しいのは50代からだと思っている。

 オーギュストさんはヒゲ似合わないけど、王様はとても良く似合っていた。

 身長はオーギュストさんより少しだけ、ほんの2、3cm低い気がする。


 私に顔面掴まれてるから何もかも台無しだけどな。

 おヒゲがチクチクします。


 ていうか、貴族の礼儀的に向こうから話し掛けられるまでこのままじゃね?


 あ、ちなみに現在、音という音が無くなってるよ!

 ざわめきも音楽も、何もかも時が止まったように聞こえなくなったよ!


 周り皆こっち見てポカーンとしてるからね!うん!


 見てないで誰か助けろ。


 いやいや待って、これどうしたらいいの?


 頭の中は混乱の極みで、体は完全に硬直してしまっている。

 だがそれでも私の頭は、これからどうしたら良いのか、何が最善なのか、ただひたすら戦略を立てていた。


 いっそ此処で魔法ぶっぱなすか?

 そしたら無かった事になるんじゃね?

 いやいやいや、それは駄目だ、王様死んじゃう。

 ていうか、お城吹っ飛ぶかもしれん。

 うん、却下。


 あ、こういう時こそ転移魔法か?

 いや、今逃げても仕方なくね?

 後から大惨事確実だよ、打首だよどう考えても。


 やっぱりお城吹っ飛ばそうかな。

 あ、でもそれだと執事さんと隠密さんも巻き込まれ死するかもだわ、駄目だね、駄目だよ。


 そんな自問自答してしまっていたが、表情は一切変えていない。

 周りから見たら一体どんな風に見えているのか、想像したくもなかった。



 「まあ、ヴェルシュタイン様、ご無沙汰しております」


 突然、うふふ、と優雅に微笑みながら王妃様っぽいおば、お姉さんが私に声を掛けながら、優雅に歩いて来た。


 王様の頭の王冠と違ってピンクゴールドで出来たようなティアラは、照明の光でキラキラしている。

 中央に据えられているのは王様の王冠と同じ赤い宝石。


 頭髪は、プラチナブロンドってやつだろうか、パツキンより落ち着いた色味である。

 その色の髪は、編み込むように結い上げられ、頭の後ろで纏められていた。

 垂れ目が特徴的な、水色の瞳。

 若い頃は色んな男からアプローチを受け、あらあらうふふ、と年上のお姉さんの笑顔で躱していたのだろう。

 プロポーションは一切のたるみも無く、素晴らしいの一言。


 ハイネック+フリルの露出度の少ないドレスは、とても上品な薄いピンク色で、銀色の糸で施された幾つもの薔薇は、ところどころにアクセントとして真珠があしらわれている。


 近くで見ると、とても綺麗で優雅です。


 つーか私、基本的に語彙が無いからこんな時そんな感じの事しか言えないわ、どうしよう。


 「これは王妃様、このような状態で申し訳ございません。

 ヴェルシュタイン公爵家、当主オーギュストに御座います」


 内心はめちゃくちゃ慌ててるし、頭の中真っ白でセリフなんか出て来ないと思ったのに、なんかサラッとそんな返答が口をついて出て来た。

 さすがはオーギュストさんである。


 「あら、あの頃のように、リリーとは呼んでくださらないの?」


 何処か残念そうに、こてりと首を傾げるお姉さん。

 そんな事されると綺麗から一気に可愛らしいに変わってしまうのが不思議である。

 是非とも、このまま可愛らしいおばあちゃんになって頂きたい。


 内心物凄く真剣にそんな事を考えていたけど、不意に気付いた。


 ん?......あれ?、ちょっと待て、王様スルーされてない?

 良いの?コレこのままお話してて大丈夫なの?

 あっ、あと、あの頃とか私知らないんですけど、どうしたらいいですか。


 「そう呼ぶには私は少々、歳を取り過ぎてしまいました」


 そんな、色々と訳が分からない状況下でも、アドリブでセリフがポンポン出て来てくれるのは本当にありがたかった。

 だがしかし、何を言ってしまうか分からないのはちょっと、いや、かなりハラハラする。

 だけどとりあえず、今は仕方ないと割り切るしかなさそうだ。


 「あらあら、ワタクシとヴェルシュタイン様は同い歳ではありませんか」


 うふふ、と、はんなり微笑むお姉さんから告げられたそんな言葉に一瞬時が止まった気がした。



 えっ。



 えっ!?


 ちょっと待て、同い歳!?


 あ、そうか、オーギュストさんと王様が同い歳くらいで、その王様と王妃様が同じくらいだから、オーギュストさんとも同い歳と、そういう事か!


 普通に考えたら当り前の事なんだけど、中身が私であるが故の弊害である。

 この場合、私の頭が悪いから、という訳じゃなく、年齢が若いから、という理由が弊害の元だ。

 確実に、...多分、......おそらく、.........きっと。


 「ふむ、そうでしたな。

 王妃様はいつまでも若々しくていらっしゃるので、同じ歳だという事を失念しておりました」


 さも当然とばかりの態度で、堂々と言い放つ。


 こういう時は、逆に堂々と言ってしまえばバレないのだよ!


 内心だけでドヤ顔をしていたら、当のお姉さんはころころと笑った。


 「まあ! お上手ですこと。うちの旦那様にも見習って欲しいわ」


 「...ふむ、旦那様と言えば...」


 チラリと視線をずらすと、未だに私に顔を鷲掴みにされた王様の姿がある。

 ジタバタしながら、何か、むぅむぅ唸っているのだが、...ねぇお姉さん、ちょっとコレどうしたらいいですかね?


 そんなニュアンスを含めながら言葉を途中で止めると、お姉さんはようやく思い出したとばかりの表情で、ポン、と両手を叩いた。


 「あら、そうだったわね、実は別室を用意しているの。どうぞ、ご案内しますわ」


 うふふ、と優雅に微笑みながら、私を案内する為か、早速歩き出そうとするお姉さん。


 って、おい。


 「...王妃様?」


 ちょっと待って、そうじゃないよお姉さん、なんとかしてこの状態。


 そんなニュアンスを頑張って含めながら怪訝そうな声音を発すると、お姉さんは無邪気に、悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべてクスクスと笑った。


 「うふふ、分かってますわ。

 その人もそろそろ反省したかしら。どうぞ離して差し上げて」


 楽しそうに告げられたその言葉に、ようやく手を離す事が出来るようになった訳ですが、...王様にこんな事しちゃうとか私、首飛ぶかな...。


 この場合の飛ぶ、は比喩でも何でもなく、物理的に、である。

 うん、飛ぶよね、どう考えても。


 一応頑張るつもりだけどどうなるか分からんから、挨拶だけはしておこう。

 さよなら、胴体。


 そんな事を考えながらパッと手を離す。


 「ぶはっ!ちょっと走馬灯が見えたぞヴェルシュタイン公爵!」


 あ、やばい、王様軽く死にかけるくらい握ってたとか、やっぱり死刑ですよね、死刑ですね。

 うん、普通に死刑だわ。


 「あらあら、突然ヴェルシュタイン様に抱き着こうとなされた貴方様の自業自得ですわ、陛下」


 これからの人生を諦めそうになっている私とは対照的に、何故か和やかに王様を咎めるお姉さん。

 当の王様本人は、むぅ、と小さく唸りながらも、しかし何処か納得した様子だった。


 「それは確かにそうかもしれんが...」

 「かもしれないじゃなくて、そうなんですわ。ご自重なされて?」

 「うむ!今後は善処しよう」


 ドヤ顔で、キッパリと言い放つ王様。


 善処

 適切に処置すること。

 例「事情に応じて善処する」


 一般的な意味→頑張ります。


 ちょっと待て威厳どこ行った。


 「いやだわ、出来れば確約して下さいな」

 「はっはっは!自信が無い!」


 明るく笑い飛ばす王様に対して、若干呆れたように溜息を吐く王妃様。


 「いやだわ、自信たっぷりに仰らないで下さいませ」

 「仕方ないだろう?幼馴染との再会だ」

 「まったくもう、いつまでも子供みたいな人!」


 仕方の無い人、とでも言いたそうな表情で諦めたように笑う王妃様は、愛情の篭った眼差しで王様を見ていた。

 どうやら国王夫妻は、おしどり夫婦、ってやつらしい。


 ってちょっと待て、オーギュストさんと王様、幼馴染なの!?


 改めて記憶を探れば、あるわあるわ、王様との思い出。

 細かい所はオーギュストさんのプライバシーの侵害なので物凄く簡単に要約すると、公爵家と王家は親戚だし、年も同じだから仲良くなっとけ、とお互いの両親が取り計らった事から始まった仲らしい。

 親友であり腹心となるように、6歳とかそんな年齢からずっと、大体殆ど、二人セット状態で育ったようだ。


 『オーギュスト!お前の名前、なんか呼びにくい!僕の権限を使って良いから改名しろ!』

 『何を言ってるんですか殿下』


 『もっと略して呼びやすい、クリストファーとかにしろ!』

 『それ、貴方の母である王妃様の飼ってる犬の名前です、殿下』


 そんな、楽しそうな声が頭の中で反響した。


 そんなやり取りを冗談で出来るくらいに、二人の仲は良かったらしい。


 なんていうか...いたたまれない。


 頭の中に響く楽しそうなやり取りと、国王夫妻の仲睦まじい様子に、ついそんな気持ちになっていると、次の瞬間、王様は軽く身形を整え、先程とは打って変わった真剣な眼差しを、私へと向けた。


 「...ヴェルシュタイン公爵、積もる話もある、どうか一緒に来てもらえるか」


 あ、やっぱそうですよね、お呼び出しされますよね。

 これで終了とかありえませんよねー。

 あかん駄目だコレ、やっぱり私また死んだかもしれん。


 「仰せのままに」


 いざとなったら賢人のスペックをフル活用して誰も居ない所に逃げよう。

 そんな事を考えながら、貴人へ向けての貴族の礼をしたのだった。




 そして私は、王族に案内させてしまうのは駄目だろ、との事で、急遽近くに居た息子さんの案内の元、王様の用意した別室に、まるで売られて行く子牛の気分を味わいながらドナドナされて行った。


 屠殺される牛って、こんな気分なんだね。

 とさつ、なんて難しい言葉、本来の私ならあんまり出て来ないけど、オーギュストさん物知りだからね。凄いね。


 そんな現実逃避をしていたら、メイドさん、というか、そんな感じの女の人が私の座る席、つまり目の前にティーカップを置いてから、去っていった。

 物凄く小さく震えていたから、多分めちゃくちゃ緊張してたんだろう。

 わざわざありがとうございました。


 まあ、今はパーティの途中だから、本当はお酒を出すのが正解なんだろうけど、多分、記憶から察するにこれはオーギュストさんの好みだ。

 私としても突然お酒出されたらリアクションに困るので有難い気はする。


 ちなみに、ここは王族がパーティに疲れた時、休憩する個室らしい。

 オーギュストさんの記憶では良くこの部屋で王様と色んな事を語り合っていたようだ。


 シンプルなデザインの調度品ばかり置いてある、落ち着いた雰囲気の部屋である。

 色味が基本、茶色と黒と白なので、シックな雰囲気、というのが正しいと思う。


 まあ、五人家族が普通に生活出来そうな広さと設備を備えてるけど。


 あと、どうせこの調度品とか設備とか、一般人からすれば目玉飛び出そうな金額が掛かってるんだろうしな!


 うん、もう個室じゃないねコレ。


 ちなみに息子さんは、現在私達の警護との名目の元、この部屋の外、ドアの前に待機してます。

 まあ、騎士団長だもんね、仕方ないね。


 そんな現実逃避していても、五人掛けくらいの丸テーブルを挟み、正面に国王夫妻、という状況は、図太さに定評のある私の神経でも、ギョリギョリと擦り切れてしまいそうな緊張感を感じた。


 ストレスフリーになりたい。


 真剣に考えながら目の前のティーカップを取り、口を付ける。


 あっ、このお茶めっちゃおいしい。

 なにこれ、今まで私が屋敷で飲んでたのより高い茶葉使ってるのかな。

 いや、うん、執事さんの入れてくれた紅茶もおいしいけど、高い茶葉も高いだけあっておいしい、と、そういう事なんだろう。



 「さて、...本当に久しぶりだな、オーギュスト」


 現実逃避のように紅茶について考えていたのだが、王様に話し掛けられてしまった事で、そうもいかなくなってしまった。

 とりあえず、何か答えないと駄目だろう。


 何か、えーとえーと、うん、よし。


 「...記憶では、三ヶ月前の第一王子殿下の12回目の生誕祝いの際にも、お会いしておりますが」


 第一王子って、たしか姪っ子ちゃんの婚約者候補だったよね?

 なんか王子に挨拶しに行ったらめちゃくちゃ邪険にされた記憶が出て来たんだけど、その後に王様に謝罪されてる記憶も出て来た。


 まあ、当時のオーギュストさん見事なブタだったもんなあ。

 とは言え、姪っ子ちゃんの婚約者としては、あんまり相応しい相手じゃないなー王子。

 性格歪んでそう。


 冷静にそんな事を考えながら告げたら、王様はまるで痛ましいものをみたような、なんとも言えない悲しそうな表情で私を見た。


 「...だが、正気ではなかった、そうだろう?」


 え、何、私ってそんなに痛々しい人に見えるの?とか一瞬考えてしまったけど、王様のそんな言葉に、あ、なるほど、シリアスな方か、と納得した。


 とりあえず、ここは真実も混ぜながら誤魔化そうと思います。


 「...そう、ですな、申し訳も御座いません。

 正直に申し上げますと、過去12年、記憶が曖昧です」


 曖昧っていうか、思い出そうと頑張らないと出て来てくれないんだけどね!記憶!


 「そう、であったか...」


 まるで自分の事のように、悲しそうな表情で呟く王様。

 完全に他人の中身である私としては、物凄くいたたまれない。


 と、とりあえずフォローだ、頑張れ私!


 「陛下、どうぞご安心を。

 記憶の大幅な欠如によって、陛下との思い出も些か曖昧では御座いますが、今後、私が公爵としてやって行く分には支障無いかと」


 「待て、オーギュスト」


 「はっ、どう致しましたか?」


 なんか突然声を掛けられてしまったけど、一体なんだろう。


 「記憶の欠如、だと?」

 「その通りに御座います」


 肯定したら、王様の表情がさっきよりも更に悲痛なものになってしまった。

 ついでに王妃様までとても悲しそうである。


 うん、私ってばどうやら失言しちゃったっぽいよ!

 でもこの、記憶が無い的な事は絶対言っとかないと何処でボロが出るか分からんもん!予防はしとくに限るでしょ!


 「陛下...」


 泣きそうな表情で王様に寄り添う王妃様。

 私がそんな顔をさせてしまった事が本当にいたたまれない。

 なんかもう、めちゃくちゃ申し訳なくなって来た。


 「...うむ、オーギュスト、このシュタイルハングの疑問に、答えてくれるか?」


 そして、そんな王妃様に促されるように、静かに頷いた王様が、意を決したようにそう問いかける。


 「私が答えられる範囲で御座いましたら」


 私としては、もはやそう答えるしかなかった。


 「では、...そうだな、ふむ、そうは言ったものの、一体何から聞くべきか」

 「どうぞ、御心のままに」


 とりあえずこの申し訳なさは置いとくとして、今後私が斬首になる可能性を少しでも減らせるのなら頑張って答えるよ!


 外面には全く出さず、というか、出したらあかんやろと思うので完璧に『普通』を演技しながら、内心だけでそう意気込む。


 しかし、王様は何か迷っているのか、全く何も言おうとしない。

 だんだんと私の意気込みが萎んでしまいそうな頃、ようやく考えを纏めたのか、王様は改めて口を開いた。


 「...まずは、良くぞ帰った、と言うべきか。

 報告によると、賢人となったらしいな...、それは真実か?」


 どうやら、内容は労いと確認であるようだ。

 まあ、一番聞きたい本題は後の方の事なんだろう。


 これで、隠密さんの言った通り、あの変態は王家の手の者だった、という裏付けが取れた訳だ。

 何せ、外部で私が賢人と知っているのは、あの変態と、賢人のおじいちゃんくらい。

 おじいちゃんの方は、私との繋がりを隠しておきたい様子だったから、王様にバラしたのはあの変態、という事になる。

 賢人だって事をそこまで隠してる訳じゃないけど、公言してる訳じゃないし、大体殆どの人はそんなの考えもしないと思う。

 賢人ってレアらしいし。


 「その報告した者が間違っていなければ、そうなります」


 淡々と答えると、王様は少し不思議そうな表情を浮かべた。


 「何故、他人事なのだ?」


 いや、だって、ねぇ?


 「...恐れながら陛下、私もまだ余り実感が無いので御座います」


 賢人とか言われても、それがどういう立場なのか、イマイチ分かってなかったりする。

 珍しくて凄くて数が少ないから、めっちゃレア、っていうのは調べたから分かってるんだけど、それがどのくらい凄い事なのか分からない。

 神様になりかけとか言われても、私の他にも何人か同じような人が居るんだし、そんなに凄い事なの?ってなる訳で。


 実感も無ければ自覚も無いよ!

 自分の事ながら困ったもんだね!


 めちゃくちゃ他人事のような感覚しかしないからか、結果危機感も全く無い、ってのが私の駄目な所だと思う。


 まあ、そんな事を考えているけど、外面は若干困ったように、だけど粛々とした態度である。

 そんな私の返答に、王様は納得した様子で頷いたあと、確信したような表情で口を開いた。


 「ふむ、なるほど。

 では、記憶の欠如についてだが...、毒か?」


 まあ、あの変態がオーギュストさんの倒れた理由を知らせてない訳無いよね。

 一応仕事だろうし。


 「記憶が曖昧な為、不明な部分もありますが...、おおよそ、その通りかと」


 まあ、毒のせいでオーギュストさんは死んじゃった訳だから、あながち間違っている訳じゃない、と思っての返答である。


 「ほう、ならば誰の仕業か、分かっているのか?」

 「はい」


 隠密さんから得た情報が間違って無かったら、という前提だけどな!


 答えた途端、王様は苦笑した。


 「そうか、そやつもまさか自分の仕掛けた毒で相手が賢人になるとは思わなかっただろうな」

 「皮肉なものですな」


 相槌を打つように答えてから、ふと思った。


 「...ところで陛下、こちらからも一つご質問させて頂きたい事が御座います」


 「申してみよ」


 ダメ元で聞いてみたらなんかOKが出た。

 ならとりあえず、遠慮なく聞いてみる事にしよう。


 「報告した者は、一体何者ですか?」


 どうやらあの変態のお陰で助かったらしいんだけど、賢人って一回死んでるから、なれるんだよね?

 それってつまり、死んだ人を蘇らせるような何かがあるって事、なの?


 「あれについては、この王でも知らぬ事の方が多い。

 おおかた、秘伝の解毒薬のお陰で助かったのだと誤魔化される事だろう」


 「...左様で御座いますか」


 あー駄目なパターンだねコレ、謎が増えただけだわ。


 ...まあ、変態の事を気にしてもなんか気持ち悪いから別にいいや、やめとこう。

 スルーだ、スルー。


 「しかし、お前が倒れたと聞いた時は胆が冷えたぞ」

 「...ご心配をお掛けし、申し訳も御座いません」


 幼馴染がそんなんなったら誰でもビビるよね、仕方ないね。


 そんな納得をしながらもとりあえず謝罪したら、何故か王様は真剣な表情で、苦しそうに反論して来た。


 「いや、謝らねばならんのはこちらの方だ」


 苦しそうに、そして悔しそうにそんな事を言われてしまったんですが、うん。


 突然何言い出すの王様。


 「陛下、何を仰います」

 「いいや、謝らせてくれ」


 なんか頑なになってるんですけど、この王様一体どうしたの。


 「しかし、陛下に謝罪されるような事は何もありません」


 「いや、賢人となったという事は、一度死んだという事。

 つまり、このシュタイルハングは、オーギュストを、守る事が出来なかったという事だ」



 ん?...なんか、嫌な予感して来たぞ?



 そういや変態の仕事は、私の警護と監視だった。

 命じたのは王様で、それってつまり、王様はオーギュストさんを守りたかったという事で。



 うん、なんか、凄く嫌な予感して来た。



 「国の為に妻を見殺しにさせた挙句、その命まで無くさせてしまうなど、王がやっていい事ではない」


 そう言って、私から視線を逸らしながら、俯き、項垂れる王様。



 あかん、これ、確定かもしれん。



 「...陛下、無礼を承知で一つ言わせて頂きたいのですが宜しいですか」


 「......申してみよ」


 悔しそうに、苦しそうに答える王様からお許しが出たようなので、遠慮なく言ってやろうと思います。



 「馬鹿ですか?」


 「へ?」



 予想外だったのか、思わず顔を上げポカーンと口を開けたなんとも間抜けな表情で私を見る王様。


 いや、だって、ねぇ?

 それって、王様の責任じゃない訳ですよ、どう考えても。


 いくら負い目があるからって、普通はそんな事気にしちゃ駄目な訳です。


 オーギュストさんを守りたかったというのは、まあ、理解出来る。

 だけど自己責任ってのがある訳で。


 つまり、王様は、オーギュストさんを守る為に過保護になってたって事だ。


 という事は。


 「貴方がそのような事をするから、以前の私は付け上がり、好き勝手するようになったのです」


 オーギュストさんがあんなブタになってたのは、王様のせいでもある、って事だ。


 「いや、しかしだな、全面的にこちらに非がある訳で......」


 まだ何か言い募ろうとする王様に、なんかもう、イラッとした。


 「喧しい。大体私はそんな事を頼んだ覚えなど無い。

 全て私の自己責任である筈のものを、勝手にそちらの責任にしないで貰いたい」


 守るとか、そんなん成人男性にしてんじゃねーよ、馬鹿だろ王様。

 社会人なんだから親みたいに世話してんじゃねーよ!


 「......しかしだな...、お前は恨んでいるだろう?」


 「ええ、恨んでおります」

 「やっぱり...」


 「ただし、あの戦争を引き起こした人物に、ですが」


 だってそいつが一番の原因だし。


 「だが、戦うと決定したのは...」

 「そうですな、それは陛下でしょう。ですが、それは結果論です。

 本来責められるべきは陛下ではない」


 「だが...!」


 突然の事に、考えが追い付いていないんだろう。

 王様は、なんとも言えない複雑そうな表情で更に言い募ろうとした。

 だが、ここは畳み掛けさせて頂こう。


 「言いたい事は分かります、王とは全ての責任を負う者。

 しかし、それなら何の為に、臣下が居るのですか」


 「それは...」


 「時に諌め、支え、守る。それが臣下だと、本にさえも書いてある事だ。

 ならば、私が愚か者となった時、何故切り捨ててくれなかった?」


 本来なら、そんな使えない部下なんて真っ先に切り捨てられて然るべきな筈だ。

 それをこの王様は無視して、自分の感情のままに、オーギュストさんを守る為の行動をした。


 結果出来上がったのが、あの醜いブタ野郎だった訳だ。


 「出来る訳がない!王とて、情もあれば人格もあるのだ!」


 「ならば尚更!あのような状態の私を、何故放置した!」

 「放置などしていない!いつでも手助け出来るように、見守って...!」


 悲痛な声で告げられた王様の言葉は、私の、当たって欲しくない考えを裏付けた。


 ああ、最悪だ、この王様。


 ...そうだ、だっておかしいじゃないか、監視してたって事は、オーギュストさんのやってた事も、考えも、何もかもが、あの変態を雇ってからは王様に筒抜けだったんでしょ?


 それってさ、そういう事だよね。


 「それが放置とどう違う。

 ...妙だと思ったのだ、あのような杜撰な書類で、よく毎年問題になっていないと。

 王よ、見て見ぬふりをしていたな?」


 「違う!きちんと目を通し、矛盾点はこちらでカバーを...」


 「...つまり、不正をしていたのだな?」


 「っ...だって、そうしないとヴェルシュタイン家を潰さないといけなくなるじゃないか!」


 だってとか言うなよ!つかなんで王様が私の打首の可能性を増やして更に強化してんだ!やめてよ!


 ていうか誰か止めろよ!


 「馬鹿か!領民に負担となるくらいならいっそ潰してしまえば良かったのだ!」


 


 「何故だ!全部僕が悪いのに、なんでオーギュストが犠牲にならなくちゃいけないんだ!」


 


 ちょっと待って、この王様って自分の事“僕”とか言ってる!!


 えっ、コレが本性!?

王様の名前、崖って意味だったりします。

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