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>>1

 







 「旦那様!お目覚めになられたんですね!」


 目を開けた途端、視界に飛び込んで来たのは、目に涙をいっぱいに溜めた、パツキン青目の美人な巨乳メイドさんでした。


 その辺の男ならホイホイ引っ掛かりそうな程の美人なんだけど、まあ、自分が引っ掛かるかって言ったら、そんな訳が無い。


 この程度の美人ならそりゃもう嫌って程見て来た。

 それよりも、気になったのはそんな事じゃなくて。


 「......旦那、サマ?」


 自分の喉から出た、低く掠れた声に、ぼやけていた意識が一気に覚醒する


 「あぁ!申し訳ありません、すぐに医師を呼んで参ります!今暫くお待ち下さいませ...!」


 慌てたようにそう言って視界から外れた巨乳メイドは、バタバタと何処かへ向かって走って行った。


 バタンという重厚な扉の閉まる音が響くけど、まずは現状の確認をしたいと思います。


 まず、自分の名前。

 高田 陽子


 年齢、23


 性別、女。


 職業、自称演技派女優、芸名、紅 一葉(くれない ひとは)

 演歌歌手っぽくて痛々しいのは仕様です。

 文句は社長に言って。マジで。


 まあ、そんなに売れてなかったけど、今度月9のちょっと長い台詞のあるちょい役(すぐ死ぬ)が決まった所で、ホントにこれからって時だった。


 なんで過去形かって言うと、どうやら私は死んだらしいから。


 死因は良く分からない。

 突然胸が痛くなって、酷い頭痛に襲われて、体中が痛くなって、寒くなって、息が出来なくなった。

 頭痛と同じ間隔で、頭の中、その奥の方から響くような酷い耳鳴りも起き始めて、酷い吐き気を起こしたけど、それさえ凌駕する痛みに呻く事さえ出来なくて、

 だんだん視界が狭くなって、音が遠くなって、自分の体温さえ分からなくなって、

 最期に、すうっと意識が無くなった。


 このままじゃ死ぬとか、考える事も無く、度を超えた痛みにただただ訳が分からないまま。


 それから、良く分からない夢を見た。

 なんかもうとにかく腹立つ夢。


 夢枕に突然現れた自称神とかいうヤツに、

 『ゴメン殺す人間間違えた!生き返らせたいけどアンタの身体もう無いから、別の世界の、死ぬ予定じゃなかったけど魂が黄泉に行っちゃった人間の身体で勘弁してね!』

 とか捲し立てられたのだ。


 そして、起きたらこれっていう。


 いや、何処ここ。

 えっ、あの夢、夢じゃなくて現実?


 じゃあ、私は本当に死んだの?


 て事は私、間違いであんな苦しい死に方させられたの?


 クソ腹立つんですけど?


 自分が死んだ事に納得出来ないまま、それでも今は状況確認が必要だと判断した私は、とりあえず起き上がってじっと自分の手を見る。


 節くれだってるけど大きくて綺麗な、男の手。

 その手で自分の胸に手を当てると、服越しに感じる、程良く盛り上がった良い胸板。

 そして、股の間にある、独特の感覚。




 ...............。




 こ の 体 男 じ ゃ ん!




 待って待って待って、私の自慢のFカップどこ行ったの!?


 顔は美人犇めく芸能界、私が美人じゃない訳が無かった訳だけど、そんな私の武器は演技力と、機転の良さと、身体だけだった、なのに!


 ナニコレ、何なのコレ。


 なんで私が男になってんの。


 余りの事に流石の私も混乱してしまっている訳だけど、そんな事をしてる場合じゃないのは何となく分かる。


 だってさっき、あのメイドは私を見て旦那様と呼んだ。

 つまり、私はあのメイドの上司って訳で、要はそれっぽく振る舞わないといけないって事。

 余りにも不自然な態度を取ってしまえば、最悪の場合、頭が可笑しくなったと判断されて、良くて療養、悪くて幽閉。

 …多分そうなんじゃないかと思う。


 だって、メイドよ?

 メイドが居るような家庭って、お屋敷とか、館とか、とにかく金持ちでしょ。


 そういう家って、大概外聞が悪い事なんて排除しようとする。

 家人がある日突然オカマになるとかどう考えてもダメだと思う。


 例えそれが跡取り息子とかでも、家が続けばそれで良い、みたいな感じで、幽閉されるなんて全然あると思う。


 何でって、私はこれでも演技派を自称している女優。

 様々な家庭環境や、様々な仕事を調べない訳が無い。

 全て、演技の糧にしてた訳だけど、それがここで地味に役立ったらしい。


 平たいけど分厚い胸に手を当てれば、規則的に響く心臓の音。


 ......死んでない、生きてる。


 何故か身体が男だけど、とはいえ、私は今、生きているのだ。


 それはつまり、いくら嫌がったとしても、私はこの体で、今後、寿命を全うして死ぬまでを生きていかなきゃならないと言う事。


 このまま、生きなきゃ。

 だって私は死にたくない。


 あんな訳の分からない死に方、二度としたくない。


 それなら、少しでも良い環境で生きたいと思うのは自然で、当たり前の感情だった。


 ......あのメイドが医者を連れて戻って来たら、勝負だ。

 この後の私の言動で、私の未来が決まると言っても過言じゃない。


 とりあえずこの状況から判断するに、この体の持ち主は、重症の病気、またはそれに準ずる何か、

 とにかく、死んでしまいそうな、そういう事態に陥ってたと見た。


 よし、なら簡単だ。

 偉そうに、かつ威厳があるように振る舞えば......。


 でもその前に、今の自分の顔くらい確認しておかないと後が困る気がする。


 口調と顔が合ってないなんて全く笑えないもん。


 辺りを見渡せば都合良くベッドの脇に姿見が置かれていた。


 …今室内見回して気付いたんだけど、見事に目に付く全てがめちゃくちゃ高そうな調度品ばっかだ。


 チェストに姿見、絵画、壁紙に至るまで、素人目にすら良い物だと分かるくらい。


 ただし、色は下品な赤と、ギラギラした金。


 なんかもう、とにかく趣味が悪い。


 あとついでに、物凄く性格悪そうな顔した、ブタみたいなおっさんの肖像画が豪奢な絵画に挟まれるように、なんか凄く目立つ額縁で飾られていたりするんだけど何アレ。

 ......あれがこの家の当主とかなんだろうか。

 嫌だな、アレが父親とかだったら。


 あ、なるほど。成金とかそういった類か。

 そういうヤツって自分の姿をわざわざ絵にして飾るの好きだよね。


 ただ周りを見てるだけにも関わらず、自然と痛くなってしまった目を片手で軽く押さえながら、とりあえずベッドから出る。

 多少フラつくのは病み上がりだからと、この体に慣れてないから、だと思う。


 改めて姿見の前に立つと、ようやくこの体の全貌が明らかになった。


 身長は、自分だからよくわからないけど、明らかに前の私より高い。

 手足は長くて、スラっとしている。

 海外のモデル体型ってこんな感じだよねっていう、見事な八頭身だ。


 あと、これは多分だけど、さっき胸板を触った感じからは脱いだらスゴイタイプだと思う。


 …でもなんか服が、夜着ってやつかなコレ、大分大きい気がする…けど、今はまあ良いや。


 切れ長の目に、高い鼻。

 睫毛は余り多くないけど、目とのバランスを考えるとこれが最高だろう。

 パーツは全て、絶妙な位置。


 シルバーみたいな金属っぽい色じゃなくて、青っぽい銀色の髪

 長さはボブとショートの間くらいで、緩くフワッと癖の付いた猫っ毛。

 瞳の色はアイスブルー。


 どこか冷たい印象だけど、かなりの美形である。

 多分、めちゃくちゃモテたんじゃないかな。


 あと20年若かったら、という前提が付くけど。


 いや、私はどっちかって言ったら20代の若造より、この位の年代のオジサマの方が凄く好みなんだけどね。

 美青年ならぬ、美中年って感じ?





 ...............え?これ、私?





 いやいやいやいや、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。


 私オジサマになっちゃってる?

 なんか、影のある、私好みの素敵過ぎる、悪役がとても似合いそうな40代前後のオジサマになっちゃってるんですけどナニコレ。


 手を動かせば、鏡の中のオジサマも私と同じ動きをする事実に愕然とした。


 ...どうしよう。

 どうしたら良いのコレ。

 ていうか私のFカップ返して欲しい。

 あ、でもこの身体にFカップくっ付いたら変だわ、却下で。



 なんかもう、ただでさえ男の身体だって事で混乱したのに、この上オジサマとか、どうしたら良いか分からない。

 いや、私このまま生きなきゃならないんだけど、頭が混乱して考えが纏まらない。


 うん、ちょっと待って、陽子、落ち着きなさい。

 大丈夫。なんとかなるわ。


 こんな意味不明なトラブル、今まで陥った事なんて無かったけど、そういうモノだと割り切りなさい。


 仕方無い、そう、どうしようもない。



 だって本来の私はもう死んでいて、戻れない。


 信じたくないけど、今、このオジサマが私だって事が全ての証明だろう。


 このオジサマだって、本当なら死んでる所に、なんの因果か、私が入ってしまったのだ。

 まあ、私が死んだのはカミサマとやらの手違いらしいけど、それでも私は、こんな状態に陥っても尚、まだ死にたくないと思っている。


 なら私は、このオジサマとして生きなきゃならない。


 嫌がっても、認めたくなくても、責任を持って生きなきゃならない。


 だって、まだ、死にたくなかった。


 やり遺した事が沢山ある。



 私は、まだ、生きたかった。



 ......そうだ、死んでないだけ、まだマシだ。

 やり遺した事、このオジサマの体でやってやればいい。


 ついでに、このオジサマのやり遺した事もやっちゃえばいい。


 それが私の出来る、不可抗力とはいえ体を奪ってしまった、お詫びのようなもの。


 どうしようもないし、仕方無いからやれるだけの事をやってやろう。


 女優、紅 一葉、残りの人生全て掛けて、演じて魅せましょう。


 女優魂、舐めんじゃないわよ。



 いや...別に、ヤケクソとか、......そんなんじゃない。


 何故か目尻に浮かんだ雫を拭って、天井を見上げた。


 ......泣いてないし。


 .........泣いてないからね!




















 「お待たせ致しました!さ、先生、旦那様の診察を」


 無作法にもバタバタと室内に入るやいなや、メイドは引き連れていた気の弱そうな男性医師を、ベッドで寝ていたこの部屋の主の方へと、まるで突き出すように、ドンっとその頼りない背を押した。


 そんな様子を見て、部屋の主である壮年の男は冷たい視線を向ける。


 「......その必要は無い、それよりも、その医師を捕らえろ」


 「......は?」


 主から発せられた言葉が予想外だったのか、メイドは間の抜けた声を返す。

 医師の方も、訳がわからないとばかりに困惑の表情を浮かべ、メイドを見つめた。

 そんな彼等に、部屋の主は先程よりも更に冷たい視線を向ける。


 「聞こえなかったか、その医師を捕らえろ、と言っている」


 冷たく言い放たれた主からのその言葉に、メイドは慌てた様子で口を開いた。


 「何故でございますか!?この方は今まで旦那様を診て下さっていたお抱えの医師にございます!」


 だが、主は見下したような冷たい視線を向け、口の端を上げる。

 それはとても、冷徹な笑みだった。


 「......そんな稚拙な演技に騙されると、本気で思っているのか?」


 呆れ果てて物も言えない、とばかりに鼻で笑う主に、メイドは涙ながらに反論する


 「演技だなんて、そんな!」


 「先程までは様子見の為、放置していただけだ」


 まるで、何もかも全てを見通している、とばかりの冷静な言葉を告げながら、絶対零度、という言葉がピッタリな程、冷め切った目を向ける主。

 しかしメイドは尚も言い募る。


 「そんな...!誤解です!私は、何も...!」


 その様子は、見る者の涙を誘う程、必死で、切なる願いが篭っているように見えた。

 だがそれでもやはり、主は彼女に冷たい目を向ける。


 「ふん、素直にその医師を捕らえれば良かったものを。貴様の演技はわざとらしいのだよ。そろそろ観念したまえ」


 鬱陶しい、そう言って、蔑むような目を彼女に向けながら、彼は、ハァ、と一つ溜息を吐いた。

 取り付く島もないその様子に、メイドは最早これまでかと目を閉じる。


 そして次の瞬間開かれた目に、メイド、...いや、女は激しい憎悪を纏わせながら、隠し持っていたらしいナイフを懐から素早く取り出した。


 「......なら、潔く死んで!」


 その言葉と共に、刺突、という言葉が相応しい速度で繰り出されるナイフ。


 しかし、突き刺さるかに見えたナイフは、切先を向けられていた筈の、冷徹な男の手によって無力化された。

 具体的に言えば、自分に掛かっていたシーツを持ち上げ、女の手をナイフごと巻き込むように素早く包んでしまったのだ。


 「な...!」


 驚く彼女を無視して、彼はそのまま、シーツごと彼女の手を捻り上げる。


 「くぅ...っ!」


 痛みに呻く女の声が辺りに響いた。

 それから、怯えたような引き攣った声を発して逃げて行く医師を視線で追いながら、彼は呆れたように溜息を吐く。


 「...やはりか。芸が無いな」

 「っうるさい!何故死んでないんだ!致死量だった筈だ!」


 耳が痛くなるようなヒステリックな喚き声で、女が叫ぶ。

 その、問い掛けの様な叫びに、彼は微かな笑みの表情をその端正な顔に浮かべた。


 「さあね、カミサマというモノは余程性格が悪いんだろう。貴様に運が無かっただけだよ」


 「クソっ!何故!何故死なない!お前さえ!お前さえ死ねば!」


 美しかった顔を憎悪に醜く歪ませながら、女は尚も喚き続ける。

 その様子を冷たい目で眺めながら、彼は呆れたようにまたひとつ、溜息を吐いた。


 「...しつこい女だ。運が無かっただけだと、何度言えば分かるのか。おい、誰か居るか」


 「お呼びですか、旦那様」


 彼の呼び掛けに、音も無くその言葉だけを発しながら現れたのは、燕尾服を纏った執事だった。


 整った顔立ち、灰色の髪と瞳、銀縁のモノクル眼鏡、年齢は30代後半くらいだろうか。

 神経質そうな見た目であるのだが、その表情は柔和な笑みを浮かべている。

 その執事へ向け、彼はさも当たり前であるかのように口を開いた。


 「捕らえろ」


 「......生かしておいて宜しいので?」


 柔和な笑みのまま、穏やかに見える表情とは不釣り合いな、些か物騒な問いを返しながら、執事は未だ喚き続けている女を眺めてから己の主へと向き直る。

 それに対し、主である彼は冷静に言葉を返した。


 「......蝿が鬱陶しい、それだけだ。...皆まで言わせる気かね?」


 お前なら何をすべきか分かるだろう?とでも言わんばかりの主の言葉に、執事は納得したように頷きながら、また恭しく一礼した。


 「そういう事でしたら。後はお任せを」

 「では、頼むとしよう。......あぁ、それと」


 不意に呼び止められた執事が、喚く女へと近寄る足を止め、主へと向き直る。


 「は。なんで御座いましょう」


 「どうも記憶の混乱と大幅な欠損があるようだ。早急に記憶の照らし合わせがしたい。後程で構わん、資料を見繕え」


 主から告げられた言葉につい驚きを表情へ乗せそうになった執事は、一度だけ頭を振って、再び先程と変わらぬ穏やかな表情を浮かべた。


 「...恐れながら旦那様、医師による診察は宜しいので?」


 「記憶の欠損が広がるようなら、な」

 「畏まりました、では、そのように」


 また恭しく一礼した執事は、主から喚く女の手を受け取ると、そのまま手早くシーツで縛り上げ、ずるずると女を引き摺りながら部屋から去って行った。

 執事の見本のように、部屋から出る前に、きちんと恭しく一礼して。






 ......さてそんな感じにやっちゃったんだけど、ホントに上手く行って良かったと思う。

 いや、もうホントに。

 流石は私よね!めっちゃ頑張ったよマジで!


 何だよナイフとか!あかん!また死んだ!とか思ったわ!

 なんか反射みたいに勝手に身体が動いて対処出来ちゃったけど、それが無かったら絶対死んでたわ!

 冷静に見えた?固まってただけです!


 演技してなきゃ泣き叫んでたわちくしょう!

 あ、ちなみにさっきの演技、私の尊敬してる俳優さんが演じてたのを参考にしてます。


 ハッタリが効いて本当に良かったです。


 ついでになんであの女が犯人だと思ったか、なんだけど、

 普通に考えて、死にかけてた上司が助かったからって理由で、メイドがあんな感情出したりドタバタ走ったりする訳無いと思う。

 こんな屋敷のメイドがあんなんとか、無いでしょ。


 あと、この身体の持ち主、メイドからそんなに好かれてるとは思えない。


 てゆーかあの女、完全にプロデューサーに擦り寄ろうとするグラビアアイドルと同じ目をしてた。

 ついで言うと演技は下手だね。


 どんだけ色んな俳優たちをドラマで観察して来たと思ってんのよ。

 あんな中途半端な演技で切り抜けようとか、ナメてるとしか思えない。


 息継ぎの場所が一定だし、セリフを感情だけ込めて読めば良いと思ってる感じ。

 ついでに言うと手の動きが不自然。

 あれだけ感情を込めて言ってたのに手には殆ど力が入ってないし。


 今思えば、いつでもナイフで私を刺し殺せる様にしてたんだと思うけど、それがアダになった訳だ。


 そうなって来ると、連れて来られた挙句に逃げたあの医者は、あの女に懐柔されてこの身体の持ち主を殺す為に利用されてたと見るべきか。

 あれは気が弱くて流されやすい、そういう類の人間だ。


 しかし、そんなんが入り込んでるって事は、この屋敷、結構長く陰謀的な何かに巻き込まれてると見た。


 家人が死に掛けてたくらいなんだから、黒幕は結構な権力者でしょ。

 いや、ただの勘なんだけどね。


 「旦那様、資料をお持ち致しました、取り急ぎ、当家の名簿と、過去帳だけですが、宜しいでしょうか」


 仕事速いなこの人!


 「そうか、ではまた後程、その他の資料も見繕え」

 「は、畏まりました」



 さて、まずは名簿から行くか。


 恭しく一礼して、下がっていく執事さんを横目に、名簿っぽい物を手に取る。


 .........日本語じゃないけど、読めるかなコレ。


 えーと、当主、オーギュスト・ヴェルシュタイン

 あ、良かった読めた。

 そんで運良く名簿だった。良かった。

 つーかなんかむしろ日本語読む時よりもスラスラ読めるかもしれない。ナニコレ。


 まあ良い、何語かも分からないけど、読めるならそれに越した事は無い。

 そういや言葉も違う気がするけど、うん、まあ、良いや。


 ......しかしなんかめっちゃカッコいい名前ね。

 年齢は43歳?当主にしては若い、のかな?


 妻は、ジュリア・ヴェルシュタイン

 旧姓ローライスト、ローライスト伯爵家二女、オーギュスト19歳の折に17歳で嫁入り、後に29歳で病により死去。


 ......当主、奥さん早くに亡くしてるのね。


 ていうか伯爵家?

 駄目だ、なんか偉い、とかそんなんしか分からんかもしれん。

 演技の為にってイギリスとかの爵位の勉強もう少しやっとけばここで役立ったのに…!

 だって、日本人女優にイギリス貴族とか関係無さそうだったんだもん!


 まあ良いや、仕方無いから後回しにして、次読もう。


 えーと、

 長男ミカエリス・ヴェルシュタイン、22歳

 ルナミリア王国立騎士団団長。


 息子さんめっちゃ出世しとるやん。


 騎士団、王国、伯爵家、うん。

 なんていうか、中世ヨーロッパとかその辺りっぽいな。



 全くと言っていい程分からんけど。



 えーと、後は奉公人?とか、今は嫁いで居なくなった当主の妹とか、なんかそんなんか。

 よし、大体主要な家人は分かった。


 次、過去帳は......。


 ヴェルシュタイン公爵家は、廃嫡となり、貴族となった王族が起源の、高貴な血筋である。


 ......この家の歴史とかかな、コレ。


 しかし、王族の血とか入ってんの?

 凄いね、この家。

 流石の私だって一応、王族が一番偉いのは分かるよ。

 何となくだけどな!


 まあ良いや、えーと、

 なお、王族は水か氷の属性である為、当主、次期当主共に氷属性......


 .........属性って何?


 え、何、この屋敷の当主、氷で出来てるとか?

 分かんないわ、どういう意味?


 属性って、アレだよね?アプリゲームとかに出てくる、えーと、なんか、火とか、そんなん?


 駄目だ私、ゲームとかそんなん全くしないからイマイチ分からん。

 上から、丸いぬいぐるみみたいなキャラクターが落ちて来て、同じのを繋げていく系のゲームしかした事無い。


 「......旦那様」


 うわあビックリした!


 突然掛けられた声に、内心めっちゃビックリしながらも無理矢理演技で誤魔化して顔を上げれば、そこに居たのは執事さんでした。


 「...どうした」


 「...いえ、そうして書物などを読んでおられると、まるでジュリア様がご存命だった頃のようだ、と、思いまして」


 「そうか」


 ジュリア様って、当主の奥さんだよね?

 結構近しい間柄だったのかな?


 ジュリアさんの弟とか、その辺かな。

 いや、でも、名簿にはそれらしい人無かったしなぁ。


 「そのように痩せられますと、お召し物も新調せねばなりませんな、後程、針子を連れて参ります」


 「......そんなに、変わったか」

 「半分、よりも少々、痩せられたかと」


 は?え、ちょ、待って。

 この身体の持ち主めっちゃ太ってたって事?


 「...不躾な事を申しました、申し訳ありません」


 「ふん...気にするな、ところで、どれだけ経った?」

 「ジュリア様が亡くなられてからでしたら、12年、かと」


 「そうか」


 聞きたいのはそこじゃない気もするけどまあ良いや。

 12年って、結構長いよね。

 赤ちゃんから小学校卒業しちゃうまでだもん。


 「ご子息のミカエリス坊ちゃまも成人を終え、随分と大きくなられました」


 「息子...か」


 「旦那様のご自慢のご子息と言っても過言ではありますまい。ご立派に、成長されておられます」


 「......そうか」


 ミカエリスって、当主の長男だよね、そんで、それが私の息子?


 えっ、それってつまり



 ここの当主、私?



 こ こ の 当 主 、 私 !?(二回目)



 ...え、ちょっと待って、なに?

 この身体の氷で出来てるの?

 普通に体温あるんだけどどういう事なの。


 あれ、じゃあ、あのブタみたいなオッサンの絵、

 考えたくないけど、この身体の持ち主!?


 痩せただけなのにまるで別人じゃねーか!


 「旦那様、...もう復讐は止めに致しませんか?」

 「...突然、なんだ」


 待って、突然いきなりめちゃくちゃヘビーな話されても困る。

 ごめんなさい、訳が分からない。


 「まだ、この国を恨んでいらっしゃいますか?」


 ホントにごめんなさい、なんの事かサッパリ分かりません。


 「あの当時は戦時中、しかもジュリア様の病を治す薬は敵対国でしか採れない。

 ...旦那様も無理だと、分かっていらっしゃった筈です」


 えーと、ジュリア様って、当主の奥さんだから、私の奥さんって、事で、


 執事さんから告げられる情報を、ひたすら頭に入れて行く。


 「もう、12年になります。ジュリア様とて、旦那様のあのようなお姿、望んでいる筈が御座いません」


 ...何となく分かって来たぞ。

 情報を総合して考えると、奥さんが国のせいで助けられなくて、腹いせになんか色々やらかしてた系じゃないかなコレ。


 「一つ、聞こう」

 「......なんで御座いましょう」


 「何故、今、その話を?」


 「今の旦那様ならば、きちんとわたくしの話を聞いて頂けると、愚考致しました」


 恭しく頭を下げ、丁寧に告げられる執事さんの言葉。

 つまり、今までは人の話を聞けるような思考回路じゃなかった、って事なんだろうか。


 「それほど、違うか」


 「失礼ながら、床に伏される前よりも、心穏やかであるように見受けられます」


 「そうか...」


 えーと、この人は、誰だ、当主付きの執事だから、この人か?


 手元の名簿にさり気なく視線を送って、流し読むみたいに適当にページを捲っている演技をしながら、真剣に名前を探す。

 それから、なんとか見付けた名前を口にした。


 「アルフレード・シュトローム」


 「...は」


 よっしゃあ!良かった合ってた!


 「一体どのように見えていた?」


 「...恐れながら、まるで、死に急いでおられるように、感じておりました」


 なるほど、この身体の持ち主、オーギュストさんは、自分の奥さんに会うために、間接的に死のうとしていたのかもしれない。

 だからなんか色々やらかして、人から怨みを買うような事を進んでやってたんじゃないかな。


 「......皮肉なものだな」

 「旦那様...?」


 なんだか分からないけど、私みたいな呑気な現代日本人が体を乗っ取ってしまうなんて、オーギュストさんだって予想だにしてなかったに違いない。

 なんせ私だって予想だにしてなかった。


 「人は一度死を経験すると、生きたい、と思えるらしい」


 死にたがってた人間の中に、生きたいと願っている人間が入っちゃうなんて、皮肉でしかないでしょ。


 「旦那様...」

 「......アルフレード、当主とは、なんだ?」


 「...恐れながら、家の象徴、見本、そして、主、かと」


 「私は、それに相応しい人間か?」


 今までヤバイ人間だったんだから、これからも当主のまま、とか駄目だと思うんだよねー、なんて、そんな雰囲気を醸し出しながら言ってみる。


 が、


 「旦那様...!何を仰います、今までがどうあれ、今の貴方様以外に相応しい人間などおりません!」


 まるで世界が終わるみたいな絶望的な顔でそんな事を言われてしまった。

 ちょっと待って、どんだけですか。


 「......買い被り過ぎだろう」


 「いいえ!貴方様は昔からそうです、すぐにご自分を卑下なさる!」


 「...そんなつもりは無いが」


 とは言ったものの、それは私じゃない訳で。

 なんか複雑な気分。


 「何年共に居たと思っていらっしゃるんです、貴方様の大体の事は分かりますよ」


  寧ろ初対面ですよー。とは言えないんだけど、なんかもう、取り付く島は無さそうだ。


 「ジュリア様をどれだけ深く愛しておられたのかも、理解しております。

そして、ジュリア様亡き後、そのお心が欠けてしまっていた事も」


 そう言って、執事さんはとても辛そうに顔を歪めた。


 「ゆえに、わたくしが貴方様をお止めする事は出来ませんでした」


 その表情は、執事らしからぬものだったけど、昔からの友人を止められなかったという後悔だけは伝わってくる。


 「本来であれば、わたくしが命を賭けてでも、お止めするべきでした。

 ですが、それで貴方様が正気に戻られる保証など、どこにもありませんでした」


 「......それほど、おかしくなっていたか」

 「恐れながら、初めの頃は軍馬に向かって走って行こうとされた事もありましたな」


 大分ヤバイなそれ。


 なるほど、心を壊してしまうくらい、奥さんの事を愛していたのか。

 国さえ敵に回しても、復讐しようとしてたのは、その愛が原因か。


 「12年、正気を失っていたのだな」


 なんて、悲しいんだろう。

 だって、もう奥さんは居ないんだから、復讐なんて、しても意味がない。


 それはただの自己満足で、もし復讐を終えたとしても、ただ悲しいだけ。


 オーギュストさんにはきっと、それだけしか、残ってないだろうに。



 「...アルフレード」

 「なんで御座いましょう」


 いや、なんか空気重たいから少しでも変えようと声を掛けたんだけど、うん、なんも浮かばないよ、どうしよう。


 えーと、えーと、あ!そうだ、これ、聞いとこう。


 「一体どの位眠っていた?」


 「ひと月程に御座います...」


 「そうか」


 ひと月寝込んだらそりゃ痩せるわなー。



 ...............。



 えーと、どうしよう会話終わった。

 とりあえず、なんとか次の話をしよう。

 なんか、話題、えーと、えーと、


 「......どうやら私は一度、死んだらしいな」


 「そのようですな。“再誕(さいたん)”、おめでとう御座います」


 「ふむ、そうか」


 なんか初めて聞く単語だな。

 後で調べよう。

 辞書くらいどっかにあるだろうし。


 「これで旦那様も、“賢人(けんじん)”に御座いますな」


 「......私が“賢人”か」


 なんだそれ。


 「これでこのヴェルシュタイン領も向う五百年は安泰となりましょう。

 何せ当代一と謳われたオーギュスト様の治制がご復活なされるのですから」


 「私はそれほど長生き出来ん気がするが」


 「何を仰います、かのシルヴェスト卿は賢人となってから齢四百は下りません。貴方様にはそれよりも百年は長く生きて貰わなくては」


 はい?


 え、ちょっと待って。

 嫌な予感が、っていうか、嫌な予感しかしない。


 何故か誇らしげに微笑む執事さんを見つめながら、口を開いてみる事にする。


 「私は、人間だと思っていたのだがな」


 「賢人となられましたら、神に一歩足を踏み入れたようなものですから、戸惑うのも仕方ありますまい」


 知らん間にえらいもんになってますよオーギュストさん......!!

 っていうか、なんか物凄い身体乗っ取ってしまったよ私!

 ヤバイ、これはヤバイ。


 年齢を理由にそろーっとフェードアウトっていう手が使えなくなった!


 どうしよう。

 いや、ちょっと本気でどうしよう。


 「...ミカエリスに家督を譲る事が出来なくなったな」


 「ぼっちゃまは当家よりも騎士団の方を優先したいと仰っておられましたから、丁度宜しいかと」


 「そうか」


 家督問題でモメるとか嫌だからサラッと譲ろうと思ってたのに、息子の方は欲無いのかよ!


 ヤバイ、これ、本格的に私が統治しなきゃダメっぽい。


 「......しかし、一つ問題があるな」


 「なんで御座いましょう?」


 「言っただろう、記憶が大幅に欠如していると」


 「ご心配には及びません、それに関しては、わたくしが貴方様のサポートを」


 逃 げ 道 塞 が れ た !


 「ふむ、そうか」


 「......旦那様...」

 「......なんだ」


 「人は賢人になる際、過去死んだ者と出会うと聞きます」


 「......そうだな」


 知らんけどね!


 「......ジュリア様にお逢いになられたんですね」


 え?

 なんか、執事さんの中でそういう事になってるんじゃね?

 あれ?、決定事項?なんか凄く納得してない?


 えっと、良く分かんないけど、そういう事にしといた方が良いのかな?


 「.........敵わんな、分かるか」


 「分かりますとも。奥様の事です、きっと、逢った途端お怒りになられていたんでしょう?」


 「...そんな事全く望んでない、と怒られたよ」


 捏造してごめんなさいジュリアさん。

 でも、何となくだけど、そんな事言うんじゃないかなと思ったの私。

 だって私なら、好きな人が自分に逢いたいからって悪い事とかしてたら、嫌だ。

 早く死のうとしてたら、嫌だ。


 好きな人には、幸せになって欲しいと思うのは、女の子なら考えて当たり前。

 中にはそんな事を考えない女の子もいるかもしれないけど、それはその子がそれほど相手を好きじゃないってだけだと思う。


 そりゃ、自分が死んでて、それでも好きな人と会えるのは嬉しいけど。

 好きな人に、新しく私じゃない好きな人が出来たりとか嫌だけど、でも、だからって、そんなのは嫌だ。


 いつまでも私を理由に、止まっていて欲しくない。


 もし逢えたら、私だって怒る。

 私を言い訳にしてんじゃねーよ!馬鹿か!って。


 それから言ってやるんだ。


 「......生きろ、と」


 「......ジュリア様らしいですな」


 ...ジュリアさんに、逢えたのかな。

 逢えてたら良いな。


 あのカミサマが言う通りなら、オーギュストさんの魂は黄泉に、つまり天国?に行っちゃったらしいけど、

 地獄とかに行ってて逢えてなかったら嫌だなぁ。


 「アルフレード」

 「は」


 「私は、生きて良いか」


 「例え何になろうとも、わたくしは貴方様には生きて欲しいと、愚考致します」


 「......それは、私がお前の知るオーギュストでなくなってしまっていても、か?」


 「わたくしの主は、貴方様で御座います。

 例え幼い頃の思い出や、わたくしと共に育った過去の記憶が欠如していようとも、それは変わらぬ事実。

 わたくしは貴方様の執事で在り続けましょう」


 ヤバイ。

 オーギュストさん、めっちゃ信頼されとる。


 これ、どうしよう。


 私、めっちゃ頑張ってオーギュストさんを演じないとダメっぽい。

 幸い今の私の演技は違和感無くオーギュスト・ヴェルシュタインを演じられているらしい。


 っていうか全く疑われていない。

 まあ、ある日いきなり中身が別人とか普通誰も思わないから当たり前か。


 しかも今まで、正気失ってたらしいし。

 好都合と言えば好都合なんだろうか。


 だけど、やっぱり問題がある。




 統治って、どうやるの?




 

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