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活動報告では挨拶したけどこっちでも一応やっときます。

あけましておめでとうございました!

今年も鈍足ですが宜しくしてくれたら嬉しいです!

頑張って書いたらいつの間にか前回より長くなってしまったよ何故だろう。

 






 8畳くらいの部屋の中で、窓際に置かれた書斎机と椅子という席に着きながら、書類に目を通す。


 この書類は屋敷から持って来た、まだ計算出来てない分である。


 羽ペンを手に取り、インク壷にペン先を浸す。


 その時ちらりと窓の外に視線をやると、外の景色が一定のスピードで流れていっていた。

 だが、振動は一切無い。


 ......うん、えっと、これ、馬車らしいです。


 公爵家に代々伝わる、というか、オーギュストさんのひいひいおじいちゃんが廃嫡された際、手土産にと王家から賜った由緒正しき、拡張魔法の掛かった魔道具なんだとか。


 当主専用の、馬車、らしいです。


 めっちゃ広い16畳くらいのリビングルームに、6畳くらいの魔道具製キッチン、それから、使用人用に8畳くらいの仮眠室(定員4名)

 その隣に、今、私の居る当主専用の8畳くらいの部屋、ベッド付き。


 もっかい言おうか。


 馬車らしいです、これ。


 訳が分からないよ!


 ...まあ、うん、深く考えたらまたキャパオーバーしそうなので、スルーしようと思います。


 とりあえず、執事さんが言うには、屋敷から会場であるお城到着まで、二時間程掛かるらしいのでそれまでに少しでも再計算を進めておこうと思います。


 現実逃避とも言うよ!

 だって書類仕事やってると没頭出来て何故か落ち着くんだもん仕方ないよね!

 リラックス出来て書類も片付くんだから一石二鳥、得しか無いならやるに決まってる。


 ちなみに、その執事さんは御者台でお馬さんを操ってます。

 それから一応、隠密さんも使用人に変装して付いて来てくれてます。


 基本的に夜会等のパーティは、パートナー必須なんだけど、オーギュストさんの場合はジュリアさんに先立たれてるから、お一人様でオッケーである。

 姪っ子ちゃんはまだ社交界デビューしてないから無理だし、妹は嫁に行ってるから婿と一緒だろうし、っていう結果らしいです。


 知り合いに未亡人でも居れば良かったかもしれないけど、その場合、オーギュストさんとその未亡人、結婚するかも!みたいな事になるらしいです。

 貴族マジ面倒。


 まあ、そんな訳でお一人様で参加となる訳ですが、執事さんは会場の中まで着いて来れません。

 隠密さんも無理です。

 オーギュストさんの記憶によれば、使用人や執事は専用の控室で待たされた後、会場の手伝い、つまりは裏方に回されるらしいからです。



 つまり、今日はマジでたった一人、貴族しか居ない、知り合いも殆ど居ないパーティに参加しなきゃいけないのです。


 正直に言おう。


 めっちゃ心細い。


 もっかい言いたい。



 めっっっちゃ心細い。



 やだー!帰りたーい!!














 王国歴734年7月9日、734回目の建国記念日を明日に控えた王城では、きらびやかな衣装を身に纏った貴婦人や、上質な生地がふんだんに使われたサーコート等の、様々な正装姿の紳士達が思い思いに歓談していた。


 有事には市民の避難場所にもなる大ホールの収容人数は五百人余り。

 だが今はそれよりも格段に少なく、多く見積もって百人程の人数が来場していた。

 王家よりの招待を受けた大貴族、警護を任された騎士達、給仕をする為に配置された使用人、会場でのBGMを担当する宮廷楽団といった構成である。


 大量の水晶を媒介にした照明の魔道具をシャンデリアに、色違いの大理石で描かれたモザイク画の床、楽師達による楽曲演奏。

 あちこちに設置された大きな長テーブルの上には、豪奢な食器に盛り付けられた食事。

 使用人たちは、密集した場所ではトレーを使いワイングラスやシャンパングラスを運び、広い場所ではカートを使い、軽食が取りたい貴族向けの一口サイズのオードブルや、サンドイッチを運んでいた。


 そんな中、入り口の警備を任されていた騎士が、きらびやかな会場の新たな来訪者を知らせる声を上げる。


 「オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵様、ご来場!」


 張り上げられたその声に、近くに居た貴族やその妻が、朗らかだったその表情を嫌悪に歪めた。


 「...嫌だわ、折角良い気分だったのに...あんな家畜のような人の姿を見なければいけないなんて...」


 口元を開いた扇で隠しながらも、それでも分かるほど心底嫌そうに眉間へ皺を寄せる妻に、貴族の男は窘めるような言葉を返した。


 「これ、やめなさい、あんなでも公爵様だよ?私達よりも爵位が高いのだから」

 「だから嫌なんですわ、わざわざあんなのに謙らなければならないんですもの」


 「まったく、聞かれたらどうするんだい」

 「構いませんわ、あの方、誰の話も聞こえませんもの。

 それに、誰しも皆思っている事ですわ」


 キッパリと言い放った時、妻の友人らしい妙齢の女性が素早く妻へ近寄って来た。


 「奥様の言う通りですわ、あんな醜い男、何故神は権力など与えてしまったのでしょう...、ああ!見るのも嫌だわ!」

 「まあ!ジャクリーン様もそうお思いですの?」


 嫌悪感を隠そうともせずに、大声で捲し立てる妻と、その友人を困ったように眺める貴族の男は、しかし二人を止めようともせず、微笑する。

 それは醜い公爵に対する嘲りと、嫌悪に満ちた笑みだった。


 「あの豚、ここ暫く見なかったが寝込んでいたらしいぞ」

 「あの体型だ、体を壊して当たり前だろう。むしろ少しは痩せたんじゃないか?」

 「あれがか?無理だろう、自制がきかないからあんな体型だったんだ」

 「違いない!」


 ヒソヒソと、あちらこちらからそんな嘲った会話が聞こえてくる。


 そんな嘲笑と、嫌悪が満ちた会場に、重い扉の開く音が響き渡った。


 途端に、扉の近くに居た者は、会場の音という音が消えたような錯覚を覚えた事だろう。


 こつりこつり、という靴音だけが会場に響く。


 オールバックにされた青銀の髪、鋭く怜悧に切り取られたかのようなアイスブルーの瞳。

 スッと通った鼻筋に、形の良い唇。

 紺色を基調とした、騎士専用の正装であるサーコートを身に纏った、壮年の、その年齢だからこそ醸し出される色気を持った美しい男。

 その辺りの顔の造作が良いだけの若造とは一線を画す、大人の色気である。


 見ただけで上質と分かる生地に、ふんだんにあしらわれた銀糸の刺繍や、装飾。

 胸には、王家より賜ったのだろう勲章が三つ。


 鋭利な刃物を突き付けられた時のような、本能的な畏怖を感じる程の、冷たく底冷えするような美貌のその男は、サーコートを優雅に翻しながら、周りを全く気にした様子も無く、堂々と会場へ足を踏み入れた。


 その姿を見止めた誰しもが、呆然と、惚けたように口を開け、その男が行く先を邪魔しないようにと自然に道を開けて行く。


 男が会場を進むたびに、静寂は広がって行った。


 「おやおや、何処の誰だかは知らないが、随分と大胆な事をする。

 皆!気にする事は無い!アレは影武者にもなれないただの偽物だ!」


 そんな、無粋な声が響き渡るまでは。










 状況を説明しようか。


 まず、馬車から降りて会場入りしようとしたら、何故か兵士に止められてしまった。

 当主の証である指輪も付けているし、招待状だって持って来ていたのにも関わらずである。

 ちなみにこの知識はオーギュストさんの記憶に有ったもので、パーティ等に参加する際にはこの二つと正装が必須なのである。


 兵士が言うには、余りにも姿が変わり過ぎているので、本人確認が必要との事。

 まあ、言いたい事は分かるし、その感情も理解出来るんだが、如何せん態度が悪かった。


 どこで当主の指輪を盗んだのかとか、王家を欺くつもりかとか、

 とにかくもう、犯罪者扱い。


 オーギュストさんの記憶によれば、実はこの国には、魔力を登録する事が出来る魔道具がある。

 これは、冒険者組合、所謂ギルドの所属カードを作る時にも使われている技術である。

 ついでに、国立の学校の生徒証と名簿にも同じものが使われている。


 学校は分かるけど、冒険者組合とギルドが何かはサッパリなんだが、今は良いや。


 国としても便利なので、貴族の名簿としての登録も同じ技術が使われた魔道具を使用している訳で、当然、身分証明や本人確認の際、その魔道具を使って確認を行う。


 触れる事で魔力を記録、ついでに名前と簡単なデータを一緒に登録出来るというだけの簡単な造りらしいが、まあとりあえず知識に有った細かい説明はこの位にしておこう。


 ともかく、その魔道具で本人確認をしていた訳なのだが、実はこの魔道具、結果が出るまで三分は掛かる訳です。

 この国に居る全ての貴族の魔力を登録しているんだから、検索に時間が掛かるのは仕方ないと思う。

 むしろ三分とか早い方だと思う。

 だってパソコンとかじゃないし。


 まあ、平常時なら、という前提が付くけど。


 なんかもう、待ってる間、鬱陶しいくらい罵詈雑言を吐かれた。


 しかも、三分後に本人だと結果が出ても、故障だなんだと鬱陶しく騒ぎ立てたものだから、いい加減に腹が立って来た私は、ついその兵士に向けて魔力をぶち当てそうになった。


 いや、一応我慢したけどね、うん。


 だが、そこで騒ぎを聞き付けやって来たらしい上官っぽい男が、その兵士を全力で殴り付け、そのまま兵士を私の足元へ跪かせた後、頭を床に擦り付けながらの全身全霊が篭った謝罪をされてしまった。


 曰く、12年前には居なかった者であり、常日頃、問題行動の多い兵士である。

 今日は謹慎させ明日には解雇させるので、どうか納めてほしい。


 なんかもうこっちが気の毒になるくらいの謝罪っぷりに毒気が抜けた私は、仕方無く許したように振る舞いながらスルーする事にした。


 仕方ないよね、なんか半泣き通り越して軽く泣いてたもん。

 こんなにビビらせるなんて、過去のオーギュストさんてば、一体何をやらかして下さってたんでしょうか。


 考えなかった事にするけどな!



 つーかオッサンに泣かれちゃったよ私。


 引くわ。



 まあ、そんなこんなでようやく会場に入った訳ですが、なんか知らんけどめっちゃ見られるし、めっちゃ静かになるしで、余りの理不尽さにさっき不完全燃焼してたイライラがふつふつと復活して来た。


 なんなの?なんでそんなポカーンとした顔でこっち見てるの?

 イジメ?嫌がらせ?ケンカ売ってんの?買うよ?


 そんな中の、あの台詞だ。


 見れば、禿げ散らかったオッサンがドヤ顔で私を見ている事に気付いた。


 いやはや、すげえな、あんな散らかし方、舞台役者さんとか喜劇とか、そんなんでしか見た事無かったんだけど実際に存在してしまったよ。

 説明が難しいんだけど、バーコードと、ブロッコリーと、スキンヘッドが混在してる、感じ?


 私だったらいっそスキンヘッドにするぞ、あんなの。


 いや、何故あんなに寂しくても頭髪を残しているのかは、オーギュストさんの知識から理解出来る。

 貴族には基本、スキンヘッドが居ないからだ。

 主な理由は、この国で罪人となった者は、女性は五分刈り、男性はスキンヘッドにされてしまうので、貴族として体裁が悪いから。

 まあ、それなら仕方ないよね。


 「偽物?」

 「ああ、ビックリした、あの公爵があんな素敵になるなんて、ある訳がないものね」


 不意にヒソヒソと、何処かからか分からんけど、...いや意識したら分かると思うけど今は止めておこう。

 とにかく、そんな嘲ったような囁き声が聞こえて来た。

 オーギュストさんのスペックだと丸聞こえなんだが、きっと聞こえてるなんて思ってすらないだろう。


 だがしかし、なるほど、それで皆私を見てポカーンとしてたのか。

 仕方ないね、イケオジだからね、今のオーギュストさん。

 そりゃあもうイケてるオジサマだからね!


 そんな事を考えながらも、だからこそ、その辺の貴族達の余りの頭の悪さに溜息を吐きそうになった。


 なんて言うか...馬鹿しかいないのかな?、此処には。


 まあ、とりあえず今は置いといて、まずはこの禿げ散らかったオッサンに話を聞くとしよう。


 「ほう、随分と自信があるようだが、何か証拠はあるのかね?」

 「ハッハッハ!何を言うかと思えば!どう見たって別人じゃないか!」


 私の問い掛けに、何か知らんけど自信満々で答える、禿げ散らかったオッサン。


 はい、頭髪と同じくらい根拠が薄いですねー。

 何言ってんでしょうねー、このオッサン。


 「別人ならばこの会場へ入る際につまみ出されているのではないか?」


 「ふん、どうせ金でも握らせたのだろう」


 見下しながら鼻で私を嘲笑う禿げ散らかったオッサンが無駄に腹立つんですけど、何コイツ、抜くぞその頭の毛。

 どうしよう、今までのこの一連の流れのせいでか分からんけど、このオッサンめっちゃ腹立つ。


 「...貴殿は馬鹿か?この国の警備の兵士がその程度で誤魔化されると?王家を馬鹿にしているのか?」


 だってめっちゃ捕まってたからね私。

 あれで本人じゃないなんて結果出たら確実に打首決定だよ。


 「ふ、ふん!なら内通者でも居れば簡単じゃないかな」


 「なるほど、貴殿は馬鹿なのか」

 「なんだと!?」


 なんていうかもうかなり的外れな禿げ散らかったオッサンの返答に、つい鼻で笑いながら納得する私。

 と、オッサンは顔を真っ赤にして憤った。


 いや、だってねえ、そうでしょ。


 「まず国を挙げての式典で、公爵家当主が別人にすり替わっているなど、血族である王家が看過しておく筈が無い。

 それ以前に、王家がそんな事にすら気付かぬ訳が無い」


 だってそうじゃなきゃ、宰相っていうでっかい膿をそのままに、今まで王家が存続してる訳無いもん。

 それはつまり、宰相の企みとかそういうのを殆ど看破して来たって事だ。

 まあ、この禿げ散らかったオッサンはそんな事全く気付いてないかもしれんけど。


 そういえば、宰相って何の仕事してる人なんだろうね!

 偉い、って事しか分からない。

 うん、まあ、いいや。


 「だ、だがしかし、どう見たって別人じゃないか!なあ!皆もそう思うだろう!?」


 なんか無様に動揺しながら、周りに意見を求める滑稽な禿げ散らかったオッサン。

 コイツのお陰で頭髪の寂しい人のイメージ悪くなるからそろそろ黙って欲しい。


 そんな事を考えた時、新たな登場人物が現れた。


 「一体何の騒ぎですか?」


 白銀の鎧に白い、……私も似たようなの着てるけど、これ、コートで良いのかな?、良いんだよね?良いって事にしとこう。

 とにかくそれと、同系色のマント。

 まあ、そんな豪華な装備に身を包んだ、一人の青年。

 サラサラの金髪に、青い瞳の美丈夫である。


 彼の出現に、禿げ散らかったオッサン、……めんどいからもうハゲチラで良いか。

 ハゲチラが嬉しそうに破顔した。

 うん、気持ち悪いね。


 「お、おお! 警備の騎士団の兵か!この無礼者を摘み出してくれ!公爵家当主に成り代わろうとする不届き者だ!」


 「は?」


 余りの意味不明さに、青年が怪訝そうな声を上げる。

 それから、不届き者と言われた私の方へ視線を送る青年。


 っていうか、この青年さ。


 「...ミカエリスか。

 暫くだな、励んでいるか?」


 オーギュストさんの息子さんだよね?


 とりあえず確かめる為にも声をかけてみると、青年は私を見て一瞬驚いたような表情を浮かべてから、パァッ!という効果音が付きそうな程、嬉しそうに破顔した。


 「父上! いらっしゃっていたのですね!はい!勿論です!」


 さっきの、気持ち悪いハゲチラというオッサンとは比べ物にすらならない爽やかさである。

 とりあえずさっきのは見なかった事にしておこう。


 いやーしかし良かった!ちゃんと合ってたよ!


 内心めっちゃホッとしながら、しかし表面では堂々たる態度で、息子さんを見る。

 当の息子さんは、なんかめっちゃ嬉しそうに私の側まで来たかと思ったら突然心配そうな顔で口を開いた。


 「父上こそ、アルフレードから毎日仕事ばかりしていると聞いております、たまには休日をお取り下さい」


 なんかめっちゃ心配されてしまっていたらしい。


 執事さんたら、何も息子さんにそんな事報告しなくてもいいのに...。

 息子さんに余計な心配掛けさせちゃダメだよ、仕事だってあるんだろうに。


 「……休みたいのだがそうもいかん、伏している間に書類が溜まっていたからな」

 「……それは仕方ありませんが、適度に休憩して下さいね」


 うん、気持ちはとても嬉しいんだけど、とりあえず12年間の間の書類がなんとかならん事には休めないと思うの私。


 つーか、今ちょっと思ったんだけど、魔法でどうにか出来ないのかな、あの書類。


 ん?

 あれ?なんか出来そうな気がするぞ?

 パソコンにそういう、アプリみたいな、なんだっけ、ソフト?そういうのあったよね?


 じゃあそれを元に考えて、魔力で画面みたいなの作って、魔力で数字打ち込んで、そしたら勝手に足してくれるように設定したら、出来るんじゃない?

 そしたら後は、私がその数字を書類に写すだけだから、あれ、コレはコレでめんどいのかな?

 印刷されるような魔法があれば……って、あれ、でも賢人の魔法ってイメージだよね?

 つまり、やろうと思ったら出来るんじゃないか?


 そんな思案をしていたら、突然ハゲチラが笑い始めた。


 「……ハッハッハ! なるほどなるほど!騎士団に息子が居れば内通など簡単じゃないか!やはり貴様は偽物だ!」


 あぁもう、折角考えてたのになんだよ、うるさいな。

 しかもなんか訳分からん納得し始めたし何コイツ。


 内心でそんな事を考えイライラしながら、外見上は気にした風もなく視線だけをハゲチラへと向けていると、息子さんが真面目な顔で口を開いた。


 「…………父上、この頭髪の貧しい方は頭の中も貧しいのですか?」


 ちょ、うん、ごめん、ちょっと待って



 良し、オッケー、大丈夫、落ち着け私。



 ……あーびっくりした、噴き出すかと思った。


 突然何を言い出すかと思えば、息子さんたらとても真剣に毒舌吐くんだもん。

 オーギュストさんの腹筋を試そうとしてるのか息子さんてば。


 とりあえず、まだイライラが残ってる私も便乗して毒を吐いておこう。


 「どうやらそうらしい。公爵家長男は王国騎士団の団長、というのが世間一般的な情報だと思っていたのだがな」


 記憶で検索したら、国を上げての任命式典とかやってたみたいだし、殆どの国民が知ってる常識っぽいよ、これ。


 「なっ、何を言っている?」


 無様にも動揺を隠さず、視線をあっちこっちにさ迷わせながら、どもるハゲチラ。


 ……つーか今思ったんだけど、こんだけ特徴ある頭してたら、オーギュストさんの記憶検索したらすぐ出てくるんじゃね?

 あ、うん、出たわ。

 なんか考えた瞬間ソッコーで出たわ。

 “すぐ出てくるんじゃね?”の“じゃ”と“ね?”の間くらいのスピードで出て来たわ。


 えーっと、なになに?


 ・ノルド・ロードリエス上級伯爵

 この国で、腐った貴族として真っ先に槍玉に挙げられる代表格と言っても過言では無い男。

 元平民で、新興貴族としてここ10年で力を付けて来たらしい。

 裏で麻薬密売や人身売買など多岐に渡って悪事に手を染めているようだが、証拠が一切無い為、どうやら後ろに厄介な輩が付いているらしい事が分かる。


 という事らしいですよ、うん。

 一つ良いかな?


 ......またお前か!


 つーか、記憶辿ったら会った事あるし、なんなら仲良く談笑してるじゃんオーギュストさんと。

 奥さんが胸痛に悩んでるとか、領地の作物の育ちが悪いとか、めっちゃ普通の会話してんじゃん。


 「ふむ、貴殿には見覚えが無くとも、私は君を覚えているよ、ノルド・ロードリエス上級伯爵」


 「へっ?」


 わあ、めっちゃ間抜け顔。


 「あぁ、そうだ、以前相談を受けた奥方のご病気だが、あの病は精神的なものが原因だよ。

 少しでも心穏やかに過ごせるように取り計らうだけで改善する事だろう」


 胸痛って多分胃痛だと思うよ。

 旦那が悪事に手を染めているとかストレス以外の何でもないだろ。


 「なっ、えっ、はっ?」


 訳が分からず目をぱちぱちさせながら、挙動不審に戸惑うハゲチラが、とても無様である。


 そろそろトドメ刺しとくかな!


 「...挨拶も無い上に名乗りもせず、一方的に妄言を並べ立て、他者を貶めようとする。

 ここまで無礼で、愚かとは...、貴殿とは友人だと思っていたのだが違ったようだ。

 今後一切、私に関わらないでくれたまえ」


 「えっ、えっ?」


 まだ状況が把握出来ていないらしく、ハゲチラは不思議そうな声を発する。


 自分が何をしてしまったのか、理解したくないのかもしれないが、しかし無様だ。


 「父上、そろそろ陛下が来られます、こちらへどうぞ」

 「む、そうか」


 息子さんの呼び掛けで踵を返そうとすると、ハゲチラが焦ったように声を掛けて来た。


 「な、え、待って! 待って、下さい!では、貴方は……!?」


 「何故名乗ってもいない輩に名乗らなければならないのか不明だが、まあ、良いだろう。

 私が、オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵家当主、本人だが?」


 キッパリと名乗りを言い切ると、ハゲチラは蒼白と言えそうなくらいにまで顔色が悪くなった。


 「な……!ああ! も、申し訳ありませんでした!どうか、どうかお許しを!」


 懇願、に近いだろうか。

 ようやく自分のしてしまった事に気付いて、謝罪するハゲチラ。


 だが、基本的に自分よりも地位が高い者には、向こうから声を掛けられるまで話してはならないし話し掛けてはならない。

 但し向こうから話し掛けられたら、地位の低い方が先に名乗り、挨拶するのが貴族の基本的な礼儀なのである。


 ハゲチラは、何もかもすっ飛ばし、更にオーギュストさんを馬鹿にした。


 場合によっては極刑ものである。


 だけど、まあ、私がこのオッサンを刑に処するとかどう頑張っても無理なので、とりあえずこの場に居る全ての人に、コイツとはもう関係無いですよー!と宣言するだけにしよう。


 えーっと、よし、このセリフで行くか。


 「今後は一切関わるな、私が貴殿に望むのはそれだけだ」


 見下すような蔑んだ視線を心掛けながらキッパリと言い放つ。

 すると、ハゲチラが無様にもまだ言い募り始めた。


 「そんな! どうかお慈悲を!このままでは当家は!」


 えぇえ。めんどくさいなこのオッサン。


 「...ふん、知らんな。身から出た錆だ、己で解決したまえ」


 言ってから思ったけど、なんかどっちが悪役か分からんねコレ。

 いや、確実に向こうが悪いんだよ?

 私全く悪くないですから。


 冷静にそんな事を考えていたその時、ハゲチラは口惜しげに私を睨み付けたかと思えば、そのままビシッと指を差して来た。


 「……っ……私が潰れれば、公爵家とてただではすみませんぞ!宜しいのか!?」



 うん?何言ってんのコイツ。



 「……どうにでもなるが?」


 「なっ……!? 私を裏切ると!?」


 動揺でかパクパクと口を開いたり閉じたりするハゲチラが、とてつもなく間抜けである。


 あっれー、おかしいなー?


 「裏切るも何も、私は貴殿に融資、つまり、金銭をやっただけだ。他は何もしていない。

 理由も領地改革の為、だっただろう?

 正当な融資理由ではないか。何の問題があるというのかね?」


 記憶を辿っても、書類にはそんな融資理由しか無かったですけどー?


 色んな所の目を誤魔化す為の嘘臭い建前だったとしても、そう書いてあったんだから、裏切るも何も無いよねー?


 「な......!」


 絶句するハゲチラを放置するように、今度こそ背を向けると、息子さんに声を掛けた。


 「...ふむ、ミカエリス」

 「何でしょう、父上」


 「この際だ、本日の件を陛下にお伝えしようかと思うのだが」


 「ああ、それは良い事だと思います」


 良い笑顔で同意する息子さんを連れ、歩き出すと背後から無様な喚き声が聞こえて来た。


 「そんな!それだけは!どうかそれだけはお止め下さい!お願いです!」


 「ふん、自業自得だ、ミカエリス」


 ちょっとこの人どうにかならない?とばかりに息子さんに声を掛けると、息子さんは何処か誇らしげに頷いた。


 「はい、父上。

 第一部隊長!ロードリエス伯爵はお帰りになるそうだ、送って差し上げろ」

 「はっ!」


 息子さんの指示で現れた兵士によって、ハゲチラは引き摺られるように無様に喚きながらの退場となったのだった。




 あー!すっっきりしたーっ!!








 「......父上」

 「なんだ」


 カツンカツンと、ブーツの靴音が響く大理石っぽい床を、息子さんに付いて行くように歩みを進めていると、なんか不意に声を掛けられたので、とりあえず簡単に応える。


 「伯爵の件ですが、本当に宜しいのですか?」


 ちらりと、視線だけをこちらに向けて来る息子さん。

 声音は、なんだか何処か心配そうだ。


 「...お前が気にする必要は無い」


 これは私が勝手にやった事だから、気にしなくて良いのよ?という気持ちを込めてみたが、オーギュストさんの演技をしながらだから、多分全く伝わって無いだろう。


 「いえ、そうは参りません。父上を支えると、ついこの間言ったばかりですから」


 「......そうか」


 意志の固そうな息子さんに、それだけを返す。


 息子さんも息子さんの仕事があるだろうに、なんか無駄な心配を掛けてしまって申し訳無い限りである。


 「...あのまま放置すれば、ヴェルシュタイン家にとって不都合となるのでは?」

 「...ならば聞くが、その不都合とはどういったものだ?」

 「......悪評高きロードリエス伯爵の事です、きっとあらゆる伝手を使ってヴェルシュタイン領に圧力を掛けて来るのでは?」


 あー、なるほど。

 領地の方に色々してくる可能性がある訳か。


 「ふむ、当家は既に悪評高くなっているが、それでも王家に次ぐ権力を持っている。

 それさえも無視して圧力を掛ける事に協力する者が居る、という事か」

 「.........はい、残念ながら、ヴェルシュタイン家は他家に侮られていますので、そうなっても仕方ないかと」


 「...やはり12年は長い月日だったか...」


 早い所領地に行くべきなんだろうな。

 知識ではオーギュストさんの生まれ育った実家があるみたいだし。


 領地に領主がちゃんと居て、ちゃんと統治してれば何があっても対応取りやすいしね。

 うん、統治って何すれば良いか分からんのが一番の問題だけどな!


 「...何か良い手があれば良いんですが...」


 「...ふむ」

 「あ、父上、どうぞ此方で私とお待ち下さい。時間通りならそろそろ陛下が参られます」

 「分かった」


 その三秒後、楽団による演奏が止まり、トランペットみたいな、ラッパみたいな、なんかそんな感じの音がメインの、なんか壮大な音楽と共に、近くの扉が開いた。


 そして、正に王様!といった格好の、オーギュストさんと同じ歳位の男性が、同じ歳位の、美人な、おば、いや、お姉さんを伴って姿を見せた。


 その時、一瞬だけ王様と目が合ったような気がしたけど、気のせいだったかもしれない。


 「シュタイルハング・ヴェレ・ルナミリア国王陛下、万歳!」

 「万歳!」


 会場のあちらこちらから、そんな感じの万歳の言葉が聞こえて来る。


 この国の王様、そんな名前だったんだね。

 めっちゃカッコいい名前だなあ。


 そんな中を優雅に、そして堂々と歩く王様達は、一段上がったステージみたいな場所の、豪華な椅子の前で足を止め、周りを見回した。


 万歳の言葉が響く中、不意に王様が手を上げると、辺りが一気に静かになる。


 「シュタイルハング・ヴェレ・ルナミリアである!建国記念日を明日に控えた今日、良く集まってくれた!さあ、挨拶はここまでだ、皆、三日間楽しんでくれ!

 ルナミリア王国に栄光あれ!」


 途端に、わあっ!、という歓声が会場を包み、ルナミリア王国に栄光あれ!と繰り返す。

 なんと言うか、芸能人を前にした熱狂に近いかもしれない。


 流石は王様、といった所だろうか。


 そんな事を呑気に考えた次の瞬間だった。

 今度は気のせいだなんて思えない位に、ガッツリと、王様と目が合った。


 そして、何故か王様が両手を広げながら早歩きでこちらへ向かって歩いて来る。

 次の瞬間には、王様の早歩きは駆け足になり、そしてダッシュになった。


 訳が分からないままに困惑していたのだが、私に向かってダッシュしながら突っ込んで来る王様に、何故か反射的に体が動いた。


 強いて言うなら、ガシッ、という効果音が最適だろうか。


 うん。


 王様の顔面を片手で思いっ切り掴んでました。



 ...どうしてこうなった!!!

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[一言] 王様の顔面をwwwww 最高すぎるw思いっきり吹き出しちゃいました
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