表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/74

13

 






 朝食を終え、そのまま執事さんの案内で執務室へと行く。

 ぼんやりと、これが日課になるんだろうな、なんて思いながら、足を進めた。

 この廊下の窓から見える景色は、どうやらこの屋敷の中庭であるらしい。

 綺麗に整えられている薔薇園も見える。


 他にも花が見えるけど、赤い花ばかりなのはやっぱりジュリアさんの為だったんだろう。


 ......でも、基本が赤ばっかで見栄え悪くなってるから指し色で別の色の花を混ぜた方が良いと思う。

 後で執事さんに言ってみるか。


 ちなみに、赤に合うのは同系色か、暖色系か、白か、黒。

 花の種類が少ないから増やしても良いね。


 あ、ちなみに本日の朝食は、バターロールみたいなパンと、コーンスープっぽい味のスープ、それからカリカリに焼かれたベーコンがアスパラっぽい野菜に巻かれた物でした。

 塩とか胡椒での味付けは無かったけど、ベーコンが濃い目の良い味出してたので問題無く食べたよ。

 大変美味しゅうございました。


 朝はあんまり多く食べられない方だったけど、オーギュストさんの身体になってからはそんなに苦じゃないのはありがたい。

 美味しいもの食べるとストレスが軽減されるからね。


 ......もしかしなくてもオーギュストさんって、ストレス軽減の為の過食で豚化してたのかな...。


 そんな風に思案しながら、三日目にしてようやく座り慣れて来たような気がする椅子に腰掛ける。

 それから、手近な書類を手に取りながら執事さんに呼び掛けた。


 「アルフレード」

 「は、本日は針子のシェリエより、新しいお召し物のデザインが出来たので見て欲しいと、知らせがありました。どう致しましょう」


 まだ用件言ってないけど通じてるのは流石執事さんだと思う。


 ていうか今更だけど、私のスケジュール管理って執事さんの仕事なんだね。

 昨日もこんな感じだった気がするから、今までずっと仕事以外の管理は丸投げだったのかな。

 ...となると、私がスケジュール管理したら怪しまれるか...。

 じゃあこういう事したい、って横から口出しするくらいにしておこう。

 流石に確認が必要な事とかは言ってくれるだろうし。


 でもやっぱり察しが良過ぎて怖いです。


 うん、気にしないよ!慣れろ私!


 「ふむ、早いな。では後ほどにでも此処へ来るよう、伝えたまえ」


 鷹揚にそう言いながら、手に取った書類をそのまま確認する。


 段々とこの演技にも慣れて来たけど、気は抜かない。

 何が起きてどうなるか、現代人な私が予測出来る筈が無いからね。

 分かる訳ねぇですよ。


 そんな事を考えながらも、視線は書類に固定されている。


 えーと、確か昨日はここまで計算したから、うん、大丈夫、覚えてるね。


 よし、とりあえず計算だ。

 羽ペンを手にしながら、頭の中で採算を合わせて行く。


 ...しかしあの面会からまだ2日も経ってないような気がするんだけど気のせいかな。

 めっちゃ仕事早いね針子さん。

 まあ、デザインの段階だし、それなら早い時は早いか。


 ちなみに思考も計算も行動も、全てが同時進行なので、この間二秒も経っていなかったりする。


 賢人って凄いね。


 「畏まりました。それと、書簡が幾つか、届いております」


 私の返答に恭しい礼をしてからそう言った執事さんは、懐から幾つかの書簡を取り出して、机の上の空いたスペースに並べた。

 

 「ふむ」


 ...これはちょっと、計算を後に回さないと駄目か。

 書簡を蔑ろにしても、碌な事にならないだろう。


 現代でも、メールや手紙、ダイレクトメールを放置して、気付かない内に支払いが滞っていたり、その他色々と面倒臭い事にしかならなかった。

 一番ヤバかったのは、家賃を口座引き落としにしてなくて、滞納金が物凄い額になってた事だろうか。


 アレはちょっと死ぬかと思った。


 持っていた羽ペンを戻し、書類を横に置いて、そして書簡を軽く一瞥してから、適当にひとつ手に取る。


 これは、えーと、あぁ、昨日の朝出したシルヴェスト卿からの返信か。

 早いな...、一日で返事が来たよ。

 この世界の交通手段、基本的に馬じゃなかったっけ?

 その他にもなんか郵便の手段があるんだろうか。


 分からんから後で調べるか。

 ...確認する事多すぎて忘れそうで怖い。

 あ、でもオーギュストさんのスペックなら大丈夫なのか?。


 まあ良いや、えーと、内容は.........


 うん、うん?うん。


 ......なんか、めっちゃフレンドリー?


 いや、気のせいかもしれないし、もう一度読み直してみよう。


 ...............やっぱめっちゃフレンドリーだコレ。


 とりあえず、日本語に訳すと、こうだ。


 “ヴェルシュタイン公爵様へ


 お手紙ありがとう!一昨日くらいから仲間が増えた気がしてたから全然オッケーだよ!

 日取りとか決めるの面倒臭いから、この手紙が届いたらそっち行く事にするね!

 その時は宜しく!


 なお、この手紙は自動的に転移先召喚陣に変化します。


   ジーニアス・シルヴェスト”


 .........うん。


 「.........アルフレード」

 「なんでございましょう」


 「今からシルヴェスト卿が来るらしい」

 「...今から、でございますか」

 「それと、門からではなく、直接此処へ転移して来るつもりのようだ」


 「..................は?」


 執事さんにも予想外過ぎたのか、珍しくそんな声が溢れてしまったらしい。

 仕方ないね、私もそんなん言われたら絶対同じ事言うと思うもん。


 その時ふと、身体の中にあった魔力的なモノが勝手に少しだけ動いたかと思えば、書簡に吸い込まれて行った。


 別に全く減らないから良いんだけど心臓に悪い。

 いや、だって、ズル...って感じに地味な動きするんだよコレ、気持ち悪いよ。

 アメーバか何かが動いた時っぽいんだもん。


 そんな事を考えた次の瞬間、書簡が私の手を離れ、宙に浮いた。


 浮いた?


 え、ちょっと待って、何これ。


 思わず内心ポカーンとしてしまいながら、浮いた書簡を凝視。

 外面は、静かにじっと見詰めているだけだけど、内心大騒ぎである。

 仕方ないね。


 いや、もうマジ意味不明。


 ふわりふわりと浮いていた書簡が、風に舞うように執務室の中央へと移動したかに見えたその時、キュン、という空気を裂くような音と共に光の玉が出現した。


 そして次の瞬間、その光の玉は、目も眩むような光を発する。


 音にするなら、カッ!が一番近いだろうか。


 一体何が起きたのか真面目に分からないけど、感覚で何処かと此処が繋がり、何かが来た、という事は理解出来てしまっていた。

 原理とかサッパリ分からないけど、何となく魔力と引き換えに発動した事は分かる。

 なんで分かるのかも分からない。


 そんでこれが一体どの位の凄さなのかも分からないので、なんのリアクションも取れない私。


 なんて言うかホントにもう、訳が分からない。


 そして、ゆっくりと収束するようにその光が消えた時、そこには一人の人物が佇んでいた。


 真っ白くて緩くウェーブした長い髭、真っ白い髪、小さめの丸眼鏡、年月が刻み込まれたような沢山の皺。


 例えるなら細身のサンタクロース、だろうか。

 絵本に出て来る典型的な魔法使い、と言っても良い。

 腰は曲がって居ないから、初老期に入った頃、といった所か。

 いや、分からんけど。


 カーキ色のローブみたいな服を着ているせいか、特にそう感じる。

 好々爺といった風情を感じさせながら、ニコニコと笑うおじいちゃんは楽しそうに口を開いた。


 「ほうほう、どうやら本物のようじゃの!」


 ...ちょっと待って今なんて言った?


 色々と気になる事は沢山あるけど、とりあえず気になってしまった私は、様子見も兼ねてそっちを消化する事にした。


 「...老師殿、大変申し訳無いのだが、それは一体どういう意味だろうか」


 だって、何、その、偽者が居るみたいな発言。


 そう考えながらの質問だったのだが、当のおじいちゃんはニコニコと変わらぬ笑顔で告げる。


 「もし賢人を騙るような輩なら、召喚が発動する前に魔力不足で生命力込みで魔力を吸い取られ、死んどるからの!」


 あ、マジで居るんだ賢人の偽者。


 告げられた内容から察するに、詐欺師とか、そういった類のソレなんだろう。

 オレオレ詐欺的なやつとか、またはタカリとか、されたのかもしれない。


 それなら仕方ないのかな、って、そんな訳あるか!

 何サラッと殺人してんのこのおじいちゃん!ヤダ怖い!


 「......それはまた、物騒な罠だな」


 ドン引きしてしまったけど、それはなんとか表には一切出さず、冷静な態度での演技を心掛けながら、淡々と告げる。


 詐欺師対策にしては過激過ぎるよね!


 「だって鬱陶しいんじゃもん。碌に生きとらん癖にワシを謀ろうとするような輩、生きてても仕方なかろ?」


 さも当然とばかりに、っていうかちょっと拗ねたように唇を尖らせながら、首を傾げるおじいちゃん。


 いや、だってじゃないよ、もうちょっとあるでしょ。


 「逆に自分の方へ召喚し、使い魔の契約でも勝手に掛け、良いように使えば良いだろうに」


 ん?...言ってから気付いたけどコレもどうなんだろう。

 あれ、死んだ方がマシなんじゃないかなコレ。


 だって人権皆無っぽくない?

 いや、使い魔の契約がどんなもんか分からんけどさ!

 いかん、やっぱ後でちゃんと調べなきゃだわ。


 ちなみにオーギュストさんの知識は、よっぽど興味無かったのか、攻撃とかそういう攻めの姿勢の知識しか無かった。


 防御とか、隠蔽とか、補助とか、そんなん全く無い一点突破型。

 そういうのもあるらしいけど、自分は要らない、っていう感じで放置されてたっぽい。


 魔法も体術も剣術も、何もかもだから、めっちゃ偏ってるよね。

 最低限の手当の知識しか無いとか何この脳筋戦国武将みたいなの。

 あ、でも外交的な知識はちゃんとしてたよ。


 そんな事を考えていたら、おじいちゃんは面白い物を見付けた、とでも言いそうな雰囲気で長い顎髭を撫でた。


 「ほうほう、なるほど、おヌシ結構イケるクチじゃの。しかしそうか、その手もあったか」


 あっ、ヤバイこのおじいちゃんノリノリだ。

 物騒な爺様に余計な知恵を与えてしまったパターンじゃねコレ。

 だけど、言った手前、今更後に引けない。


 アドリブってこういうのが大変なんだよね。

 いや、ホントなら楽しい筈なんだけど、人生掛かってるからコレ。

 ......とりあえず、それっぽい事言って誤魔化そうと思います。


 「便利な捨て駒を得られる機会をふいにするとは、勿体無いな」

 「ふうむ、一個師団が作れるくらいは居ったからのう。惜しい事をしたわい。ワシのバカ!」


 同じテンポで何度も顎鬚を撫でながら、残念そうな声で嘆くおじいちゃん。

 もっと普通の話題だったら可愛いおじいちゃんだなぁ、で済むんだけど、如何せん、殺伐たる会話故に、なんかどうして良いか分からない。

 だってつまりこのおじいちゃんはその位、人を殺してるって事で。


 めっちゃ怖い。


 .........うん、よし!話を変えよう。


 「それで、老師殿、貴殿がシルヴェスト卿で宜しいだろうか」

 「うむ、ワシがジーニアス・シルヴェスト辺境伯じゃ」


 効果音を付けるなら、でん!だろうか。

 グッと胸を張りながら、なんとも偉そうに名乗るおじいちゃんである。


 うん?待って、辺境伯、...っていうと、どの辺の地位の人だ?


 そんな疑問から、頭の中の知識で検索を掛けてみる。


 該当、1件。


 ・辺境伯

 公爵と並ぶ程の地位の爵位。

 この国では一代限りの名誉爵位として王が任命する。

 主な仕事は、いざという時の戦力な為、基本的に賢人が選ばれる事が多い。


 あ、めっちゃ偉い人だった!

 しかも私と同じ位の偉さだ!


 ああ、いかん、そんな事考えてる場合じゃないよ、挨拶挨拶。


 「申し遅れた、私がオーギュスト・ヴェルシュタイン公爵家当主だ、若輩者だが宜しくご指導賜りたい」


 挨拶は大事だ。

 先人っていうのは基本的に礼儀を重んじる傾向があるからね。

 って言っても、ちょっと口調が訳分からなくなった、ごめんなさいおじいちゃん。


 「畏まっとるんじゃか偉そうなんじゃか分からん口調じゃの」


 ですよね。


 「コレに関しては申し訳無い。どういった態度と口調が正解なのかサッパリでしてね」


 困ったものだ、とでも言いそうな雰囲気を出すように演じながら、軽く頭を振る。


 地位は同じ位、でも年齢は遥か上、そして、賢人。


 まあ、演技とかしなくても真面目に判断に困ってる訳だから、自然な演技になっているだろう。


 「そんなモン気にせんでええぞい。どーせ無駄に長い付き合いになるんじゃ」


 畏まり戸惑う演技の私を見てか、おじいちゃんは孫を見詰める好々爺のような雰囲気でニコニコと笑いながら、明るく言い放った。


 なんか知らんけど本人からお許し出たよ、やったねオーギュストさん!

 あ、でも、一応確認はしとこう。

 後で文句言われても困るし。


 「ふむ、では友人と思って接しても?」


 「構わん構わん!爵位だの年齢だの、途中でどーでも良くなってくるわい!」


 ほっほっほ、とサンタクロースみたいな笑い方をしながら、全く気にした様子も見せず、おじいちゃんが答える。


 はい、言質取りました。

 じゃあもう適当で良いよね!


 「なるほど、ではそのようにさせて貰う事にしよう」


 「一気に偉そうになったの、おヌシ」


 堂々と、いつもしている演技と同じように振る舞えば、なんか呆れた様子でじっと見詰められてしまった。


 いや、でも言質取ってるからね。


 大体さ、これから仕事なんだよ私。

 それを此方の都合を無視していきなり邪魔しに来てる訳だから、良いよね、むしろ扱いがもっと適当でも構わないくらいだと思う。

 という訳で、そのまま行きます。


 「癖でね、余り深く気にしないでくれると有難い」


 「癖か、そりゃ仕方ないの。ワシもこの髭を撫でる癖は何百年経っても抜けんもん」


 サラッと適当に誤魔化したら、なんか真顔で納得されてしまった。

 なるほど、経験談ってヤツですか。


 まあ、分からなくも無い。

 癖なんてものは意識したって抜けるものじゃないのだ。

 だって無意識だし。


 私?私は演技中は全て意識しながら行動してるから、オーギュストさんの癖とかじゃない限り私本来の癖は出てない、筈だ。


 ちなみに私の癖は、髪を耳に掛けたあと、何故かそのまま耳朶を触ってしまう事である。


 この癖のせいでピアス穴を開ける事が出来なかったのは悔しい思い出だ。

 化膿して耳朶無くなったら嫌だったから仕方ない。

 女優として、それはちょっと有り得ないし。


 まあ、良いや、話を変えよう。

 このまま癖について話しててもオーギュストさんの癖とか知らんし。

 いくら記憶が有っても無意識なんて分からん。


 「ところで、書簡に“一昨日くらいから仲間が増えた気がしていた”とあったが...」

 「まあそうじゃの。おヌシを試したようになってすまんかった!」


 そう言って両手を合わせ、ペコッと頭を下げるおじいちゃん。


 ...まあ、普通の人だったら死んでたからね。

 殺人未遂だよね。怖いね。


 口答で謝るだけとか、割に合わない気もするけど、まあ、良いや、怖いし。


 「では、それは偽りという事か?」


 改めて確認してみると、おじいちゃんは居住まいを正し、ニコニコしながら答えてくれた。


 「いんや、賢人は自分以外の賢人の存在を感じる事が出来るぞい。

 ただ大体この辺に居るかなー、ってくらいしか分からんがの!

 だからこういう手段を取らせて貰ったんじゃ」


 「なるほど」


 納得して、ひとつ頷く。


 そんな漠然とした感覚なら仕方ないかもしれない。

 ...だけど、一歩間違ったら誰かが死んでただろう。


 もし、誰かがつい出来心であの手紙を読んだとしたら、

 もし、私が面倒臭がって、執事さんに朗読させてたら、


 そう考えただけで、胃の辺りがキュッとなった。


 うわー嫌だわー、貴族怖い。


 つか命が軽過ぎてヤダ。

 戦国時代かよ。


 だけど、そういうモノなんだから仕方ないんだろう。

 納得出来なくても、するしかない。



 とりあえず、私も後で賢人が分かるかどうか試してみようと思う。


 なんか、後でやる事リストがどんどん増えてる気がする。

 .........まあ、良いや、なんとかなるさ!きっと!


 「あー、あとついでに、公式な面会しちゃうと、色々と面倒臭いんじゃよなー...」


 ふと、心底面倒臭そうに呟くおじいちゃんのそんな言葉に、なんか凄く納得してしまった。


 「あぁ、なるほど、確かに面倒事に巻き込まれるのは勘弁願いたいな」


 なんせ今此処で、公爵と辺境伯という王家に次ぐ権力の持ち主二人が面会してるんだもんね。

 転移して来たのはそういう理由もあるのか。


 「すわ謀反か!なんて言われちゃったらホントに面倒臭いもんのう」


 「はは、確かに」


 ほっほっほ!、と笑うおじいちゃんに釣られるように此方も軽く笑っておくけど、笑い事じゃないです。


 そんな疑い掛けられて打首獄門とか、めっちゃヤダわ。

 有難うおじいちゃん、方法はともかく今だけ感謝しとく事にする。


 「おヌシ意外と話が合うのう、悪そうな顔しとるのに」


 「これは生まれつきでね。あぁ、アルフレード、何か飲み物を」


 廃嫡となった王族、つまりひいひいおじいちゃん辺りの肖像画の記憶があるんだけど、めっちゃ悪そうな顔してたから代々悪そうな顔が遺伝してるんだと思う。

 という訳で、あんまり突っ込まないであげて下さい。


 そんな事を考えながら執務机の上にあった書類や書簡を脇に寄せ、執事さんに指示を出す。

 と、既に用意していたのか瞬時に机の上にティーカップが置かれた。


 「紅茶ですが、ご用意致しました。シルヴェスト辺境伯様も、どうぞこちらへお掛けになって下さい」


 執事さんがそう言って、休憩用に置かれていた机の側のソファーへ座るようにとおじいちゃんを促す。

 おじいちゃんはというと、なんか嬉しそうにニコニコしながら、いそいそとソファーに腰を掛けた。


 「こりゃすまんの。でもワシ、コーヒーが良い」


 早速机に置かれた紅茶のティーカップに口を付け、ズズーッ、と啜りながらも、そんな事を宣うおじいちゃん。


 「突然来ておいてワガママを言わないで頂きたいな」


 じゃあ飲むなよジジイ。

 とか思いながらのツッコミである。


 「ほっほっほ!それもそうじゃの!すまんすまん!」


 全く気にした様子も見せず、呑気に笑うジジイ。

 視線だけで執事さんを見れば、一瞬だけ口元を引くつかせていた。

 脳内で、なんだこのジジイ...、とか考えたのかもしれない。

 仕方ないね。


 しかし流石は執事さん、いつもの柔和な笑みを浮かべ、いつものように綺麗な所作で一礼して、いつも私に答えるように答えた。


 「申し訳ありません、今度お出でになった時にはご用意しておきます」

 「うむ、あ、ワシ、ヨーグモス領の豆が好きじゃ」


 執事さんの返答に満足そうに頷いたおじいちゃんは、ついでとばかりにそう宣った。


 うん、...今、なんか執事さんと私の心の声がシンクロした気がする。


 勿論今考えた事は、図々しいなこのジジイ...、である。


 「畏まりました、次回迄には必ずや」


 「楽しみにしとるわい。しっかしおヌシ、途轍もない魔力量じゃの」


 早速手配するつもりなのか、懐から伝票っぽい何かを挟んだバインダーみたいな物と、木炭のような物を取り出してメモを取る執事さんに、のんびりと軽い調子で答えていたおじいちゃんが、何故か突然私の魔力の事に話題を変えて来やがりました。


 うん、やめて。


 「ふむ、余り自覚したくないので放置して頂きたいな」


 考えたくないです真面目に。


 内心そんな事を考えながら、ティーカップの紅茶を飲む。

 種類とか分からんけど、美味しい紅茶だ。

 個人的にはミルク入れたい。

 砂糖は、...良いや、眠くなりそう。


 「ほっほっほ!面白い事を。まあ、そんだけ無駄にあれば禁術の三つくらい同時発動しても平気そうじゃの」


 「それは流石に考えたくないな」


 キンジュツってのが何なのか分からないけど、わざわざ知識から引っ張るのも嫌なので、放置しようと思います。

 だって嫌な予感しかしない。


 「まあ、確かにそんな状況、世界が滅亡でもせん限り無いか!ほっほっほ!」

 「冗談でも、縁起の悪い事を言わないでくれたまえ」


 世界滅亡とか、やめてよ死にたくないんだから私。


 「すまんすまん!」


 全く悪びれず、ほっほっほ!なんて呑気に笑いながら、適当に謝罪するおじいちゃん。


 地味に腹立つわー、このジジイ。



 ......一応、自分が規格外だって事は理解しているのだ。

 賢人相手に、まるで同等の存在であるかのように接されたら、いくら認めたくなくても、自分は賢人なんだろうな、とも思ったし。

 でも改めて誰かに正確に言われるのはキツい。


 いつかはちゃんと把握しなきゃなんだろうけど、今は心の余裕なんて皆無です!はい無理!終了!


 という訳で、話題を変えよう。



 「さて、そろそろ本題に入ろうか。

 貴殿にとって、私はどのように見えたのか、聞いても?」


 新たに賢人となった者がどういう人物かの確認。

 どうせ、わざわざ転移までして来た理由なんてそんなモノだろう。


 そんな風に考えながら、ティーカップを軽く傾ける。

 ティーカップの底に沈んでいた細かい茶葉がゆらりと揺れた。


 「......そうじゃの。噂では、公爵家当主は妻を失ってから暗愚となった、と聞いておったが、今はそんなモン欠片も無さそうじゃな」


 ズズーッ、と音を立てながら紅茶を嗜んでいたおじいちゃんが、視線だけを私へと向け、呟くようにそう答える。

 案の定その視線は、何かを確かめるような、見定めているような、そんなものだ。


 そんなおじいちゃんの視線を受け止めながら、私は小さく息を吐く。


 「...いや、今でも失う事は怖いと思っているよ。

 故に、いつか同じ事を繰り返してしまわないか、とても不安だ」


 オーギュストさんと、同じ事を、私がしないという保証は無い。


 だからこそ私は、なるべく早くに、自分の立場、状況、死、離別、何もかもすべてを理解しなければならない。


 覚悟なんて出来てない。

 理解さえもしていない。


 そんな状態で生き続けるなんて愚策以外の何でもないのだ。


 「...それに関しては、運命と思って諦めなされ。

 賢人として生きるなら、受け入れなくてはならん事じゃ」


 今、正に考えていた事を言われてしまって、つい笑みがこぼれた。

 といっても、嘲笑に似た何かだったけど。


 「助言にすらならないな」

 「仕方なかろ、そうとしか言えんもん」


 ふう、と小さく溜息を吐きながら、何処か諦めたような口調で、おじいちゃんはそう呟いた。


 なるほど、中途半端な事を言っても意味が無い事くらい、長年の経験から理解している、という事か。


 「......傷の舐め合いをするつもりは無いな」


 ポツリと、そんな言葉が口からこぼれる。


 辛かったから慰めて欲しい、なんて、そんな自分を想像しただけで吐き気がした。


 女だから女々しくて良い?そんな訳ない。

 辛くたって歯を食いしばって進む、後ろは振り返らない、やれば出来る、そんな綺麗事を言うつもりも、出来るつもりも無い。

 だけど、自分の中にある曖昧な信念みたいな何か、それが私の生き方の指針となっていた。


 自分が納得出来ない生き方だけは、しない。


 ただそれだけ。


 「ならば、己で乗り越えて行くしか無いのう」


 おじいちゃんはそう言って、困ったように笑う。

 私は、じっとカップの底でかすかに揺れる紅茶の茶葉を見詰めていた。



 ...泣きたくてしょうがない時は泣くだろう。

 怒りに支配される事だってきっと来る。

 誰かに嘘を吐く事だって、今後沢山あるだろう。


 だけどそれは全て、自分で消化しなければならない事だ。


 誰かを当てにしながら、曖昧に生きる事は、もう出来ない。


 「実に面倒だ」


 溜息と共に口からポロッとこぼれたのは、紛う事なく私の本心だった。


 いやもうめんどい。マジで。


 両親も居ない、友人も居ない、昔からの知り合いすら居ない。

 重要な事は何もかもすべて、一人で考え、行動し、決定しなければならない。


 改めて考えてもなにこれ?ってヤツである。

 何せ、身一つで外国に放り出された挙句、重要な立場に立たされたようなものだ。

 これ、一般人だったら自殺してそうだな。


 私?私は自殺とかそんなん考えた事も無いよ。

 芸能界に入ろうとしてた私が繊細な訳無いでしょ。

 どんだけ辛かろうが生きてやる。


 イジメ?悪口?陰口?イヤミ?無視?ひとりぼっち?

 どうでも良いよそんな小さい事。


 だって私は、死ぬ方が、嫌だ。



 「言うに事欠いて面倒っておヌシ!自分の事じゃろに!」


 何が面白かったのか、唐突に口に手を当てながらプッフー!とか吹き出すおじいちゃん。

 しかもアッヒャッヒャ!なんて笑い転げ始めた。


 人が一生懸命色々と真剣に考えてる時になんなの、鬱陶しいなこのジジイちくしょう。


 だけど、そんなのを態度に出す訳にもいかないので、おくびにも出さず、淡々と、そして、全く気にもしていない、といった態度を演じながら、尋ねた。


 「まあ良い、それで?」

 「そうじゃの。おヌシとは良き隣人になれそうじゃ」


 予想外のおじいちゃんの言葉に驚いて、一瞬演技が崩れそうになった。

 だけど、そこは無理矢理持ち直させる。


 「おや、そんなにすぐに信用しても構わないのかね?」

 「ワシ、これでもめっちゃ長生きしとるんじゃぞ?人を見る目くらい五百余年生きとれば天元突破しとるわい」


 尋ねれば、ほっほっほ!と笑いながら、何処か自信満々に胸を張るおじいちゃん。


 「なるほど、私を敵に回したくない、という事か」


 「おヌシなんでそんなネガティブなの?まあ、間違ってないけど。なんせワシより強いもんおヌシ」


 ...............はい?


 「...それは想定外だったな」

 「魔力量比べたらすぐ分かるじゃん」


 ...うん、えっと。


 「.........理解したくないので止めておこう」

 「まあ、理解したら心臓に悪そうな量じゃからの。賢明な判断じゃと思うぞい」

 「想像したくないな」


 そんな風に適当に答え、そして私は、何も聞かなかった事にした。


 知らん知らん!聞いてない!私は何も聞かなかった!よし!


 そうやって必死に自分に言い聞かせて居たら、おじいちゃんが孫を見詰めるみたいな微笑ましそうな目を私へと向ける。


 「まあ、魔力量とかそういうの抜きで、ワシにとっても、おヌシと良い関係になれれば良い刺激になると思っとるんじゃよ」


 突然おじいちゃんがなんか良い事言い始めたけど、それまでの態度がアレだったので違和感しか感じなかった。


 「つまり、私を利用してストレスの解消をしたいと」

 「だからなんでおヌシそんなネガティブなの?」

 「冗談だ」

 「そんな真顔で言われたら分からんわい」


 拗ねたみたいに口を尖らせるおじいちゃん。


 全ては自分の態度が原因なので自業自得だと思います。


 という訳で、スルー。


 「ふむ、それで、帰りはどうするつもりだね?」

 「無視なの?まあええわい。

 転移で帰るから問題無い。それより茶菓子は無いのかの」


 ホントに図々しいなこのクソジジイ。


 「......アルフレード」

 「は、お気に召さないかも知れませんが、こちらをどうぞ」


 私の呼び掛けに、執事さんがいつの間にか持って来ていた台車から何かが入った籠を、おじいちゃんの前のテーブルの上へ置く。


 それを見たおじいちゃんが、驚いたように目を見開いた。


 「ほう!これは最近話題の新種じゃな?」


 「はい、ラジレーン領から取り寄せました。

 この種類にはタンジャーという名が付いたそうです」


 そう言って、執事さんは私の前にもそれの入った別の籠を置く。


 オレンジ色の小さい果実である。


 なんて言うか、うん。



 ...蜜柑にしか見えないんだけど。



 「噂通りオランジュによく似とる」


 「オランジュの新種ですから、似ているのは仕方ないかと。

 ですが味は此方の方が甘くて風味深いそうです」


 ちなみにそのオランジュですが、オーギュストさんの記憶を探ったら完全に私の知ってるオレンジと同一でした。

 まあ、こっちのオレンジは皮が固くてグレープフルーツっぽいけど。


 「小さい分凝縮されとるのかのう」

 「そうかもしれませんね。

 それと、皮が柔らかいので、ナイフを使わずに皮と身を分けられるそうです」



 いや、蜜柑だよね、それ。



 とりあえず、目の前の籠からひとつ手に取った。


 どっからどう見ても蜜柑です有難う御座いました。


 皮を剥き、ひと房を口に放り込むと、とても覚えのある、あの味がした。

 現代日本で、冬に炬燵のお供として欠かせない、あの味が。


 「ほう!こんなに簡単に皮が取れるのか!うむうむ、味も、なんとも言えん風味も、上質じゃの」

 「お気に召して頂けたようで、よう御座いました」


 楽しそうにはしゃぐおじいちゃんの声を聞きながら、じっと蜜柑にしか見えない果物を見詰める。


 多分、別の名前の同じ物、って解釈で良いんだろう。

 もしかして、こういうの結構あるのかな。


 あるんなら、把握しておきたい。

 理由としては、公爵という立場を考えると、知らないという事は弱みになる恐れがあるからだ。

 新商品は今後の流通の要となる場合が多い。

 王家に次ぐ権力を持つ家、というか私が、たとえ小さな綻びであっても付け入る隙を与えるような真似をする訳に行かないのだ。


 ......建前はそんな所か。


 「...アルフレード、これは今後も取り寄せられるか?」


 視線は手の中の蜜柑、......タンジャーへ向けたまま、執事さんに尋ねた。


 個人的には、余りこういった物は見付けたくない。

 理由はホームシックになりそうだから。

 だけどそれでもやっぱり、同じ物があるなら気になってしまうのは仕方ないと思う。


 あと、やっぱり食べたいです。

 飽食の現代日本から来た身としてはいつか和食だって食べたいです。

 米とか、味噌とか、醤油とか、どうしたって恋しくなると思うの。


 「はい、余り多い数は難しいかと思われますが、個人で愉しむ程度でしたら可能かと」


 柔和な笑みを浮かべたまま、いつものように答えてくれる執事さん。


 「ふむ、しかし、オランジュの旬は秋か冬、ではなかったか」


 「どうやら、珍しく魔導を用いての栽培をしているようで、少量ずつですが年中取れるそうです。

 ただ、その分腐りやすいのが欠点だそうで...」


 へー。

 それがどれだけ凄いのか分からないので何とも言えない私。

 まあ良いや。


 しかし腐りやすいのか。


 「ふむ、そうか、ならば当家で余った物は凍らせて保存するとしよう」


 「なるほど!流石は旦那様」

 「ほう、良いのう、ワシも次取り寄せられそうならそうやって保存しようかの!」


 冷凍ミカンって美味しいよね、的な発想だったのだが、私の案は思いの外好評だったようだ。

 

 


 「...さて、シルヴェスト老、そろそろ帰ってくれないか?」

 「めっちゃ直球じゃの!」


 暫く歓談した後、ついでとばかりにそう言ってやれば、おじいちゃんが驚いたように見事なツッコミを入れてくれた。


 「私は余り暇では無いのでね」

 「もーちょっと老人を労らんかい!」


 プンプン!とか聞こえそうなくらいの拗ね具合である。

 鬱陶しいなこのジジイ。


 「此方とて予定があるのだよ」


 私にはお仕事が待ってるんです。

 ちょっと逃避したくなるくらいの猛烈な量のお仕事が、そりゃもう目一杯。


 「うん?何やっとるんじゃ?」


 「暗愚となっていた期間、碌に当主の義務を果たしていなかったらしくてね。あの日から全ての見直しと再計算だ」


 もはや考えたくない量ですが何か。


 「な......誰かに任せたりせんのか」


 絶句したように何度も口を開閉させたおじいちゃんが、心配そうに眉根を寄せた。


 「機密情報もあるのでそれは出来かねるな。

 それに、これは義務を放棄していたツケだからね」

 「そうか...、しかし、そんなんずっとやってたらストレス溜まるじゃろ」


 「そうだな、だがこれは仕方のない事だよ」


 とりあえず、なるべく早くストレス発散法を見付けたいとは思ってます。


 そんな風に考えながらの返答だったのだが、おじいちゃんはと言えば、何処かやり切れないような表情を浮かべ、懐から一冊の本を取り出した。


 「......そうか、これは餞別じゃ、受け取れ」


 そう言って、机の上にその本を置く。


 「......なんの本だね?」


 「召還魔法じゃよ。それで好きな幻獣を呼び出せばモフモフもナデナデもし放題、ストレスも少しは軽減されるじゃろ」


 なるほど、アニマルセラピーってヤツですね!

 私、実家で猫と犬を飼ってたからめっちゃ嬉しいかもしれない。


 「ほう...、有り難く頂こう」


 執事さんに視線をやると、早速その本を回収してくれた。


 時間に余裕が出来たらやってみようと思う。

 まあ、私に使えるか分からんけど、多分大丈夫だろう。 


 「うむ、そいじゃ、仕方なく帰るとするかの」


 そう言って、おじいちゃんはよっこいせ、等と呟きながら腰を上げた。


 「次は、来る前に分かるようにして欲しいな」


 淡々と告げてやれば、当のおじいちゃんは全く気にした様子も無く、ほっほっほ!と笑った。


 「案ずるでないわ。次来る時は使い魔のジェシーちゃんに手紙を持たせてやり取りして、そっから決めた時間きっちりに転移するわい」


 ジェシーちゃんが何なのか気になるけど、気にしないようにしとこうと思う。


 「それは有難い、此方も貴殿を持て成す準備が出来る」


 「ほっほっほ!あんまり過度な持て成しは困るんで、些細な感じが良いのう」


 「気にしなくて良い、どうせ非公式だろう?過度にしてしまえば何処からどう漏れるか分からん」

 「それもそうか。ほいじゃ、また来るわい」

 「あぁ、また会おう」


 そんなやり取りの後、私が別れの言葉を口にすると、おじいちゃんは掌の上に小さな光を灯した。

 それは段々と光量を増して、気が付けば目が眩みそうな程となる。


 「さらばじゃ!あ、言っとくけど、賢人ってワシより濃い奴多いからね!」


 眩い光が辺りに放射される中、おじいちゃんはそう言って笑ったように見えた。


 そして、その光が収まった時には既におじいちゃんの姿は無く、残ったのは、机の上で無残に食い散らかされたタンジャーの皮の残骸だけ。


 ていうかさ、...いま、すっごい気になる台詞を去り際にサラッと言われたんだけど、気のせいにして良いですか。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ