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完全にネタですが、ボーイズがラブっぽい感じな文章が出て来ます。苦手な方ご注意下さい。

 





 「ふむ、だがクリスティア、君が望むなら、本当に好いた者と結婚しても構わないと思うよ」


 空に昇っていた太陽が夕陽へと変わろうとしていく頃、姪っ子ちゃんに視線を送りながら、そう言ってみた。


 すると、キョトンとした顔で私を見る姪っ子ちゃん。


 まだ太陽はオレンジ色にすらなってないんだけど、なんていうのかな、現代で言う夕方になる前、夏の三時半とか、ほぼ昼と変わらないけどあと少しで夕方が来る、そんな頃である。


 駆け落ちとか、しても良いんだよ。

 だって憧れるよね、そういうの。とか思いながらの問いだったのだが

 しかし、当の姪っ子ちゃんはふるふると、首を横に振った。


 「そうはまいりませんわ、一族の顔に泥を塗るようなマネ、わたくしにはできませんもの」


 なんか真剣なお顔で否定されてしまいました。残念。


 ...女の子なんだから、少しくらいは夢見たって良いと思うんだけどなあ。

 まあ、でも、姪っ子ちゃんらしい、のかな。


 オーギュストさんの記憶は、プライベートだからあんまり詮索するつもりが無い、ので、姪っ子ちゃんの性格はまだイマイチ分かっていない。

 いや、さっきしたじゃん、ってツッコミはナシの方向で。

 あれは過去のオーギュストさんが悪い。


 ...しっかしなー。


 「...頑固な所は一体誰に似たのだろうね」


 この歳でそこまで貴族であろうとする必要無いと思うんだけど。


 「まあ!貴族らしいとおっしゃってくださいませ」

 「そうだな、良くも悪くも貴族らしい」


 子供なんだからもっと素直になって良いのに。


 ねえ、皆さんも思いません?

 だってこんなに可愛いんだよ?

 子供時代なんて今だけなんだよ?


 ...いや、待て、私誰に問いかけてんだ。

 うん、ちょっと落ち着こうか。


 「もう!ひどいわ、おじさまったら。

 あ...ところでおじさま、その膨大な魔力は一体どうなされたの?」


 拗ねたみたいに軽く頬を膨らませる姪っ子ちゃんが無駄に可愛いぞなんだこれ、美幼女は得だな、とか思って居たら、突然の質問に内心だけで面食らってしまった。


 えっ、魔力って他人からも分かるモノなんだ?

 いや、でもそうか、私が姪っ子ちゃんの魔力が分かるんだから、姪っ子ちゃんだって分かるかも知れないよね。

 オーギュストさんの能力とかそんなんかと思ってたわ。


 となると、これからは他人から見える魔力を少し隠蔽した方が良いような気がして来たぞ。

 あれ、でも周りにめっちゃ強い奴居るよ!って示せて好都合なのかな?

 ...あかん、何が正解か分からん、後で執事さんに相談しよう。そうしよう。


 とりあえず今は姪っ子ちゃんの質問に答える事にする。


 「...あぁ、これかね。どうやら私は一度死んだらしくてね。

 賢人となってしまったらしい」


 「......けん、じん?」


 告げた瞬間、ポカーンと、なんとも可愛らしく間抜けな表情で固まる姪っ子ちゃん。

 どうしようこの子可愛いなオイ。


 「どうかしたかね?」


 呼び掛けた瞬間、我に返った姪っ子ちゃんは、大興奮してものすごい勢いで捲し立て始めた。


 「まぁ...!なんてこと!なんて、なんて喜ばしいことでしょう!おじさまが!賢人!素晴らしいわ!」


 お、おう。

 そこまではしゃがれるとリアクションに困るな、どうしよう。

 ここは冷静に返しておくべきか?

 まあ、オーギュストさんのキャラを崩壊させる訳にも行かないしね。

 よし、冷静に冷静に。


 「そうかね?歳を取れなくなったのは少し残念なんだが」

 「あ...、もうしわけありません、おじさまのお気持ちも考えず...」


 結果、なんかめっちゃしょんぼりされてしまった。


 あれー、失敗したかな。

 仕方ない、ちょっとフォローしとこう。


 「...そんなに気にせずとも良いよ、私も不用意な発言をしてしまった。

 許してくれるかね?」


 「そんな!おじさまは悪くありませんわ!」

 「そう言って貰えるとは光栄だ。我が一族の姫はよほど寛大と見える」


 「まあ、おじさまったら...」


 私の言葉でか、さっきまで泣きそうになっていたのが嘘のように、ぽっ、と頬を赤らめ、その赤く染まった頬を隠すように両頬に手を当てながら、恥ずかしそうに視線を逸らす姪っ子ちゃん。


 なにこの可愛い生き物。


 なんでだろう、私、子供にこんなに好かれた事無いからこんなに可愛く見えるのかな。

 それともオーギュストさんの身体だからそう見えるのかな。

 もしそうだったらオーギュストさんをシバきたいな。うん。


 真剣にそんな事を考えたその時、ふと、姪っ子ちゃんの背後、壁際に控えていた侍女さんが一歩踏み出した。


 「クリスティアお嬢様、そろそろお時間にございます」


 どうやら、タイムリミットらしい。


 あー、そっか。

 まあそうだよね。よその家のお子様だもん。

 お家に帰らなきゃ駄目だよね。


 「まあ!もうそんな時間?嫌だわ、泊まってはダメなの?」


 拗ねたみたいな、納得いかない!というのがありありと分かる表情で、侍女さんに反論する姪っ子ちゃん。


 気持ちは嬉しいけど駄目だと思うよ。


 「そうはおっしゃいましても、奥様がお許しになったのはお見舞いにございます。残念ながら宿泊の許可は出ておりません...」


 何故か物凄く残念そうに眉根を寄せる侍女さん。

 そして、その様子を見てか姪っ子ちゃんは途端に落ち込み始めた。


 「そう...、そうよね。ごめんなさいリーナ。あなただって残念よね」

 「私の事はお気になさらず。宿泊の許可はまた後日もぎ取りましょう、お嬢様」

 「ええ、任せて!」


 張り切った様子で、グッと両手を握り締める姪っ子ちゃん。

 しかもなんかめっちゃ真剣で、決意を新たに旅立とうとする勇者みたいな表情だ。


 ツッコミ入れていいかな


 色々とどうした。


 「それではおじさま、わたくしはこれで失礼させていただきますわね」


 「ふむ、また来たまえ」


 「はい!」


 姪っ子ちゃんは元気なお返事をしたものの、ふと黙り込んで私の背後を見詰め始めた。


 「...どうかしたかね?」


 何?背後になんか居るの?

 幽霊?幽霊って殴れるかな、この身体。

 もし殴れたら最高だよね。


 怖くて振り返れないのを誤魔化す為にそんな事を考えていたら、溜息を吐きながら、姪っ子ちゃんは口を開いた。


 「いえ、執事がうらやましく感じてしまって...、お前はいいわね、おじさまと、いつもいっしょにいられるんですもの」


 あ、そっか、執事さんか私の背後に居たの。

 何だ良かっ......待って、いつの間に背後に来たの?

 さっきは私の視界に入る場所に居たよ?


 えっ、怖い。地味に怖い。


 「こればかりは執事の特権ですので、お譲りする事は出来かねます、申し訳ありません、クリスティアお嬢様」


 背後からドヤ顔してそうな執事さんの声が聞こえるんだけど気のせいかな。


 「まあ!もうしわけないと思うなら、もう少しもうしわけなさそうな顔くらいしたらどうなの」


 あっ、気のせいじゃないっぽい、姪っ子ちゃんが拗ねた。

 リスみたいに頬を膨らませてる可愛い。


 あかん、違う、そうじゃない、落ち着け私。


 「またしても申し訳ありませんお嬢様、これは普段からこの顔なのです」

 「もう!」


 とりあえず止めよう、このままじゃ姪っ子ちゃんが帰れない。


 「これクリスティア、あまりうちの執事を苛めないでくれないか?」

 「あ...ごめんなさい、おじさま」


 「アルフレードも、あまり姫をからかうんじゃない」

 「は、大変失礼致しました」


 よし、何とかなって良かった。


 ...つーかちょいちょいフツーに姪っ子ちゃんの事姫って呼んじゃうんだけど、何コレ。

 口からスルッとそんなキザなセリフ出て来るとかマジなんなの。

 どんだけだよオーギュストさんの阿呆。


 「ではおじさま、なごり惜しいですが、これで」

 「あぁ、気を付けて帰りたまえ」

 「はい!また来ますわ!」


 満面の笑顔の姪っ子ちゃんが抱き付いて来たので、好都合とばかりに頭を撫でておいた。

 物凄くサラサラで猫っ毛で、こういうのを絹みたい、って言うんだろう。

 撫で回したい衝動を抑えるのに必死でした。はい。




 そして、姪っ子ちゃんは馬車でガタゴトと帰って行った。

 見送りくらいしたかったけど、病み上がりを理由にその場解散となりました。

 でも、私賢人だから病み上がりが辛いとかそんなん無い筈なんだけど、もしかして忘れてんのかな?


 まあ、良いか。


 サラッと切り替えて、執事さんの案内の元、執務室へ戻る。


 着いてすぐ、体は座り慣れているのだろうが、私は馴染みの無いその席に腰を降ろして軽く息を吸った。


 さあ、やりますか。


 さっき机の上に置かれてたのは真っ白くて綺麗な紙だったけど、今は昨日散らばっていたのと同じ資料が、綺麗に並べられている。

 誰だか分からんけど、ありがとう。


 まあ、十中八九執事さんだと思うけど。


 いつやったんだ、っていうのは気にしない。

 気にしたら負けだと思う事にした。


 そんな事より昨日の続きだ。

 えーと、ここの数字がコレで、こうなって、よし、覚えてるね。


 オーギュストさんマジぱねぇっす。


 そんな事を考えながら、私は羽ペンを掴んだのだった。








 それから私は、執事さんが夕食に呼びに来るまで、ひたすら書類と格闘した。


 今までの全部だから、12年分を計算し直していく事になる。

 有り難い事に、暦や時間なんかは現代と同じ数え方だから違和感に困る事も無いのが救いだ。

 12✕12、プラスで今年、ついでに全部の政策の見直し、とか考えると結構な量だ。

 時間が掛かってしょうがないけど、やらなきゃいけない事だからね。頑張るしかない。


 ちなみに今日の夕食は、豚肉を胡椒ソースで味付けしたステーキと、根菜の入ったサラダ、ジャガイモっぽい何かのポタージュでした。


 初日と比べるとホントにちゃんと栄養面が考えられた食事で、とても美味しかったです。


 食事を終え、ふう、と一心地ついている時、執事さんが不意に声を掛けて来た。


 「旦那様」

 「どうした」


 なんだなんだ。

 この後また予定があるの?


 視線を向けると、どこか居心地の悪そうな表情が見えたような気がしたけど、それも一瞬。

 次にはさっきまでの表情は嘘だったみたいに、普段と変わらない執事さんが居た。


 マジなんなんだ、と思ったのも束の間、執事さんが口を開きながら、正しかった姿勢を更に正した。


 「捕まえたネズミなんですが...」


 ネズミ?そんなん出たの?

 てゆかわざわざ捕まえたんだ?


 「ふむ、処分したのか」


 「いえ、それが、旦那様と交渉したいと」

 「ほう?」


 えっ、この世界ネズミ喋るの?


 えっ、えっ?、めっちゃファンタジーじゃん!

 やだ見たい!めっちゃ見たい!


 「如何されますか」

 「...ふむ、話してみるか」


 「畏まりました、ご案内致します」

 「あぁ」


 ワクワクしながら席を立つ。


 そのまま執事さんの案内で暫く屋敷の中を歩き回り、入り組んだ廊下を進み辿り着いたのは、地下の薄暗い牢屋でした。


 ネズミならこんな暗い所にいて当たり前だよね、とか考えていたんだけど、檻の中に居たのは、今朝の黒ずくめのオッサンが一人。


 ...ネズミってこっちかい!


 いや、うん、そうだよね!

 そりゃそうだわ!ネズミ喋らないよ!馬鹿だな私!

 ちくしょう恥ずかしくなって来た。


 いや、一人で勝手に勘違いしてただけなんだけどさ。

 なんなら誰にも気付かれてないけどさ!


 でもなんか居た堪れないんだよ、うん。

 ちくしょう。


 「......それで、話とは一体なんだね?此方に益が無ければ、すぐにでも斬って捨ててやろう」


 腹いせとばかりに、檻の中でスマキ状態で転がされている黒ずくめのオッサンへと冷たい声音で言い放つ。


 そうだよ八つ当たりだよ!悪いか!


 ちなみにこのオッサン、顔が分からないように忍者みたいに黒い布で目出し帽みたいな感じに顔を隠している。

 うん、怪しいね。


 「物騒な事言わないでよ、交換条件って言ったら分かる?

 俺を助ける代わりに情報渡すからさ、それで勘弁して欲しいワケよ、駄目?」


 転がったまま緩く首を傾け、オッサンはそう尋ね返して来た。


 ...何コイツ、チャラい。


 声の感じからすると、多分年齢は30代前半、執事さんよりは少し若い感じがするけど、まぁオッサンはオッサンだよね。

 

 つーか、はいそうですか、と情報貰って帰せる訳が無いよ、こんな怪しい人。


 「それだけでは全く対価にならんな、当家はネズミには事欠かない。

 貴様が処分されようと次を持って来れば良いだけだ」


 「まあまあまあそう言わず!俺結構強いし使えるよ?なんならアンタに忠誠誓うからさ!」

 「信じられる要素が何一つ無いな」


 まずはそのチャラさを何とかして頂きたい。

 そんな軽く忠誠誓われても胡散臭いとしか思えないからね。


 「ひっどいなあ、諜報系で“灰銀”って言やあ裏の世界じゃ一番有名だよ?」


 知らんがな。


 「ふむ、その灰銀と貴様が同一である証拠でもあるのか?」


 「...アンタみたいなバケモノ相手に生きてる事が証拠にならない?」


 ほほう。


 「バケモノとは心外だな、よほど処分されたいとみえる」

 「あー!ごめんなさい!今のは失言でした!旦那は賢人並に強いって意味です!悪い意味じゃないよ!」


 体内の魔力を適当にグルグル回しながら言ったら、目に見えて焦った様子で捲し立てるオッサン。

 めちゃくちゃ慌てている。


 あ、どうしよう、なんか楽しくなって来た。


 「そうかね。どうでもいいな」


 グルグル回していた魔力を手の方へと持って行くと、オッサンは更に慌てた。


 「待って待って待って!証拠!証拠だよね!あるよ!ホラ!頭巾!頭巾取って!」


 スマキ状態のせいで自分の顔の布も取れないのだろう、慌てたようにビチビチと身体を跳ねさせて精一杯アピールするオッサン。


 引き上げられたばかりの新鮮な魚のような跳ねっぷりだ。

 この状態でこれだけ元気に跳ねられるんだから、余程身体能力が高いらしい。

 素晴らしい跳ねっぷりだね。


 でもプライド無いのかなこのオッサン。

 いや、めっちゃ面白いけど。


 暫く見てようかな、とか一瞬考えてしまったけど、あんまり意味が無い事に気付いて、とりあえず一緒に居た執事さんに視線を向ける。


 すると、空気を呼んで察してくれた執事さんがオッサンに近寄って、頭の布を取り払った。


 布の下からフワッと出て来たのは、執事さんの灰色の髪とは違う、夜の灯りでも分かる程の灰みがかった銀色の、ショートヘアくらいの長さの髪。


 「...ふむ、確かに見事な灰銀の髪だな」

 「でしょ!?あと他にも、証拠として、この目!見て!」


 言われて見れば瞳も髪と同じ色をしている事に気付く。

 なんとも不思議な色である。

 だって灰色なのに銀って分かるんだよ?、目の色なのに。

 不思議だね。


 ついでに見た彼の顔立ちは、運動の好きな好青年がそのまま歳取りました、みたいな、子供に好かれそうな先生って感じだった。

 休み時間に一緒になって遊んで、腰痛めて心配されたり、他の先生に怒られたりしてそうな、若干のくたびれた感と、大型犬っぽい雰囲気がある。


 イケメンか、と問われれば、まあ私なら、上の中くらいと返答するかな。

 一般人から見れば多分、イケメンの部類だろう。


 まあ、私の好みじゃないですけど。


 「......確かに灰銀だな、それだけか?」

 「まだあるよ!ホラ!魔力量!属性!視て!」


 まだ身体をビチビチと跳ねさせているが、とりあえず落ち着けと言いたい。

 まあ、面白いんだけど。


 一応、言われた通りに魔力量を見てやる事にする。

 えっと、どうやって見たっけ、イマイチよく分か...、いや、うん...意識しただけで分かるってマジで何なんだろう。


 魔力は結構高いのかな、姪っ子ちゃんより多いし。

 基準は、えっと、あ、普通の人って姪っ子ちゃんの半分くらいなのか。

 結構凄いなこのオッサン。

 ...自分がどのくらいかとかは今は考えないよ!


 「...............ふむ、まあ、確かに魔力量は高いな」


 あ、あと属性も見なきゃなんだよね、どうやって......あ、はい、これもオートですか。


 この属性は、こんな感じ、みたいな、なんかそんな感覚で自然と理解出来ているけど、どうやら本来はそれが分かる人は余り居ないらしい。

 オーギュストさんの知識にそう出て来たので、それが間違いじゃなければ正しいと思う。

 ...時間があれば、魔法や魔力について、本で調べるかな。


 とりあえず、そんな感じで理解した目の前のオッサンの属性なんだけど。


 「闇属性か。珍しいな」

 「でしょ!?」


 転がった体勢からぐいっと身体を起き上がらせて、私にアピールするオッサン。

 元気だな...、腹筋疲れそう。


 つーかどうやら闇属性は珍しいらしいよ。

 ついでに光属性も珍しいらしいよ。


 なんでかは分からないけど、まあ、知識にそうあるんだからそうなんだろう。

 ......うん、後でちゃんと調べようと思います。

 進んで知りたいとは思わないけど、知らないとおかしい一般常識だったら怖いもん。


 さて、どうしようかなこのオッサン。


 「証拠と言えるものはそれだけか?」


 静かにそれだけを尋ねながら、目の前に転がる男を見下ろす。

 すると彼は、何処か諦めたような目をして、息を吐いた。


 「...これ以上何が必要なのさ」


 その問いに、少し思案してみる。


 うーん。

 ごめん、分からん。


 ...でも、どうしよう、この人に対して、少し情が湧いてしまった。

 なんか大分強い奴みたいだし、だからこそ、その対応をどうするか、執事さんは私に委ねたんだろう。


 ...だけど、殺すとか、私にはまだ無理だ。


 殺人なんてテレビの中でしか見た事無いし、これだけ話して、久し振りに純粋な楽しい気分にさせてもらったのに、そんな事出来ない。


 ......出来る訳が無い。


 よし、決めた。


 この人の口車に乗るみたいでなんかアレだけど仕方ない。

 適当に情報貰って見逃そう。

 もし命を狙って来たら、その時は覚悟を決めて、ぶっ殺す。

 そうしよう、そんな感じで行こう。


 問題を後回しにしてる気がするけど、今はそれで良い。


 だって余裕無いもん。


 情報が足りない今、あんまりうかつな事出来ないけど、あとでなんとでもしてやる。

 決めたのは私だから、あとで困るのも私。

 他人も困るかもしれないけど、知った事じゃない。


 それに、私が強いっていう事は裏界隈で流して頂きたい。

 暗殺の心配が減るし。


 という方向で行きたいと思います。


 そして、私は口を開く。


 「......それで?」

 「へ?」


 静かに、そして何でも無い事のように問い掛けたら、なんか間抜けな顔でポカーンとされてしまった。


 ...そんな風に口開けられたら、その口に拳突っ込んでみたくなるな。


 そんな事を考えながら腕を組み換え、オッサンを見下ろす。


 「それで貴様はどうしたい?」

 「信じてくれるの!?」


 私の言葉を聞いて、オッサンが驚いたように跳ねた。


 あ、ダメだこの人やっぱり面白い。


 「...それは貴様の持っている情報次第だな」


 ドヤ顔になるのを堪えながらなんとか冷静に答えると、男は目に見えて嬉しそうな表情を浮かべた。

 効果音を付けるなら、パァッとか、ペカー!とか、そんな感じだろうか。


 「ありがとう旦那!もう一生付いてく!俺の全部捧げていい!」


 待って、その言い方は駄目だ。

 大分語弊がある。


 「全部は要らん」

 「なんでさ!」


 とりあえず拒否したら、なんか理解出来ない!みたいな表情で抗議されたんだが、貴方の思考が理解出来ないからね、私。

 オーギュストさんの身体だからか知らんけど、なんか物凄く気持ち悪いです。


 「私にソッチの趣味は無い」

 「えっ?」


 キッパリと言ってやれば、一瞬理解が追いつかなかったのかキョトンとした顔をしたあと、オッサンはみるみるうちに顔色を青くさせた。


 「違っ!俺にだって無いよ!そういう意味じゃないから!」


 理解したか、よし。


 「そろそろ本題に入ろうか」

 「無視しないで旦那!ホントにソッチの趣味無いから!違うから!誤解だから!」


 「喧しいな、早く話せ」

 「はい。」


 まだなんか喚いていたので見下ろしながらじっと見詰め、先を促したら、オッサンは真顔で素直な返事をしつつ転がったままピシッと真っ直ぐになった。


 うん、ちょっとすっきりした。


 「それで?」

 「ん、じゃあ言うよ。今回俺は、旦那の調査に来たんだ」


 改めて先を促せば、そんな返答が返って来た。


 なるほど、私が目的か。

 でもなんでだ?


 「...マヌケなメイドが一人、紛れ込んでたでしょ?アレが失敗したから、わざわざ俺が様子見に駆り出されたワケ」


 「ほう?」


 あぁ、メイドとしては半人前っぽかったあの人か。

 オーギュストさんの事恨んでたみたいだし、あの後どうなったのか、執事さんに丸投げしたから全然知らないけど、すぐに違う人を派遣するとかよっぽど気になったんだな、雇い主。

 情報がすぐに伝わったとこを考えると、あの時他にもネズミさんが居たんだろう。


 「あのマヌケなメイド、一応あの時の雇い主の手持ちの中で一番の実力者だったワケよ。

 それが失敗したから、次はそれより強いの出さなきゃいけない、ってワケで、伝家の宝刀級の俺が駆り出されたワケ」


 へえ、良く分からんけど様子見で更に強いの持って来るって、そんなに私を警戒してたのかな。

 あ、それか、報告したネズミさんが色々言ったのかもしれない。


 「なるほど、それで?」

 「......で、隠密しながら旦那の部屋に入ったら、寝てると思ったのに氷漬けにされて、捕まった」


 「ほう」


 私...寝ボケてたのかな...。

 いや、うん、朝起きて人が転がってたからなんかあったんだろうとは思ったけど、犯人私か。

 護衛とか、居ないっぽいもんなあ。


 ...オートで魔法使うとかちょっと危ないからなんとかしたいな...。

 あ、でも、丁度良いネズミさんホイホイ?


 「咄嗟に仮死の魔法使ってなんとか助かったけど、俺じゃなけりゃ凍死してたんじゃないかな、アレ」

 「なるほど」


 どんだけ強い魔法使ったんだ私。

 いかん、早急に使いこなす努力しなきゃ。

 寝てたら殺人してました、次は無いようにしたいです、とか全く笑えない。


 「ちなみに、俺の雇い主だけど...」


 そこまで言ってふと、黙り込むオッサン。

 そして、じっと私を見詰める。


 「どうした、早く言え」


 先を促したら、こてん、とオッサンが首を傾けた。


 「処分しない?」

 「よほど処分されたいとみえる」


 オッサンなのに可愛い仕草とか、お前、あざといな、シバきたくなる。

 ある程度のイケメンだからマシだけど、これで普通のオッサンだったら殴ってるわ。絶対。


 「あー!ごめんなさい!分かったよ、言うよ。

 ...俺の雇い主は、ラグズ・デュー・ラインバッハ、この国の宰相だ」


 私の言葉に慌てたのか、彼はまたビチビチと跳ねながら謝罪し、それから居住まいを正した。

 かと思えば、彼の口から出たそんな返答にちょっと疑わしげな視線を向けてしまった。


 それって、あの人だよね、あの、腹黒そうなおじちゃん。

 今はおじいちゃんかな。


 ...なんか、随分と大物だな。

 お陰で信憑性が消えたぞ、どうすんだオッサン。


 「.........ふむ、たとえそれが真実として、それを告げる事で貴様になんの得がある?」

 「戻ったってロクな事にならないじゃん。

 なら、死んだように見せ掛けて何処かでひっそり働いた方が何倍も得だよ」

 「ほう」


 まあ、言いたい事は分かる。


 「つーかあのジジイ、いくら高い金で雇ってるからってこき使い過ぎなんだよ、もーヤダよ俺、あんなとこで働くの。

 役に立たなかったら刺客放って始末とかさ、すぐに使い捨てんだよ?無いわー...」


 吐き捨てるみたいに冷たく言い放つ彼に、つい内心だけで驚いてしまった。


 そんな冷たい表情も出来るんですね。

 こういうので、世の女性はギャップ萌えとかしちゃうんだろうか。

 あ、そういや私も世の女性の内の一人だった。


 ギャップ萌え...しないな、なんでだろう。

 肉体の感覚に引き摺られてる、のかな?


 ...つーかさ、ラインバッハおじいちゃん、人望無いんだね。


 「まあそんなワケでさ、お願い旦那!俺を助けて!」


 またビチビチと跳ねながら、オッサンが私に懇願、...違うな、アピールだな、コレ。


 うん、えっと。


 「...命乞いにしては随分と軽いな」

 「.........まあ、仕方ないよ、相手が旦那だもん。

 普段相手してる貴族なら捕まるワケ無いし、もし捕まってもすぐに逃げ出せるからね」

 「ほう?」


 それってつまり、私が規格外という事か?

 失礼だな、シバきたくなるわ。


 内心そんな不穏な事を考えている私に気付く事無く、彼は自信有りげな表情で私を見上げた。


 「そりゃまあ、純粋な強さで言ったら“真紅”には負けるけど、実力は折り紙つきなワケよ。

 伊達に二つ名持ちじゃないんだぜ?俺ってば」


 「...なるほど」


 うん、知らんがな。


 あと、ドヤ顔腹立つ。


 まあ、すっ転がされたままだから物凄くシュールな光景ですけども。


 「まあ、つまり、そんな俺でも敵わない相手をわざわざ騙す程余裕無いし、なんなら助かりたいし、あわよくばお金も欲しい」


 真面目な顔で、そんな俗物的な事をキッパリと断言するオッサンに少しの親近感が湧いた。

 変に誤魔化されるより好感度高いよ、良いね、こういうノリ。


 「それで?」


 「ようは、旦那の為に頑張って働くから、見逃してくれない?っていう相談」


 またしても、こてん、と首を傾けながらのそんな言葉に、なんかイラッとした。


 あれ、おかしいな、ある程度のイケメンなオッサンなのに殴りたくなって来たぞ?なんでだ?好みじゃないから?


 「貴様のそれが偽りでない証拠や保証があるのかね?

 貴様の雇い主の策略という事もあり得るだろう」

 「何言ってんの旦那、アンタみたいなめちゃくちゃ強い奴敵に回して、一体何の得があるのさ。ヤダよまだ死にたくないもん。」


 真顔でそんな返答をされてしまって、なんか余計にイラッとした。


 つーか、考えないようにしてたけど私ってマジで規格外っぽい。

 なんだろう、ちょっと悲しくなって来た。


 「ふむ、ならばラインバッハ候爵の不正の証拠を幾つか持って来たまえ」


 「えっ、そんな簡単な仕事で良いの?」


 これならどうだ、と無理難題を突き付けたつもりだったんだけど、なんか拍子抜けしたような態度で驚かれてしまった。


 「ほう?」


 「見くびって貰っちゃ困るよ旦那。

 暗殺とかそういうのはともかく、調査や諜報は俺の専売特許、裏の世界じゃそれで俺に敵う奴なんて居やしないんだぜ?」


 ドヤ顔腹立つコイツ。


 ていうか随分と大きく出たなこのオッサン。

 そんなん出来るの?ホントに?

 ...まあ、出来なくても良いや、逃げる良い口実だろうし。


 「なるほど、ならば明日までに持って来たまえ」


 「了解、明日までに、だね」


 自信満々に了解の意を示すオッサン。


 うん、やっぱりドヤ顔腹立つ殴りたい。


 そんな事を内心だけで考えながら、執事さんに彼の拘束を解くよう指示し、素早く去って行く彼をそのまま見送る事にしたのだった。



 


 「旦那様、宜しいのですか?」


 静かな声音で、でも納得出来なかったらしい執事さんが私に尋ねる。


 うん、まあ、仕方ないよね。

 でも此処は理解して頂く他無いんだよな。


 「...捨て置け」

 「...理由をお伺いしても?」


 理由?

 理由かー、執事さんが納得出来るようなの、なんかあるかな。

 ...まあ良いや誤魔化そう。


 「...アレは、役に立つ」

 「...左様でございますか、不躾な事を申しました。申し訳御座いません」


 静かに、そしてキッパリと告げたら、何かを察してくれたのか、執事さんは納得したように頷いた。


 何に納得したのか分からないし、なんか勝手に色々想像されてそうな気がするけど、まあ、良いや!気にしない!


 「気にするな」


 執事さんを見ずに、それだけを答えた。

 


 さーて!戻って書類と格闘するかー!頑張るぞー!



 そんな現実逃避をしながら、また、執事さんの案内で執務室へと戻ったのだった。


 でもありがとう執事さん!あなたのお陰で迷子にならないよ!


ていうかコレ、ボーイズじゃないな。

どちらかというとメンズだわ。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  ていうかコレ、ボーイズじゃないな。 どちらかというとメンズだわ。  そうですね、どちらかというと任俠ものや時代劇もので見掛ける雰囲気のものですね。BLほど新しくはなく、女装男子ものほど…
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