山の向こう
「おい、起きんか!」
登山の疲労でぐっすり眠っていたレッカは翁に起こされる。
「お、おはようございます。」
「飯を食ったらすぐに出発するぞ、天気が悪い。屋根の修理もある今日中に戻りたい。」
二人は簡単な食事を終えると、洞窟の奥へと進んでいく。
「この洞窟、自然にできたものじゃない。」
「わかるのか?」
「えぇ、これだけの精度で加工されていれば、しかも本来はこの上に人工物で舗装されていた、それが経年劣化でなくなっている痕跡が見られる。だが、少なくともそれには数千年前はかかるが、このあなたたちの先祖はそんな技術があったのか、なのに何故?」
加工されている岩の隙間はカミソリ一つはいらない精度で可能されている。
彼らの今の暮らしから遥か昔にこんなことができたとは想像もできない技術レベルだ。
「この手のものは世界中どこにでもある。ただここほど綺麗に残っているものは少ない。さ、見えたぞい。」
翁が差した先には光が見える。
「ここらの山はろくに作物も育たん。元々帝に使えたこのワシがなぜ、こんな辺境の地で芝刈りばしとるか、それは他の者をこうしてこの山の向こうに立ち入らせんためじゃ。」
洞窟を抜けた先、その眼下に広がっていたのは灰色の霧と荒れ果てた人工物と思しき残骸。
元の形を想像することは難しいが、高度で広大な文明の残骸だ。
滅んだ高度文明の残骸、レッカはその景色に殲滅戦後の光景を重ね、悪寒を感じる。
「ここから降りれば先はだいたいこんなもんじゃ、どこまでも変わらない景色が続く。最も、見ての通り今は空気の淀みがここまで侵食して、迂闊に降りることはできん。幸い、この山脈は常に向こう側に風が吹いとるおかげでこれ以上侵食されることはないが」
「ここは一体何なんですか?」
「20年ほど前、地震で岩が崩れて、わしらはこの洞窟を見つけた。そしてほれ、あそこに見えるじゃろ、あの岩に掘られた紋章。あそこは岩じゃから朽ちておらん。
あれを見て、わしらの言い伝えがほんまのことじゃと思えた。
そう、おぬしのその服についとる紋章と同じじゃ。
大昔にあったとされる科学というもので栄えたヴァルシア。この山だけではない、その国はわしらの世界の何十倍も広く、この世界を支配しとった。じゃがある日、彼らは戦に負け、天へと帰り、そして残された彼らの都その姿を変え、世界は霧に飲み込まれたとな。」
その紋章、この建造物の特徴。目の前の事実が、レッカのありえないと拒絶した想像をことごとく肯定してく、彼はこの景色の本来あるべき姿を知っている。
「バカな!何を言っているんだ!いいですかヴァルシアは、」
レッカは必死に翁にヴァルシアがいかに偉大か、そして遥か昔に滅びるなどなどありえないなど、現状と翁の説を否定するための理由を、感情を荒らげながら次々並べる。
だが、そんなことに興味のない翁はまるで聞く気などない。
「満足したか?」
「満足?何の話ですか」
「目を見ればわかる。お前の頭は理解しとる、あとはお前の心の問題じゃ、否定してもなんにもならん。現実をどう受け入れるか、それだけじゃ、」
事実は事実。それに対して生じる感情は自分で処理しろ。レッカは自ら繰り返してきたその理論を、自ら実行できないでいる。
「違う!ありえない、俺はあなたの話が信用できないと言っているんです。どうしてこれが俺の知っているヴァルシアだと断言できるんです!なぜ俺が、信憑性のない伝承と、誰にでも作れる紋章で信じないといけないんですか。あなたの話は嘘、ただの空想だ。」
「何処へ行くつもりじゃ?」
「決まっています。あなたの嘘を証明します。事実を確かめに行くんです。ここからでは詳細は観察できない。目の前にあるこれが俺の知るヴァルシアの一部であるという証拠は何もない。近づけばすぐにボロが出る、すぐにあなたの嘘を証明してみせます」
「お前たちの国は死んでもなお、害を撒き散らす。昔はここまで霧が来ておらんかったし、ここまで濃くはなかった、今の状態であの霧を吸えば1日と持たず死ぬぞ。」
「関係ない、」
レッカは翁を無視し、山を降りていく。
「それに死んだところで、ヴァルシアがなければ俺の存在意義はない。」
次話1月31日18時