蛇の牙とその雫
獣人小説書くったー
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16RTされたら触手の生えた絶滅危惧種の獣人で調教する話を書きます。
より
あんまり泣くものだから、つい声をかけてしまった。
男が震えると、彼の先端からも粘稠な雫がぽたりと落ちる。その薄緑色の液体と、男の流した涙とで、石の床もそこに横たわる私の服もべちょべちょだった。その感覚から意識を背けたいのもあって、私は男の名を呼んだのだ。
冷ややかな光を放つ格子戸をくぐってここへ訪れた彼が、わざわざ律儀に名乗った時は恐怖でそれどころではなかったが、今思えばこの男こそ、最初からその身なりに似合わない青ざめた顔をしていたように思う。
私の声の何が恐ろしいのか、屈強な獣人種の男はその毛むくじゃらの巨躯を小刻みに震わせて後ずさった。
「な、名前。どうして、俺の、お前、名前……」
「……自分で名乗っていたもの」
「あ、ああ……そうか」
納得してもらえてよかった。ついでに泣き止んでくれると嬉しい。ここにくるまでに手荒く扱われ、今も床に転がされて決して清潔とは言い難い服だが、涙はまだしも謎の粘液で濡れるのはこれ以上は勘弁してもらいたい。男が涙を流すたび、彼の首にぐるぐると巻き付いた首のない蛇のようなものも、その先から涎のようにポタポタと、粘性の雫をこぼすのである。おかげで見下ろされている状態の襟首から袖にかけてはすっかり湿ってしまっていた。
男は不安そうに私を見下ろし、相変わらず涙を流し続けるばかりで、こちらに手を出すどころか怯えたように両目をさまよわせている。
「あなた、どうかしたの」
「……こ、怖い」
案外素直に言葉を吐き出す男に、少しだけ気を緩めて、「何が怖いの」と聞き返していた。縛られて、床に這い蹲るしかできない人間の女を、大の男が。
人さらいの一員相手に、自分でもばかなことを聞いていると思ったが、
「聞いて、くれるのか」
「……ええ」
男は未だ恐怖の焼き付いた瞳のまま、それでもわずかに警戒をといた様子で、たどたどしく語り始めた。
要約すると、こうだ。
男は故郷を焼かれ、その希少な毛色のために唯一生け捕りにされた挙句、人体実験の道具にされ、今ではその謎の触手に寄生されたままで不自由な生活を余儀なくされている。今も彼の残忍な主人の命令によって、『人間の女』を従順にさせるためにこの場へ来たが、彼自身もこの地下牢で非道な扱いを受け、とどまるだけで身が竦むのだと言う。つまりこの男は私にではなく、この場所そのものが恐ろしくて震えていたのである。
なんということだ。
私はすっかりこの男に同情した。
「私も同じ……」
「?」
「私も、さらわれてきたの。他のみんなは他の場所に捕まっていると思う」
父である村長を急な病で亡くしたばかりで、次に皆をまとめる者すら決まっていなかった時だった。襲撃者たちは手馴れた様子で歯向かう村人をその刃で切り捨て、無抵抗な者たちを一斉に縛り上げたのだ。ここへ来る道中は同じ馬車だったが、長の娘とわかると、一人だけ離され、地下牢に放り込まれてしまった。
知っている、と苦しげに顔を歪めた。私はつばを飲み込んで、男の目をまっすぐに見上げた。
「……ねえ、どうか助けてほしいの。あなたはこの建物にも詳しいんでしょう? 逃げ出す手助けをしてくれたら、私は憲兵をつれてここへ戻るわ。人間相手に……もちろん獣人種に対してだって、こんなこと、して良いわけがない」
私は男の目に光が宿るのを見逃さなかった。
これは賭けだ。もしもこんな提案を彼の主人に密告されたら、残忍な連中のことだ、もっと酷い目に遭わされる可能性だってある。ひょっとしたら、この獣人のように非人道的な実験の材料にされてしまうかもしれない。
けれど今は、これしか皆を救う手立てが思いつかなかった。
「……わかった」
「ああ、ああ、ありがとう! ありがとう!」
私の心からの感謝に、男は少しだけ照れくさそうに目を和ませた。村を襲った連中なんかより、この獣の方がよっぽど人間らしいとすら思った。
彼はかがみ込み、私の拘束を解きながら改めて自分の名を名乗ると、「お前は?」と柔らかい声でささやく。ちょうど首に当たった息がくすぐったくて身をちぢめながら、私は己の名を告げた。
男は「そうか」とつぶやくと、小さく笑ったようだった。それにわずかな違和感を感じたが、問いかけるよりも早く、男の声が私の名を呼ぶ。その瞬間、首筋に痛みが走った。まるで何かに噛み付かれたような鋭い牙のような感触に悲鳴を上げる間もなく、意識が急速に沈み込む。
「――あーあ、人間ってのはすぐ騙されるんだから」
そんな言葉をかろうじて耳が拾ったけれど、意味を考える猶予はなかった。
「いい加減こんな獣臭いのに巻き付いてるのも嫌なんだよねえ。どうせなら女のほうがいいや。別に美人ってわけじゃないけど、おっさんよりはずいぶんマシだし。……旦那にバレたら叱られちゃうかな」
赤くなった手首の縄目痕をさすりながら、横たわる男の体を靴の先で気の済むまで蹴り終えると、女は首に纏わせた『己自身』の先端を咥えて、未だ滴り落ちるその液体を吸い上げて飲み干した。「なじむなじむ」と満足げに両手を握りしめ、すっきりとした顔でため息をつく。
「……でもまあ、女が自由になればいいんだもんね。それは言われた通りだし、構わないよね。さあて、報告報告っと」
歩き出しかけて、今気づいたというように己の『涎』の染み付いた衣を脱ぎ捨てる。男の懐からつまみあげた鍵束をちゃりちゃりと鳴らしながら、軽快な足取りで女は地下を後にした。