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お嬢様は悩んでいた<1>

――ペラ、ペラ


 読書交流部の部室に、本のページをめくる音が響く。少し目が疲れたのかいったん顔を上げ、ついでに首を回す。そうしていると、窓の外の風景が目に入った。


「本日も晴天なり、と」


 広がるのは、雲一つない春の青空。空気を入れ替えようと窓に近づく。ガラッと勢いよく窓を開け放つと、柔らかな春の風が入り込んできた。


「……うーん!」


 背伸びをしながら深呼吸をする。都会ならではのガス臭さがあるのが、少しもったいない。


 窓枠に手を掛け、穏やかな表情で渋谷の街を望む。比較的ビジネス街に近いこの学校の周辺には、せかせかと先を急ぐ社会人が目立つ。そんなに急いで、果たして日本人はどこへ行こうというのか。もっと気持ちに余裕をもって、日々穏やかに生きていくべきじゃないだろうか?


「そうは思わないかい、裕也クン」

「……急にどうした?」


 本を読んでいた眼を上げ訝しげに僕を見る裕也に、考えを説明する。


「最近渋谷駅を行きかう人々を見て気づいたんだ。日本人は焦りすぎなんじゃないかってね。ほら、世界で最も働いているのは日本人だとか言うじゃないか。ここは一つその点を見直してだね、皆で穏やかに毎日を過ごすべきだと思うんだ」


 自信満々にそう告げると、なにか信じられないものを見たような目で裕也はこう言った。


「熱あるんじゃないか? さっさと帰れよ」

「日本人の幸せについて考えている僕に向かって、何たる言葉だ」


 これにはさすがの僕も憤然とする。


「どうせ、暇で暇でしかたないんだろう?」

「……まあ、否定はすまい」


 確かに、例の盗撮事件が起きた後、特に何も起きない平穏な日々を過ごしていたのは事実だ。そのせいで、おめでたい考えに至ってしまったという可能性はある。


「それじゃ、そんな紘一におもしろい情報を言おう」


 裕也が自分からこんな話をするなんて珍しい。よっぽどとっておきの情報なのだろうか? 窓際から離れ、一週間ぶりに部室にやってきた裕也の、向かいにある自分の席に座る。


「俺が体育委員になったのは知ってるよな」

「ああ」


 クラスでのじゃんけんに負けて渋々体育委員に裕也が就任したのは、まだ記憶に新しい。


「それで、昨日体育祭の話し合いがあったんだが、どうもこの学校の競技には綱引きが無いらしい」


 ……ん? 体育祭だって? 聞きなれないワードが出て来たぞ。そんな僕の困惑顔に気づき、裕也は呆れ顔になりながら補足の説明をしてくれた。


「ほら、再来週にあるだろ体育祭。新しいクラスに慣れるためにこんな時期にやってるらしいが、こっちとしてはいい迷惑だよ。十分に準備する余裕がないんだからな」


 そういえば、担任がそんな事を言ってたような気もする。


「充実した高校生活を目指してるなら、そのくらいの情報知っとけって」

「反省してまーす。それで、綱引きが無いってどういうことだよ」


 裕也はしかめっ面になりながらも口を開く。


「どういうこともなにも、そのままだ。体育倉庫に綱引きの綱は置いてあるんだが、競技はかれこれ八年程度前から廃止になったらしい」

「ふーん。危険だからとか?」

「さあ。ただ、騎馬戦はやるんだよ。それなのに綱引きがないってのはおかしくないか?」


 ……ふむ、確かに。


「よし、早速動くぞ。裕也、体育委員の顧問は誰だったか?」

「間中だが……。なんでそんなやる気なんだよ」

「この間の事件解決がたまたまだったと思われないように、ここらでもう一つ業績を作っておかないといけないからな!」


 そしてやがては、この部を『読書交流部』から『探偵部』に変えるのだ。

 決意を固め椅子から腰を浮かしかけた時、勢いよく扉が開いた。


 そこには、はぁはぁと荒い息を吐きながらこちらを見つめる美少女の姿。


「来栖、どうしたんだ?」


「あの、その、紘一、くん、はぁはぁ、つたえ、たいことが、あって」


「とりあえず息落ち着かせな」


 僕のその言葉に頷き、近くの椅子の腰を下ろして深呼吸をする。


「もう大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

「それで、急にどうしたんだ?」


 走ってこなければならないほどの急用があったのだろうか。


「これから、人が来るので相手をしてあげて!」


 ん? 人? 小さい子供の遊び相手になれという事?


「子どもは止めてほしいなあ。僕、苦手なんだ」

「子ども……? ああ、ちょっと言葉を省きすぎちゃったかな。E組の東雲ちゃんが来るんだ」

「東雲って、あの東雲か!?」


 裕也が驚いて声を少し荒げる。 


「うちの学年に東雲姓は一人のはずだよ」


 と答えるのは、最近僕の事を下の名前で呼ぶようになった来栖。そうはいっても僕が頼み込んで、下で呼ぶのはこの部室内限定にしてもらったが。


「ほう、そりゃまたすごい御方が……」

「……全然話の流れがつかめないんだが」


 もしかして、僕は噂とかに弱かったりする?


「東雲志乃。国会議員の娘さんだよ。由緒正しい家系で、財政界を筆頭とする色々な場所で顔が利くってもっぱらの話だ。ちなみに、伊豆にでかい別荘を持っているらしい」


 言われてみれば東雲とかいう国会議員はいたような気がするが……


「なんでお前そんなに情報持ってるんだよ。教室でもいつも隅で気配消してるだろ」

「逆に、気づかれにくすぎて色々話を近くで聞けるんだよ」


 褒めるべきなのかどうかは分からんが、意外な特技である。


「しかし、そんな有名人がなんでまたこの部に?」

「依頼なんだって」

「へぇ、依頼ね……。依頼だって!?」


 自分で言うのも何だが、いつからうちは探偵事務所になったのか。


「この間の事件のことを話したら――もちろん大部分は端折ってだけど――、ぜひ解決した人に会いたいって言われてね」

「はーなるほど」

「なんで、って聞いたら頼みたいことがあるらしいのよ。詳しくは紘一君の前で話すって言ってたんだけど……」

「ふむふむ」


 いい暇つぶしになりそうだし、無事依頼を解決した暁には僕の評判もうなぎ上りになるかもしれん。


「それで、もうすぐくるってことか。でも、なんで来栖はそんな急いでたのさ」

「ちょっとバスケ部のミーティングがあってね。それが終わるまではこれそうにないんだ。一応話通しとこうと思って急いできたんだけど……」


 時計をちらりと見ながら少し焦っている。


「了解した。その東雲さんとやらは丁重にお出迎えしよう」

「ありがとう、それじゃあよろしくね!」


 そう言うやいなや、来栖は小走りで部室を出て行ってしまった。


「忙しそうだなぁ」

「あぁ」


 身近な人物がああもせかせかしていると、こちらもなんだか落ち着かない気分になってくる。やっぱり、皆穏やかに日常を過ごすべきだ。そう結論をつけて、日本茶を淹れる準備をする。


「裕也、お前は机周りを片付けておいてくれ」

「了解。……って俺、部員じゃないんだけどな」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、机の上にちらばっている本を棚に戻していく。


「なあ、その東雲って子可愛いのか?」

「実際に見たことは無いが、噂によればそうらしいぞ」


 噂はあてにならんからな、あまり期待しないでおこう。

 お湯を一度湯呑にうつして少しの間冷まし、それを茶葉セット済みの急須に注ぐ。


「なんか以前より本格的になった上に、手慣れてるな」


 裕也がこちらを見ながらポツリとこぼす。人間は日々成長しているのだ。そりゃあ、一週間や二週間も毎日自分のためにお茶を淹れていれば、こうもなる。

 三十秒ほど急須を円を描くようにゆっくり回し、湯呑に均等に注いでいく。


「よし、完成」


 僕と裕也、二人分の煎茶を淹れ終え、東雲さんを迎える机に持って行く。


「とりあえず一息つくか」


 二人が一斉にお茶に手を伸ばす。……前に、部室のドアが開いた。


 ――ガチャ


 目を向けると、そこには黒髪の美少女がいた。


「こんにちは、東雲志乃と申します」


 真っ先に目を惹かれたのは、その腰まで流れる黒絹のような髪。それが彼女の清楚さを象徴している。改めて顔に目を向けると、眠たげな目と淡い微笑みがどこか儚さを醸し出していた。

 一言で表すと、和風美人。着物なんかが似合いそうだ。


「あぁ、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 雰囲気に押されて使いなれていない敬語を用いながら、椅子へと案内する。


「あぁ、どうもすいません」


 木製の椅子に、華麗に座る。彼女が椅子に座っている姿を見ると、なんだかちゃんとした椅子を用意せねばならないという気分に襲われるな。


「それで、北村さんというのはどちらの方でしょうか?」


「あ、僕です」


 その言葉に、僕は手を上げた。


「それじゃあ、あなたがあの事件の解決を?」


「ええ、まあ事件なんて大層なもんじゃな「本当にそうなの!?」……そ、そうですけど」


 僕のその肯定の言葉を聞くと同時に、彼女はバンと机を思い切り叩いて立ち上がった。

 その目は、心なしか眠たげな眼から釣り目に変わっていた。いや、実際にはあり得ないのだが、そう思ってしまうほどのオーラがその時の彼女にはあったのだ。


「あなたすごい! ボク、探偵とかそういうのに憧れてるの!」


 ……え?



* * *



「……コホン。失礼。どうも昔から、興奮するとああなってしまうようで」

「お、お気になさらず」


 あの後数秒間二人で見つめ合いながら固まっていたわけだが、東雲さんは顔を赤くしながら慌てて席に座りなおした。何となく居た堪れなくなったので裕也の分のお茶をすすめると、これまた華麗な動作で日本茶をすすり落ち着きを取り戻したようであった。


「それで、来栖からは東雲さんが依頼を持ってくると言われているんですが……」

「ええ。……これを話すには少し長話になってしまいそうなんですがよろしいですか?」


 頷く。


「ありがとうございます。そうですね……それじゃ、まずボ……私自身についてから、お話ししましょう。私は、古来から長く続いている東雲家に生まれてきました。東雲家の男は代々国のために務めなければならないという決まりがあって父や祖父は政治家をやっておりました。その影響で私は小さいころから、よく兄に連れられる形で父や祖父と懇意の方が開くパーティに出席していまして、そこで知り会ったのがとある外国人の女性の方です。ええと、私が八歳くらいの頃だったでしょうか」


 ふむ、立派な家に生まれるというのもなかなか大変そうだ。


「その方はとても日本語がお上手で、同じ読書という趣味を持っていたこともありすぐに打ち解けました。彼女は私の事を名前で、そして私は彼女の事をお姉ちゃんと呼んでいたほどで、周りの方々はそんな私たちを微笑ましく見守って下さっていたかと思います」


 東雲さんの口元には微笑みが浮かぶ。楽しい思い出だったのだろう。


「話を聞くと、彼女は高校一年生で私立渋谷高校という学校に通っていると仰っていました。小学二、三年生の私から見ると、高校生というのはそれはそれは大きい存在で、常に彼女の事を尊敬の眼差しで見ていました」


 ここでこの学校の名前が出るか。東雲さんが八歳の頃に外国人の方は高校一年生だったのだから、今はもう二十歳を過ぎているかもしれないな。


「その後パーティで会う機会はほとんど無かったのですが、最初にあった時に電話番号とメールアドレスを交換していて、よくメールでやり取りをしていました。そんな事が一年半弱続いていたんです」


 ほとんどメールのやりとりだけで一年半も親しい仲を続けるとは、相当相性が良かったのだろう。


「しかし、梅雨を抜けてそろそろ暑くなってきたという初夏のある日、彼女から衝撃的なメールが届きました。急に母国に戻ることとなったそうなのです。私は戸惑いそして悲しみましたが、何とか気を取り戻して、彼女の見送りのために空港へ行ってもいいかというお願いを母にしました。母は一瞬戸惑いましたが、最終的には了承してもらえました」


 母国に戻ることになった……? 海外から出張に来ていた人の娘だったのか?


「一週間後成田空港で、私は彼女と数か月ぶりの再会をしました。しかし私は何を喋ればいいのか分からず、彼女が気を利かせて話しかけてくれた事に頷くことしかできませんでした。そして、遂に彼女が日本から離れる時がやってきたのですが、それでも私は涙をこらえるので精一杯でした。そんな私に彼女は頭をなでながらこういったのです」


 部室に一瞬静寂が落ちる。


「『あなたはこの先自分で決めることができないことがたくさんあるかもしれない。それを乗り越えるのも受け入れるのもあなた次第。やりたいことをやりなさい』と。彼女は乗り越えられたのかどうか、そう質問しても首を振るだけです。そういえばと思って今更ながら帰国の理由を聞いてもみたのですが、それにも首を振るのみ。最後に、バイバイといいながらトランクを運ぶ姿は、なんだか寂しげだったのを覚えています」


 そう言い切ると、またもや東雲さんの目は心なしか釣り目に変わり僕をまっすぐ射抜いてくる。


「ボ……私は、どうしても彼女の事が気になって、後を追ってこの学校に入学してきました!」


 ――バン


 またしても東雲さんは机を叩いて、今度は僕の方に前のめりになってこう言った。


「北村さん! なんとかして、この謎を解いてくれないでしょうか!?」

「ごめん、話し進んで……る……?」


 扉を開けて入ってきた来栖は、僕に向かって前のめりになっている東雲さんと椅子を少し引いて体を反らせている僕を見て目を白黒させた。


「……なにやってるの?」

「えーと、探偵が興奮した依頼人に詰め寄られている図?」


 裕也が隣ではぁとため息をつく音が聞こえた。



* * *



「なるほどね」


 東雲さんの説明に来栖が頷く。どうやら話がひと段落したようなので、気になっていたことを聞いてみる。


「しかし、東雲さんはお淑やか系のキャラなのかボクっ娘系キャラなのか……」


 もしくはギャップ萌えを狙っているのか。


「どうも学校に来ると気が抜けてしまうようで……。少し興奮してしまうと素が出てしまうんです」


 ちなみに一人称は兄譲りです、とニッコリして付け足す東雲さん。それより、『ボク』の方が素という事に驚きだ。


「この部室では話しやすい方で喋っていいんじゃない? ねえ?」


 来栖にそう言われて、僕と裕也はこくこくと頷く。東雲さんは僕たちと来栖を交互に見ていたが、やがて決心したようにひとつ頷いた。


「じゃあ、そうさせてもらうよ。でも、ボクっっていうのはさすがに恥ずかしいから自分の事は私っていうね」


 そう言ってはにかむ姿にキュンとしてしまった。恋か、これが恋なのか!? そんなことを思っていると、来栖が僕に歩み寄ってきた。……なんで怒ってるの?


「それで紘一、謎は解けそう? 紘一の考えを教えてよ、ねえ紘一?」


 部外者がいるのになんで僕の名前を連呼するんだ!? そんな非難を込めた目で来栖を見ると、なぜか無言の不満顔が返ってきた。


「えーと、二人はそういう関係なの?」

「そのうちなるんじゃないですかね?」


 おい裕也、てきとうな返事をするんじゃない。


「それで紘一、実際どうなんだ? 依頼、受けるのか?」


 そう言われて東雲さんがここに来た本来の理由を思い出す。……うぅむ。


「そもそも、僕たちは何を依頼されてるんだ」

「おい紘一、ちゃんと話聞いとけよ。依頼内容は……あれ?」


 そういって自分の手元にあった紙をペラペラとめくる。ちゃんとメモをとっていたとは偉いな。


「……なんだろう?」


 裕也が困った顔で東雲さんを見る。


「えーっと。そうだ、なんでお姉ちゃん……メグが日本を離れなければならなかったのか、でどうかな?」


 質問されても困る。


「じゃあ、その依頼内容を達成するために動きます」

「え、受けてくれるの?」

「もちろん」


 失敗しても責められはしないだろう、という事を考えるとこの依頼を受けて損は無いはずだ。


「ただ、少し質問させてくれ。裕也、そのメモちょっと貸して」


 裕也のメモを見て、質問したい事をまとめる。


「それじゃあ早速。その外国人の方の名前はメグでいいんですよね?」

「うん。ただ、ラストネームは分からない」

「それでは、その方の母国はどこですか?」


 東雲さんは考えこむ。この答えによっては依頼が相当難しくなるのだが。


「……ごめん。ただ、英語は喋れたみたいだよ」


 さすがにそれじゃあアメリカ人だと断定はできないな。


「では、メグさんもしくはそのご一家の仕事などは分かりませんか?」

「ごめん、分からない」

「親御さんに聞いてみるというのは……」

「それはちょっと難しいかな。そもそも母と父は、私がこの学校に入学すること自体反対だったんだよ。それを何とか『ここの校長とコネクションを作るため』という理由で許可してもらったんだ」


 今そのメグさんの事を露骨に蒸し返すと、東雲さんの立場が悪くなるという事か。


「では、メグさんから帰国の旨のメールを受け取る前、なにか様子がおかしいという事は有りませんでしたか」

「確かメールが数週間ほど途絶えていたと思うけど、どちらも忙しかったからそんな珍しい事でもなかったかな」

「最後に、メグさんについてなんでもいいので教えてください」

「金髪で碧眼の白人だったかな。この学校では何かの部活に入ってたと言ってたけど詳しくは知らない。それと……あともう一つ」


 これは言うべきかどうかわからないんだけど、と前置きをする。


「最後に空港で本をもらったんだ。タイトルは『カラマーゾフの兄弟』。私は当時小学校中学年だったことを考えると、すごいチョイスよね。それまでは私の年齢にあった本を紹介してくれてたんだけど」


 ……なにか『カラマーゾフの兄弟』にメッセージが隠されていたのか?


「その本、今でも持ってます?」

「ええ、なんなら貸した方がいいかな」

「ぜひ。何かヒントがあるかもしれないので」


 他に聞くことは特にないかな。……となると、とんでもなく情報が少ないな。まずはこの学校から調べていくしかないか。


「ありがとうございました。調査を開始したいと思います」

「よろしくお願いします」


 わざわざ椅子から立ち上がってペコリとお辞儀をしてくれる。


「それじゃあ、先に失礼するね」


 東雲さんは、もういちどお辞儀をすると部室から出て行った。

 それを確認して、改めて三人分のお茶を用意する。


「……いい子だなぁ」


 ポツリとそんな言葉が口からついてでた。


「そうだろうがこの依頼はだいぶ難しいぞ、紘一」

「まあ出来る限りの事はしよう。その代わり、綱引きの件の調査は後回しになったけどね」

「綱引き?」


 来栖が首をかしげる。


「うん。どうもうちの学校の体育祭には綱引きが無いらしいんだ」

「へー、珍しいね」


 余裕が出来たら間中教諭にでも聞いてみるか。


「それじゃあ、明日から行動を開始する。僕は職員室に行って情報を集めたり、生徒会に行ってこの学校の過去十年ほどの名簿を借りてくる。裕也は東雲家についての情報を集めてくれ。十七時に、再度ここ集合だ」

「了解」


 部員でもないのに文句も言わず協力してくれるとは、やはりいいやつだ。

 友人の大切さを噛みしめていると、来栖からトントンと肩を叩かれた。


「私は?」


 え、やる気なの? なんて聞いたら殺されそうだったので何事も無いかのように告げる。


「その人脈を活かして、メグさんについて聞き込みをしてくれ。ただ、あんまり目立たないようにね」

「はーい」


 三人もいれば調査も進みそうだ。……これがフラグにならないように祈ることにしようかな。そんなことを想いながら三人分のお茶を机に運ぶ。


「どうぞ」

「いただきます」


 裕也は何も言わずにずずっと啜る。裕也の分のお茶を東雲さんに渡してしまったので、喉が渇いていたのだろう。


「……うまいなこれ」


 おいしい、と来栖も続く。


「よし、それじゃあ二件目の事件解決を目指して乾杯をしよう!」

「もう飲み始めちゃったよ……」

「大丈夫大丈夫! それでは、乾杯!」

「「かんぱーい」」


 ゴン、と鈍い音が読書交流部部室に響いたのであった。



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