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健康診断は面倒くさい<1>

 ベッドがもぞもぞと動くのを感じ、意識が少しばかり覚醒する。


「ほら起きて、あ・な・た」


 重いまぶたをなんとかこじあけると、そこに見えるのは僕に馬乗りになっている美少女。じっと見ていると吸い込まれそうになる深く清らかな黒色の瞳が、とても美しい。来ているパジャマはボタンが少し外れてしまっていて、大きく膨らんでいる胸のほとんどをさらけ出してしまっていた。


「もう、どこ見てるの。……もしかして、まだぼーっとしてるのかしら。ほら、目覚めのキスよ」


 唇を突き出して顔を近づけてくる美少女。僕もそれに応えようと唇を突き出す。彼女との距離は徐々に狭まっていき、そしてついに――――


「ってんなわけあるかぁ!!」

「ぐえっ!」


 渾身の右アッパーがその子のお腹に直撃し、彼女は千年の恋も冷めるようなうめき声を出す。


「ちょっと、何するのよ!」

「それはこっちのセリフだ! こんな朝っぱらから何をやってるんだよ、結海!」


 北村結海。訳あって僕と同居している、従姉である。顔もまあかわいい方だし、そのフレンドリーさから男女を通して友達も多い。そしてさらに、結海は現役東大生だ。……にもかかわらず、家ではいつもこんなありさまなのである。


「年齢的には下なのに、なんで僕が叱ってんだよ」

「ちょっと、女性に対して年齢の発言は失礼よ!」

「結海の行動の方が失礼だよ!」


 毎朝こうされると、胸チラのサービスがあるとはいえ流石に疲れる。


「はぁ、制服に着替えるから部屋から出てってよ」

「ついに紘一も反抗期になってしまったの……!?」

「そういうのいいから! しっしっ」


 手で追い払うジェスチャーをすると、結海はニヤニヤしながらも部屋を出て行った。


「さて、と」


 ひとまず真っ裸になる。最近運動をしてなかったせいで何となく筋力が落ちている気がするが、高校では体育会系の部活に入る気はあまりない。鼻歌を歌いながらワイシャツに袖を通そ……うとしたところで、結海が出て行ったはずの扉がガチャっと開いた。もちろん僕は反応出来ずに、全裸のまま棒立ち。しかし結海はまるで気にすることなく口を開いた。


「そうだ紘一、今日の朝、残念なことにあんまりアレが元気じゃなかったけど、朝ごはんにニンニク入れとこっか?」

「余計なお世話だよっ!!」


 今日もうちの従姉は、残念なことに絶好調だった。



* * *



 諸々の準備を終えて1階に降りると、キッチンからいい匂いが漂ってくる。


 まだ朝食の用意はできていないようなので、リビングのソファに座ってニュース番組を見る。


「紘一、何か朝ごはんリクエストあるー?」

「いや、任せるよ」


 僕も結海も、それぞれ両親が海外に出張してしまっているため家事などを一人でやらねばならない。二人とも家事は一通りできるため、料理、洗濯、掃除等々それぞれシフト制になっている。

 

 しかし何を思ったのか両親は僕の今後の生活を不安がり、海外出張の前の置き土産にと結海を家に連れてきた。


『結海ちゃんのご両親もアメリカに出張でな、当分帰ってこれないみたいなんだ。女の子の一人暮らしは危ないからな、紘一と一緒に暮らすことになった。だから紘一、迷惑をかけないようにな』

『いえいえ、私こそ紘一クンに迷惑をかけてしまいそうで……。紘一クン、これからよろしくおねがいしますね』

『あら、やっぱり結海ちゃんはしっかりした子ねー! これで安心してアメリカに行けるわ』



 そういって、両親は海外へ飛び立った。結海の真の姿に気づかないまま。

 ――――お父さん、お母さん。言いつけどおり結海に迷惑はかけていないつもりですが、今僕は結海にとても迷惑をかけられています。


 この想いよ届けとばかりに、ぼんやり外を眺めていると、キッチンにいる結海から声がかかった。


「大体昨日の残り物だけど、出来たわよー」


 ダイニングに移り、椅子に座る僕の前に置かれたのは、ガーリックライス、ウナギ、それと玉子が入っているスープに納豆であった。

ちなみに僕が作るときは、朝食はパンがメインの時が多かったりする。別にパンが好きなわけでもないんだが。


 対面に座る姉の所には、白米と納豆が置かれた。……それだけ?


「それじゃ、いただきましょうか!」

「ちょっと待って。僕と比べて明らかに量少ないけど、足りるの?」

「足りてないのは紘一だから、大丈夫よ」

「え?」


 そんなにがっつり食べる方ではないので、朝食からこの量は正直ちょっとキツイぐらいなのだが。


「はい、手と手を合わせて。いただきまーす!」

「……いただきまーす」


 完食できるか否か不安に思いながら、手始めにとスープに口をつけてみる。


「ん? 玉子とネギとあともう一つ、何か入ってるな」

「ああ、それは山芋よ」


 へー。ついに、何もしなくても美少女だった我が従姉も美容に目覚めたか。……と思ったけれど、結海の朝食にスープはないんだった。じゃあ何故山芋?


「ほら、早く食べなさい」


 納豆とご飯を組み合わせて納豆ごはんとして食べている結海は、もう半分近く食べ終わっている。急がねば。


「……それにしても、ごはんのお供が少しばかり多すぎじゃない?」


 しかもそのご飯も、白米ではなくガーリックライスだし。


「そういわれてもねぇ。でも、キチンと全部食べなさいよ」


 ほう、たまには結海も良い事を言う。食べ残しはもったいないからな。……いや待てよ。ニンニクに山芋、ウナギ、さらには納豆。まさかこの組み合わせは……!


「そうしないと、いざという時にいっぱい出せないじゃない!」

「……あえて、何がとは聞かないでおこう」


 答えを聞くと、一発拳をいれちゃいそうだから……



* * *



 春と言えば、なんだろう。出会いの季節か、はたまた花見の季節か。少なくとも、入学式シーズンだということは疑いようがないかと思う。僕自身、この春に私立渋谷高校の入学式に新入生として出席した。

 つまり僕は晴れて高校生になったという訳で、今まで通学に電車を使っていなかった僕にとって朝の通勤ラッシュというものは、まあそれを苦と思わないほどには新鮮に感じていた。しかし何事にも限度というものがある。一週間たつ頃にはもううんざりだった。しかしそんな僕に救いの神は現れた。


「おはよ、祐也」

「おう」


 僕と同じ駅からクラスメイトが通学していたのだ。彼の名は大崎裕也。渋谷高校では唯一の同じ中学校出身ということもあり、毎朝彼と一緒に通学しているのである。


 ドアが閉まり、電車がゆっくりと進み始める。京王井の頭線にしては珍しく、まだ終点まで何駅もあるのに既に満員電車となっていた。


 つり革に捕まりながら電車に揺られる。


「裕也って、姉か歳が近い女の従姉っていたっけ?」

「ああ、どっちもいるが」

「じゃあさ。その人たち、朝から裕也にキスしようとしてくる?」


 小声でいったはずのその言葉は満員電車の特有の沈黙の中思いのほか響いてしまったらしく、何人かがこちらに顔を向けた。もしかしたら、弟をお持ちの女性と姉をお持ちの男性かもしれない。


「もうちょっと静かにしろ」


 周りの目を気にしながら裕也が怒る。


「それで、どうなんだ?」


 声を抑え気味にして改めて聞くと、裕也はため息を一つつき、答えた。


「そんなことするわけないだろう」

「あ、やっぱり?」


 下ネタの権化こと、うちの従姉が異常なだけか。


「それとも何か? 紘一はそんなことされてんのか?」

「い、いやぁ、まさか!」


 結海の事が知れたら、僕にとってそれはもはやちょっとした恥だ。うん、黙っておこう。

 僕の否定の言葉が白々しかったのか、ジト目でこちらを見る裕也。この話題から離れたいので、さっさと話をそらす。


「それにしても、どうしてそんなに裕也は目立つのが嫌いなんだよ。中学の頃なんて、正義のヒーロー見参! みたいな感じだったでしょ」


 自分で言っていて訳がわからないが、まあまさに「ヒーロー見参!」だったのだ。クラスにいた不良だとかそれとつるんでいた地元のヤンキーだとかの溜まり場に颯爽と現れ、美辞麗句を並べて真人間に戻るよう説得していたらしい。そしてそれが不可能だった場合は、武力で脅していたとも聞いている。まあそういう奴らは言葉で説得なんぞ出来るわけがないので、結局は毎回武力制裁だったに違いない。


 どこが正義の味方なんだよ、と思わなくもないが、学校側はそんな彼に対して特に罰しなかった。まあ、それも当然だ。自分達が扱いに手こずっている不良達を一発殴って大人しくさせてくれるんだからね。


「俺にも色々とあったのさ。それに紘一だって、中学時代の頃はそんなキャラじゃなかっただろう」


 そう指摘されると、答えに詰まる。話題のそらし方を間違ったかもしれない。


「まあ、二人とも色々とあるってことだね。そしてそれぞれの目的のために、僕らは友人なんじゃないか」


 裕也は笑みをこぼす。


「ああ、全く全くその通りだよ」


 なんか中二病みたいだなあと思わなくもないが、その後は特に会話らしい会話も無く、やがて電車は渋谷駅のホームへとすべりこんだ。



* * *



 さて、今日は授業は無く丸一日健康診断に使うことになっているのだが、待ち時間が相当長いらしい。

 僕には話し相手として出席番号が1つ前の裕也がいるので、暇を持て余すことはないけれど、いやな時間だ。


 担任を先頭に、ゾロゾロと廊下を移動する僕達1年C組。特にやることもないので、改めて今日配られたプリントに目を通してみる。


『健康診断のお知らせです。今年も例年と同じく、各クラスによって受ける診断の順番が変わっています。以下の通りに診察を受け、混乱しないように注意しましょう。』


 その文の下には3学年分の――1学年あたり5クラスだから、全15クラス分である――コースが記載されてある。


「にしても、この健康診断のシステムは素晴らしいね。校内の色々な場所に検査器具を配置して、高1・高2・高3それぞれのクラスが別のコースを通って健康診断を行う。これじゃ、混むなんてことはそうそう起こらないはずさ。僕達高1は、特別教室の場所を覚える事もできるし」


 身長・体重測定が行われている体育館の長蛇の列を尻目に、僕は裕也に話しかける。


「……紘一、他人事じゃないぜ。俺らだってこの最後尾に並ぶことになる」

「え? 次って男女別れての心電図検査じゃなかったっけ? おいおい、勘弁してくれよ……」


 大袈裟に天を仰いでいると、後ろの生徒から声がかかった。


「まあ仕方ないよ。心電図検査の教室が使えなくなって、今ちょっと混乱してるみたいなの」


 聞き覚えがある声だな、と思いながら振り返る。最初に目に入ったのは、その整った顔の中でも存在感を放つくりくりっとした目。自身の活発さを形容しているかのような黒髪のショートカット。視線を少し下に向けると、結海には少し及ばないが高校一年生にしてはボリューム感のある胸がぼよんと弾んだような気がした。

 彼女の魅力は瞬く間に学年に広がり、わずか一週間でファンクラブが結成されたという程。男子だけではなく女子からの人気も高く、ファンクラブメンバーは女子にまで広がっているという。僕たちに話しかけてきたのは、そんな私立渋谷高校一年生のアイドル来栖美月だった。


 僕が北村姓でよかったと思う時が、出席番号が一つ後ろの来栖さんに話しかけられる時である。ちなみに、会話の発端をこちらから作ろうとするとファンクラブからの制裁が待っているそうだ。触らぬ神に祟りなしである。


「えと、教室が使えないってどういうことなの来栖さん?」


 北村家に生んでくれてありがとう、と親に感謝しながら来栖さんに問う。

 しかし、僕の言葉を聞いた来栖さんは急に不機嫌な様子になった。


「来栖さん……ねぇ」


 ジトっとした目で見つめられる。話すたびに毎回これだ。どうも呼び方が気に入らないらしいが、僕にどうしろというんだ。

こんなに積極的に来られると女性経験のない僕はその気になっちゃいそうなんだが。

 内心で首をひねっている僕を余所に、来栖さんはぐいっと僕に身体を近づけて怒る。そんなこと言われても……って近い近い!


「ま、まあ落ち着いてよ……」


 それにしても、何故僕だけこうなるのか。面識あったかなぁ?


「うーん、まあ仕方ないと言えば仕方ないんだけど少しショックだなあ」

「え? やっぱり僕って来栖さんとどこかで会ったことある?」

「ああいやいや、こっちの話」


 必死に過去の記憶を遡ってみるがまるでヒットしない。こんなかわいい子の事を忘れるなんて、まずあり得ないはずなんだけど。


「せめてさ、来栖って呼び捨てにしてよ。私が落ち着かなくってさ」

「いやでも……」


 誰にでも気軽に話しかける来栖さんとはいえ、男子から呼び捨てにされてるなんて聞いたことがない。

ファンクラブにボコされたくはないので否定のセリフを口にしようとすると、来栖さんの表情が変化する。これは、涙ぐみながらの上目使い……!


「だめ……だよね……」

「任せてくれ」


 気付いたらそう答えてしまっていた。


「良かった!」


 先程までの涙ぐんでいた来栖さん……いや、来栖はどこへ行ったのか、もうケロッとしている。女って怖い。それ以上に、来栖ファンクラブメンバーからの殺気がヤバい。


「なあ裕也、闇討ち対策ってなにしたらいいかな?」

「知らん、勝手に闇討ちされてろ」

「ひどい!」


 友人がどうなってもいいというのか!


「それより紘一、話戻そうぜ」

「あー、そういやそうだった。来栖、心電図検査の教室が使えないってどういうことなのさ」


 来栖は満足そうに頷きながら、自身の人差し指を一本立てて解説してくれた。


「私は保健委員だから知ってるんだけど、さっきトラブルがあって女子の心電図検査をやってた教室が使えなくなっちゃったんだって。それで、他の教室でやろうとしたらしいんだけど、健康診断で空きの教室が無いらしくてさ」

「しょうがないからルート変更ってことか」


 なるほど。機材が壊れでもしたのだろうか。

 そのトラブルとやらについて推測している僕の隣で、祐也は首を傾げて質問する。


「どっか別の教室を少し借りたりできなかったのか?」


 来栖は首をかしげながらその質問に答える。


「うーん。心電図検査以外の健康診断は全部男女同じ部屋なんだよね。それで、この検査って上半身裸になるから、男子がいる所でやりたくないっていう女の子への、配慮なんじゃないかな。それに、あの機械って設置するのに時間かかるんだよね。面倒くさくなっちゃんたんじゃない?」


 ははっ、と快活な笑顔を浮かべる彼女に癒される。さすが、ファンクラブが作られるだけの事はあるぜ。


 しかし、彼女は浮かない顔で一言言い足した。


「……でも、教室が使えなくなるほどのトラブルって何だろうね」


 そうか。検査用の機械が使えなくなるだけならば、その教室自体は使用可能なはずだ。つまり。機械が壊れたという原因は間違っている。


「来栖、念のため聞くんだけど、機械が壊れたってことはないんだよね?」

「うん。それに、もし壊れていたとしても予備の物があるから、検査を続けることはできるよ」


 ならば、仮説その2.教室が使えないというのは、その教室自体が使用不可になったということではなく、検査が行えなくなったというニュアンスのみを含んでいて、つまり言葉の綾だったというオチ。


「本当に、『教室自体が使えなくなった』って言われたの?」

「機材は大丈夫なんだけど教室には入れなくなっちゃった、って委員会の先輩が言ってたよ」


 仮説その2も却下。うんうん唸っていると、体育館の長蛇の列の先頭がちらりと見えた。……この様子じゃあ、あと30分はかかるだろうな。幸いにも、考える時間は腐るほどある。少しの沈黙の後、最初に発言したのは意外にも裕也だった。


「その教室の中で、乱闘騒ぎがあったっていうのはどうだ。教師側からしたら検査どころじゃないだろう」

「……ちゃんと考えてたんだ」

「……失礼な」

「ごめんごめん。でもさ、その仮説は間違ってるよ。だって、教師は乱闘騒ぎを起こした人物を職員室なり生徒指導室なりに連行していけばいいだけじゃん」

「なら、乱闘騒ぎの途中で機材が壊れたとしたら……」

「さっき来栖が言ってたろ。教室に入れないだけで機材は大丈夫だって」


 裕也は口を歪ませ、また考え込み始めた。


「でも、あながち裕也の仮説も間違っては無いかもしれない。来栖と話した委員会の先輩の言っていることが正しいとは限らないからね。その先輩が嘘をついたということではなく、。元々の情報源、つまり教師がデマを流した可能性があるってこと」


 そうなると、前提条件が崩れて裕也の仮説の信憑性は多少高まるが。


「うーん、違うと思うな。その先輩、実際に教室に行ってみて近くにいた人に聞いてみたらしいんだけど、特になんの騒ぎも無かったんだって。それなのに急に追い出されたっていうから皆不思議がってたとも言ってたかな」


 ううむ、これで裕也の仮説はまずありえないだろう。

 しかし、これで振り出しに戻ったことになる。案外単純に、医者の人がお腹痛くなっただけだったりして。そんな風に半分思考を停止させていると、クラスメイトの、生徒会役員でもある和田がこちらに近づいてきた。くそ、このイケメンめ、あっち行ってろ!


 しかし、僕のその睨みには全く動じず和田はついに話しかけてきた。


「何話してるの?」


 後ろ見ろー。ただでさえ僕のせいで殺気立ってた連中がさらにひどいことになってんぞ。来栖に話しかけてはいけないのは暗黙の了解だろうに。


「女子が心電図検査するはずの部屋が使えなくなっちゃったんだけど、その理由を考えてたのよ」


 ね! とこちらを見て快活な笑みを浮かべる姿は正に天使。今まであまり女子と会話をしてこなかった僕にはキツすぎる。適当に返事をしながら目を逸らすと、和田の顔が視界に入った。……ん?。なんか挙動がおかしいような。


「和田、なんかあった?」


 僕のその言葉に、今まで黙って考え込んでいた祐也も顔を上げる。


「うん? 体調でも悪いの、和田君? 保健室に行った方が良く? 付き添おうか?」


 痛い、和田を睨む視線が痛い。もう視線だけで人を殺せそうな奴が何人もいるぞ。

 彼の受け答えの如何によっては、3年間の高校生活が酷いものになるだろう。ちゃんと考えて!


「…………いや、大丈夫。ちょっとお腹痛くなっただけだから」


 よろしい。


「そう? なら良いんだけど……」

「んじゃ、早くトイレ行ってきな。先生には僕から伝えとくからさ」

「……あぁ、すまんな」


 そういうと、和田はトイレに向かって歩いて行った。


「和田くん大丈夫かなぁ? 授業中も良くトイレに行ってるけど、病気持ちだったりしたら可哀想だな」


 来栖さんが心配する横で、僕と祐也は顔を見合わせてコソコソ会話をする。


「祐也、あれホントに腹痛だと思うか?」


 確かに和田は、腹が弱いのか授業中にもよくトイレに行っている。だから腹を壊すこと自体に疑問はないのだが、どうも彼の表情が腑に落ちない。


「まあ、違うだろうな。もっと何か、落ち着かない様子だった」

「うん。なんというか……何かに脅えているようだって思ったんだよね」


 祐也は僕の考えに首肯して話を続ける。


「顔に恐怖心がありありと浮かんでたな。間違いない。ああいうやつは良く見てきたんだ」

「僕は祐也の中学時代が心配だよ……」


 中学時代の裕也には、正義のヒーロー寄りのイメージをしてたんだが。恐怖心が顔に出てる人をよく見てたって、それもはや悪じゃない? 


「とにかく、何であいつはあんな顔をしたんだろうか」

「確か、来栖さんの話を聞いた後だったよね。何か、例の教室について知ってることがあるんじゃない?」

「……それで、あんな顔真っ青にはならないだろ」


 うーん。でも、体調が悪い風には見えなかったんだけどなぁ。


「なになに? なんか分かった?」

「ああいや、全然進展はないよ。難しいなぁ」


 祐也と視線を交わす。とりあえず、この件は保留にしておこう。

 しかし、考え事にも疲れた。辺りを見回していると、友人同士のグループで固まっているせいでもはやほとんど形を成せていない列の後方から、一人の女子が歩いてきた。


「美月、そういえばさ、こないだのビデオカメラの話なんだけどー」


 そう来栖さんに話しかけたのは、彼女の親友的存在である成田香保さんだ。

 実は成田さんも結構可愛いのだが、来栖さんに全て持っていかれて余り話題にされない。可哀想に。ちなみに彼女も、和田と同じく生徒会役員だったりする。


「ああ、更衣室の! 朝練の時にはもう無かったし、大丈夫だと思うよ。それでさ、私たちの部もビデオを導入しようかって話になって……」


 そこから来栖さんは成田さんとの話に盛り上がってしまい、僕達の入る隙間が無くなってしまったため教室の件もあやふやなまま保留となった。推理自体行き詰っていたし、しょうがない。


 後から聞いた話だが、腹を壊したと言っていた和田は体調不良であのまま早退したそうだった。




この度はご覧いただきありがとうございます。

序盤は推理ばかりになっていますが、後々ちゃんと恋愛要素が入ってきますのでしばしお待ちを。

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