回る・巡る・曲がる
初めての投稿です。感想をいただけると幸いです。
その日も地球は回っていた。
誰に気づかれることもなく。
不満を言うこともなく。
ただ当然のように回っていた。
その日も世界は巡っていた。
人が、物が、空気が、感情が。
代わり映えのしない世界で、それらは変わることなく巡っていた。
その日、僕の世界は曲がり始めた。
人が、建物が、空が。
見えるもの全てが曲がっている世界。
そんな世界で、僕は一人、真っ直ぐだった。
世界が曲がる。
どこまでも。いつまでも。
曲がった人が僕を見る。
曲がった目で。鋭い目で。
その目に宿る光は何だ?
怒りか。憎しみか。畏怖か。驚きか。
答えは侮蔑だ。
蔑み、嘲る目だ。
理由?
そんなの、決まってる。
僕が真っ直ぐだからだ。
人は、不可思議で見たことのないものに遭遇すると、二通りの反応を示す。
好奇心でもって探求、または観察する。
畏怖の念を抱き、それに関わらないようにする。
僕の周りは後者の人ばかりだった。
君たちは想像できるだろうか。
すれ違う人、仲の良かった友人、さらには親までもが自分に侮蔑の目を向けてくる日常が。
他人と違う。たったそれだけの理由で人はここまで残酷になれるのだ。
僕に向けられる、目、目、目。
暴言や暴力よりも、視線がそのときの僕には怖かった。
なぜこんな世界になったのか。
誰がこんな世界にしたのか。
答えのない自問自答。
憔悴していく僕の精神。
耐えられなくなった僕は、町を出た。
違う町に僕が移るなんてことは、世界からみれば小さな変化だ。
小さな変化は大きな変化に隠される。
僕がたどり着いた町も曲がっていた。
相変わらず僕に向けられる侮蔑の目。
とうに涙は枯れ、逃げる気力もなくなった僕はその町に留まることにした。
それからの僕はまるで亡者のようだった。
目的もなく、うつろな目をして、ただ町を歩き回るだけの日々。
ああ、なんてつまらない人生だろうか。
生きることに意味を見出せない自分。
生きることをやめることが怖くてできない自分。
鬱々としていた僕の前に彼女は現れた。
人目を避けて入り込んだ裏路地に彼女はいた。
白いワンピースを纏い、白い肌をした彼女は、まるで僕を待っていたのかように立っていた。
侮蔑ではない目を向けられたのは久しぶりだった。
僕の目からあふれ出る涙。嗚咽をこぼしながら、僕は膝をつき、静かに泣いた。
普通の目を向けられるのが、これほど幸福であることを僕はそれまで知らなかった。
その幸福さで僕は見逃していた。彼女が真っ直ぐであることを。
涙がひいて、僕は彼女と向き合った。
僕と同じくらいの歳に見え、美人だった。
そして、真っ直ぐだった。
「君は誰?」
彼女は首を振るだけだった。
「君はこの町の人なのか?」
再び、彼女は首を振るだけだった。
「君は・・・・・・」
「あなたはこの世界をどう思いますか?」
僕の言葉を遮り、彼女が言った。
透き通るようで、耳に心地よく響く、きれいなソプラノだった。
「どうって・・・・・・」
「あなたはこの世界が好きですか?」
「嫌いだ。人間の本性が丸出しの醜い世界だ」
僕に向けられた侮蔑の目は、人の本性がむき出しだった。
他人を見下し、自分の利益を優先するという人の本性、本質。
彼女が僕に近づいてくる。
「元の世界に戻りたいですか?」
「元の世界?」
「私やあなたのように、誰もが真っ直ぐな世界に」
「できるのならば」
「代償が必要だとしてもですか?」
「それでも構わない」
僕の本心だった。これ以上この醜い世界にいたくなかった。
「そうですか。人は勝手ですね」
「え?」
彼女のつぶやいた言葉の意味がわからなかった。
近づいてきていた彼女が僕の頭に手を乗せた。
「それでは戻りましょう。ついでに思い出させてあげます」
何を、とは訊けなかった。僕の意識は闇へと落ちていった。
一面に広がる真っ暗な視界。
視界は周り、思考は巡る。
僕はどうなったのだろう? あの娘は何者だったのだろう?
思い出させてあげますとは何だったのだろう?
回り続ける視界。巡り続ける思考。
不安が募る中、視界の奥に、光が差し込んだ。
光に向かってもがく。そして僕は光の向こうを見た。
代わり映えのしない毎日に僕は退屈しきっていた。
人がその醜い内面を飾って、決して本性や本質を表さないこの世界を、僕は心底嫌いだった。
上辺だけの言葉に形だけの優しさ。
やらない善よりやる偽善、と昔の人は言ったけれども、それは優しさなんかじゃない。
ただの自己満足だ。
みんな狂ってる。みんな酔っている。
自分をよく見せることに。自分が満足することに。
この世界の本来の姿を見るのが僕の夢で、願いだった。
そんなとき、僕は彼女と出会った。
学校帰りのことだった。
日は傾き始め、道を歩く人はまばらだった。
家に着く少し手前で、僕は彼女に話しかけられた。
『こんにちは』
『・・・・・・? こんにちは』
知らない人に話しかけられ、戸惑いつつ挨拶を返す。
『あなたはこの世界をどう思う?』
『どうって・・・・・・?』
『この世界はきれいだと思う?』
『景色はきれいかもね。人は醜いけれど』
『この世界は好き?』
『嫌いだ』
僕は即答した。彼女は微笑んだ。何の微笑みかは分からなかった。
『じゃあどんな世界をあなたは望むのかしら?』
答えようとしてやめた。初対面の人に話す義理はない。
『あら、黙っちゃうの? 話せないような内容なの?』
『別に。ただ、初対面の人に話したくない』
『ふうん。もしあなたが望む世界を私が実現できるしても話したくない?』
唖然とした。何を言っているか分からなかった。
『ふふ。意味が分からないって顔してる』
『当たり前だ。君は電波なのか?』
『ひどいこと言うわね。もっと敬ったらどう?』
『なんで初対面の人を敬わなきゃいけないんだ』
『私は神ですもの』
何を言っているか理解できなかった。
『神? 君が?』
『そうよ。嘘じゃないわ』
『信じられない・・・・・・』
僕は信仰心というものを持ち合わせていなかった。
神と言われても、ひどく曖昧なことしか想像できなかった。
『さあ、あなたはどんな世界を望むの? 私が叶えてあげる』
『本当だな?』
『神は嘘はつかないわ』
だまされたと思って言うことにした。
『人の内面が全て外に現れる世界。誰も自分を飾ることのない世界。それを僕は第3者視点で見たい。それが僕の願いだ』
彼女は少し考える素振りをして言った。
『それでいいのね?』
『ああ』
『じゃあ叶えてあげましょう。あなたの願いを』
僕の視界は黒に染まった。
再び戻った黒に染まった視界。けれども今度は漂うだけではなかった。
落ちていく。引き寄せられていく。
何かに。見えない何かに。
光の向こうに見た光景は、僕が失った記憶。失ったことに気づかなかった記憶。
世界が、視界が回る。
思考が巡る。
僕が曲がる。
ああ、僕は終わるのか。
彼女の言った代償はきっとこれだ。
不安はない。悲しさも、虚しさもない。
今の僕には何もいらない。僕は沈むだけだ。
彼女は微笑む。そこに感情はない。
彼女は見つめる。路地裏に倒れている少年を。
今まで話していた少年だったものを。
少年は曲がっていた。何も汚さず、顔は苦痛に歪んではいなかった。
彼女は飛ぶ。空へ、空へ。誰もその姿を見ることはない。
「あの少年の世界は少しだけおもしろかったわ」
彼女の言葉は宙に消える。誰も聞きはしない。誰にも聞こえはしない。
彼女は言う。足下の世界に。
「私は神。人の願いを叶える者。願いなさい、人間たち。そして私を楽しませてね」
タイトルとかみ合ってなかったり、まとまってなかったり感が否めない作品になってしまいました。次はもう少し精進しようと思います。