第二話 契約
成り行きで上級クラスの一員になった俺は重い足を教室に向けていた。
これから地獄の特訓の日々が始まる。
しかもあの女とは思えない暴言を吐く武良久が担任だ。
流衣は「すごい人なんだよ!」と喜んでいたが、すごい人といい教育者とはまた別だと思う。
これから俺は、ちゃんとこの現実から離れた世界を生きていけるのだろうか。
俺は大きなため息を付いて廊下の窓から外を見た。
そこからは下級クラスがある校舎が見えた。
でかい敷地だと思っていたが上級クラスと下級クラスで校舎が違うみたいだ。
まぁ、そりゃ下級クラスの奴らが勉強してて隣で上級クラスの奴らが訓練とかしてたらうるさくて勉強にならねーもんな。
一人で納得しながら俺はまたため息をついた。
「そんなにため息ばかりついてると幸せが逃げるよ?」
俺とは反対にウキウキと目を輝かせている流衣。
俺はそんな流衣を見てまたため息をついた。
「幸せねぇ・・・。そりゃ討伐師目指してるんだったら今幸せだろうけど、俺は別になりたいと思って入ったんじゃないからな」
「じゃ、どうして上級クラスの意思の確認の時に残ったの?」
「それは・・・・俺には夢がある。その為に残ったんだ」
「そうなんだ。僕は戒斗と一緒に上級クラスに入れて幸せだよ」
流衣はそう言って教室へと入っていった。
んだよ。あいつ。
何考えてるのか全然わかんねぇ。
っていうかこの学園自体もよくわからん。
なんでこんなリスクを負ってまでこの学園は討伐師育成に力を入れるんだ?
裏世界との関係性は何なんだ?
いろいろ考えたが答えは出ず、俺は後で色々説明があるだろうととりあえず教室に入った。
座る順番、場所は特に指定は無かった。
何事も自由だな。
流衣が「ここ隣同士空いてるよー!」と手を振っている。俺はどこでも良かったので何も言わずに流衣の横の席に座る。
しばらくして武良久が勢い良く教室の戸を開けてズカズカと入ってくる。
「お!揃ってるな〜!んじゃ、この『誓約書』にサインしろ。今後どうなろうと自分たちの責任、自分たちの意思でしたことだと誓うんだ。やめるんなら今のうちだぞ?」
武良久はニヤニヤしながら俺たちの机の上に紙を置いていく。
貰ってすぐ誓約書にサインする者、サインしようか迷っている者いろいろいる。
俺はしっかりと誓約書を読んだ。
誓約書には、さっき武良久が言ったことと卒業してからもらえる条件が記載されていた。
1.怪我をしても死んでも学園側が強制的にやらせたのではない。
2.訓練して得た力は上級クラス校舎と裏世界でしか使用してはいけない。
3.途中で退学、もしくは下級クラスへの移動をする場合は訓練で得た力は封印され使用できなくなる。
4.卒業後、自分の意思で自由に裏世界を行き来してもいい許可をもらえる。
5.卒業後、一人前の討伐師になって討伐隊に所属し貢献する。
以上、5つが書いてあった。
卒業して大学で本格的に一人前の討伐師になるというわけか。
大学行って討伐師になりませんって言ったら特訓で得た力は封印されるんだろうな。
いや、その前に大学への入学は白紙になるのかもしれない。
俺は決意を固めて契約書にサインをした。
「よし!誰もリタイアはいねーな。これ以上減ったらどうしようかヒヤヒヤしたぜ」
武良久の言葉を合図に契約書が浮かび上がり俺たちの腕に張り付いた。
「これで契約完了だ」
パチンと武良久が指を鳴らすと、契約書は消えその代わりに俺たちの手の甲に契約書の紙に書いてあったものと同じマークが残っていた。
「なんだ・・・これ」
「契約完了の紋章だよ。これで上級クラスの生徒だと見分けるんだって」
流衣がこっそり説明する。
「見分けてどうするんだ?」
「上級クラスの校舎に入れないためだって。下級クラスの生徒がうっかり入ってこられたら死んじゃうから」
「は?死ぬ?」
「この紋章は僕たちの命のようなものなんだよ。この紋章がある限りある程度の怪我だったら平気になるの!」
流衣はうっとりと紋章を見ながら話す。
「この校舎の中では訓練のために魔物を使う授業があるらしいから、その時に運悪く下級クラスの人たちがこの校舎に迷い込んでると・・・・・」
流衣はジッと俺の目を見て、手の指で自分の首を刈る動作をする。
「命ないだろうね」
俺は絶句した。
今までの人生でそんなに死を近くに感じたことがなかったからだ。
「あ、でもちゃんと先生方や職員の人が監視してるんで今のところはそういう事例はないみたいだよ」
「そ・・・そうか」
笑顔で淡々と話す流衣を見ていると少し怖くなる。
なんでこんなに嬉しそうに話せるのか。死ぬのが怖くないのだろうか。
「じゃ、今日はこれで解散!明日から本格的な勉強と訓練が始まるから気を引き締めて来いよ!」
武良久は高笑いをしながら教室を出ていった。
俺は改めて契約の紋章をまじまじと見る。
本当にこれは現実なのだろうか?
よく漫画や小説である、ゲームの中に引き込まれてしまったという落ちではないのだろうか。
もしかするとこれは全部夢とか・・・?
とりあえず家に帰ってみれば分かることだ。しかし疲れたな。今日は状況を理解するのに色々頭を使いすぎた。
俺は鞄を持って教室を出ようとした。
「戒斗―!どこ行くの?」
「は?家に帰るんだよ」
「何言ってるの。家には帰れないよ?」
「なっ・・・」
「上級クラスは寮に強制的に入れられるんだよ。契約書に書いてあったのを読んでなかったの?」
いや。無かった。
契約書の中にそんなこと書いてなかったぞ。
俺はしっかりと読んだ。
「ほら」
流衣はピラリと契約書の紙を取り出し、一つの文を指差す。
5番目の契約の下に小さな字で「尚、この契約に同意したものはこれから寮で生活してもらうことになる」と書いてあった。
分かるか!!!こんな小さい字!!
俺は怒りと疲れで契約書を流衣から取り上げ、グチャグチャに丸めた。
「あ~・・・・駄目だよ。そんなことしたら・・・・」
「私の契約書を粗末にしているのはお前か?」
武良久がいつの間にか俺の後ろに立っていた。
ものすごい殺気を感じて俺は後ろを振り返る。
「契約破棄と捉えてもいいのか?」
武良久の顔は本気だ。
今なら殺人でも犯しそうな形相だ。
いや、普段でも殺人は起こしそうだが・・・。
「いえ、そんなつもりは・・・・すみませんでした」
俺はすぐに頭を深々と下げ、素直に武良久に謝る。
今の俺じゃ勝てねぇ。
力の差がありすぎる。
「ちっ、つまらんことで私の契約書を無駄にするな」
武良久はグチャグチャになった契約書を俺の手から奪い取り、ポンっと姿を消した。
俺は全身から汗が吹き出して止まらない。
あの殺気は本当に俺を殺すつもりだった。
「駄目だよ。契約書は作った本人の分身のようなものだからあんなことしたら喧嘩を売ってるって思われちゃうよ」
「それを早く言えよ!」
「言う前にグチャグチャにしちゃったじゃん・・・」
俺は流衣を睨みながらさっきまで座っていた席に戻り腰を下ろす。
流衣もニコニコしながら隣の席に腰を下ろす。
しかし、あいつ契約書の予備なんてどこから出したんだ。予備なんてあったのか。
だが、もう考える元気がない。今日は俺の理解できないことが起こりすぎた。
「寮でもなんでもいいから早くゆっくりしたい~。それに流衣、お前には色々聞きたいことがあるしな」
「僕に聞きたいこと?」
「さっき武良久~~先生が消えたり、契約書が勝手に手に張り付いたり・・・あれなんだ?」
「あれは魔法だよ」
「マホウ?」
マホウってあのよく漫画とかゲームに使われるあの魔法?
いやいやいや。
まさかまさか。
そんなの現実世界にあるのか?
俺は頭をかかえる。
「どうしたの?」
「これはやっぱり夢なのか?裏世界とか魔法とか現実から離れすぎてるだろ!ゲームや漫画の世界じゃあるまいし!」
魔法が使えるのならみんな使ってるだろ!
いや、訓練しないと使えないのか。
それに契約書にもこの校舎内と裏世界以外は使うなってあったしな。
「それは、裏世界では魔法は主流だけどこの世界ではあまり知られてないから。この世界に魔法が伝わったのはここ50年みたいだよ?実際ゲームや漫画の世界で魔法が使われているのは昔の人がこの魔法の存在を知ってそれを基に作ったんだって」
50年前から魔法は伝わっていた。
戦後に誰かが裏世界に行ったってことだよな?
俺は思わぬ真実に唖然とした。
「まぁ、そんな深く考えないで行きましょう!」
笑って流衣は俺の背中をポンポンと叩いた。
能天気なやつ・・・。
俺は力が抜けてガックリと肩を落とした。
しばらくして寮長が教室に迎えにきて寮へと案内してくれた。
2人1部屋らしく俺は流衣と一緒の部屋になった。
俺はドカっと部屋に備え付けてあるベッドに腰掛ける。
部屋は大きな個室に一階と二階の二部屋になっていてそれぞれ一人ずつ使えるようになっていた。
階段で移動でき、一階と二階は天井まで吹き抜けになっており、会話も可能だ。
「僕二階使っていいの?」
「あぁ、二階に上る体力は今の俺には無い」
そう言って俺はそのままベッドに横になる。
もうこのまま寝ようか・・・・
そう思って目を閉じたとき、流衣が自分の荷物を二階に置くと「あ!」と声をあげた。
そしてバタバタと階段を下りてきて俺のベッドの上に飛び乗る。
「うわぁ?!」
「戒斗!戒斗は何の職業志望なの?」
「は?職業?何で今それ聞く必要があるんだよ?」
流衣が飛び乗った反動で起きあがった身体をまたベッドに倒そうとすると流衣に肩を掴まれ阻止される。
「教えてよ~」
「分かったから放してくれ」
重い身体をもう一度起こし、流衣に身体を向ける。
「職業はまだ決めてない。とりあえず親父を超えたいんだ」
「戒斗のお父さんも討伐師だったの?」
「いや・・・・違うけど?」
「あ・・・・職業って・・・討伐師の職業の話なんだけど・・・」
「・・・・・・は?」
討伐師の・・・・・職業?
なんぞや?それは・・・・。
「討伐師には5つ職業があるんだ〜。それぞれ使える能力も違うし、後々の討伐隊での活躍にも繋がってくるから大事なんだよ」
「それを早く言え!」
俺はパコっと流衣の頭を叩いた。
「いてっ」
「いつも説明が遅いんだよ!俺はまったく知らなくて入学したんだ。それを前提に話してくれるかな?流衣君・・・・」
俺は嫌味なほど笑顔で流衣に向かって言った。
さすがにいつもニコニコしている流衣の顔も引きつっている。
「分かったよ〜・・・・。職業はさっきも言ったけど5つあるんだ。剣士、格闘家、魔法使い、僧侶、シーフ」
「シーフ?」
「素早い動きをと物品の発見を得意とする職業かな。俗に言う盗賊。」
「盗賊・・・・そんなの選んでも大丈夫なのか?」
「大丈夫。別にモノを取るのは人間からじゃないから」
「魔物から盗めるのか?」
「そうだよ!それがシーフの能力!まぁ、何が盗めるかは分からないのが欠点なんだけどね。極めるとレアなモノが盗めたりするみたいだけど」
「ふーん」
なるほど。
流衣の説明によると剣士は剣を使い、格闘家は自分の身体を使い、魔法使いは攻撃系の魔法、僧侶は回復やサポート系の魔法、シーフは物品鑑定をと検索が得意といったところだ。
「んで、流衣は何になろうと思ってるんだ?」
「僕は僧侶!戦いは得意じゃないからサポート役の方が向いてると思って」
なるほど。
確かに、剣士とか格闘家志望だったら朝の奴らは蹴散らしてるはずだ。
戦うことすら向いてなさそうな気もするが、それよりも討伐師になりたい気持ちの方が強いのだろう。
俺もこれだけやる気になれるのだろうか。
まだ討伐師の見習いになった実感がないが・・・。
そう思いながら重い目を閉じてベッドに寝転がると、流衣の声が遠くなり俺の意識も遠くなっていった。