第一話 入学
「行ってきます」
俺は新しい制服を身にまとって家を出る。
「いってらっしゃい、またあとでね」
母親が玄関から見送っている、なんとも絵に描いたようないい家庭。
そう思っているのは俺以外だ。
俺は増田 戒斗。
今日から高校一年生になる。
俺はこれまでの人生はゲームだと思って生きてきた。どれだけ周りを騙せるか。
それがまさか本当にゲームのような人生になるとは思ってもいなかった。
俺は普段からどこにいても優等生でいるように努力はしている。人に頼まれたことは出来る限りはするし、笑顔を崩さない、テストでは学年1位は当たり前、運動も学年でも3本の指には入っていた。
そのせいか、自慢ではないが俺は中学のときには女子生徒のファンクラブもあったみたいだ。
しかし、家でも決して気は抜けない。
父親は警察本部の部長だし、母親も某化粧品会社の社長をしている。どうしてまったく共通点の無い職業の二人が結婚したのか疑問だが、まぁ特に興味も無いので聞いていない。
そのため、躾もかなり厳しかった。厳しかったといっても、俺にしては小さい頃から日常茶飯事だったのでそう感じたことはなかったのだが、小学校に上がったころ他の子と違うことに気が付いた。なぜ俺だけがしてはいけないんだ?しなければならないんだ?そう考えるうちに俺はこう考えるようになった。
ーーーーーー俺は特別なんだと。
それ以来、完璧な自分を演じるようになった。
俺は自転車にまたがり、学校へと向かう。
本当は一番学歴がいい学校へ入試を考えていたのだが父親と母親に強くこの【黒主学園】を勧められた。理由を聞くが、二人揃って「あなたの成長の為」としか答えてくれなかった。
両親に説得され、特に反対する理由もないので黒主学園に入学することに決めたのだった。
そして今日が入学式。
学園に着き、俺は規定の自転車置き場に自転車を置いて会場の体育館に向かおうとした。
「やめろよ!」
なにやら近くで揉めている声が聞こえる。
ただ事じゃなさそうだ。
声のした方を見ると男子生徒が3人、囲むように立っている。
朝から喧嘩か?
そう思って、気付かない振りをしてその場を去ろうとした時にチラリと輪の中にいる人物が見えた。
俺はその人物の顔を見てギョッとした。
囲まれていたのが女だったからだ。
朝からこんな目立つところでナンパか?!やってたかって3人で・・・と思ったが良く見るとその人物は男子生徒の制服を着ている。なんだ男か。
可愛い顔しているが俺はそういう趣味はない。男なら自分で何とかしろと思う。
それに入学早々変なことに巻き込まれたくない。
足早にその場を立ち去ろうとしたが、その美男子とバチっと目が合ってしまった。
しまった・・・・。
思いっきり目が合ってしまった・・・。
なんだかそのまま見て見ぬ振りをするのも気が引けたので、通り過ぎようとした足を戻した。
「お前本当に男か?脱いでみろよ!」
「脱―げ!脱―げ!」
お前ら小学生か!まぁ、こんだけ女顔だったらその気持ち分からんでもないが・・・。
と、内心突っ込みながら俺は囲んでいる男子生徒の一人の肩を掴む。
「あ?」
振り向いた男子生徒に向かって俺は満面の笑みを向ける。
「何をしているんですか?」
「お前に関係ねぇよ!」
「「そーだ!」」
囲んでいる男子生徒3人は俺に向かって罵声を浴びせてくる。
「そんなことをしてあなたたちに何のメリットがあるのですか?僕に教えてくれませんか?」
「なっ?!そんなのただの暇つぶしに決まってるじゃねーか」
なぁ?と互いに焦りながら言い合う。
まさか理由を聞かれるとは思っていなかったみたいだ。
暇つぶしねぇ・・・
しょーもな。
「暇つぶしというのなら、あなたたちは今日の入学式を休むということですか?」
「は?」
「時計を見てください」
俺は自分のしている腕時計を見せる。
時計は今八時三十分を指している。
八時三十分から入学式が始まる。
「げ?!まじかよ!やばい」
バタバタと3人は慌てて体育館に向かっていった。
「まったく・・・ガキかよ」
「あの・・・」
声のする方に視線を向けると先ほど助けた男子生徒が汚れた制服を整えて立っていた。
俺はすかさず笑顔の仮面をつける。
「ありがとう!助かったよ・・・いきなり囲まれて脱げとか言ってきて困ってたんだ。あっ!もう入学式始まるよね!急ごうっ」
走って体育館に向かおうとする美少年を俺は止める。
「あぁ・・・大丈夫ですよ。あと20分くらいありますから」
「え?でも時計・・・」
「俺の腕時計、早めといたんです。実際まだチャイムなっていないでしょう?」
「あ・・・・」
そう、あいつらと話をしている間に自分の腕時計を早めておいたのだ。
「僕、甲斐田 流衣!」
「俺、増田 戒斗」
「よろしくね!戒斗って呼んでもいい?俺も流衣って呼んで」
「あ、あぁ」
「本当にどうなるかと思った~。戒斗が来てくれて無事入学式に参加出来るよ~」
クシャっと人懐っこい笑顔を向けてくる流衣に俺は苦笑いをするしかなかった。
一度見捨てようとしたしな。
「戒斗が来るまで見て見ぬ振りをした人が何人いたか分かんないよ・・・本当にみんな白状だな!」
流衣は腕組みして頬を膨らませながら怒る。
まぁ、普通だったらそうするよな。
俺も実際そうしようとしたし。
そう思いながら俺の良心は少し痛む。
俺は紛らわせるように、
「とりあえず体育館に向かおう。これじゃ、本当に遅刻する」
と言って流衣と一緒に体育館へ向かった。
体育館に着くと、ワラワラと体育館に新入生が集まっていた。用意された椅子に大人しく座る者や仲間同士で喋って騒いでいる者など様々だ。
「すごいな」
「新入生候補、300人だからねぇ」
「え・・・候補?」
「知らないの?」
筆記テストを受けて合格通知をもらったはずだが、俺の勘違いなのか?
俺が内心焦って流衣に詳しく話を聞こうとしたその時、きっちりと髪を一つに束ね、縁なしの眼鏡をかけた先生らしき女の人がマイクを持って体育館の壇上に上がってきた。
その先生の姿をみた新入生がしんっと静まり返る。
「おはようございます。今日はわざわざ本校に来ていただいてありがとうございます」
女の人が丁寧に一礼をする。
「今日は、本校に正式に入学してもらう為のクラス分けの最後の入試試験を行います」
はぁ?今日は入学式だって聞いて来たのにクラス分けの最終試験?
俺と同じことを思っている奴もいるのかガヤガヤと体育館中が騒がしくなる。
「知っている方も、知らない方も説明をさせてもらいます。本校の1学年の上級クラスを3クラス、下級クラスを6クラスしか設けておりません。上級クラスにはしっかりと勉学に励んでもらう為、1クラス20人の計60人しか入れません。下級クラスは1クラス40人です」
さらに騒がしくなる体育館。
俺は今の状況を把握しようと必死に女の人の言葉に耳を傾ける。
「上級クラスへの入学条件は、今からみなさんに行っていただきます裏世界に住むといわれる【ドラグン】を討伐すること。討伐できた順番から上級クラスの入学生徒として迎えます。定員になり次第締め切りますのでご注意ください」
なんだよそりゃ。
上級クラス?下級クラス?
裏世界?
ドラグン?
討伐?
ここは戦争の時代じゃねーんだぞ?
平和な日本だぞ?
となりの流衣を見ると目をキラキラと輝かせながらやる気に満ちている。
「流衣、これ知ってたのか?」
「うん、兄がここの卒業生なんだ。それで憧れてこの学園に入学したんだ!」
「分かったからどういうことか説明してくれ」
「うぅ~・・・冷たいなぁ。コホン!兄から聞いた話によるとこの学園に入学した時は、この最終入試で上級下級クラスに分けるんだって。上級クラスだと裏世界での討伐師の見習いに任命されるらしい」
「さっきもあの女の人が言ってたけど裏世界って?」
「ここではないもう一つの世界。今その裏世界は他の世界に支援してもらわないといけないくらい魔物で溢れているらしいんだ。ここの学園はこの世界で唯一の討伐師育成学校ってわけ。だから討伐師を目指す上級クラスにはたくさんの利点があるんだ」
「利点?」
「まず、学園での学費は全額免除、討伐の為の訓練と裏世界への行き来が出来る資格、大学へエスカレーターで上がれる、この学園の上級クラス卒業生だと大手企業からスカウトがくるくらいらしいよ。細かいこと入れるとまだまだあるけど大きい利点はこの4つかな。裏世界の行き来は訓練や討伐依頼がないと見習い中は行けないらしいけど・・・」
確かに学費免除と大学へエスカレーター式で上がれる、大手企業からのスカウトとはいい条件だ。
「下級クラスになると、学費免除は当然なし。上級クラスでエスカレーターで入れる大学に下級クラスで入るためにはこの3年間死ぬ気で勉強しないと入れないという噂なんだって。その代わり厳しい討伐訓練は受けなくて済むし、命を落とす危険のある裏世界にも当然行かなくていい。特にいい大学を目指していない人はここで自分から下級クラスへと申請するんだって」
なるほど。
この時点で、自分の未来が決まるのか。
上級クラスに入れば勉強よりも討伐がメインみたいだな。大学もエスカレーター式であがれるみたいだし。
俺なら下級クラスでもその大学に入れる自信はある・・・が。
この世界とは別の裏世界か・・・・興味はある。この機会を逃せば一生行くことなどないだろうな。
「では、ここまでの説明で何か質問はございませんか?無ければ参加の意思をここで確認させていただきます」
しかし、討伐に行くということは命の危険がある。
さすがに空手、柔道、ボクシングなどはある程度経験しているが、討伐に関しては素人だ。この状態で討伐なんてかなり難易度が高すぎる。
まぁ、そのドラグンという奴がどのレベルのモノかは知らないが。
「はい。質問よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
俺は手を上げて女の人に質問を投げかける。
「討伐って事は戦うということですよね?ということはやはり身の危険もあるということですか?」
「はい。もちろん怪我もしますし、死ぬ事だってありえます。ドラグンは身体は小さいですがドラゴンです。とても凶暴な魔物です」
女の人の言葉に体育館中の生徒から悲鳴があがる。
死ぬ可能性があると言われて行く奴なんているのか?
裏世界があることもついさっき知った奴らばかりのはずだ。戦いの経験がないことぐらい学園側も分かっているだろう。もしかしてここからもう試験はスタートしてるんじゃないのか?そもそも無経験で裏世界に行くということ事態疑わしい。見殺しにするようなものだ。もし俺が試験官だったら、ここまで聞いてそれでも行くという無謀かつ勇気あるやつを採用したいと思う。まぁ、無謀なだけでは駄目だがまず勇気がないと討伐だなんて到底無理だろうし。
俺はちらりと流衣を見た。
あの人懐っこい笑顔を崩さず、希望に満ちた目をしながら女の人を見ている。
こいつはもし裏世界に行ってもドラグンを倒せる自信があるのか?
それともこの試験の趣旨を分かっているのだろうか。
兄がこの学園の卒業生だと言っていたし。
とりあえず俺は、「わかりました。ありがとうございました」と言った。
「戒斗、みんなを怖がらせてどうするの?」
「は・・・・そういうつもりであんな質問したわけじゃ・・・」
「では、これを踏まえて裏世界に行きたい者は残ってください。下級クラスでもかまわない方たちはこの体育館から出てグラウンドでお待ちください」
その言葉を合図に生徒のほとんどが逃げるようにして体育館を出て行った。
残ったのは俺と流衣とあと数人・・・。
俺は絶句してしまった。
まぁ、誰も死にたくないもんな。
入学式だと思ってたのになんて日なんだ。
「ちっ・・・今年の生徒は腑抜けばっかりだな」
どこからかドスのきいた声が聞こえる。
他の先生が来たのかと思い俺は周りを見渡すが特に誰か来たわけではなさそうだ。
ふと、壇上の女の人を見ると髪を束ねていたゴムを外し、地味な縁なし眼鏡を派手な赤縁眼鏡にかけなおしてドカっと壇上の端に腰掛ける。
「今年は~?・・・・ひいふうみ・・・・たったの10人?!」
どうやら今年の新入生は例年より希望者が少ないみたいだ。
「おいおい・・・しかたねーな。まぁ、10人で何人残るかこれはこれでおもしれーけど」
女の人はフフンと笑いながら俺たち10人を見た。
「ようこそ。黒主学園上級クラスへ。私はお前らの担任を務める武良久だ」
何?!担任?この横暴な女教師が?!
俺は引きつりそうになる顔を必死に抑える。
「戒斗!僕たちラッキーだよ!」
「は?」
「武良久先生はSランク討伐隊の隊長を務める凄腕の討伐師なんだよ!」
「あ~・・・・・そうなんですか」
俺はとんでもないところに入学してしまったのではないのか・・・
「さっき言った裏世界の試験はただの度胸試しで言っただけだ。実際に行くのはまだまだ後だ。お前らが行っても死ぬだけだからな」
おいおい。ハッキリ言ってくれるじゃないの。
まぁ、本当のことだけど。
「私の訓練も死ぬまではいかねーけど、3年間たっぷりシゴクから覚悟しとけよ〜」
ニカッと笑う武良久を見て俺は背筋を凍らせてしまった。
本気だ。
殺される。
いや半殺しだ。
俺は入学早々に上級クラスを選んだことを少し後悔し始めていた。
初投稿です。定期的に更新して行こうと思ってます。あたたかーい目で読んでくだされば幸いです。よろしくお願いします。