表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/30

本音






彼女にしかれた


人生のレール






「生まれた時から私は心臓病で、だけどそれに気付かなかった」


「あれ、雑音が聞こえて見つけやすいんじゃ」


「大体はね。だけど私のは心房中隔欠損症なの。あれは他のと比べて雑音が小さい。私は高校一年の五月。初めて発作を起こしたんだ」



それまでは何ともなかった。そう哀しそうに呟く彼女に胸が痛くて、勇也は黙って聞く。



「先天性心臓病、心房中隔欠損症。目の前は真っ暗になった。心臓病って聞いただけで、私は死んじゃうんじゃないかって」


「手術は?」


「あるよ。だけど私はまだできないの。体重がまだ少ないから」



手術は体力を使う。普通の人よりも細い身体をした千歳にはまだそれを行う体力がない。無理に体重を増やそうとすれば心臓に負担がかかり、腫れてしまうのだ。



「皆、私を不安にさせないために作った顔で作った言葉を吐いた。それがたまらなく嫌で、だから一人になれる所を探したの」






それがあの屋上


だけどそこにはすでに一人






「正直焦った。他には一人になれる所なかったから…」


「一人になりたかったのに、どうして俺に話しかけてきたんだ?」


「ただの好奇心。私と同じような顔をした人だったから」



話してみたら


嫌味を言う人で


だけどそれは偽りのない言葉


私を気遣う偽りの言葉ではなく


本当の言葉



「嬉しかった。たったあれだけのことが…。だって私には他にそう言ってくれる人がいなかったから」


「学校来たのは…何のためだったんだ?」


「ただ、純粋に勇也との時間を増やしたかっただけ。私はいついなくなるかわからないから…」



哀しく残酷な言葉に勇也は顔をしかめる。それに気付いたのか、千歳は口を閉ざした。発作が起きる度に死という恐怖が彼女を襲う。だからこそ、彼女は親や医師に願い出て高校に通った。



「………何、平気な顔してるんだよ」


「え?」


「辛いなら泣けよ!俺の前で無理に顔を作るな!吐き出したいなら言えばいい!」


「何…言って……るの?」



こわばる彼女の顔を腕で優しく包み込んだ。温もりが彼女を暖める。

優しく、穏やかな声音を心掛けるが、勇也の声は震えていて。



「そう、無理をされる方が辛いんだぞ?心配かけたくないなら…泣けよ」


「馬鹿…。何で…………そんなに優しいのよ」



勇也の身体にしがみついて、彼女は嗚咽を吐き出した。溢れ出る涙は彼の服に吸われ、哀しみを写し出す彼女の背中は彼の手で和らげられた。

勇也も一緒に涙を流して今度ははっきりとした声で言った。



「当たり前だろ。好きな女なら誰だって…優しくなるんだよ」



愛し合う二人に与えたものは不安と哀しみ。だけど、それのお陰で二人は出会えた。それは残酷な喜劇。


泣いたせいかぐっすりと眠ってしまった彼女に優しくキスをして、勇也は病室から出た。そこには彼女の母親が立っていた。



「貴方が勇也君ね」


「はい。初めまして」



丁寧に挨拶をすると、母親は辛そうに顔を歪ませた。



「病院に連れてきてくれてありがとう。あの子にもしものことがあったら…私」


「もしもなんて…とっくになってますよ。これ以上恐ろしいことなんて起きません」



きっぱりと、あまりにもはっきりと言ったものだから母親は不意に顔を硬直させた。

千歳の本音を聞いた。優しくて、純粋で、残酷な本音。だけど、そんな状況に置かれていたらおそらく誰にだってよぎる事実。『死』という哀しい言葉。



「あいつには俺が希望を持たせます。俺はあいつには元気になって欲しいから。死んで欲しくないから。生きる活力はいつも気持ちからなんだって教えてあげます」


「うん、ありがとう」



病気を持つ子供の母親は子供と同じくらい辛いものなんだと思った。気が抜けたように泣きだした母親の背中をさすり、勇也は千歳の病室を見つめた。

一番辛いのは病気を持つ本人。それは誰にだってわかること。だからこそ本人が怖がらないように、哀しまないように嘘の笑顔で嘘の言葉を吐いていく。



「彼女のことを思うのなら、次からは不安な顔でいいから、本音を言ってあげて下さい」


「どうして?これ以上あの娘に負担なんか」


「負担をあげないためにも………自分がこんなに心配してるんだって、言ってあげて下さい。千歳はそれを望んでいるはずですから」



本当の言葉。それは少し重くて受け取りにくいけれど、嘘だらけの言葉の中でいたらどれが本物なのかがわからなくなってしまう。千歳はそれが怖くて屋上に逃げだした。

少しだけだが、勇也と同じ理由で。



「あいつを支えられるのは近くにいる人だけなんですよ?」



この母親もどれだけ自分一人で悩んできたのだろうか。高校二年生の幼い彼に言われた言葉でぼろぼろと涙を流して何度も頷いている。






守りたい


君を


君の人生を


死なせたくないんだ


そう、僕は思った







八話目です。先天性心臓病の心房中隔欠損症です。すみません、この心房中隔欠損症の読み方は私はわかっていませんので、ふりがなをつけることができませんでした。もし、知っている人は教えて下さい。

次くらいからちょっとだけ奥の深い話にする予定です。できるかは不安ですが………。

もし、この病気について知っていることがありましたら、教えて下さい。

感想及び評価お待ちしております。


三亜野雪子

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「限られた時間の中で」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ