誕生日
それから君は
屋上に来なくなったんだ
勇也は一人で暗くなる空を見つめている。ここは病院の屋上。昨日のことを千歳にちゃんと謝ろうと決意してきたが、そこに彼女の姿はなかった。仕方なく面接時間ぎりぎりまでいることにした。
「来ないか…」
約束をして来なかった時よりも辛かった。勇也の頭にはあの泣き顔しか浮かばない。今は後悔という感情だけが勇也を支配する。
星も出て、陽が落ちた時。勇也は諦めて今日は帰った。その姿を窓からこっそり覗く者がいたことに気付かずに。
次第に元気はなくなっていく。あの日からもう三日。それでもおそらく彼女は屋上にいないだろう。そう予想しがらも階段を上る。
想像通り。殺風景なそこには誰もいない。
「忘れたのかな?」
寂しそうに呟いたその言葉。
明日は勇也の誕生日。彼女は彼にびっくりをプレゼントするという約束をした。この出来事で忘れてしまったのでは、と不安になった。
誰もいない屋上に一人。これは勇也が入院していた時に願っていたこと。だけど、それが今では辛い。
「謝るからさぁ…。お願いだから来てくれよ。千歳」
寂しくて、悲しくて、立ち尽くす。
そして君は
約束の日
暗い顔で勇也は登校する。今日は勇也の誕生日。それを知っている者はおそらく学校ではいない。聞いてきたのは千歳だけで、教えたのも彼女だけだ。だが、その教えた人物に会えない。
「今日…会えるのかなぁ?」
何をもらえるかより、彼女に会えるだけでいいと心から思った。溜め息をつきながら校門を通る。
「勇也先輩。なぁに朝から暗い顔してるんですか?今日は誕生日でしょ!もっと明るくいきましょう!」
「あぁ…そうなんだけど。………………って?」
顔を上げればそこには彼女。優しい微笑みを勇也に投げ掛ける制服姿の千歳。信じられない光景を見て、硬直する彼に千歳は思わず吹き出した。
「驚き過ぎでしょ!でも、これでプレゼントあげられた!」
「おま、何でここに!」
「許可もらったの。学校に行っていいって。勇也は知らなかっただろうけど、私はこの学校の生徒なんだよ」
見慣れない彼女の制服姿はとてもよく似合っていた。こうして見ると彼女が高校生だと実感が湧いた。
「びっくり受け取った?」
覗き込むように顔を傾がせる彼女が可愛くて勇也は破顔した。物ではなく行動をプレゼントしてくれたのは彼女が初めてだった。
「あぁ、ありがとう」
穏やかに述べたその言葉は心からのお礼で、心からの喜びだった。
その日
俺に最高のプレゼントをくれたんだ
「じゃぁ、病院から学校に行ってるのか?」
「うん!退院したわけじゃないから」
朝の時間、二年の教室前の廊下で二人は会話をしている。千歳は勇也の一年下なので一年生だ。
「ひゅーひゅー!なぁに見せびらかしてるんだよ!清水」
「だぁかぁらぁ、そんなんじゃないって言ってるだろ!」
「一年の三島千歳です!よろしくお願いします!」
明るく挨拶すれば茶化していた男子は顔を赤く染める。千歳は瞬きを繰り返して勇也に耳打ちする。
「ここの人達…勇也よりもシャイなんだね」
「うーん、女に飢えてるんじゃ…」
「ぷ、何それぇ!だからって挨拶しただけで赤くなる?」
元気に笑う彼女を見て、彼は思案する。
シャイというよりも基本的に彼女がそこら辺にいない程可愛い顔をしているからではと思う。
「皆、可愛いなぁ」
「おい、もしかしてそれって俺も入るのか?」
「当たり前じゃん!じゃぁ、私そろそろ時間だから教室戻るね」
勇也と他の男子に手を振りながら彼女は一年の教室の方へ姿を消していった。
それをほんわかとした雰囲気で見送る男子一同。
「いいなぁ千歳ちゃん!」
「俺、狙っちゃおうかなぁ」
「確かに千歳は可愛いと思うけど、恋とか興味なさそうだぞ。あいつ」
今まで話をしてきて好き人や恋愛について話したことなど一度もなかった。
「うわぁ!千歳だって!呼び捨てだぜ!」
「何か羨ましいぜ」
ノリについていけない勇也は深く溜め息をついて教室に入った。
この時間はいつも千歳と会うことを考えていた。屋上に会えば何を話そうかと考えることが楽しみだった。
だけど、今は千歳がこの学校いる。
「本当、一番嬉しい誕生日プレゼントだな」
学校が終わり、鞄を持って下校する。気付けば前にいるのは細い身体の彼女。
「千歳」
「あ、勇也!」
「お前の誕生日っていつだ?」
「あ、何々?何かくれんの?私はね、今から二週間後かな?」
「近いなぁ。何が欲しい?」
千歳は視線を流して、ぽつりと小さく呟いた。
「愛しいを…」
「え?」
「ううん。何でもない!勇也がくれるものならなんだっていいよ!」
「そ…うか?」
病院まで彼女を見送った勇也は帰り道、悩みながらも歩く。
今まで深く考えたことなかった。千歳との関係。
「愛しい…か。俺にどうしろってんだよ。千歳」
自分の気持ちもわからない
僕が出した答えは
やっぱり…
五話目です。勇也のプレゼントが出ましたね。次は千歳の誕生日かな?一話の話があまり長くないのでなかなか進みませんが、ゆっくりとこの二人のペースで近づけていこうと思います。
落ち着きすぎていて苦手の人も多そうな作品ですが、これからもよかったら見て下さい!
三亜野雪子