過ち
そして僕はあの場所を
汚してしまった
学校に登校し始めて一週間。やっと馴染み始めた勇也はストレスも感じなくなった。友達とも変わらぬ関係を保ち、授業も何とかなった。ただ、唯一困ったのは体育だった。ずっと休んでいたせいで体力がなくなっていた。
「くそぅ、たったこれだけの走りで息が上がるなんて…」
「無理すんなよ!体力なんていつかつくだろ!」
汗だくになりながら教室に戻った。もうすぐ冬。教室の中でもひんやりとした空気が彼の頬を滑る。窓から見える木にはほとんど葉はなく、あるとしても今にも落ちそうな程弱々しい。
その冷たい空気が彼の汗を引かせる。このままでは風邪をひく気がして汗を拭った。
「次なんだっけー?」
「数学だろ。あ、宿題忘れた!」
「ばっかじゃん!俺はやってきたぜ」
「見せろぉ!」
数学のノートを奪われそうになって必死に防戦する。
「お前、数学得意だろ!このぐらいの問題五分で解け!」
「解けることはできても書く時間がねーよ!」
「うわ!その自信がムカつく!絶対見せねぇ!」
更に続く戦い。それに終止符をつけたのは教室の扉を開けた先生だった。
「あぁ!来ちゃった!」
「残念だったな!」
互いに息を荒くしながら睨み合う。こんなことで何を馬鹿なことをしているんだろうと自分で思ってしまった。大体こんなことやるような奴だったかなぁと自分の過去の行動を考えた。
結果あまり覚えてなかった。だが、やっぱり前よりも冗談が通じる奴になった気がして微笑む。原因はおそらく彼女だろうから。
「あいつは今、屋上なのかな?」
誰にも聞かれないように小さく呟いた。勇也は退院してから欠かさずに千歳の見舞いに行っている。やはりいつも屋上にいて、笑顔で話してくる。
「ねぇねぇ、勇也君も今日皆で遊ばない?」
「え?何の話?」
昼休みに入り、ご飯も食べ終わった時に突然、数人の女子に誘われ焦る。話を聞いていなかったのもあるが、よっぽどのことがないと話しかけられることがないからだ。
見れば後ろの方には男子も同じ人数でいた。自分一人じゃないことに少しだけほっとする。
「あのね、このメンバーでカラオケ行こうかなぁって話してたの」
「あ、ごめん。今日も俺病院行くから」
「え!お前まだ完治してなかったのか!あんなに体育平然とやってたのに!」
「違う!見舞いに行くんだよ。知り合いがいるから」
そっかぁと残念そうに彼女達は諦めてくれた。
「よ!」
「よ!どう?学校は」
「まぁまぁ」
荷物をその場に置いて千歳の方へ歩み寄る。最近はすごく早く陽が沈む。もう空には星が出始めている。
「ねぇ、勇也の誕生日ってもうすぐだよね!」
「へ?よく知ってるな。確かに丁度一週間後」
「だよね!じゃぁ、その日にびっくりをプレゼントしてあげる」
子供のようにはしゃぐ彼女に勇也もつられて笑う。
自分がこんな性格になったのは彼女のせいだと確信して。
「じゃぁ、楽しみしてやるよ」
「何か偉そうだなぁ」
「ありがとうございます。千歳様」
「よろしい」
僕らの関係は続く
互いにどんな存在なのか
気にすることもなく
休み明けのその日。帰り支度をしていた勇也はこれから会いにいく千歳を思い浮かべながらバックの金具を止めた。もうすぐ勇也の誕生日。千歳の言葉が気になるのかその日が待ち遠しかった。
「勇也君。今日もお見舞い行くの?」
「あ、うん」
この前の女子がまた話しかけてきた。千歳以外の女子には全く免疫のない勇也はこういった機会があることがとても不思議に思っていた。今回も彼女達から話しかけてきたので驚愕で声が変になった。
「ねぇ、私達も行っちゃ駄目かな?」
「勇也君の知り合いの人見てみたいし!」
「知らない私達でも行けばその人が喜ぶかなぁって思ったんだけど」
勇也は少し思案する。
連れていくということはあの屋上にこの女子が上がること。全く知らないこの三人を千歳は笑って迎えるだろうか。そう、悩んでも出てこない答えを悩み続けた。
「う、うーん。わかった」
「本当?ありがとう」
勇也は深く考えずに思わず了解してしまった。女子三人という慣れないメンバーで病院に向かう。そのせいかあまり千歳の顔が浮かばない。喜ぶのか少し不安になりながらも病院に入った。
「病室に行かないの?」
「いつも病室じゃなくて屋上にいるんだ」
屋上に上ればいつも彼女の笑顔が勇也を迎えてくれた。そう、いつもなら。やはり屋上にいた千歳は上がってきた勇也を見つけて立ち上がり、表情を固くした。
「こんにちは。私達勇也君のクラスメイトなんです」
「千歳…突然悪いな。お見舞いに来たいって言ってきたから、つ…………い」
思いがけない表情をされて勇也の言葉は途中で止まる。その顔は今まで一度しか見たことなかった。泣いてはいないが、傷ついたその顔。
「千歳…?」
「え?あ、ううん。何でもない。ありがとう」
すぐに元の顔に戻った千歳に内心安堵して、勇也は適当に話した後三人を帰らせた。
「…………」
痛い程無言が続いた。気まずくて勇也はかすれた声音で話しかける。
「ごめん、やっぱり不謹慎だったか?」
「そうじゃない」
短い返事はすごく冷たくて顔が見れなかった。またあの表情をしているんじゃないかと思って。
「勇也にとってこの場所は…他の人が来てもいいんだね」
震える声に振り返る。一度も見たことない彼女の泣き顔がそこにはあった。涙を流しながら儚く笑って彼女はそのまま走って行ってしまった。
勇也はやっと気付いた。ここは他の人に教えてはいけない場所だったと。お互いに誰もいない所を探してここを見つけた。だから二人でいた。そのことをすっかり忘れていた。
ここは二人だけの場所だったことを。
それから彼女は
屋上から姿を消した
四話目です。今回は少し長めにしてみました。っと言ってもたった五百文字ですが。千歳と勇也の初めての喧嘩?かな。次は勇也の誕生日です。
ここまで読んでくれて感激です。もし良かったらこの後も読んで下さると嬉しいです。
三亜野雪子