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番外編 過去も現在も未来も






多分これが


幸せって言うんだろうね






シンとした病室で彼女は一人、布団を被っていた。外から入って来る月明かりは千歳を優しく照らしている。



「うっ」



発作までとは言わないが、動悸がする。一旦なるとなかなか元に戻らない。心臓の音が邪魔をして、彼女を眠りから遠ざける。



「勇也」



いないとわかっていても呟いてしまう。ぽたぽたとシーツに跡をつける。

いくら勇也に励まされても消えない病気の不安。いつも忘れようと努力してきた。だけど、その度に起こる発作や動悸が忘れさせてくれなかった。



『諦めないでくれよ。苦しいのはお前だけじゃないんだぞ?怖いなら一緒に泣いてやる。辛いなら愚痴を聞いてやる。苛つくならそれを俺にぶつければいい。悩んでも迷ってもいい。だけど、逃げないでくれ』



ふと、彼に言われた言葉を思い出す。涙は自然と止まり、目を瞠る。今まで、そんな言葉をかけてくれた者などいなかった。自分のことのように傷付いて、案じてくれる者など他人ではいなかった。だからこそ、彼女は彼を好きになった。



『諦めないでくれ。俺は一年後も二年後も三年後もその先ずっと、ずっと千歳と生きていきたいんだ。ずっと…………ずっと千歳と笑っていきたいんだ!』



一年後も、二年後も


私は本当に生きてるんだろうか?



「ううん、生きてるかなんて気にしなくていい。生きればいいんだ」



たくさん、勇也に愚痴を吐いた。不安を述べた。そして、やっとわかったことがある。

病気は忘れるんじゃない。受け止めて、対処方を考えなければ意味がない。今、ここで気持ちまでも負けていたら、すぐに病気にのまれて死んでしまう。



「大丈夫。今は一人じゃない」



愛しい人の顔を思い浮かべて、彼女はいつの間にか動悸から解放されて、眠りについた。






「今日は肉じゃが!」


「お!最近好きだな。煮物」


「うん、肉じゃがは甘いから更に好き」



勇也と買い物に出た千歳は買い物カゴにじゃが芋やタマネギを入れていく。他にも人参、グリンピース、豚肉を入れる。



「千歳さぁ、みりん入れてる?」


「え?入れるものなの?」


「いや、入れてる人の方が少ないかも知れないけど、せめて肉の下味くらいには入れといた方が美味しいと思うけど」


「下味………………」


「もしかして、それもしてない?」



千歳はにっこりと微笑んで思いきり頷いた。肉の下味といっても、結局人参などと一緒に煮込んでしまうから皆省きがちだが、やっぱりしておいた方がしっかりと味がつく。



「材料切っている間だけでもいいから、しといた方がいいぞ」


「わかった。何で味つければいい?」


「酒とみりんと醤油かな」



うんと、素直に頷いて、彼女はルンルンと会計を済ませた。

荷物は勇也と半分ずつ持って、あいた手を握る。



「へへ、何か未だに妻とかっていう感じしないんだよねぇ」


「まぁ、付き合いだして一年で結婚、それからまだ一年しかたってないしな」



一年たっても、二年たっても、彼女はまだ俺の隣りにいる。



手の温もりがなくならないことに勇也は嬉しく感じる。一年前に諦めそうになった存在を手放さないでよかったと心から思う。



「永遠の恋人から永遠の夫婦へ」



彼が呟いた言葉で彼女はまたあの時のことを思い浮かべる。






手術着をきた千歳は一つ息をついた。勇也が来るまでの時間、一人で心を落ち着かせていた。だが、緊張は一向にほぐれることはない。

手術する時に付属品はつけてはいけない。綺麗な宝石がついている指輪を名残惜しそうに外して、千歳は一つ息をつく。

今まで、病気から逃げることで精一杯だった。どうせ死ぬとか、どうせ治らないとか、そんな弱気なことを考えていた。けれど、勇也と出逢ってから、付き合ってから、彼女の中でそんな気持ちは薄れていた。

自分でも不思議なほど、勇也は彼女の中で大きくて優しくて温かかった。



「大丈夫大丈夫」



何回その言葉を心の中で呟いても心臓の高鳴りは落ち着かない。



「千歳」



病室に静かに入ってきたのはついこの間夫となった者。顔を見ただけでどこか安心して、笑みをこぼした。

しばらく二人で言葉を交わしてついに時間がきた。看護士に呼ばれて彼女は手術室に向かう。

たった三十分くらいしか話していないのに、あれだけ緊張で固くなっていた身体はあったかくなって落ち着いている。



ありがとう



千歳は手術台に横たわりながら、心の中で述べた。

今ここで一生を終えてしまっても、後悔は絶対にしないと思えるほど、彼女は幸せだった。






八時間という大手術を終えて彼女はぼんやりとする視界の中から大好きな人の姿を認める。手術前にあの言葉を彼に言った。だから、次に会えた時も言わなければいけない。そのまま眠りそうになるのを我慢して、彼女は小さく、それでも彼に聞こえるくらいの大きさで言った。



「ただいま」






あまり泣かない貴方が


あの時だけはすごく涙を流して


必死に言葉を返してくれたよね






「おかえり」






今でも昨日のことのように思い出せる


あの時のこと


屋上の出逢いから


付き合い


デート


プロポーズ


結婚


手術


どんな時も


いつでも貴方が隣りにいてくれた


私に温もりをくれた






『限られた時間の中で』


高校時代の彼との出逢いから


私の病気が治るまでの


その短い時間を


私達はそう呼ぶようになった


その時でしか


その時期でしか


感じられない想いや気持ちが必ずあるから


その一つ一つを私達は忘れないように


大切に


心にしまっている






「ねぇ、勇也」


「あ?」


「本当に、私達の生活が落ち着いたらさ」



千歳は勇也の腕に絡みついて、静かに呟いた。



「可愛い赤ちゃん産みたいよね」


「─────────っ、おま、可愛いこと言うなよな」



照れる勇也は最初の頃を思い出させる。だけど、あの頃とははっきりと違う。

彼女は嬉しそうに目を細めて、今ある幸せを噛み締める。






過去も


現在も


未来も


私達は変わらず愛し合う


そう






この『限られた時間の中で』







はい、番外編最終話です。そして、この話で限られた時間の中でを修了いたします。長い間お付き合いして頂き大変感謝しています。

思ったよりも落ち着いた話ができ上がったので、かなり満足しております。

もし、よかったら感想及び評価、送ってくれると嬉しいです。では、また機会があったらお会いしましょう。

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