見舞い
そして僕は元の生活に戻った
彼女をあの白い病院に残して
「よ!退院したんだな!清水」
勇也は久々の学校に登校してきた。慣れたはずの制服は馴染まず、校舎を見るのは何故か新鮮だった。声をかけてきたのはおそらくクラスメイトの男子。
勇也はぎこちなく笑って挨拶をした。
『なぁに変な顔してんの?緊張したって無意味だよ!』
いないはずの彼女の声が聞こえたような気がした。見渡してもやはりいない。ただの幻聴だったようだ。
学校でも千歳に振り回されているような気がして苦笑した。彼女であって彼女ではない言葉のお陰で勇也はその日自然にクラスメイトに接することができた。
「にしても残念だなお前。修学旅行行けなくて」
「あぁ、そんなんあったっけ?」
学校のことを教えに来てくれる者はほとんどいなくて、勇也は状況が理解できていなかった。
彼が病院で一人になりたかった理由はこれだった。誰も自分の見舞いに来てくれない。そんな病室にいても逆に辛いだけだと、そう思ってしまった。そして、屋上に…。
「あいつ…どうしてるかなぁ?」
また屋上にいるんだろうか…。そう、思いながら窓の外を見つめる。授業の内容はそれでも勉強を少しはしていただけあってまだ理解はできた。友達も以前と変わらず馬鹿やって笑っている。だけど、どこか物足りない。
理解できない自分に更に悩む。一体何が不満なのか。
「あいつって誰のことだ?」
「あ?いや、同じ病院にいた奴のことだけど?」
「もしかして女か?」
「確かにあいつは性別女だけど…」
「ひゅー!ついにお前にも春がきたのか!」
「はぁ!?そんなんじゃねぇよ!」
賑やかな空間に戻った。それは嬉しい反面苦しい。また上辺だけの付き合いが始まると、そう思ってしまうからだ。彼にとって入院は身体に傷がついただけではなく、心に傷を負ってしまったようだ。
もう、痛い所はないはずなのに苦しい。
僕は勝手な思いで皆の存在を否定した
だけど、否定できなかった存在が…君だったんだ
勇也は学校帰りに家とは違う方向へ足を進めた。一人で歩く道のりは孤独というより楽しみ。決して静かではない道を気にすることなく、逆にその音を楽しみながら歩く。
「早く行かねーとな」
陽が沈みそうなのに気付き、走り出す。早く行かねば屋上を離れてしまう。病み上がりだということを忘れて全力疾走している。
「よ!やっぱりいたな!」
「勇也!」
彼の姿を見て立ち上がる千歳。クラスの女子を見た後だからか、彼女がかなり細く見えた。小柄だとは思ってはいたが、異様な細さを今では感じる。
「本当に来てくれたんだ!」
「はは!予想以上に不細工な顔してたな!」
「何それぇ!ひどーい!」
足も腕も腰も肩も…全てが折れそうなくらい細く、痛々しい。
こんなに痩せてたんだ…と内心で思いながらも表情は穏やかで、千歳は気付く気配がなかった。
「今日、久々に学校行ったよ」
「本当!?皆元気そうだった?」
「あぁ。少し、残酷なくらいな」
儚く笑んだ彼が思っていることを悟ったのか、千歳は同じように笑った。無言で何もしてはくれないが、聞かずに傍にいてくれることが勇也は嬉しかった。
「あ、そういえばお願い考えてきた?」
「あ、忘れてた!」
「もぉ!別に期限は決めてないけど、早く言ってくれないと何となく怖いじゃん!」
にやりと意地悪い笑みを向けて勇也はぶつぶつと聞き取れない声量で呟き始めた。千歳は少し顔を青くして慌てる。
「ちょ!何よその顔!」
「ふふふふ」
「気持ち悪いからやめてよ!」
珍しく自分が振り回していることに快感を覚えたのか、なかなかやめようとしない。その内彼女はいじけてあらぬ方へ身体を向けた。
「何よ!そんなことしてるならお願い聞いてあげない!」
「あぁ!悪かった!もうしないから」
彼女は顔だけ勇也の方を向いてくりっとした丸い瞳を上目にさせる。
「本当?」
「あ、あぁ」
慣れないその表情に思わず心臓が早くなる。ぎこちない表情でそれに気付いたのか千歳は肩を震わせて笑った。
「本当、勇也はあきないなぁ!」
「─────!?お前こそ人で遊ぶなよ!」
「だってぇ!可愛いんだもん!」
「嬉しくねぇよ!」
こうしてこの日二人が会話をしたのはこの夕方の時間だけ。
互いにとても大切で
とても必要な時間
三話目です。今回は少し短めの話でした。学校、病院少しずつ二人の行動範囲が広くなります。
少しこの話の終わり方をまだ悩んでいます。なりゆきに任せてしまうかもしれません。もしよかったら最後までお付き合いして下さい。
三亜野雪子