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限られた時間の中で






永遠の恋人から


永遠の夫婦へ






季節は冬。二人は既に付き合ってから一年を迎え、今日は約束の日。そう、千歳の誕生日だ。

婚姻届を出して、見事夫婦となった二人は病院のあの屋上へ来ていた。冷たい風が二人を吹き付ける。陽は既に沈みかけ、星がチラチラと覗いている。



「夫婦に…………なったんだよね?」


「あぁ。夢じゃないぞ?現実だ」



奥に足を進めた勇也は振り返り、微笑んだ。婚姻届を出すだけで夫婦となれる。紙一枚の関係。けれど、それは二人にとって何よりも尊い関係で。彼は千歳に手を差し延べる。彼女は素直にそれを受け取って、少し冷えた手を添える。

彼の腕の中に引き寄せられたと思ったら、勇也は千歳に白く透ける布を頭にかける。



「実感したいだろ?」


「え?あ、うん」


「ここで、結婚式あげようぜ」



今日は丁度彼女は白い落ち着いた服を着ていて、勇也も崩れた服装ではなかった。頭にかけられた布は結婚式に被るあれを連想させ、彼女をその気にさせる。嬉しそうに微笑んで、頷く。



出逢いは屋上で。



「一生、千歳を愛し傍にいることを、誓います」



永遠の恋人を誓ったのは屋上で。



「一生、勇也を愛し………」



そして今、その屋上で永遠の愛を誓う。



「ずっと、ずっと傍にいることを誓います」



永遠の恋人から、永遠の夫婦となる。



小さな輝きに見守られながら、二人は甘いキスを交わす。視線が合えば、勇也は切なそうに表情を歪ませて彼女を抱き締める。細過ぎる彼女の身体は一年前から変わることなく、身長も、髮も、全てが勇也にとって愛しかった。



「痛いよ。勇也」


「絶対だぞ?誓いだからな。ずっと、ずっと………」


「傍にいるよ。絶対」



確かな支えを手に入れた二人は、今までで一番高い壁に挑むべく、互いの温もりを確かめる。どんなことがあっても、どんなことが来ても、この温もりを忘れないように。

永遠なんて不確かで、あやふやなものを信じて。

夜空の下で、いつまでも二人は抱き合っていた。






そして、


君はあの部屋へ


入って行く






夫婦になってから一週間。千歳は手術着に着替えていた。心臓が高鳴る。落ち着かせようと頑張るが、それは無意味なことで、逆に緊張が高まっていく。身体を固くしていく千歳の肩を勇也は引き寄せた。



「怖いか?」


「当たり前でしょ?」


「うん。それでいいよ」



意味のわからない慰め方に千歳は表情を歪ませた。いつもよりも優しい声音で彼は言葉を紡ぐ。



「恐怖があるのは、まだ希望があるから。希望が何もなければ諦めがついて怖さは何も感じないけど、希望が少しでもあるから、怖いんだ」



人は恐怖に勝って、希望を掴む。そう言えば格好いいが、恐怖は勝つものではなくて認めるもの。恐怖が出てくるのはその先に光が少からずともあるから。真っ暗な道を歩いていれば、麻痺して何も感じなくなる。



「そっか、そうかもしれないね」


「大丈夫。俺は千歳の中にいるから」


「もぅ、現実的なのか、空想的なのかわからないね。勇也は」



恐怖を認めて、それごと受け止めれば、もう何も怖くない。

彼女の温もりを感じていた勇也は不意に何かに気付いて、千歳を放した。顔を赤くして、口をパクパクしている。



「勇也?」


「おま、何も………」



勇也が言おうとしていることを察して、千歳も顔を赤くした。手術着、ということは簡単な構造の服一枚を羽織っているだけで、他には何もつけていないのだ。そんな恰好の彼女を抱き締めた勇也にあれが当たったのだ。



「ごめん、そうだっけな」


「もう、そんなに赤くならないでよ!こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃん!」


「いや、だって………あれはやばいって」



違うことで二人の心臓は高鳴る。思わず千歳は噴き出して、笑い始める。緊張は嘘のように引いて、これから手術するなんて思えないくらいリラックスしていた。勇也も彼女につられて笑う。



「三島さん。そろそろお時間ですよ」



手術の時間を知らせに看護士が入ってきた。千歳はベットから腰を浮かせて、看護士についていく。



「千歳………」



話すことなどないのに、自然と口から名前が出た。彼女は綺麗な笑顔を勇也に向けて、明るい声で言った。



「行ってくるね。帰ってきたら、そういうこと………もっとしてもいいよ」


「ば!そんなこと簡単に言うなよ!」


「勇也だから、言えるんだよ。勇也だから、信じて行ってこれる。…………行ってきます」



どくん



この時、彼の背筋に悪寒が走った。けれど、それを悟らせないように努めて、彼女と同じくらい綺麗な笑顔を作る。そして、頑張れるように、帰って来れるように、優しく穏やかに言い放つ。



「行ってらっしゃい」






高校生という


大人でも子供でもない


その『限られた時間の中で』


僕達は愛し合い


夫婦となった






僕達のその刻は


終わりを告げた







二十五話目です。次がやっと最終話です。ここまで読んで下さった皆様。どうか、最後までお付き合いして下さい。なお、最終話が終わってもニ、三話番外編を書くつもりなので、そちらもよろしくお願いします。

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