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ありがとう





初めて


向き合った






心臓が痛いくらい鳴っていて、身体は冷えている。今日は日曜日。両親が珍しく家にいるその日、勇也は決心して二人のいるリビングに入った。母親は朝食に使ったお皿を洗い、父親はテレビを見ていた。

音をたてないように扉を閉めて、唾を飲み込む。逃げ出したい衝動を何とか堪えて勇也は父親が座る向かいに腰をかけた。



「父さん、話があるんだ」


「何だ?お前が私に話なんて珍しい」



少し面倒そうに顔をしかめる父親に一瞬怯むが、勇也は奥にいる母親に視線を送る。



「母さんも、聞いてくれないか?」


「え?はいはい」



手を拭いていそいそと父親の隣に座った。テレビを消して、シンとした空気の中三人は向かい合う。勇也はそらしていた視線を二人に向けて、口を開いた。



「俺、この前の自分の誕生日に千歳にプロポーズしたんだ」



突然で現実味のない言葉に二人は何のことだか理解できなかった。プロポーズなど、高校生の口から出るとは思っていなかったからだ。だが、勇也は構うことなく言葉を紡ぐ。



「無理を承知でお願いします。あいつの誕生日に結婚させて下さい!」



今まで彼がここまで真剣な顔で親と話したことはなかった。それはどれだけ本気なのかを示している。だが、逆に二人はそれを了承するわけにはいかない。



「何を馬鹿なことを言っている!」


「そうよ、勇也。貴方はまだ高校生なのよ」



二人がそう言うのは当たり前で、何の言葉も返せない。だけど、このまま食い下がるわけにはいかない。手に必要以上に力が込もり、勇也は震え出しそうな身体を何とか保つ。



「本気なのはわかった。だが、結婚はもっと落ち着いてからでも」


「それじゃ駄目なんだ!」



焦って声が裏返った。思わず立ち上がって勇也は必死に二人に叫ぶ。



「今年中じゃないと駄目なんだ!あいつには今、結婚しかないんだ!早く、早くやらないと………。結婚もできなくなっちゃうんだ」



肩を上下させる彼に二人は顔を見合わせた。焦燥している勇也は最後の手段として結婚を切り出したのだろう。今まで両親と話しすらほとんどしなかった彼が、大事な話でさえ省いてきた彼が、真正面に立って訴えてきている。

二人にも彼の真剣な気持ちは理解できた。



「どういうこと?」



事情も知らないままだと話にもならないと察した母親が優しく聞いた。勇也は呼吸を落ち着かせて、もう一度腰をかけた。一つ、一つ、彼女の病状のことを告白し出した。

二人は途中で口を挟むことなどせず、神妙な顔でそれを聞いていた。話終えた時、深く考えるようにしばらく動かなかった。



「お前、この前合格した大学受けたのはもしかして彼女のためか?」


「え?」



推薦をもらって受けた大学はこの前見事に合格した。両親には大学をそこにするしか言ってなかった。理由も、状況も何も。

勇也はゆっくりと頷いた。父親は深々と溜め息をついて、勇也に向き直る。



「高校生なんて学生の時に結婚なんかするものじゃない。どうしてだかわかるか?」


「経済的自立と精神的自立がまだだからですか?」


「そうだ。それじゃぁ、彼女を支えることなどできはしない」


「……………じゃぁ、父さん。それがなければどうして結婚しちゃいけないんですか?」



真面目な顔で問い返されたそれに父親は眉をひそめる。彼は曇りない瞳で言葉を繋ぐ。



「俺は、今すぐにも二人で暮らしたい。二人で生きていきたいと言っているわけではありません。今、彼女が手術に立ち向かっていける勇気のために結婚という形が欲しいんです。支えが欲しいんです」



彼女が逃げ出さない、彼女が安心できるものが欲しい。例えそれが形だけのものでも。それが今はそれほど関係ないものでも。自分が与えられるものは何だってあげようと、決意したから。



「お願いします!結婚を許して下さい!」


「……………お父さん」



母親は父親に判断を任せた。しばらく目を閉じて悩んでいた父親は勇也の顔を見る。最近まで何の感情も出さなかった何もない人間だった彼は、今では一人の女性のためにここまで熱くなっている。人間らしい姿を見れたことに内心で嬉しく感じた。



「幸せにする覚悟はあるのか?」


「はい」


「一生愛す覚悟もあるのか?」


「はい」


「そこまでして彼女を助けたいのか?」



勇也は助けるという言葉に首を傾げる。何か違う気がする。そう思って考えた。






「助けるんじゃなくて、支えたいんだ。彼女が大切で、彼女を失いたくなくて……。だから俺のために、自分のために彼女を生かしたい。俺にとって彼女は人生の全てだから。死ぬまで彼女を支えていきたいんだ」






それを聞いた父親は苦笑を浮かべた。暖かい、本当に優しい笑顔に目を瞠る。父親がこんな風に笑うのは非常に珍しい。もしかしたら今まで見たことがないかもしれないと思うほどだ。



「相手のご両親が納得してくれたら、私からは何も言わない。好きにしなさい」


「本当?」


「ただし、ちゃんと大学は卒業して、ちゃんとした所に就職しなさい。それを約束できるなら大学に入ってから二人で暮らすことも許してもいい」



冷えていた身体は次第に暖かくなってくる。目頭が熱くなり、こぼれそうになるものを必死に抑えた。だけど、それは無駄な努力で、結局頬に温かい滴が滑り落ちる。



「────────────────ありがとう。父さん、母さん」



本当に、こんなに長く話したのは久々で。二人がここまで真剣に話を聞いてくれるとは思っていなかった勇也は、予想以上に自分のことを千歳のことを考えてくれた二人に感謝した。心からのお礼は二人の胸に響いて、その場を和ませた。






ありがとう


呪文のようなそれが


自然と口からこぼれた







二十三話目です。かなり無理矢理OKさせてしまいましたが、いかがだったでしょうか?実際、両親に高校生が結婚したいなんて言えませんよね?勇也はかなり頑張ったと思いますよ。

ありがとう、この言葉はかなり奥の深いものだと思います。言えばそれだけで人を幸せにする力がある。もちろん、心から言えばの話ですけど。皆さんもたくさん使っておきましょう!

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