体育祭
走って
争って
疲れる
体育祭
朝からばっちり体操着姿で決める。赤い八巻、短めの靴下、グランドシューズ。そして憂鬱な表情。
「ほら、シャキっとしてよ!いくら面倒だからって、そんな変な顔しないでよ」
「だって、お前の言う通りにほとんどの競技に強制的に出されたからさぁ」
深々と溜め息をつく勇也に苦笑を向けて、千歳はプログラムを見る。クラスルームリレーはもちろん、綱引、障害物リレー、二人三脚、借物競争、そしてクラスの中で一番速い者を三人選んで行う選別リレー。計六つの競技に出なければならない。
チェックをつけると半分は出ている。これは嫌になるわけだ。
「特に嫌なのは借物競争。毎年変な物が書かれてるとか…………」
「先生のカツラとか?」
「いや、確かに変な物ではあるけどそれはいくら何でも失礼だろ?」
「やっぱり?」
くすくすと笑う千歳に励まされたと気付いて、勇也は自嘲する。
「ほら、清水!彼女と遊んでないで準備手伝え!」
「あ?準備って生徒会の仕事だろ?当日になって何やってるんだよ」
仕方なく勇也は千歳と離れて体育祭の準備にかかる。そして、開会式、準備体操を終えてついに体育祭開始だ。
六つも掛け持ちする彼は最初から出番だ。足首を回しながら勇也は溜め息をつく。その様子を見兼ねて、クラスメイトの木之下が声をかける。
「おい、そう嫌そうな顔をするなよ。な?」
「まぁ、やるからには全力でやるさ」
「彼女も見てるしな」
「るっせ!」
結果は誰もがわかるだろう。他のクラスよりも運動神経がいい者が多い勇也のクラスはどの競技でもほとんどが一位、もしくは二位だ。午前の競技を四つこなした勇也は流石にへろへろとなって千歳の場所に戻って来た。
「大丈夫?」
「んなわけないだろ」
「だよね」
あははと乾いた笑いを上げて、千歳は勇也の汗をハンカチで拭ってあげる。その光景を羨ましそうに男女が見ていたことを二人は知らない。
お昼はもちろん二人でお弁当を食べる。ちなみに勇也特製。
「って、だから何か立場違くない?」
「何が?美味しいね、勇也のお弁当」
喜ぶ姿を見ると何でも許してしまいたくなる。破顔して、彼女を見つめる。あと、何回このような時間を共有できるだろう。あと、何回この幸せそうな姿を見れるだろう。
自分の中にある不安は彼女が治るまで無くなることはない。それは彼女もそうだ。本人が一番怖いのに他の人がその不安を述べてはいけない。
ただ、勇也が気になるのは彼女が自分の教室にいる時のこと。彼女からあまり友達の話をしないのだ。
ま、俺もしないけど………。
お互い様なので聞いたことはない。二人は昼休みいっぱい午後の体育祭について話し、次の競技のためそれぞれの応援席に戻った。
そして、ついに勇也が恐れる借物競争の時間が来た。ルールは簡単、紙に書かれた物を持ってゴールするだけだ。
勇也は覚悟を決めてスタート地点に向かう。
「用意、スタート!」
同時に数人の生徒が真ん中にあるボックスめがけて走り出す。勇也より先にその箱に手を入れた男子は書かれた内容に絶叫した。
「はぁああ!??校長先生の眼鏡ぇ!!」
校長先生、それはよく見るがあまり関りのない近づき難い存在。
「異性の髪の毛ぇ!?」
「水ってどう持って行けばいいの?」
そこらから聞こえる非常識な言葉に勇也は箱に手を入れることに戸惑う。思い切ってそれに手を入れれば一枚だけしか残っていなかった紙に触れる。
「……………………」
無言でそれを読み上げて勇也はダッシュする。それぞれが混乱しながらも紙に書かれた品物を取りにいく。彼が向かうのは見るからに千歳の所。
「勇也?一体何て────っ!?」
彼女の腕を引いて勇也は横抱きにする。突然の行動に彼女は状況が理解できない。軽過ぎる彼女を抱いて走るのは他愛のないことで、勇也は恥ずかしがるというよりむしろ嬉しそうに走る。
「ちょ、勇也?」
「ほら、これが書かれてた内容」
勇也は彼女に握っていた紙切を差し出した。そこには可愛らしい丸文字で『好きな人』と書かれている。片想い中の人やいない者にとってかなり悩む内容だ。勇也は心底彼女持ちでよかったと思った。
一年前の自分だったらどうすべきか悩んでいたことだろう。
「でも、何でだっこして…………」
「お前走らせるわけにはいかないだろ?それに、やってみたかったから」
意地悪い笑みに彼女は顔を赤くする。もうすぐゴールだ。見れば勇也の他にも近づいてくる者が数人いる。
「ねぇ、追い抜かれちゃうよ」
「んなことさせねぇよ。せっかくお前が参加できるのに、負けるわけないだろう?」
不敵に笑った勇也の速度は一気に上がる。いくら軽いと言っても人一人抱えた状態でよくここまでの速さを出せるなぁと千歳は感心する。走る時に感じる不規則な風、流れる景色、懐しくて目を細める。
胸が高鳴る。ほんのりと感じる温かさが心地好くて、自然と笑みがこぼれた。そして、言った通り彼は誰にも抜かされずにゴールした。
「楽しかったぁ!あの紙書いてくれた人に感謝しなきゃね」
「はは、俺は明日絶対筋肉痛だよ」
疲労感でやつれてしまっている勇也は喜ぶ彼女に嬉しさを覚えつつも笑顔を作ることができない。極限まで体力を使った結果だ。
「お疲れ様」
「どうも。お前も楽しかったか?」
「うん」
本当、あと何回………。
幸せの時でさえつきまとうその不安に勇也はいつまで耐えられるのか。
彼女が笑う度に嬉しさと切なさが胸を締めつける。
彼女が微笑んで
僕は笑う
それしか今はできいないから
十九話です。次は文化祭かも。借物競争、書いてある内容が面白いのだと楽しそうですよね。だけど好きな人は困りますね。いなかったらどうしましょう?次は二十話、早く終わらせたいなぁ。