不安
不安と
安らぎ
夏休み、それは発作を起こしてしまった彼女にとって不自由な休日となってしまった。病室から外を眺めると湿度と気温の関係で景色が揺れて見えた。とても暑そうとしか思えない場所に彼女はいる。
温度調節がされたこの部屋は快適ではあるが、何の感動も生まれない。なまった身体は捻らせることでしか解消できなくて、彼女はつまらなそうに息をついた。
「もう少し我慢しろよ。八月に入ったら許しがもらえるさ」
「うん。だけど、せっかくの休みなのに外に出ることもできないなんて面白くないんだもん」
頬をふくらませる彼女が可愛くて勇也は失笑してしまった。高校二年生。この年は一番遊びたい年頃だろうと大人びた考えを浮かべた。最近、彼は夏休みが終わった後のことをよく考える。発作は治まったから、彼女はまた高校に通い始めるだろう。二年生の二学期。そこであるのはいくつかの行事。特に修学旅行だ。
勇也は気付かれないように瞳を曇らせた。修学旅行に彼女が行くということは数日間顔を合わせない日がくるということだからだ。自分が知らない時に彼女が発作でも起きたら、と考えたくないことを考えてしまう。
「勇也?どうかした?」
心配そうに覗き込む彼女に気付いて、勇也は顔を上げた。二学期のことを考え込んで彼女の視線に気付かなかったのだ。ぎこちなく笑って見せて、勇也は大丈夫と呟いた。
「大丈夫?最近また無理な勉強とかしてるんじゃないの?」
「大丈夫だって。ちゃんと睡眠もとってるし、無理はしてないから」
穏やかな笑顔に千歳は微笑んだ。
千歳はいつも勇也を見ているだけあって、彼に関しては鋭い。冷や汗を流しながら、内緒で息をついた。勇也が剥いた梨をシャクシャクと食べる彼女は幸せそうな顔を顔をする。
「ねぇ、勇也。そういえばさぁ私達の高校ってどんな文化祭とかやるの?」
彼女は去年、半年の間入院していたため行事系は全く把握していない。勇也は二年前のあやふやな記憶を頭の中から堀起こした。
「えっと、普通に模擬店とかかな?さして他の高校と変わらないんじゃないか?」
「本当?じゃぁ、一緒に店回ろうね」
普通の恋人のような会話が彼女は好きだ。約束や記念日、デート、どんな些細な行事も彼女は喜んで勇也を誘う。
体育祭、文化祭、修学旅行。そんな順番で行事が続いている。彼女はまだ修学旅行の方を気にしてはいないらしい。勇也は安心しながらも、また不安に襲われた。
「その前に体育祭かぁ」
「その日はほとんど見学か?」
「そう、つまんない。勇也はまた無理矢理いろんな競技に出させられるんじゃない?」
「うげ……………。あーぁ、次の日死ぬだろうな」
「金曜日でよかったね」
何も考えなくていい時間は二人にとって安らぎの時間。馬鹿な話をして、笑って、キスをする。それだけだったら普通の恋人同士なのに。そう、何度も彼は思った。彼女の病気に感謝しながらも、彼女の病気を恨んで、矛盾する気持ちが彼を苛つかせる。
彼女はまだそれに気付かない。そのことに安堵しながらも淋しく思う。
「体育祭に文化祭に……………修学旅行か」
どくん
そして彼女は呟いてしまった。彼が一番気にしているその言葉を。その行事を。
隠せない驚愕した表情に千歳は予想していたのか、目を細めた。顔を伺うように傾けて、大きくてくりくりとしたその瞳を勇也に向けた。
「行ってほしくない?」
「何が?千歳は楽しみなんだろ?行けばいいじゃん」
思ってもいないことを言う。彼女の気持ちを潰ようなことは言いたくなかった。精一杯の笑顔を彼女に向けて、勇也は更に言葉を続けた。
「そんなに過保護になっても、仕方ないし」
「うん。だけど、心配してくれてるんだよね?」
結局気付かれて彼は先ほどの言葉を後悔した。過保護なんて言わなければまだ気付かれなかったかも、と。病人である彼女に余計な気遣いをさせてどうする。っと、自分で自分を責めた。
それも読んだのか、千歳はくすくすと声を上げて笑いだした。
「あははは!勇也、気にし過ぎ!気付いてないの?付き合い出してからずっと勇也そんな性格だったから!今更隠そうなんて遅いよ」
「なっ!何だとぉ!俺がいつそんな性格お前に見せたよ!」
「毎日だよ!ま・い・に・ち!」
拗ねたように口を尖らせる勇也に千歳はまた噴き出した。付き合い出す前と変わらない状況。むしろ悪化していく二人の世界で彼らは変わらず、だが深め合う愛に互いに心を温めていく。
薬の香りが充満する白い病院。白いスーツに彼女は変わらず座っている。あと、何回この姿を見るのだろうか。そんなことを思いながら勇也は千歳に優しくキスをする。
細過ぎる身体はすっぽりと彼の腕の中におさまり、長いまつげはまだ恥ずかしいのか小さく震える。
「で?本当のところはどうなの?」
「行ってほしくなんかないさ。何処にも。そんな所に行って発作なんか起きればどうなる……………。だけど、行きたいなら俺は普通に送り出すよ?」
好きだからこそ、相手の気持ちを尊重したいと思う。好きだからこそ、束縛したいと思う。好きだからこそ…………。
ただ、純粋に一緒にいたいと思う。
「うん、考えとく」
「ここまで言わせておいて答えはそれかよ!」
「もっと近づいたら言うよ!私だって困ってるんだから」
勇也が言っていることが充分に理解できるからこそ、彼女は余計な言葉を言わない。問い返したりなどしない。
言わなくてもわかるから、言わない。だけど、それだと不安になるから時々声に出して聞くのだ。わかりきっている気持ちを。
「ま、いっか。じゃぁ、近くなったらな」
信頼と
不安は
紙一重かもしれない
十八話です。次はもう夏休みを終えた後の話に入ります。二、三話無駄な話をしたらやっと本題に入ります。四月中は無理でもG.W中には終わらせたいと思っています。最後までお付き合いして頂くと嬉しいです。