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生きて





彼女に真実を


告げるか告げないか






今年中に手術をしなければ危険な状況。無情なその言葉は何度も勇也の頭の中で繰り返される。だらりと垂れた腕は何の力もなく、彼の心情を表わしている。隣りでは千歳の母親が泣き崩れてしまっている。

この前千歳はあと二キロ増えれば手術ができると喜んでいた。だが、その二キロ増やすのにどのくらいの時間が必要だろうか。言えることは一年では無理だということだ。あの時の千歳の顔を思い浮かべて、勇也は瞳を揺らした。

手術しなければ一年ももたないか弱き生命。血が滲むほど唇を噛み締めて、己の無力さに腹が立つ。ふらりと覚束無い足どりで人気のない所まで歩く。階段を上り、辿り着いた場所は彼女と知り合ったあの屋上。

いつもいたあの笑顔を向ける少女はいなく、淋しいその地を風にさらす。乾いた瞳を無心に向けて、彼はその場に座り込む。



「あと………どのくらい?」



あとどのくらい彼女の生命はもつのだろう。すっかり陽は暮れて、空には闇が広がる。冬よりは明確ではないが、かすかに輝く小さな光はまるで勇也を慰めているようだった。

乾いていた瞳は次第に目に溜まるもので揺れる。こぼれないように上を向けた顔は意味なく、そこから温かいそれが流れゆく。肩を震わせて、漏れる嗚咽を彼は抑えることなく空に投げつけた。






会ってからまだ一年もたたない僕ら


高校生と未熟なその心で


懸命に愛し合い、支え合った


限られた時間の中で


彼女の病気が治るのを祈りながら


できることを、やれることを


ただ、懸命に………






目を腫らして戻ってきた勇也を見つけて、千歳の母親は椅子から立ち上がる。こちらも同じくらい目を腫らしてまっすぐに勇也を見た。小首を傾げながら彼女に近づいた。



「どうしました?」


「あの………」



口を何回も開閉するところを見ると、言い難いことなんだと悟る。彼は座るように促して、隣りに腰を下ろした。千歳の病室にはもう入っていいのだが、今は決心がつかない。

しばらくそのまま会話もせずにいたが、場の重さに耐え切れなかったのか、母親が口を開いた。



「もし、よかったら千歳にこのことを言うか言わないか貴方が決めてくれない?」


「え?」


「多分、あの娘もそれを望んでいると思うから」



いつも千歳の世話をしてきた母親。誰よりも彼女のことを理解していると言っても過言ではない。彼女のことを思って、彼女のことを考えて言った。勇也は困ったように視線を落とす。残酷なこれを自分は述べなければならないのかと苦しむ。



「もちろん、嫌なら私から言うわ。だけど、話すべきなのかどうかは貴方が決めてくれないかしら?」


「どうして………?」


「貴方にはそれだけの権利があるから」



もう夜遅いからと言われ、今日のところは帰ることとなった。最後に千歳の顔を覗けば、既に顔色は戻り、整った寝息をたてていた。思わず微笑して、彼は病院を後にした。

楽しかった時間は嘘のようだと思うほど彼の心は凍っていた。今までにないほどの絶望を味わって、疲労を感じる。それなのにベットに入っても眠れなかった。



「どうして、こんなことになるんだろう………?」



ただ、幸せになりたいだけなのに



この世の中にはもっと辛い思いをしている者がいる。残酷なほどあっさりと、簡単になくなってしまう生命がある。だけど、そんなこと今の勇也には関係がない。人が大事にするのはやはり自分の周りにいる自分と同じ時間を共有する者達で。

それは誰であろうと同じこと。誰であろうと否定できない事実。



「神様、どうか──────どうかっ」






彼女を救って下さい






翌日、病室には不思議に思うほどケロリとした顔の千歳がベットに横たわっていた。雑誌を見ていた彼女は勇也の姿を認めて、起き上がる。やはり彼女の母親は昨日のことを伝えていないようだ。千歳は発作を起こしたことだけを気にしていた。勇也はまだ迷っていた。言うべきか、言わないべきか。

ただ、彼女の顔を見たくて病院に足を運んだ。勉強も手につかないくらい心配だったから。



「ごめんね。また迷惑かけて」


「だから、気にしなくていいって。迷惑なんて思ってないから。お前が無事ならそれでいい」



ありがとう、と遠慮がちに呟いた彼女を優しく抱きしめた。予想していなかった行動に軽く目を瞠る。

迷いを、無くして。震える声音で勇也は残酷な真実を彼女に伝える。



「千歳。お前の身体────────────」


「………………え?」



耳に直接囁かれたそれに彼女の顔は一変する。小刻みに震える身体をきつく抱き締めて、勇也は目を閉じる。互いの鼓動は激しく打って、彼女の体温が下がっていることがわかった。



「それ、本当?」


「こんな冗談言えるほど俺は酷い奴じゃない」


「そうだよね」



冗談だと思っていたわけではない。おそらく彼女なりの精一杯の抵抗なのだ。身体を離して、千歳は顔を下に向ける。数か月間、希望を見つけた彼女はいつも勇也に笑顔を向けていた。

久々だった。ここまで絶望に満ちた顔は勇也に自分の病気を述べた時以来だろう。



「どうしたい?」


「そうだなぁ、じゃぁ残された時間を勇也との思い出にするよ」


「諦めるなよ」



真っ直ぐな瞳は千歳を捕える。有無を言わせないその雰囲気に彼女は息を飲んだ。一瞬沈黙がその場を支配する。いつも好きだった彼の瞳は今日は怖くて、頬に冷たい汗が流れる。

握られた手には必要以上に力がこもっていて、痛みを感じた。顔をしかめても緩めることはしない。



「残されたなんて………短い生命とかそんな風に思うなら、俺はお前から離れる!!」


「勇也…………?」


「嫌なんだ!お前を失うのだけは絶対に」



無意識に流れている涙に気付かずにただ愛しいその者の顔を見つめる。

彼女にこのことを伝えるかどうかを迷ったのは千歳の心情のことを考えただけではない。このことを聞いて彼女が諦めてしまうことを恐れたからだ。



「諦めないでくれよ。苦しいのはお前だけじゃないんだぞ?怖いなら一緒に泣いてやる。辛いなら愚痴を聞いてやる。苛つくならそれを俺にぶつければいい。悩んでも迷ってもいい。だけど、逃げないでくれ」


「勇也………」


「諦めないでくれ。俺は一年後も二年後も三年後もその先ずっと、ずっと千歳と生きていきたいんだ。ずっと…………ずっと千歳と笑っていきたいんだ!」



最後の言葉は悲痛な叫び。いつの間にか彼女の頬にも涙が流れる。

初めて彼がわがままを千歳に言った。優しくて残酷なわがまま。握られた手は熱くて、胸も同じくらい熱くなっている。



「お前が諦めないで済むなら俺は何だってやるから」


「うん…………うん。ありがとう。勇也が私の彼氏でよかった」



互いにくしゃくしゃな顔で優しいキスをする。絶望から生まれたのは愛。互いを思いやるその想いはどんなものでも代わりにならないほど貴重で美しいもの。

誰よりも何よりも愛している彼女を勇也は手放したくなかった。


生きて


それは優しくて嬉しい、残酷な願い。それを理解しているから、その言葉は言わない。だけど、その想いを伝えずにはいられないから彼は泣きながら訴えた。






愛してる


僕らは何度も同じ言葉を繰り返して


崩れそうになった心を支え合った







十七話です。生きて、という言葉は絶望にしかない人には本当に残酷な言葉だと私は思います。同じくらい残酷だと思う言葉は『頑張って』。

言葉は人の心を左右させる言霊。生きてという言葉はいつどんな時に使うのか………。使い方と使う時によって人との関係が大きく変わるような気がします。人間関係って難しいですね。

そろそろ話は終盤に入ります。私の考えに同意してくれる優しい人からの感想評価をお待ちしております。


三亜野雪子

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