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遊園地






遊園地


そこで君は






冷えた身体は金縛りにあったように動けない。暑い気温の中なのに寒く、寒いのに汗が流れる。気持ち悪いそれを拭うこともできない。

喉が渇く。汗が流れる。身体が冷える。鳥肌が立つ。脳裏に浮かぶ最悪の状況が離れない。



「勇也?どうしたの?」



両手にジュースを持った千歳は不思議そうに勇也を見つめた。平然としている彼女に彼は深く溜め息をついた。一気に力が抜けてそこにへたり込む。慌てて千歳は近寄って顔を覗いた。汗塗れな顔は今まで千歳を探して走っていた証拠で。



「勇也、ごめん。喉渇いたから飲み物を」


「馬鹿野郎…………、心配………けんな」



勇也は千歳の身体を引き寄せてきつく抱きしめた。



「あら、見つかったんですね」



先ほど勇也がぶつかってしまった女性が出口から姿を出した。よかったですねと言いながら去っていく彼女からまた勇也に視線を移して、千歳は苦笑する。



「ごめんなさい。まさかここまで心配するとは思わなくて」


「お願いだから、怖いことしないでくれ」



わかっていた。これは理不尽なことだと。彼女は自分よりも早く出口に着いて飲み物を買いに行っていただけ。だが、その空白の時間が勇也にとって一番恐ろしいもの。恐怖な時間。

わかっていても言わずにはいられなかった。



「勇也、ごめんなさい。大丈夫だから………ね?」



ジュースを置いて彼の背を撫でる。恐怖が少しずつ抜けていく。寒かった身体は次第に温められて、鳥肌もおさまった。呼吸は整って、ゆっくりと千歳から身体を離れた。



「いや、ごめん。俺も…………心配性だよな」



笑おうとして失敗する勇也に千歳は胸が痛くなった。悪気などなかった安易な行動が勇也を傷付けたと自分を責める。彼の頬に手をあてて流れている涙を拭った。

哀しそうな彼女の顔に勇也は複雑な顔をした。



「ごめんなさい。心配してくれてありがとう」


「無事でよかった………」



安堵の笑みに千歳も優しく笑う。びっしょりと濡れた彼の身体は自分を懸命に探してくれた証拠で、ジュースを買いに行っただけであんなにも叱ったのはそれほど自分のことを心配してくれたということで。



「勇也ジュース飲むでしょ?」


「あ、うん」



場の雰囲気を変えるためか、千歳は勇也に買って来たジュースを渡す。渇いた喉をそれは潤し、気持ちを落ち着かせてくれた。



「帰ろう?」


「うん。そうだな」



二人は遊園地の入口まで歩く。少しずつ赤くなり始めた空は二人を明るく照らす。

入口付近にあったお土産店を見つけて、千歳は彼の腕を引っ張った。



「お母さんにお土産買わなきゃ。あと記念な物何か買お?」


「あぁ。そうだな」



店に置かれるのはこの遊園地のマスコットキャラと呼べるキャラクターのキーホルダーやシャープペン、財布、ノートなど様々な物だ。千歳は母親に小さなお菓子の缶を手に持って自分のお土産を考える。



「あ、ネクタイピンだ!」



遊園地のお土産にしてはシンプルで可愛らしいタイピンを手に取り考える。勇也の高校は男女共にブレザーだ。ネクタイピンは使おうと思えば両方使う。



「ねぇ、勇也!一緒にこれ買おう?」


「これか?まぁ、いいけど。何だ?学校につけてくのか?」


「うん!お揃いって何かロマンチックだし」



楽しそうに笑う千歳に勇也はそれを二つ持つ。



「おごってやるよ。記念だろ?」


「やった!勇也大好き!」



お土産を手にして御機嫌な千歳は入口でチケットを店員に見せた。



「今からだと電車いつあるかなぁ」


「さぁな。行けばわかるだろ。待つのもデート…………ってな」


「あはは。そうだ────っっ」



胸に感じる痛みに千歳は地面に膝をつく。呼吸がとまってしまうほどの鋭さに、額に汗が浮かんだ。勇也は弾かれたように振り返って千歳の顔を覗く。

青い。とぎれとぎれの呼吸がその痛みを物語っている。

勇也は遊園地の入口にいた店員に大声で叫んだ。






「救急車を!!早くっ!!!!」






シンとした時間が重い。

作り物の明かりはいつもより暗く感じて、勇也は腕に力を入れた。じめっとする手は緊張から滲んだ汗のせい。恐れていたことが起きてしまった。考えてしまったから起きてしまったのではないかと、決してありえないことに後悔を抱いた。



「千歳………」



隣で泣き始めてしまった千歳の母親の背中を必死で撫でた。正直、自分も人を慰める余裕がなかったため、言葉はかけなかった。



「大丈夫」



それは自分に言い聞かせている言葉。大丈夫、そう呟くほどに不安は募る。一分一秒が一時間よりも長く感じた。どれほどの時間がたっただろう。千歳が入れられた部屋から担当医が姿を出した。



「千歳さんのお母さんですね?」


「はい。千歳は………」


「大丈夫です。今は眠っています。ですが………」



妙に重い雰囲気を出す医師に勇也は不審に思った。口を開けば渇いた喉が舌からはがれる。そこから出した声は案の定かすれていて。



「何ですか?」


「もう、長くはないかもしれません。今年中に手術をしなければ千歳さんの生命は………」



告げられた真実は勇也の中にある希望の光を見えなくさせた。






今年中


それは呪文のように僕の頭に木霊して


絶望という感情を教えてくれた







十六話です。クライマックスが近づいています。未だにこれの感想も評価もきていないので淋しいのですが、挫けません!

今年中。それが彼女の生命の時間。さて最後はどの様にして終わるのか楽しみにしていて下さい。


三亜野雪子

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