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夏休み





受験と


約束


間に揺れながらも


結局僕は


どちらも選んでしまうんだ






三年の一学期の成績は勇也にとってかなり重要だ。先生に手渡された折り畳まれた紙を恐る恐る開いて、勇也は順に数字を追っていく。

9、9、8、10、10、9、10、8、10、10、9、9、10、と決して悪くない数字がその場に横並びしていた。頭の中で五段階に計算していくと5、5、4、5、5、5、5、4、5、5、5、5、5、とほとんど5と言えるべき優秀な成績だ。平均すれば約4、8。ここまで取れたなら大抵のところは推薦で進めるだろう。先生にも驚かれ、これならいけるかもと背中を押された。

少しばかり自信をつけた勇也はこの夏休みが最後の追い込みだと悟る。進学校でここまで成績を上げれたのも勇也に思うものがあるからで、気を抜いてしまうわけにはいかない。

それがわかっているからか、成績を見つめていても顔が緩むことがなかった。


そして、勇也は高校生活最後の夏休みに入った。






「やっと夏休みだぁ!」


「あっちぃ。今年の夏は一段と蒸すよなぁ」


「まだ仕方ないよ。この前梅雨過ぎたばかりだし」



ワイシャツ姿の彼女は清清しく見えた。鞄を軽く振り回して、スキップを踏んでいる。ずっと楽しみにしていた夏休みがきたのだから彼女がはしゃぐのも無理はない。だが、スキップをずっとするには体力を浪費する。勇也は千歳の腕を引いて止めさせた。

邪魔をされたことに気分を害することもなく、千歳は嬉しそうに彼の腕を掴んだ。



「ね、ね、今度のデートはいつにする?」


「本当に楽しみだったんだな。そうだなぁ、本格的な暑さがくる前に一回やるか?」


「本当?やったぁ」



まるで子供のように喜ぶ彼女が可愛くて勇也は目を細める。

細過ぎる腕は変わらなくても、彼女の病気は治っていなくても、その温もりは彼を安心させてくれる。

毎日彼女の病気が早く治ればいいと願っている。だけど、病気がなければいいとは思わなかった。これは不謹慎なことかもしれない。それでも彼は彼女の心臓病に感謝した。



「怒るかな?」


「え?何が?」


「俺は少しだけ千歳の病気に感謝してたんだ」



この病気になってくれたから二人は出会えた。そのことを充分に承知しているから彼はこの病気に感謝して、この病気を恨んだのだ。



「馬鹿。そんなの私も一緒だよ」



人は醜くて、愚かな感情を持つ生き物だから。だけど、その感情は時に優しさに変わる。

この心臓病になってからずっと彼女はどうしようもない絶望感に浸っていた。けれど、勇也と会ってから絶望は希望に変わり、いつしかこの病気は勇也に出逢うためのものだったのではないかと思い始めた。

そんなことありはしないのに。そう、わかっていても思ってしまうほど彼女は病気に感謝した。もちろん、これが最初で最後の感謝だろうと思う。



「じゃぁ、デート先はやっぱり遊園地だろ?」


「うん!あ、でもアトラクション物は…………」


「そんなもの乗りたいって言っても乗せるかよ!わかってるだろう?」



ガラス細工に触っているようなそんな扱い方を時に勇也は千歳にする。それが嬉しくて、淋しくて、切ない。そんな感情をいつも何とか堪えている。

儚く微笑んで、千歳は頷いた。






夏休みの約束は


遊園地


だけどそこで






勇也達が選んだデートの日は夏にしては涼しい絶好の日だった。

高校生が行く所にしては身近で小さな遊園地に二人は向かった。日焼止めの匂いを気にして勇也から距離を取る千歳に彼は無理矢理彼女の手を取って遊園地に入る。涼しいといっても夏。じめっとした暑さで汗はかく。握られた手の汗を気にしながらも、感じる温かさに安心した。



「何から乗るんだ?」


「あれ!ティーカップ!」



おそらくほとんどの遊園地にあるだろう、可愛らしいカップを指さした。考えてみれば、ティーを入れるからティーカップであるのだから、これは人を入れるカップ、ピーポーカップ又はマンカップ、ヒューマンカップと言うのではないか。とまたよくわからないところに思考を飛ばしながら勇也はカップの中に千歳を乗せた。



「お前、あんまりアトラクションとか乗れないのに本当に遊園地でよかったのか?」


「うん!勇也と一緒なら何処だって楽しいよ!」



無邪気に笑う彼女は本当に可愛くて、勇也は微笑する。

ハンドルを回さなくてもゆっくりと回るティーカップは沢山の人が乗っていても、そのカップにだけ入った二人だけの時間のような錯覚を起こさせる。目の前にいる互いを見つめ合って、笑う。



「次あれ!ほら、あの変なの!」


「お前、それ創造者に失礼だろ」



呆れながらも彼女の言う乗り物に順に乗っていく。一日は短くて、すぐに夕方になる。五時を回っても夏だから昼と変わらないくらい明るい。

観覧車に乗った二人は上空の景色を堪能して、次の乗り物を探す。



「うーん、もうほとんど乗っちゃったなぁ」


「そろそろ六時になるし、次を最後にするか」


「うん、じゃぁ、あの迷路」



小さいが、結構本格的な迷路は最後を飾るのに相応しい物だった。

千歳は少し意地悪そうな笑みを向けて勇也にある提案をする。



「ねぇ、別々に入って最初にゴールした方が負けた方の言うことを一つだけ聞くってのはどう?」


「お前そういったの好きだなぁ。別にいいけど」



観覧車を下りて、二人はその迷路の方へ向かう。好都合なことに迷路には二つのスタート地点があった。二人は入口の前に立って、同時に入った。

パネルを繋げて作った道は時に鏡などを使って道があるように錯覚を起こさせた。何回も行き止まりにあたりながらも順に道を進めていく。



「結構長いなぁ」



思ったよりも長いその道に勇也は嫌な予感がした。

考えてみれば二人で出掛けた時にここまで別々にいたことはない。こんな時にもし彼女の発作が起きていたら、と考えて全身が冷える。思わず走り抜けて、ゴールに辿り着いていた。そこにはまだ彼女の姿がなく、勇也は喉を鳴らした。



「千歳!」



迷路の中に大声で叫んでも彼女の声は戻って来ない。いくら勇也が走ってきたとしても、声がしないのはおかしい。どうしても我慢できなくて彼は彼女が入った方の道を逆走し始めた。

出口から入口に戻るのは簡単だ。だが、いくら走っても彼女と会わない。



「きゃぁ!」


「うわ!すみません」



勢いでぶつかってしまったのは彼が探す千歳ではなく、他のお客の女性だった。尻餅をついてしまった彼女の手を取って起こした。



「あの、女の子………高校生くらいの女の子を見ませんでしたか?」


「いえ、見てませんけど」


「そ、そうですか」



肩を落として勇也はもう一度出口に向かう。それでも彼女に会わなくて、息を切らしたまま出口に立ち尽くす。発作を起こしたわけではない。だけど、姿が見えないというのは更に彼の心を掻き乱した。

焦躁で顔が青くなる。過保護なのかもしれない。だが、そうならなければならない時だってある。






暑い中にいながらも


僕の身体は冷えきって


ただ、支配する恐怖に身を縮めるだけだった







十五話です。今回は二話に分かれてます。少し微妙な所で切りましたが、お許し下さい。そろそろ終わりに…………近づいてるのかな?私にもわかりません。次は後半です。

最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。


三亜野雪子

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