お花見
春休みは
お花見
寒い季節も無事に過ぎて、お花見の季節が訪れた。いつの時か話していた通り勇也と千歳はデートのためにお花見をすることになった。朝早くから起きて、弁当を作る勇也。できる限り千歳のリクエストに答えられるように昨日から下ごしらえをしていた。
二人分の弁当を無事に作り終えて袋に詰める。それを肩にかけて勇也は家を後にした。
「勇也!こっちこっち」
大きく手を振る千歳に勇也は弁当を片手に近付いた。
妖艶な桜を見上げる彼女につられて勇也も桜を見つめた。
「桃や梅も綺麗だけど…やっぱり白っぽい桜が一番好き」
「あぁ。儚いピンクがいいよな」
ちらりと横目で千歳を盗み見ると調子はよさそうだ。三学期、それでも彼女は小さな発作を何回か起こして、学校を早退している。少しずつ頻繁になっているのも本人が一番理解しているだろう。
今日、二人だけでお花見するのは正直少しだけ不安があった勇也。元気そうな彼女の姿にとりあえずは安堵していた。
「じゃぁ、さっそく弁当食べるか」
「うん!勇也のお弁当楽しみにしてたんだ!」
弁当を開けると感嘆の声。たまご焼き、ウィンナー、お浸し、煮物、炊き込みご飯………。二人で食べきれるかわからないくらいたくさん詰まったお弁当箱。これを一人で用意したのだから感嘆の一つも出るだろう。
「すごぉい!美味しそう!」
「ゆっくり食べようぜ。お花見なんか食べること以外何もすることないんだから」
「うん!」
少しずつ散り始める桜に視線を向けて二人は味の染みこんだ煮物を口に入れた。周りにも同じようにお花見をする者が何人か見えたが、二人だけというところはいなかった。
綺麗とまた呟く彼女は桜に見とれて、勇也はその彼女に見とれていた。
「勇也って主夫になれるよねぇ」
「それ、あんま嬉しくない。千歳は主婦にはならないのかよ!」
「え?」
結婚の約束をしているということは、勇也が主夫になってしまったら千歳が働くということ。それに今気付いた彼女は思わず顔を赤くした。
「えっと………。言ってみただけだよ!ほら、休日は料理してくれたりとかね?」
「まぁ、いいけど。千歳が働きたいなら俺が主夫くらいやったって……。家事は嫌いじゃないし」
「いや!頑張って主婦やるもん!家事とかそういったこと今までちゃんとやったことなかったし、私がやりたい!!」
必死に言ってくる彼女が可愛かったのか、勇也は噴き出した。二人の中には今、発作よりもその先にある夫婦生活。誰もが気の早いと思うその将来は二人の中ではそんなに遠くない未来。
「何笑ってるのよ!」
「あはは、わかったわかった。主婦は千歳な。エプロン姿の千歳楽しみにしてるよ」
「な、今時エプロンしてる人なんてあんまりいないよ!」
「エプロンは流石にしろよ。服汚れるぞ?」
もっともな言葉に千歳は悩む。エプロンなど今までちゃんとつけたことがなかった。彼女の頭の中ではそんなに可愛いオプションではなかったのだ。
「可愛いエプロンを勇也が買ってくれたらつけてあげる」
「そうきたか。ま、別にいいけどな。とびきりなやつ買ってやるよ」
時間はあっという間に過ぎて、既に三時を回っていた。やっとお弁当を食べ終わった二人は弁当箱をしまう。すると、勇也は新しいタッパを彼女の前に置いた。
「まだあるの?」
「ご飯の後はおやつの時間だろ?」
開けると中にはピンク色の餅を葉にくるんだ桜餅。本当に作ってくるとは思っていなかった千歳は驚きで声も出ない。
「さぁ、召し上がれ」
「…………うん!!」
甘くて美味しいお餅を頬張り、千歳はこれ以上ないという幸せを感じていた。
陽が沈む時刻。二人は病院に向かって歩く。お腹いっぱいなった二人は少し足が重そうだ。
「美味しかった。ありがとね」
「病気が治ったら千歳が作ってくれよな」
にっこりと無邪気な笑みを勇也に向けて、彼の腕に絡みつく。
「うん。治ったらお弁当もバレンタインチョコも何でも作っちゃう」
「何だ、まだチョコのこと気にしてたのか?」
「当たり前でしょ?彼氏いるのに本名チョコがただ買った物なんて哀しくなっちゃうよ」
しょんぼりと肩を落とす千歳に勇也は苦笑して、彼女の頭を撫でる。勇也の手が気持ちよくて、千歳は微笑む。
バレンタイン。恋人同士なら外せないこのイベントに千歳は手作りチョコをプレゼントしたかったのだが、病院でそんなことができるわけがなく、結局買ったものを勇也にあげた。彼もそれを気遣ってお返しは買ったものにしたのだが、千歳は未だに気にしていたらしい。
「いいよ。治ったらその分たくさん作ってくれれば」
「うん」
「それに、チョコだけじゃなくてキスももらったし」
「……………エッチ」
「何でだよ!」
何回甘い時間を過ごしても彼女はキスに慣れはしない。それが、また可愛いのだが、エッチと言われる筋合いははっきりいってないと勇也は思う。
「今度襲うぞ」
「ひどい!勇也、私を殺す気?」
「冗談だ、気にするな。抱いて死ぬ可能性があるなら治るまで待つさ」
心臓病。激しい運動をすればそれだけ発作が起きやすい。それを悟ったコメントに千歳は顔だけでなく首まで真っ赤にして、勇也の手を振りほどく。
「な、な、な、〜〜〜〜、馬鹿!エッチ!スケベ!」
「…………そこまで言うことないだろ?男なんてこんなもんだ」
「ででででででも、そんなこと堂々と」
「好きな女の前で堂々と言わなかったら、一体誰の前で堂々と言うんだよ?」
「そ、それは…………。いや!他の人の前は駄目!」
「お前、一体何想像したの?」
「え?あ、内緒!」
手を無意味に振って、誤魔化そうとする千歳だが、下手だ。また噴き出しそうになるのを堪えながら、勇也は彼女の身体を引き寄せた。
あったかくなってきたとはいえ、まだ微妙に肌寒い。服のせいで体温は感じないが、触れているところが何だか安心した。
「馬鹿。俺が他の女に言うかよ」
「な、何でわかったの!?」
「お前、嘘下手過ぎ。大体、俺が他人のためにここまで自分の時間使って尽くすかよ」
学校の友だち、両親、誰であっても心を開けなかったから病院の屋上にいたのだ。そんな勇也が千歳のために毎日病院に向かい、お弁当を作り、千歳のお願いをできる限り叶えようと頑張っている。そんな姿去年の今頃は考えられない。
「そうだね。ありがとう」
「…………じゃぁ、帰るか」
身体を放して千歳の手を引きながら病院に向かって歩く。いつもの勇也ならまたキスを迫るのだが、千歳は拍子抜けして何も言えない。これはこれでつまらないと何となく思ってしまった。
病室まで送ってくれた勇也を部屋に入れて、千歳はカーテンを開ける。
「ここからじゃ桜が見えないのが残念」
「そうだな。でも、この部屋は千歳がいれば俺は充分だ」
キザだ。千歳はそう思って口元を緩ませる。勇也はお弁当の袋を持って、扉に近づく。
「今日は帰るよ」
「え?帰っちゃうの?」
「また明日くるから」
いつも勇也に求めてばかりの千歳はこれ以上わがままは言えない。意を決して彼に近づいて、背伸びをする。
触れ合った唇は温かくて、勇也は茫然と彼女の顔を見つめる。顔を赤くした千歳は視線をそらして、ぎこちなく言った。
「今日はありがとね。また明日」
「……………あ、あぁ。明日な」
ちらりと勇也を覗けば、照れながらも嬉しそうな顔。千歳も笑って勇也を見送った。
「珍しいこともあるもんだ」
顔の緩みが直らないまま勇也は家まで帰った。
からになった弁当は何よりも嬉しいことで。春休みのデートはまだ続く。
桜のように
君は淡くて
切ない存在
十三話です。今回の話は少し長めです。ラブラブですねぇ。実際に私は男の人と付き合ったことなどないので、よくわかりませんが、本当にこんな風に思われていたらいいものですよね。
まぁ、実際にないからこういった話は夢があるんですが。
次もおそらくほのぼの話かな?