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そんな周囲のやり取りにすら、男、山田卓哉は全く気がついていなかった。それよりも卓哉にはもっと優先的に懸案すべき事案があったのだ。
それは二日前に遡る。金曜の夜就職して以来初めて大学時代の友人である秀司と飲みに行った。大学を出てからの一ヶ月間仕事に追われろくに会えていなかった秀司との再会に、つい酒が進みすぎたのは否めない。
結果記憶を飛ばすほど酒を飲み、気がつけば土曜の朝、卓哉はチープな部屋に置かれたベッドの上で見知らぬ異性と同衾している、という事態に置かれていた。
それだけならばまだ卓哉もやってしまった、と悔やむだけで済んだ。大学生の頃だって酒を飲んでは記憶を飛ばして生きずりの相手と致してしまったことはあったし、どころかそれは女性経験を数える上でちょっとしたステータスのようにすら思えていた。
だが今回はそれが問題だった。
(どう見てもあれまだ高校生、いや下手すりゃ中学生じゃねぇかッッ!)
添い寝ならばまだ褒められはしないまでも辛うじて許されるだろうが、同衾までしてしまっていてはどう考えても教師失格の事態だ。
教師、そう教師だ。卓哉は世間から聖職者と呼ばれる教師になったというのに、就任して僅か一月で既に教師生命の危機に見舞われた訳だった。
恐慌状態に陥り、辛うじて金だけ置いて部屋を飛び出してからのこの二日間、卓哉はずっとこの調子だった。
そもそも友人と飲んでいたはずがどうしてラブホテルなどに子供と入ったのかという疑問から始まり、酔っ払っていた己にどうして子供に手を出したのかを問い 詰める。かと思えば避妊はしただろうか、もししていなければ高校生に手を出したのならば親に挨拶に行くべきだろうがその前に連絡先すらも分からず、そもそ もこれを親に訴えられたら職も失ってしまうなどと思考のドツボに嵌まっていく。
ぐるぐる落ち着かない思考に、卓哉は今朝も家に大人しくしているということは出来ず朝一でこの学校に来てしまっていた。
「どうすりゃいいんだ……」
言った辺りでチャイムが鳴り卓哉ははっ、と時計を見る。一限の開始の鐘の音に、卓哉は慌てて立ち上がると己の担当する学級へと急いだ。