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小池紗耶香は駅の改札、そのすぐ隣の喫茶店でイライラと声をあげていた。それを向かいの席で苦笑を浮かべながら聞いているのは紗耶香の親友を自負する宇田川美奈子だ。
先日再会した幼なじみに半ば無理矢理約束させた会社のイケメン紹介の待ち合わせまでの時間潰しだ。美奈子はその場にいなかったので聞いた話でしかないが、紗耶香の話を聞く限りは、出会いを求めてさ迷っていたところでのまさかの再会だったらしい。
「イケメン執事にはキレられるし夏に旅行に行ったときびびっときたイケメンはナンパしたら彼女待ちだったし、この間もイケメンいたと思ったら知り合いの彼氏だったし何が悪いのよぉ……」
紗耶香はドン、と飲みさしのミルクティーを勢いよく机に置いた。思いだすだに怒りが蘇ったのか、苛立たしげにそんな言葉をぶつけられた美奈子は、まぁまぁ とやんわり慰めるしか出来ない。下手に何か言えば、彼氏がいる人は気楽でいいのどうのと逆ギレされることも目に見えている。
クリスマスも目前の 今、一人で喫茶店にいるなどプライド故に許せない、かといって寒いからウィンドウショッピングも却下と豪語する紗耶香に、半ば強制されて美奈子はここにいる。少しくらいそれに腹を立ててもいい立場なのだが、生来の気質もあってここまで落ち込まれると流石にそのことを怒ろうとは思えなかった。
確かに、紗耶香の今年の恋愛運は酷かったの一言で纏められる。梅雨の頃に惚れ込んだメイド喫茶の執事には迷惑と言われ、美奈子の預かり知らぬところで観光地で のひと夏のアバンチュールを目論むも、声をかけたのは彼女持ちだったとか。挙げ句、先日声をかけたイケメンの恋人が幼なじみとくれば、流石に同情して然る べきかもしれなかった。
尤も美奈子などは、その先日出会ったイケメンの恋人が男を紹介すると言ってくれているのだからそこに感謝すればいいだろうに、と思ってしまうが。口にした途端にそれはそれこれはこれ、と言われてしまいそうなので口は開かない。
「まぁまぁ、だからこその合コンなんでしょ?」
言いながら慰めれば、そうよね、などと勝手に復活する紗耶香に、美奈子はこういうところは扱いやすいんだけどなぁ、と思いながら時計を見る。いても立って もいられないから、と昼過ぎからここに連れ込まれているのだが、それでも待ち合わせの六時まではまだ一時間ほどある。早めに待ち合わせ場所に向かうのにし ろ、まだ五十分程度はこの調子だろうと検討をつけると一段と時間の経過が遅くなったような気がした。
皆のように今日は用事があるのだと言えれば よかったのに。美奈子は後悔する。社会人である恋人を持つ美奈子では、平日の今日の昼間からデートがあると嘘をつけるわけがなかった。美奈子を励ますよう に見つめていた友人らを思い出す。皆デートがあるから、と言って逃げ出していったのだっけ。
だが、これも仕方がない。やらねばならないことなのだ、多分。
美奈子は己に言い聞かせた。恋愛が絡むと扱いにくくなる親友を御せるのはただ一人だ、と既に仲間内からも思われている美奈子は悲壮な決意をした。
そこから美奈子は、引き攣りそうな笑顔を保ってひたすら時が過ぎるのを待った。紹介される相手は社会人であり、学生である美奈子や紗耶香のように暇ではな いのは分かっている。分かってはいるのだが、こうなった紗耶香の相手は少し面倒で美奈子は早くお役御免したくてならなかった。