表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘違い行進曲  作者: 野山日夏
同族嫌悪に纏わる或る肉食系の標的捕捉
34/36

 と、そこで弘美はふと紗耶香が何をしたのかを思い出した。

「ってか紗耶香!?」

 佐野を挟んで向かいの腕に纏わり付いている旧知に、弘美の頬が引き攣る。まさか佐野をナンパしたのが知人だったとは。

「彼女が弘美じゃしょうがない……」

 不安を覚える言葉に、弘美は変わってないなぁ、と思う。昔から紗耶香はこんな感じだった。変に高飛車な言動は今でも健在らしい。

「弘美、いつの間にこんなイケメンを?」

 紗耶香の険を含んだ物言いに、弘美は苦笑するしかない。紗耶香とは長らく没交渉だったし、そもそも佐野とも付き合ってもいないのだから。だが、今それを言えば弘美の腕を取った男からキレられそうだ。ひしひしと無言の威圧感が寄せられているのを弘美は感じ取っていた。

「弘美、知り合いか?」

 苦い表情の佐野から呼び捨てられ、弘美はひぃ、と思う。間違いなくこのまま彼氏彼女で押し通したいがための行動だ。女どころか男の同僚だって下の名前を覚えているか怪しい男だが、紗耶香が先程から連呼しているせいで弘美の名前は頭に入ったらしい。

 それにしても、と弘美は佐野を見つめる。職場では全く見られない表情のバーゲンに、弘美は感心した。困ったときにはこんなに表情豊かになるのかこの男。

「最近会ってなかった幼なじみで、多分大学生?」

 そう言ってから、今度は紗耶香に佐野を紹介する。佐野の無言の要求を読み解いた結果だ。

「こっちは佐野章人さん。私の会社の同期」

 どうも、と頭を下げた佐野に、紗耶香は弘美の肩をがし、と掴んだ。漸く腕を解放された佐野は目に見えてほっとしている。だが、まだ弘美の腕は離さない。離したら最後恋人という嘘がばれるなどと思っているのかもしれない。

 そんな佐野を視界の端に入れつつも一体何かと目を丸くする弘美に、紗耶香は開口一言。

「あんたの会社のイケメン紹介して」

 そりゃナンパをするくらいなのだからどうしても彼氏が欲しいわけだろうが、どうしてそうなったのやら。その思考回路の片鱗すら読み取れやしない。

「そろそろクリスマスだし私は焦ってるの!」

 要はクリスマスまでに恋人を作りたい、とそういうことか、と弘美は納得した。

 とはいうものの、クリスマスまであと一月弱あるのだが。そんな顔をしていることがばれたのか紗耶香の語調が強くなる。

「あんた程度がそんなイケメンゲットできるんだから、きっとイケメンばっかりの会社に違いないわ!」

 弘美は頬が引き攣らないように微笑みつづけるのに苦心した。全く以てどういう思考経路を辿ればそんな結論に思い至るのだかさっぱり想像はつかないが、どうやら自分は紗耶香から完全に馬鹿にされていることだけは分かった。

 でも、とそこで思考する。今回の件で佐野の相手をさせられ、紗耶香の相手をさせられ、弘美は踏んだり蹴ったりの事態だ。これでそもそもの元凶である鶴岡が苦しまないというのは少々理不尽ではなかろうか。

 ちらりと紗耶香を見る。この傍若無人娘の面倒を見るのは大変だろう。それは幼少期の自分が嫌というほど知っている。大きくなってからも、先程佐野に激しく迫っていたようだし、何より弘美への話ぶりを聞く限りほとんど進歩などない。

 そんな紗耶香と友人関係ではなく、恋愛関係を結ぼうとすればさてどうなるかは火を見るより明らか。鶴岡も紗耶香の過度なモーションをかけられて精々困ればいいのだ。

 そう思って弘美はにこりと紗耶香に笑いかけた。

「いいわよ」

 弘美がそんなことを考えて認容したことなど露ほども知らぬ紗耶香は満足げに約束だからね、と口にすると踵を返す。

 少しずつ遠退くその背をうっかり二人して見送ってしまってから、弘美は佐野に向き直った。掴まれたままの腕を揺すると、佐野は慌てたように弘美から離れる。少し頬が赤いのは、羞恥を感じてでもいるのだろうか。

「ありがとう。助かった」

 そうして心の底から安堵した表情を見せる佐野を前に、弘美は再確認した。

 ――この男は、いじるとかなり楽しい。

 普段のお堅い佐野とはお近づきになりたいとも思えなかったが、こんな風な人間だというのなら話は別だ。一々小動物的な行動をとる男など怖いわけがない。どころか弄りたい。この少しの時間で弘美の佐野に対するイメージは完全に変容した。

 だから弘美はにこりと笑って佐野に告げた。

「章人君、私章人君に興味持っちゃったなぁ」

 にこりと笑いかけながらそんなことを言えば、目に見えて佐野の表情は凍りついた。狼に襲われて命からがら逃げ出したところで、今度は虎に会ったような顔だった。まさしく前門の狼、後門の虎というか。

「は?」

 一歩、二歩と後ずさる佐野を逃がさないとばかりに歩数分近づけば、その表情は見る見る悪くなっていく。それにますます何かを煽られて、弘美はにやりと笑う。

「あんまり大きな声を出すと、紗耶香に聞こえるよ?」

 弘美がそう指摘するだけで借りてきた猫のようになる佐野。先程紗耶香に会ってよかった、と弘美は思った。紗耶香に会っていなかったら、弘美は今頃家でレンタルした映画を見ていて、佐野がこんなに弄り甲斐のある人間だとは知らないままだったことだろう。

「章人君って本当可愛いのね」

 言いながら佐野の指に自分のそれを絡めて、弘美は佐野にとっては死刑宣告にも等しいかもしれない言葉を吐いた。

「じゃあデートしようか」

 佐野が頼る相手を間違ったことに気が付くのは、もうすぐのことである。

一区切りごとの話数が少なくなっていくけれど、多分一ページ当たりの文字数の増加のせいです。多分。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ