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勘違い行進曲  作者: 野山日夏
同族嫌悪に纏わる或る肉食系の標的捕捉
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 「えっ、今日紅葉狩りだよね!?」

 開口一番、福田弘美がそう言ってしまったのも、仕方がないことだろう。会社の同期で企画したそれなりに名の知れた庭園での紅葉狩り。その待ち合わせに自分を含めて二人しか人がいなければそうもなる。

 秋晴れというべきか雲一つない空、暦の上ではもう十二月目前だというのに、そんなことはおくびにも出さず、気候は少し肌寒いくらいでまだ防寒着も大していらない。その気候は行楽日和だというのに。

 弘美はちらりと横に立つ人物を見た。佐野章人はいわゆる堅物だ。女の子が騒ぎ出さないわけがない整った顔立ちをしているけれど、普段からの様子を見るに恋愛に興味はありません、と言わんばかりだ。

 この男の表情が変わるところなど、職場の誰も見たことはない。それゆえ、休みのときには一体何をしているのやら、とよく話題のネタになる人でもある。

 まぁ佐野はいい。他にも何人もいるはずの同期がなぜ待ち合わせのこの時間になってもいないのだろうか。連絡の一つもないのに全員遅刻などということはあるまいなとメールをすれば、弘美を待っていたかのように次々と携帯に着信が入る。

 一体何かと思えば、その全てが、

『紅葉狩りは来週ですけど』

 などという同期からのメール。佐野が隣で顔をしかめているのを見るに、彼の携帯にも同様のメールが入っているらしい。だが、一人ならばともかく二人とも日にちを勘違いしていた、というのは有り得るのだろうか。

  まさか、とそのとき弘美の頭に一つの考えが浮かぶ。二人揃っての勘違いとは不自然過ぎる。もしかすると、わざと二人きりにしただとかそういうことはないだ ろうか。弘美と章人という選択は謎だが、二人きりのデートという要らん気を回した結果というのは十分に有り得る話だ。二人にだけ誤った日付を伝えればいい のだし。

『ちょっと。なんか変な気回したとかないでしょうね? 今から来られないの?』

 一番そんなことを考えそうなムードメーカーにしてそもそもの企画者でもある鶴岡にメールを送れば、すぐさまの返事。

『最初は今日だったけど、来週に日にち変更の連絡は入れただろ? つか気回すにしろ、福田と佐野相手じゃ何の気を回せばいいのか分からないんだけど? 何も進展しなさそうな二人じゃん。あと今からは無理。うちは弟が今日退院するから俺が車出すんで』

 弘美は返ってきた文句に苛立った。すぐさま過去のメールを確認するが、そんな連絡など来ていない。企画者のくせに連絡を入れ損ない、あまつさえの場に来ることも出来ないとは。

 確かに鶴岡に事故で入院していた弟がいるのは知っている。両親に連絡が着かず、鶴岡に連絡が入ったのだ。そのまま早退していったせいで弘美は残業しなくてはならなかったからよく覚えているとも。

 嘘ではないだろう、と判断して弘美ははぁ、と溜め息をついた。折角来たが、あの堅物と二人では楽しめるものも楽しめまい。社内でもろくに会話が続いたことがないのだから。

 それなら今から映画の一本でもレンタルして見てた方が楽しめるかと思ったところで、佐野がいないことに気がつく。

 挨拶も無しに帰ったのか、と一瞬怒りを抱いた弘美だが、すぐにそれが違うと気が付いた。

 少し離れたところにある自販機の前で佐野は女性に捕まっていた。傍目からも女の方がかなり強引に迫っているのが見える。尤も、あの佐野が女に迫っていようものなら天地もひっくり返るだろうが。

 逆ナンというものを初めて目の当たりにした弘美は、ぽかんとそれを見てしまう。確かに佐野は顔はいい。ナンパなんて有り得るのだな、と見ていると不意にこちらを見た佐野と目が合い名を呼ばれる。珍しいことにその顔には困惑の色がありありと見て取れた。

 嫌な予感がして顔をふいと逸らした弘美だが、既に時は遅く。しがみついている女性つきで佐野は弘美の方へと寄ってくる。ナンパ女性に掴まれていない方の手に収まるいちごオレが妙にシュールだ。甘いものが好きなのだろうか。

「ああすいません、ナンパは彼女がいるんで勘弁して下さい」

 言いながら弘美の腕を、いちごオレを持っている側の腕と絡める。どう見ても引き攣っているが紛いなりにも笑顔に分類されそうなものまで見せられて、弘美は膠着した。普段の取っ付きにくいイメージが払拭され、思わずまじまじと見つめてしまう。

  どうやら恋愛に興味がないというより、余りに堅物過ぎて恋愛に免疫がないのだと弘美は気がついた。特に積極的な女性は苦手らしい。きっと学生時代も仕事中 のように興味ありません、とばかりけんもほろろに迫って来る女性を切り捨てていたのだろう。だが、ここまでしつこい女性に追い回されたことはなく、最早どうしていいか分からないといったところか。

 それからふと現実に立ち返り、弘美は自分の置かれた状況を正確に認識した。

「えっ、ちょ、佐野君!?」

 我に返って抗議の声をあげるが、佐野は意に介した様子はない。あっさりと無視されてむすりと弘美はむくれた。

「弘美?」

 しかもなぜか女の方に反応されて、一瞬弘美は呆けた。自分はナンパなど仕出かす女と知り合いになったことがあったろうかと悩む弘美に、女は名乗った。

「紗耶香よ紗耶香。小池紗耶香」

 弘美は脳内で小池紗耶香を検索した。すぐに該当する人物に思い至る。幼なじみだ。小さい頃はよく遊んだが、年下であるから中学高校辺りから疎遠になっていて、家同士が近くとも顔を合わせることすら殆どない。確か今年で大学四年。

 ちょっと思い込みが激しくて、正直なところ子供の頃はかなり面倒を見るのが面倒だった相手だ。疎遠になった当初などは漸く面倒を見させられなくて済む、と安堵すらしたものだ。

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