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「親友なんてすごい心配してくれて、今日なんてお昼おごってくれたしぃ」
思い出しながら今日のことを振り返る。久しぶりに会った亮太は随分と棗と親密になっていて、やはり付き合ってなどいないにしろ亜依の存在は邪魔だとはっきりした。亜依がいなければあんなに二人の仲が進むとは、無自覚に邪魔者であっただけに申し訳なさが募る。
今日だって、棗は何も言わなかったが、亜依の世話を焼く亮太に不満そうだった。子供っぽい印象しか亜依は棗に抱いていなかったが、確かにあれも女なのだと 気付かされる。亜依はもっと親友から離れるべきなのかもしれない。姉が彼氏を作ったのは腹立たしいが、亮太の場合には心の底から応援しているのだから尚 更。
こうして皆離れて行ってしまうのだろうか。そして誰も亜依の傍には残らないのだろうか。
また思考がつい悪い方へと進んでしまい、亜依はぶるぶると頭を振った。その憂いを払拭するように、亜依はにこりと笑う。
「そんな感じで今日は楽しかったぁ」
亜依のその言葉に、鶴岡は何か思うところがあっただろうに、そっか、と一言口にするだけでそれ以上は何も口にしないでくれた。亜依が隠した部分に触れないでいてくれるその優しさにじんわりと心が温まるのを感じていると、ふと思い出したように鶴岡が声をあげた。
「あ、俺はもうすぐここからいなくなるけど」
その言葉に、鶴岡ですらも離れて行ってしまうのか、と亜依は恐怖した。鶴岡と最初に出会った日に聞いた言葉を思い出す。
『彼、いつもこの時間一人で空を見てるのよ。もしかしたら治らない病気なのかも知れないわね』
治らない病気。最近は見なくなったが、亜依がいないところでは纏っているかもしれない厭世的な雰囲気。この病室があるのは呼吸循環器科。
まさかもう鶴岡の命は尽きてしまうのでは。
鶴岡の言葉に悲壮感も諦観もなかったことに気がつく心の余裕が恐慌状態に陥った今の亜依にあるはずもなく。
ぶるりと体を震わせた亜依は衝動のままに立ち上がり、思わず叫んだ。
「死、死んじゃだめぇ! 鶴岡さんがいなくなっちゃ嫌だよぉ……!」
すぐ傍で大声を出された鶴岡は、ぽかんとした顔でただ一つ。
「は?」
疑問符を落とした。
穴があったら入りたい。今の亜依はそんな気分だった。亜依の声に困惑の表情を隠しもしない鶴岡は、躊躇いがちに、
「ただ退院するだけだけど」
などと口にした。それにえ? と間抜けな顔で問い掛けてしまったのは仕方があるまい。
元々鶴岡は事故に遭い、その怪我で入院していたらしい。かなりの重傷で、日常生活は問題ないが激しい運動は無理だろうと言われたらしい。運動部に所属して いた鶴岡は部活はもう続けられないということで、それに絶望していたらしかった。
あの屋上からは鶴岡の通う高校のグラウンドが見えるのだという。もう自分が参加することはない放課後の練習風景を未練がましく見ていたのだ、と鶴岡は語った。
だがそんな折に亜依と話すようになり、他愛もない話を心の底から語る亜依に、いつの間にか前向きになれていたとのこと。部活はやめるが、人生それだけではないと思えたのだという。
誰かの心を救うだとか、そんな大層なことをした覚えのない亜依はただ困惑するしかなかった。亜依はただ居心地の良い鶴岡の傍にいて、ひたすら自分の話をしていただけなのだから。
「で、でも病室はぁ?」
「ああ、ここ?」
淡々と鶴岡は説明をした。同じ階の外科の病室がいっぱいで入れないため呼吸循環器科まで回されたのだと。
それを聞いて亜依は恥ずかしくて憤死しそうだった。全ては亜依の勘違いだった。勘違いであんなことを口走ってしまったのだから、恥ずかしくないはずがない。
「あぅぅ……」
呻きながらしゃがみ込む亜依に、まぁまぁ、などと慰めの言葉がかけられるが、やってしまった感満載の事態に亜依は暫く立ち直れそうになかった。
「……あれ、部活って」
暫くして立ち直った亜依はふと首を傾げる。鶴岡はさっき部活がどうの、と言ったような。詳しく知らないが、大学はサークルという言い方をするのだったはず。大学にももしかしたら部活があるのかもしれないが、普通部活がどうのといったらつまり。
「鶴岡さんもしかして高校生?」
どう見ても大人びた雰囲気だものだから納得がいかないのだが、聞いてみると、鶴岡は軽く頷いた。
「そ、高校生だよ」
知らなかった? 言ってなかったっけ、などと聞かれてしまう。
「俺塚田さんが大学生だと思ったから敬語で話しかけたんだけど。化粧してなくても大人っぽかったし。まぁ、今の方が可愛くて綺麗だけど」
そんなことまで言われて亜依はううう、と俯いた。勘違いも甚だしい。もう踏んだり蹴ったりだ。普段なら嬉しい大人の女に見られたという事実にも、言われたくて堪らなかった褒め言葉にも気が付けないほどの嘆きようだ。
「穴があったら入りたい……」
「俺気にしてないよ? ってかそれより」
さらりと言ってから、鶴岡はにこりと亜依に笑みかける。
「塚田さんは俺がいなくなったら寂しがってくれるんだ?」
先程つい口から飛び出した言葉を受けての発言だと分かり亜依は頬を赤く染める。指摘されて先程の失態を思い出したのもあるが、自分の言ったのがどういう内容か今更になって亜依は認識したのだ。
そうか、自分は知らないうちに鶴岡に惹かれていたのだと。
「さっきもいったけど、塚田さんのおかげで俺は部活のこと、ふっきれたんだ」
そして、わざわざ鶴岡がそれを指摘するということはつまり、何らかの期待をしてもいいということではないだろうか。
果たして、亜依の期待通り鶴岡はその言葉を口にした。
「俺はもう退院するけど、もしよかったらまだ会ってくれる?」
ここでこの話はお終いです。
あと残すは大きなくくりで二話です。




