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勘違い行進曲  作者: 野山日夏
野次馬根性に纏わる或る男子の困惑
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「ところで、何か僕に言うことないの?」

「ふぇっ?」

 棗の肩がびくりと跳ねる。それにまるで小動物のようだと亮太は思った。盛大に嗜虐心をそそられつつ、だから、と亮太は繰り返す。

「何か僕に言うことない?」

 ええっ、と悩み込む棗は本当に亮太を楽しませるような反応ばかりだ。仕方がない、とばかりにその言葉を口にしてやる。

「ありがとう、は?」

 亮太の満面の笑みと共に吐き出されたその言葉に、亮太が何を言いたかったのか分かったらしい。羞恥からか顔をかぁ、と赤に染めると慌てたようにぺこりとお辞儀をした。

「ぁっ、……ありがとうございます」

 思い出したように付け足されたそれに、亮太は笑う。無理矢理言わせた形になるが、別にどうしても言われたかったわけでもないのにそれを分かっていない。本当にからかい甲斐のある少女だ。

「どういたしまして」

「棗ちゃん?」

 と、正面から声がして亮太は視線を声の主に向ける。少し離れたところに立っているのは身奇麗な青年だ。中性的だが、女性が放っておかなさそうな容姿だ。その青年を見るや、棗の顔に笑みが広がった。

「綾さん! どうも! お兄ちゃんはどうですか?」

 親しげに話し掛ける棗の言葉から、青年はどうやら棗の兄の友人か何かだと判断する。知り合いでない自分が口を挟む必要もない、と会話を見守っていれば、青年の方から視線を亮太に投げ掛けてきた。

「元気だね。そういう棗ちゃんはデート?」

「そ、そそそそんなわけないじゃないですかっ!」

「いえ、違います」

 片やあっさりと、片や壊れたレコードを思わせる吃り方で、ではあるものの揃っての否定の言葉に、青年はそうなの? と不思議そうな顔を見せる。それに対して、棗が必要以上に熱弁を奮う。

「そうですよ! ってかミスター腹黒ドエス先輩は嫌ですっ」

 亮太は顔をしかめた。別に棗に興味などないが、それでも向こうからきっぱり嫌だと言われては不愉快に思うのは仕方がないだろう。

「まぁ僕も君に興味ないけど」

 ぼそりと呟けば、棗が泣きそうな顔をする。亮太は、亮太の感じた不快感がこれで分かったことだろう、と満足した。

 一部始終を目撃してふぅん、と二人の様子に何やら頷いた綾なる人物は、そこで携帯を取り出し時計を見た。そしてあ、と口にする。

「待ち合わせに遅れそうだからこのくらいで。棗ちゃん頑張ってね」

「は?」

「ち、違いますったら!」

 投げ掛けられた言葉にぽかんとしている間に、青年はさっさと去っていってしまう。亮太はちらりと棗を見た。隣の棗は真っ赤になっている。怒り心頭か何かなのだろう。だが表情は困ったようなそれにすぐに変化する。ころころと表情が変わって忙しないことだ。

「何あれ」

 亮太が呟くと、びくりと肩を震わせてから棗がちらりと亮太を見上げて来る。

「ち、違いますからね! さっきの笑顔にはそりゃつい見とれたけどまさかそんな」

「いや、何が?」

 何やら亮太にはさっぱり予想がつかないことを言い募る棗にそう言い放てば、あうう、だとかなんだとかよく分からない声を上げて棗が呻く。ますます訳が分からない、と亮太は肩を竦めた。

 結局、一体誰に絡まれたのか分からないし、棗の反応も何なのだか。からかったときの反応は非常に面白いのだが、この反応はどうしてよいか分からなくなる。

「はぅぅ」

「何なの、本当……」




 「それで、昨日の面白い子と知り合ったけど赤面されてどうしていいか分からない? おっかしぃ」

 翌朝学校に着くや亜依に相談した亮太は、直後亜依から笑われるという事態に至った。亮太としてはいかに棗の行動が謎かについて理解を求めたかったのだが、予想外の反応だ。机を叩いてまさか、とばかりに笑う亜依に、亮太の方が気まずくなる。

「いじってもまともに反応が返って来ないんだ。つまらないじゃないか」

 理由を口にするも、口から出た声は存外に言い訳がましいものとなってしまう。亮太は舌打ちした。

「本当に分からないの? 亮太がぁ?」

 何かしらを含んだ言い方をされ苛立ちを覚えるが、本当のことなので亮太は言い返せない。ぐ、と詰まるとますます亜依が大喜びをした。

「……分からないから聞いてるんだ。君も分かってるんなら教えてくれてもいいんじゃないかな?」

 背に腹は変えられず、亮太からすればかなり丁重に亜依に申し出た、のだが。

「内緒! それは亮太が自分で発見するのが一番だと思うもん」

 あっさり亜依は亮太の言を拒絶した。しかも散々笑っておいて、結局そんな言葉で締めくくってしまう亜依に、亮太は苛立ちを禁じ得ない。

 ぶす、とむくれた亮太に、亜依はますます笑みを深くする。普段散々からかわれる亜依だ。折角のこのチャンスをどうして無駄に出来ようか。

  それにしても、この性悪男がまさか恋愛に疎いとは、と亜依はじろじろ亮太を見た。どう考えても話を聞いていれば昨日の元気少女は亮太に惚れた以外の結論に 辿り着けないというのに、どうして思い至らないのだか。常には人をいじる以上些細な弱みもしっかり握るくせに、自分のこととなると疎いらしい。

  本人が棗とやらをどう思っているのかは分かりかねるが、それなりに気に入っているようだしそのうちくっつくのかもしれない、などと亜依は想像する。亜依が 美少女なのに全く靡く様子もないのは好みに沿っていないからか、と亜依は納得した。勿論、亜依としてもこんなドエスは願い下げだが。

 そこでちらりと教室の外に視線をやる。そちらを見たのに何か理由がある訳でもなかったが、亜依の視界に見覚えのある少女が見える。どうやら亮太に会いに来たようだ。昨日は子供にしか見えなかったが、今日亮太を見つめる顔は女性のそれだ。

 面白いことになりそうだ、と思いながら、亜依は彼女にウインクをした。

ここでこの話は終わりです。

また暫く空いて更新の予定。

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