2
やがて彼女が敏樹の正面へとやってきた。そこで初めて敏樹はあれ、と思った。容姿は塚田そのものとしか思えないのだが、彼女が敏樹を見る目には知らない者に対する警戒しか見当たらない。
「誰?」
首を傾げた彼女に、敏樹は自分が人違いをしてしまったのかもしれないことに思い至る。しかしどう見ても毎日教室で顔を付き合わせていた少女の顔なのだが。他人の空似にしても、程があるのではないだろうか。
ひとまず、彼女が自分の存在をただ単に覚えていない方向から攻めていくことにした。
「クラスメイトの佐々木だけど。覚えてない? 塚田、ええと……亜依さん」
敏樹の問い掛けに、彼女はきょとん、とした表情をしてから、ああ、と声をあげる。幾分か警戒の色を和らげ、そして少女は否定した。
「私、亜依じゃないわ。亜依は双子の妹なの」
耳に届いたその言葉に、敏樹はただきょとんとした。
蝉がしゃんしゃんと煩く鳴いている。聞いているだけで暑ささえ覚えるほどの空の下、敏樹は麻衣と近くの公園のベンチにいた。だったら冷房の利いたファミレスでも、と思うかもしれないが、この観光地、特に一番大きい駅でもなく観光名所がただ存在しているだけの町、という立地を考えてほしい。
二人が最初にいた場所は駅に近いとはいえ、それなりに距離があるし、駅前だからといってファミレスなどがあるわけでもない。となれば、いる場所にあぶれた学生にちょうどよい場所を提供してくれるのが精々近場の公園くらいだったのだ。そういうわけで、辛うじて存在している自動販売機で買ったばかりの汗をかいた缶を片手に二人は語らっている。――語らうことがあったのだ。
敏樹のクラスメイトと一卵性双生児なのだという塚田麻衣は、敏樹に家のことについて語ってくれた。
なんでも彼女の通う高校はこの近辺で、親戚の家に下宿しているのだとか。元々塚田姉妹はこちらの方に住んでいたらしいが、妹の亜依が都会の高校がいいといったことから妹と両親だけ都会に出てきたとのことだ。
帰省シーズンにしか来ないとはいえ、生まれて十数年という年月が経っている。もしかするとどこかですれ違ったことがあったかもしれない。
姉妹のクラスメイトともなれば、姉としては学校での妹の様子なども気になるようで、色々なことを質問された。あまり親しくないものだから敏樹に答えられた質問は多くなかったが、話を聞く度麻衣は亜依らしい、と笑う。
その笑みが余りにも綺麗なので敏樹はもっと亜依と親しくしておけばよかった、と後悔した。
「あの子派手なもの好きでしょ? だから都会に行ったんだし」
その言葉に、敏樹は頷く。客観的な真実だし、悪口に当たるわけでもあるまい。
「でも私はこの辺りが好きだから残ったの。おじさんも近くに住んでいたしね」
塚田麻衣は大人しい類の少女のようだった。亜依は先程から繰り返すように派手なタイプの少女で、敏樹も話しかけるのは躊躇われるような相手だ。対して麻衣相手では、言葉は随分と発しやすい。
「この辺りが好き?」
敏樹は尋ねた。この観光地を故郷とする敏樹だが、そんなことを感じたことはなかった。
観光客にはマナーの悪い人間もいる。ごみの不法投棄やら何やらで汚された町並みは、敏樹には好きになれそうにない。それを古い町だから、と気にかけもしない観光客もだが。
敏樹の問いに、麻衣はこくりと頷く。
「この町の人は誰も優しいし、空気も綺麗。時々心ない観光客なんかもいるけど、静かでいい町じゃない?」
麻衣の見方は非常に肯定的で、そして綺麗事のように思えた。しかしその綺麗事が敏樹の耳には心地好く響く。
「そうかな」
「そうよ」
少し間を置いてから、ふと出会ったばかりなのにそんなことを話しているのが面白くて、つい噴き出す。




