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学校の生徒は誰も彼も浮かれていた。それも当然だろう。今日は終業式の日、つまりは明日からは夏休みなのだから。暫く友人と毎日のようには会えないものの、日中の大部分を学校に拘束されなくていいというのはやはり学生にとっては嬉しい。
浮かれた空気の中、少年達は和気藹々と明日からの予定を話し合っている。
「ナンパだね、ナンパ。これに尽きる。あー早く可愛い子と仲良くなりたい」
言いながら自慢の茶色に染まった頭をがしがしと掻く少年に、その友人達は呆れた目を向ける。
「悟、お前それしか考えてないわけ?」
「ほら、悟だから」
片方は呆れたように、もう片方はそれが理由とばかり、したり顔で話している。それを気にした風もなく、話は次の少年へと移る。
「隼人は?」
「彼女とデートだろ?」
「あっ、そうだったな」
「先週くらいに一緒に帰ってた柳?」
「ばっかお前隼人は毎日柳と一緒に帰ってんぞ!」
隼人と呼ばれた少年が何かを言うより前から、友人達は勝手な憶測を立てていく。先日女子と仲良く二人で帰って以降その女子にモーションをかけていることは周知の事実であるためだ。そして、隼人自身も否定せずただ笑って年齢に似合わぬごまかしをするばかり。
それが彼女いるやつの余裕か、と叫んで悔しがる友人にも隼人はただにこりと笑みでいるだけだ。
そうして話しているうちに話題は次の少年へと移る。
「彼女と失敗しちまえ! なぁ敏樹! ってそうだそうだ、敏樹お前は?」
話題を振られた佐々木敏樹は、俺? と首を傾げる。そうそう夏休みはどうすんの、と聞かれて敏樹は答えた。
「夏中家族で帰省旅行」
因みに敏樹の故郷はリゾート地として名の知れている土地である。それを知っている仲間達は隼人の話題のとき以上に憤慨した。
「ちょ、お前そこで彼女見つける気だな!」
「バカンスに来た女子大生とかかっ!」
「裏切り者! 裏切り者がここにも!」
「畜生彼女が欲しい!」
答えた途端に敏樹の友人達は口を揃えてそんなことを叫びだす。それを黙殺という形で切り抜けて、敏樹は帰路の途に着く。
そんな騒がしい日々も無事終わりを迎え、そうして今敏樹は故郷にいた。観光地であるこの地は今日も人で混んでおり、ゆっくりと人のないところで夏休みを過ごしたいとすら思う敏樹には何もありがたいところはない。
「すみませぇん。この辺りの人ですかぁ?」
「私達道に迷っちゃったんですけど、道案内してほしいんですぅ」
友人達が予測していた通りに観光に来た女性に話し掛けられるが、敏樹にはあまり関心がない。
そもそも会ったばかりの女をどうやって好きになれというのだか。そして根本的に敏樹は女性、特に積極的な女性は好きではない。つまるところ、逆ナンパに全く価値を見出ださないタイプなのである。勿論、だからといって同性に興味があるわけでもない。
「今忙しいんで」
「でも、さっきからずっとここにいますよねぇ」
「私達と一緒に過ごすの嫌ですかぁ?」
自然敏樹の対応は淡々としたものとなるのだが、それを繰り返しても女は諦める様子も見せない。敏樹はちっ、と舌打ちを漏らした。
自分達が勝手に話し掛けてきたくせ、まるで誘いを受けない敏樹が悪いような口ぶりで文句を言ってくる。これだから女は嫌なのだ。いささか暴論だが、敏樹はこれを信じている。
夏休みくらい静かに過ごさせろ、とそう敏樹が思ったときだった。視界の端に映った見知った姿に、敏樹は声をあげる。
「塚田!」
大して親しくはないがクラスメイトの少女だ。その他大勢と同じく観光か何かで来ていたのだろう。普段ならばこんなところでクラスメイトと会うのは勘弁とすら思うし、その中でも少女は特に敏樹が苦手とするタイプの人間だ。つまり積極的、というか派手。
だが、今は状況が違う。背に腹は変えられないし折角そこにいるのだから頼らせてもらおう、と敏樹は彼女の名を呼んだ。
声をかけて彼女が振り返れば、こっちこっち、と手招きをする。訝しげな表情を浮かべつつも彼女がこちらに近づいてくれば、敏樹に声をかけた女は漸く諦めてくれたようでさっさと姿を消した。




