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そしてふと楽しそうに顔を輝かせる柳玲子に気がついた。
何故彼女はこんなに楽しそうなのだろう か。隼人が特殊なのかもしれないが、知人がマイノリティであった場合、隼人のようにそこにはある程度の困惑があるはずではないだろうか――少なくともこの 反応は一般的な反応ではないように思える――と、そこまで思ったところで隼人は漫画か何かで見た知識を思い出した。
そういうのを好む女性がいると聞いたことがある気がする。さて、それを何と言ったか。あんまり認めたくないのだが、もしかすると柳玲子はそれなのではないだろうか。
「お前腐女子って奴?」
「イエスッ!」
聞いてみれば、玲子はにこりと笑って肯定する。しかもサムアップとセットだ。見せられたつい惚れ惚れするような笑顔に、隼人は己の頬が赤くなってしまってはいないかとヒヤヒヤしながら、やはり、と落胆した。
別に個人の趣味趣向だからあまり文句は言いたくないが、それはこちらに被害がない場合だ。実の兄がそう誤解されているというのは既に大きな被害の気がする。
そんな隼人の葛藤も知らず、玲子はきらきらとした眼差しを隼人に向けた。
「隼人君、今日隼人君の家に行ってもいいかな? 是非お兄さんにインタビューをしたいの!」
警戒していたはずなのに投げられた特大球に、隼人は不審な反応を取らなかった自分を褒めてやりたくなった。
想像してほしい。好きな女子に家に行っていいか、と聞かれたら、問われた側がどう思うか。それが例えゲイと知り合いになりたいと目を輝かせるような女で あっても、そして隼人の兄に会うのが目的――しかも隼人の兄と、柳玲子の見たゲイカップルの片割れが別人の可能性が極めて高いというオチがつく――だとし ても、だ。
きらきらと期待に輝く眼差しは、今も隼人に言葉よりも雄弁に柳玲子の心中を語る。好きな女性から向けられるそれに抗えるような男がいようか、いや、いない。
「……いいけど」
「ありがとー!」
結局隼人はそう返すことしか出来ず。柳玲子は大喜びで、ぴょんと跳ねてその喜びを全身で表す。その幼い仕草ですら可愛いと思えてしまうのだから最早病気ではなかろうか。
そのまま放課後迎えに来るねー、と手を振る柳玲子を苦笑いで見送ると、少し間を置いて隼人の周囲にわらわらと友人達が集まって来る。どうやら彼等は一部始終を見ていたらしい。皆一様ににやけ面を貼り付けていた。
「よぉ隼人、」
「モテるねぇ青少年」
「やっちまう? やっちまう?」
「いーいなぁ、俺もあんな可愛い子から迫られたいよ」
思い思いのことを述べる友人達に、隼人は引き攣った笑みを浮かべる。彼等は遠巻きに見ていただけで細かい話の内容までは聞かれていなかったようだ。それに ほっと心中で安堵する。柳玲子の言葉を受けて兄の件でからかわれでもしたら、柳玲子に向けられなかった怒りを全て爆発させていたかもしれない。
「そういうのじゃないって……」
隼人は苦笑気味に返すが、友人達はまたまた、とそれを一笑に付すばかりだ。
「いいなぁ俺もそんなこと言ってみてえ」
「まず肉食系の悟じゃ無理だろ! 草食系だけの特権なんだよ!」
「あっははは、敏樹、負け惜しみだろそれ。そういうのは草食系でもせめて一度彼女作ってから言えよ」
「そうそう敏樹は恋人作るのが先決だろ!」
「ちょ、気にしてるのに! ほら隼人もこっちのフォローしろよ!」
緩やかに、しかし確実に脱線していく話題に、それが自分の内容に返ってこないことを確信して、隼人は友人のフォローのために声をあげることが叶った。




