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勘違い行進曲  作者: 野山日夏
恋心に纏わる或る少年の決意
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 夏が始まろうという季節、一人の少女が道を歩いていた。背中に背負うはリュックサック、中には彼女の愛する本達がたくさん入っている。それの重みに少女はふぅ、と溜め息をついた。

 期末試験――つまりは学年末が近づいた今日、そろそろ学校のロッカーに入っているものを持って帰らなければならない。これは置き勉等をする生徒の宿命であり、また彼女も例に漏れずロッカーの愛用者だった。ただし、ロッカーの中身は主に教科書ではない書籍だったが。

 何から持ち帰るか考えた末、彼女は愛読書の救出から始めたのだが、この重さには辟易してしまう。しかも、まだ学校のロッカーにはこれ以上の冊数の本がところ狭しと納められているのだ。ということは、あと数日間彼女はこの大荷物を持ち運ぶことになる。

 はぁ、と俯き何度目かの溜め息をついて、顔を正面に戻したそのときだった。

 ほんのすぐ先にいる二人連れの人物に、少女は目線を奪われる。ただ仲のいい男性二人が歩いているようにも見えるその光景だが、しかし彼女はその二人が手を繋いで、いや、ただ繋ぐだけではなく指を絡めあっていることに敏感に気がついていた。

 二人は少女から離れるように角を曲がってしまったためすぐに姿は見えなくなったが、彼女は雷に打たれでもしたように暫くの間動くことも出来ずに彼等を見送った。

 リュックサックはまだ彼女の背中で自身の重さを精一杯主張していたが、今や彼女はその重みも気にならなかった。

 今見たばかりの二人連れのうち、片方の顔を思い起こす。毎日学校で見ている顔によく似た顔立ちがあったような。

 クラスメイトの顔を順に思い出していくと、該当する人物は最後の方で思い付いた。

「……あれは、隼人君のお兄さん、とか?」

 クラスメイトで隼人、と友人達から呼称されている少年を思い出す。多少挨拶や無難な会話をするだけの関係で、相手のことはよく知らない。

 流石に苗字は思い出すことが出来なかったが、声をかけるために必要なのは名前だけだ。名前で呼び掛ければいいまで。

 先程までの憂鬱さなど吹き飛んだ顔で少女はそっか隼人君か、と呟き――笑った。



 「隼人君のお兄さんって男の人が好きなの?」

 隼人はその言葉に、はっ? と読んでいた本から顔をあげた。隼人のクラスメイトである柳玲子が、にこにこと笑みを浮かべてすぐ傍に立っている。

 昼休みの教室は閑散としており、テスト前だというのに焦るような空気はどこにもない。隼人も多分に漏れず、のんびりと読書に勤しんでいたところでの呼び掛けだ。

 柳玲子は隼人のクラスメイトで、かなりの美人だがそれを鼻にかけたりはせず気さくなタイプだ。密かに隼人がいいなぁ、と想っている女子でもあった。

 とはいえ隼人はそこまで恋愛に積極的なわけでもなく、時々事務連絡を話す程度。簡単なプロフィールを除けば、ろくに互いのことは知らないといっていいだろう。このまま何事もなく卒業して、淡い青春の思い出として何年か後にしんみり思い出す程度だろうと思っていた。

 だから、こんな風に私的なことについて言葉を交わしたことはそれまでなかった。

 返答しない隼人に、柳玲子はそれを否定と取ったのか、隼人の前で首を傾げて見せる。さらりと前髪が揺れるその動きがやけに隼人の目についた。

「違うの? この間隼人君に似た人が男の人と手を繋いで歩いてるの見たんだけど」

 男同士で手を繋ぐ、というのはあの兄が?

  柳玲子の言葉に、隼人は兄を思い浮かべる。隼人の兄である章人はまさに真面目を体言したような人間で、今まで浮いた話を一度も聞いたことがなかったのだ が、もしかして女性と付き合ったことがないのは単にそういうことだったのだろうか。だとしたら見る目を改めなければならない。

 兄のあまり知りたくない類の秘密を知ってしまったかもしれないことに顔を青くした隼人はやがて、いや、何かの間違いだろう、とそれを却下した。

  確かに兄章人は隼人と顔立ちが似ているが、ありふれた顔立ちの隼人に似た人間など掃いて捨てるほどいるだろう。それに、やはりそんなことがあの兄に限って あるわけがない。流石に生まれてから十六年付き合い続けた兄の性格くらい十二分に理解している。だから万が一柳玲子が見たのが兄だったとしても、男と手を 繋いでいたというのは絶対見間違いだ。

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