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勘違い行進曲  作者: 野山日夏
異性装に纏わる或る男女の応酬
16/36

 そろそろ相手にするのも飽きてきたんだけどなぁ。

 客ににこやかに対応しながら、俊はその笑顔の裏で相手の男にキレたくなるのを懸命に堪えていた。

 綾を手に入れたい、と決めて連絡を取ってからこちら、俊はたゆまぬ努力を重ねてきた。会話のどさくさにまぎれて綾を名前呼びすることにも成功したし、知略を駆使して、綾と頻繁に顔を合わせる仲にもなった。

 仕事場の同僚達に綾が俊の恋人だと誤解されたのも、大正解だった。煩い客が何人か綾についてしまったのは思いがけなかったが、同性だからそれ以上関係が進むこともないだろう。そう思えば俊はそれを仕方がない、と寛容に受け入れることができた。

 俊と綾の間に同僚達は誰も入り込んでこないし、客も入り込む余地がない。これでゆっくり俊が綾にモーションをかけていくだけの時間が得られる。そう考えたのは間違いではなかったはずだ。

 なのだが、受け入れがたかったのはとある事実。仕事中は客に絡まれて、俊が綾と話す機会がほとんどないということだった。綾も綾で時々入る女性客に人気なものだから、俊の手が空いても今度は綾が空いていなかったりする。

 その上、綾は仕事を上がるのも早い。そのせいで既に一月は経ったというのに、定期的に顔を合わせることはできても、ろくに私的な会話をすることは叶わなかった。

 表面だけはにこやかに、しかし内心では苛立ちを抱えて客に応対する俊に、客が付け上がったのか不埒な手で触れようとしてくる。ろくでもない客だったらしい。外れだ。

 女性として男を騙すのは楽しくとも、同性愛者でもない俊は男に触れられても不愉快窮まりないだけだ。いい加減キレそうになった俊だが、しかし俊が手を出すより先に横から手が伸び男の手を掴む。

「え?」

「ご主人様、申し訳ございませんがメイドに手を出すのは当店の決まりで禁止となっております」

 無表情で淡々と言い切る綾に、客はしまった、という顔をしつつも気分を害したのを隠そうともせず暴言を吐く。

「執事か何かのくせに僕に文句を言っていいと思っているのか!」

「当店の決まりですので」

 怒りをぶつけられても淡々とそれだけを言う綾に、客は音を立てて椅子から立ち上がると台無しだ、と言い捨てて店を飛び出す。身勝手窮まりない行動に俊が呆れていると、綾がイライラした声でぼそりと呟いた。

「どう見ても男にしか見えないあなたに迫る変態もいるものなんだ」

 何故綾がそんなことを言い出すのか俊にはさっぱり分からない。だが、言っている内容だけ聞けば嫉妬でもしたかのようだ、なんて自分に都合のいい解釈をしてしまいそうになり、俊は慌てて頭を振ってその考えを何とか脳から追い出した。

 綾には全く迫れていないのだから、良くも悪くも自分が異性として認識されている可能性は低い。しかし職場が同じなのだからいくらでも方法はあるはずだ、と弱気になりそうな心に今までも何度も活を入れてきた。

 今そう認識されていなかろうと、最終的に認識されればいいのだから今下手に動いて全てを台無しにするな、とついこのまま都合のいい考えに縋りたくなる自分を叱る。

 さて、綾に何と返せばいいのか。俊は彩の発言のせいで混乱する頭で必死に考えるも、なかなか考えは纏まらない。結局俊が頭に思い浮かんだものは。

「何? もしかして綾さん嫉妬した?」

 あっさりと否定されること前提でそれを口にしたのだが、綾の反応は俊の予想から外れていた。

「……。……っ!」

 初めぽかんとした様子を見せておいて、それから何やら考え込んだ末かああ、とりんごかと思うほどに真っ赤になる綾の反応に、俊は面食らった。

 こちらから何もモーションをかけられてもいないのに、何だその反応は。そんな反応をされると図星なのでは、と――本当に綾が俊のことを好いてくれてしまっているのでは、と期待してしまうではないか。勘違いだと俊の中の冷静な部分がきつく言い聞かせてくるが、とてもそうだとは思えなかった。

 二人は暫くそのままの体勢で動かずただ互いを見つめあっていた。



 これをきっかけに二人が付き合い始めるのはもうすぐだが。

 綾が初めから自分が俊のことを男と認識できていたのが、彼の中に男を見出していたからだ、ということに二人が気がつくのは、まだ当分先のことである。

ここで俊と綾の話はおしまいです。

次の話のめどがついたらまた更新します。

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