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勘違い行進曲  作者: 野山日夏
異性装に纏わる或る男女の応酬
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 そうして何がなんだかよく分からないうちに押し切られ、綾はメイド喫茶でバイトすることになっていた。自分でもこれはあまりに押しに弱すぎるだろう、と呆れてしまうばかりの事態である。

 綾は己を見下ろす。俊の提言を受け入れ、綾に支給されたのはシンプルな執事服だ。ごてごてした装飾もない。ふりふりのメイド服を着た給仕でないことだけが救いだが、それでも綾からすれば恥ずかしいことこの上なかった。今でも身につけるのに抵抗感はかなりあったが、それでもそれなりに日数を重ねて少しだけ慣れてしまった自分が悲しい。

「あや! 今日も会いに来たよぅ!」

 しかも、恰好のせいで男だと思われてしまい、客から交際を求められるようになってしまったのだ。日々通い詰めてくれる彼女達(複数形)に、綾は引き攣りそうになる口の端を何とか笑みの形に結ぶことしか出来ない。接客業で顰め面などとんでもない、と店長に耳だこになるほど言い聞かされている。

「すみませんがお嬢様、私は給仕ではありません」

 綾に与えられたのは確かに執事服だが、綾が要求されているのは執事として客に奉仕することではない。別にやりたいのならいいのよ、と店長は笑っていたが、綾は丁重にお断りした。

 そんな綾に与えられたのは一応店が女の子だけだと何かと心配だから、と要するにボディーガードまがいの役割らしいのだが、綾も女なので見かけ倒しだ。実際に何かとあれば何も出来ない。店長も、ほら監視カメラがあるだけで犯罪が減るって言うでしょ、それとおんなじよ、と言っていたので綾はこれは防犯だ、と自分に言い聞かせることにした。

 そういうわけで、そこまで高度な接客は求められていないものの、女性客に求められたときには多少の会話に興じるくらいのことはしなければならないし、料理だってメイドが指名されていないときは綾が運ぶこともある。

「お堅いなぁ、あやは。でも諦めないからっ!」

 言いながら出ていく客を見送りながら、今日の客は物分かりがよくて助かった、と一息つく。中にはなかなか帰ってくれない客もいることを思えば、かなり楽な部類の客だ。

 ふぅ、とため息をついて綾は悩む。アルバイトをしたことがない綾にとってこれは将来的にいい経験にはなるのだろうが、同性に迫られるのはあまり楽しい気分ではない。

 客相手に自分が女性と打ち明けるのも夢を壊してしまってあまりよくないだろう、というのもある。だが、まず他のメイドから綾が男と思われているのが問題だった。

 俊の紹介で入ったと紹介されたとき、俊は女装だとかそういうことを他のメイドには伝えていなかったらしい。今もなお伝えておらず、ばれる恐れもないそうだ。

 その俊に、もしかして恋人なのかとメイドの一人が問い掛け、俊がそれを面白半分に肯定するものだから、綾も自分が女だと言い出せなくなってしまった。流石に同性愛者と思われるのは――実際のところどうかは知らないし、女装癖がばれるのとどちらがマシかも怪しいところだが――不憫に思われた。

 うまくのせられていると思いつつも、仕事自体はなかなか面白い。勿論仕事であるからして多少大変なことや嫌なこともあるが、仕事を辞めたいほどのことではない。

 要するに現状を甘受してしまえる範疇なわけで。結局気づけば既にアルバイトを始めてから丸一月が経ってしまっている。

 やり場のないもどかしさは、結果としてこんなことになった元凶にぶつけるしかなくなる。綾は何やら少し離れたところで客と談笑している男にじと目を向けた。

「ゆんちゃん、ほら。俺こんなにゆんちゃんのこと愛しちゃってるよ?」

「いやだぁご主人様ぁ、ゆん嬉しい!」

「ふへへ、それほどでも」

 いやでも耳に入ってくる楽しげな笑い声すら、綾の苛立ちを煽るばかりだ。それを強引にシャットダウンしながら、綾は内心で俊を詰る。

 こちらが女装がばれると可哀相だからと気を利かしているのに、当の本人は全く楽しそうだとか、不公平ではなかろうか。男だとばれて困るのは俊の方ではないか。

 客も客だ。確かに身に纏っている服こそメイド服だが、どう見ても男ではないか。それに気が付かずにデレデレしているだなど。それなら傍にいるのは自分の方が余程――。

 そう思うことがどういうことを意味するのかに気付かずに。綾はちらちらと俊の方を窺いつつ苛々と仕事をこなしていた。

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