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勘違い行進曲  作者: 野山日夏
異性装に纏わる或る男女の応酬
14/36

 外はしとしとと雨が降ってじめじめとしているが、室内は多少むしむしする程度でまだ冷房をつけなくてもそこまで悪環境ではなかった。しかし、梅雨が明ければ夏がやってくる。昨今の夏は異様に気温が高いので、今年もきっと冷房も使わざるを得ないだろう。

 そんなことを考えながら、俊はベッドに寝転がった。仕事上がりで疲れた体に心地よい眠気が広がるが、しかしまだ寝るわけにはいかない。俊はうつ伏せに転がり、携帯を取り出してメールの送信画面を起動する。

 勿論綾に送るメールを早速したためるためだが、何と言えば警戒心を持たれることなく自然な接触がもてるのか。俊はそれを考えるのに腐心する。

 普段俊は女性に苦労したりしない。それは可愛いと評される容姿を全力で利用するからだし今回もそうするつもりだが、綾は俊に話し掛けられて迷惑に思っていることを全面に押し出してきていた女性だ。だからこそ、下手に接触すれば露骨に嫌がられ、避けられそうだった。

『永井です。佐野さん、明日暇ですか?』

 うーん、却下だ。いきなり予定を聞いたりしては警戒されるだろう。メールを受信拒否されたりしたら、もう連絡の取りようがない。こういうのは掴みが肝心なのだ。もっと相手を持ち上げなければ。

 大体にして女装のことを聞きたいと伝えてあるのだから、そちらを押して行けばいいのだ。

『佐野さん、異性装の極意を教えてください。』

 いや、一人称も私だったし綾は多分男装していたわけではないような気がする。ぱっと見男性と見間違ってしまう容姿の持ち主とはいえ、それで男に見えるような言い方をされるのは、心外に思うかもしれない。

『今日アドレスを交換した永井です。佐野さん、俺の女装どうして分かったんですか?』

 結局打ち込んだ文面はかなりシンプルなものだった。しかもつい敬語になってしまっている。だが、下手に馴れ馴れしいと嫌がられるよりはマシだろう。

 何度も読み直した後に送信してから、返事が来るまでの間ごろごろと無意味にベッドの上に転がっては携帯に着信がないか確認する。

 勿論すぐに返事があるはずもなく、携帯は沈黙を保ったままだ。俊はそれを確認してはこの上なくがっかりした。

 返事が余りにもないので気分転換も兼ね携帯は部屋に置いて、仕方がなしに風呂に入る。風呂から出てリビングを通ると、いつも見ているバラエティー番組を家族が見ていたのでつい一緒になって見始めてしまった。

 それから部屋に戻ると俊の携帯は暗がりの中でその存在を主張しており、すっかりメールのことを忘れていた俊は慌ててメールを確認した。

 佐野綾、と差出人名が表示された画面に、俊は頭を抱えた。着信時間は俊が風呂に入ってすぐの頃。もう少し辛抱強く待っていればすぐに着信が確認できたろうに、もうメールが届いてから優に一時間は過ぎてしまっている。

 いや、逆に考えればいい。綾からのメールにあまり早く返信しては引かれたかもしれない。初回の返信としては、ちょうどいいくらいの時間なのかもしれない。

 慌ててメールを開けば、そこに表示されているのはシンプルな一文。

『直感ですかね。女じゃないんじゃ、と思って見たら、全部胡散臭い感じがしました』

 遠慮も何もいっそ小気味よいくらいに何もない文面に、俊は吹き出した。綾から全く意識されていないのがよく伝わってきたからだ。こんなに意識されていないのならば、それを利用させてもらおう。多少強引でもこのスタンスを押して行けば、約束は楽に取れそうだ。

『特にどこを直したらいいですかね?』

『ぱっと見ただけですしよく覚えてないです』

『じゃあ実際に見て教えて下さい。今度の日曜とか暇ですか?』

 メールを送信して、待つ。今度は五分程度で返信があった。

『暇ですけど、夕飯作るので遅い時間は困ります』

 さらりと条件を付けられたが、そんなことで俊は怯むわけではない。それを逆手にとって文面を入力していく。

『じゃあ昼を一緒にどうですか』

『まぁそれなら』

 芳しい返事を得られ、俊は満足そうに笑った。



 綾は正面にいる生き物を見ながら変なことになった、と思った。綾の視線を感じてにこり、と笑い返してくれるその人は綾が着られないような可愛らしいワンピースを身につけているが、その実中身はいくら容姿が女性的だろうとれっきとした男だ。

 つい先日、綾に声をかけてきたメイド服男子に、気がつけばアドレス交換などさせられた。そしてその日のうちにメールがあり、綾と昼を食べたいとの申し出に、まさかナンパかと綾の脳内が一瞬警報を鳴らす。

 結局相手が女装していることと、綾自身に声をかけて来る男など今までいなかったことからそれを打ち消して綾は出てきたわけだが。

 綾は周囲をちらと見た。梅雨であるが珍しく晴れた空に、街中を歩く人の姿は多い。そして、周囲の視線は全て俊に向いていた。普段から男として見られがちな綾だが、それでも男に負けると地味に女としてのプライドを傷つけられる。

 綾が男に間違われる原因はその外見だ。中性的な顔立ちに凹凸に欠けた体つき、すらりと伸びた背、短い髪にボーイッシュな服ばかりを好んで着るせいなのは分かっているが、フェミニンなものは似合わないので似合うものばかりを選ぶとこうなる、というわけだ。

「それで綾さん、俺の恰好の何が悪いか分かった?」

 俊に聞かれ、綾は首を傾げる。今日の俊の女装もぱっと見何も問題なさそうなのだが、何だか妙に引っ掛かるのだ。その違和感が果たしてどこから来るのかが分からず、綾はうーん、と唸った。しかしいくら考えたところで結論が出るわけもなく、綾は早々に思考を放棄した。

「悪いがよく分からない」

「そっか。じゃあ仕草とかが悪かったのかな?」

 俊の方も綾の答えに少しがっかりした様子を見せながらも、そう言ってくれるので、綾は少し笑んで有り難くそれを肯定した。

「かもしれないな」

 そこでもう会話は終わりだろうと綾は思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。

「じゃあ綾さん、俺の仕草が変じゃないか見張ってて」

「――はっ?」

 言われた内容が理解しがたいものだったために綾は声をあげたが、俊は当然とばかり平然としている。

「だってそれが一番いいでしょ? 見てたら何がおかしいか分かるし。うん、うちのメイド喫茶でバイトしてよ。名案じゃない?」

「はっ? っていうか私はメイド服とか似合わな」

「じゃあ」

 勝手にバイトを決められそうになり、疑問符をあげた綾の言葉を遮るように、俊が口を挟む。何を言われるのかと身構えた綾に、俊はにこりとその言葉を告げた。

「執事でいいじゃない?」

そういえば。

綾は大学生で、俊はフリーターです。

学年は決めていないけれど、とりあえず二人とも紗耶香より年下。

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