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勘違い行進曲  作者: 野山日夏
異性装に纏わる或る男女の応酬
13/36

女装少年と、男に間違われる女の子のもやもやの話。

 「あ、そこのお兄さぁん、」

 そう呼び止められ、綾は声の主を振り返った。可愛らしいメイド服姿の人影が綾の許へとことこ歩いてきて、綾はその人物に呼び止められたのだと悟る。

 綾のごく近くまでやってきたメイドは小首を傾げながら、綾に問い掛けを発する。近場で見れば見るほどかなり見目好いその顔立ちに、綾はしかしあることに気がついて複雑な表情をした。

「お兄さん、今時間あったらうちのお店に来てくれませんかぁ? 六月はお店のメイドも衣更えで夏服にチェンジしたんですよぉ」

 とても可愛らしいその仕種に、通り掛かる男性の幾人かがそのメイドに視線をやっていたが、綾にはそのメイドが可愛いことは何の意味も持たない。綾を羨ましげに見つめて来る幾つかの視線も、綾は黙殺した。

 結局綾は周囲とは異なりただそのメイドに一言だけ言って素通りを試みる。一瞬の隙をつけるよう、先程気付いた一つの真実を突き付けながら。

 綾は今急いでいるのだ。買い物をしてさっさと帰りたい。綾の兄弟は帰宅が早いくせに綾に食事の準備を丸投げするものだから、兄弟の食事は綾に一存されているのだ。特に弟は食べ盛りだからとごちゃごちゃ煩い。綾だって大学生なのだから全く暇ではないのだが。

 だからこんなところでこんなものに引っ掛かっている暇はないのだ。

「生憎時間はないし私はお姉さんだ、少年」

 さのまま相手が凍りついている間に通り過ぎようとした綾だが、しかしそれをする前に腕を掴まれ、前につんのめる。まだ何か用があるのか、と声をあげようとした綾は満面の笑みを浮かべるメイドに嫌な汗が頬を伝うのを感じた。

「すごいねお姉さん、どうして分かったの?」

 先程の甘ったるい間延びした口調と声音をきっぱりとやめて、メイドは綾に問い掛けて来る。

 きらきらと輝くその目は知られたくないことを知られた怨みなどがあるわけではなさそうだったが、今早くこの場を去りたい綾には迷惑なことに変わりはない。

 どうやら綾は要らないことを言って、その少年にロックオンされたらしかった。



 俊の趣味を敢えてあげるとするならば、それは演劇だろう。とはいえ、俊は演劇を見ることが好きなのではない。自分ではない誰かを演じること――文字通り、演劇が好きなのだ。

 自分ではない誰かを完璧に演じきることができ、そこでは誰もが自分を知らない。自己逃避にも似た心持ちで、俊は自分でない誰かを演じる。

 そして、今俊が演じているのが、メイドだった。別に女になりたいわけでも男が好きなわけでもない。ただ、自分でないものの候補として異性というのはその極みというべきものだろう。

 メイド喫茶に女子として雇ってもらい男に愛想を振り撒いて、男がこちらにときめく度俊は達成感を覚えた。

 お前達が熱心に見ているのは男だ、と突き付けてやったときの相手の絶望を想像しながら俊はただひたすら仕事に勤しんだ。その間、誰も俊が男だと気づかなかったのに。

 たまたま客引きで声をかけただけであったのに今俊の前にいる人物に俊はあっさりとその正体を見破られた。その人が女であるというのも驚きだったが、彼女に正体を見破られたことが俊は驚くと共に気味よく思ったのだ。

 一目見ただけで何故ばれたのか。それだけでその女に対する興味が湧いた。どうしてばれたのかが分かれば今後の参考になるだろう。

「ごめんごめんお姉さん、んでどうして分かったの?」

「……私は急いでいるんだが」

 聞けば少し低めだが、女性の範囲を出ない声に俊はなるほど、と彼女が女性であることに納得した。それから彼女をよく観察する。

 短い黒髪と涼しげな目元から優男のようにも見える容姿は、宝塚にでも重宝されそうだ。甘めの顔立ちの俊には望んでも得られないそれを、物欲しげに見てしまってから、俊ははっ、と我に返る。

「じゃあ連絡先教えて? 俺から連絡入れるから。今後の女装の参考にしたいんだ」

「……そのくらいなら」

 飽くまで俺は男で相手は女。下心ありと判断されてはやりづらい。だが幸いにして、俊の容姿は男性的ではない。どちらかといえば女性的とさえ言える。その容姿は相手に警戒を抱かせにくいだろう。

 出来るだけ無邪気さを装って携帯を差し出せば、俊の目前の女は渋々といった様子で自身の携帯を取り出した。赤外線でプロフィールデータを送信しあい、携帯に表示された名前を確認する。

 佐野綾。表示された名前に、彼女の名を知る。綾ににこりと微笑んで、ばいばいと手を振ると毒気を抜かれたのか呆れたような顔をしながらも綾は俊に手を振り返してくれた。

「意外に可愛い……」

 きり、とした美人なのにひらひらと手を振り返すなどしてくれるその様子に、容姿と中身のギャップを見出だして俊は思わずそう呟いていた。

 綾に声をかけたのは本当にただ俊の正体に気がついたからだけだというのに、やばい。嵌まりそうだ。

 こんなに俊の気を引くことのできる彼女が是非欲しい、と俊は決意した。

書き終わるめどが立ったので。

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