3
紗耶香はこのメイドが大嫌いだった。天真爛漫な笑みと愛らしい容姿は確かにそのメイド服とよく似合っていたが、それだけだ。一々紗耶香がアヤに話し掛ける度邪魔をするように姿を見せる様など、紗耶香に対する悪意が透けて見える。
本人の性格には可愛らしさなどかけらもなく紗耶香はそれに憎々しさすら覚えており、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという言葉の通り、わざと出しているような声音も嫌いだったし、果ては『ゆん』と丸文字で書かれたネームプレートですら紗耶香には腹立たしく思えてならなかった。
ただでさえ悪感情を抱いている相手から、なかなかアヤに振り向いてもらえなくて苛立っているときにそんなことを言われては、紗耶香の怒りのバロメーターが振り切れても仕方がなかった。
「あんたに関係ないでしょ」
「ちょっと紗耶香! お店の人だよ!」
美奈子に窘められるが、紗耶香は怒りのままに、煩い、とそれを一刀両断にした。今日は何と言われようともゆんと戦うべきときだった。
ゆんの存在はいい加減紗耶香にとって目障りだった。このままではいつまでもアヤに対するアプローチは成功しないだろう。今日こそ何か言ってやらなければ、と紗耶香は思ったのだ。
今日美奈子を連れてきたのも、勿論美奈子にアヤを見せたかったのもあったが、ゆんの相手を美奈子にしてほしかったのも否定しきれない。友人の恋のためだか らと協力してくれるかと思ったが、美奈子はおろおろして紗耶香を諌めてすら来る始末で、何一つ思い通りにならない紗耶香は苛々してゆんに声をあげようとした。
だがそれより先に、別の声が上がる。
「お嬢様! いい加減にして下さい! こちらには迷惑なんです」
紗耶香は初めそれが何か悪い夢、或いは空耳の一種だと思った。だが、ゆんを庇うようにして立つアヤの表情から確かにそれがアヤの発した言葉だと知るや、紗耶香は言われた内容を理解して蒼白になった。
その言葉は紗耶香に大ダメージだった。何せそれは紗耶香の求愛を全て否定する言葉だからだ。
「う、そ……」
「本当です。しかも私だけならまだしも、他の店員にまで迷惑をかけるような物言いはやめて下さい。仕事の邪魔でしかありません」
いつも困った顔で紗耶香をひらりとかわすその人の直接的かつきつい物言いに、紗耶香は顔をくしゃりと歪ませる。アヤがそんなきつい言い方をする人だとは知らなかったし、そんなふうに思われているとも紗耶香は知らなかった。しかも、アヤは紗耶香ではなく、ゆんを庇ったのだ。それが紗耶香にはショックだった。
だってアヤは紗耶香の運命の相手ではないのか。いいや、違う。運命の相手ならばこんなに酷いことを言ったりしないのに違いない。ということは、紗耶香はこの酷い人に騙されたのだ。
周囲の客も温厚なアヤが珍しくキレるところを見て、紗耶香は自身が注目を浴びていることに気がつくと恐慌状態になり、逃げるようにその場を去ることしかできなかった。