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美奈子にそんなことを思われているなど知りもせず、紗耶香はきょろきょろと周囲を見回した。紗耶香の探している人物は目を引くので、そう狭くない店内でもすぐにその姿が目に入る。
「アヤ!」
紗耶香が声をあげると、声に反応してその人の視線がこちらに向く。それから紗耶香の傍へとやってきてくれるのがアヤだ。このアヤが紗耶香の好きな人だった。
執事服に身を包んだ容姿は、かっこいいというよりは麗しいと形容したくなるようなそれだ。そこに気品ある所作も相俟って、アヤはまさに王子様のようだった。逞しさこそないが、その柔らかい所作にはレディーファーストの精神が溢れているのだ。
そんなアヤの手を掴み、紗耶香はいつものようにアヤに言葉を投げ掛ける。
「アヤ! 私今日も来たのよ、アヤのことこんなに愛してるのに、アヤったらまだ私のこと試すの?」
「ちょっと紗耶香、」
美奈子の焦った声が耳に届きはしたが、紗耶香は敢えてそれを無視した。
街中でメイドと共にこの喫茶の客引き紛いのことをしていたアヤを、一目見て紗耶香は視線が離せなくなった。紗耶香はそれがすぐに俗にいう一目惚れだと気がついた。
己が人より惚れっぽい性質であることは自覚していたが、流石に一目惚れは紗耶香でも初めてだった。一目見て恋に落ちるなど、まさに運命というものに違いないと思ったのが一月前。
この運命、絶対に逃してなるものか。
そうして紗耶香は毎日こうしてアヤの許に現れ告白しているのだが、恥ずかしがっているのかなかなかアヤはうんと言ってくれない。
結局、紗耶香が知っているのはアヤという名前のみ。それだって執事服の胸元のシンプルなネームプレートに印刷された字を読んだだけ。本名や住所、年齢、果ては普段どこで何しているのか。そんなことさえ紗耶香は教えてもらえない。
とはいえ、紗耶香は自分が嫌われているだとかそういうふうには思わなかった。何といってもアヤは紗耶香が呼べば来てくれるのだ。客商売だから当たり前なのだが、紗耶香はそうは思っていない。
「すみませんがお嬢様、私は給仕ではありませんのでお客様にお付きすることは出来ません」
困った顔をして紗耶香に告げるアヤの仕事は、本人の申告通り給仕ではない。女の子ばかりのこの店で不埒なことを目論む客から女の子を守るというボディーガードとしてアヤは雇われている。
そこも紗耶香がアヤを魅力的に思う要因の一つだ。女の子を守る王子様、なんて女の子の夢を具現化したその人に恋をしない方がおかしい。
「もう! 私はただアヤに会いたくて来てるだ」
「お嬢様、お日様オムライスと魔女のコーヒー、ラクダのミルクティーお持ちしましたぁ」
とそのとき背後から声がし、紗耶香は顔をしかめた。振り返れば案の定、思い浮かべた通りの人物がそこにいる。盆に乗せられたオムライスと飲み物をテーブルに置きながら、そのメイドは茶化した調子で紗耶香に言う。
「お嬢様、アヤ君にちょっかい出さないで下さいよぅ」
唇に人差し指を宛てがい、首を傾げて見せたメイドに、周囲の客がどっと湧いた。だが、きゅるん、と訳の分からぬ効果音さえ聞こえそうなそのメイドの所作 は、紗耶香の気分を害するばかりだ。そんな中でそのメイドが周囲の男達に笑顔で手を振り応えるものだから、余計に紗耶香の機嫌は悪化する。